表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/19

エルの章 チート持ちはいつでも他人

リーノ、凛、蒼。そしてクランさん。

四人と出会えた僕は

四人の知る鈴ちゃんが、僕の世界から来た鈴ちゃんの可能性を考えて


『鈴ちゃんが約束を果たした場所』とリーノが呼ぶその地を目指して歩き続けている。


「基礎体力が僕の世界の人間とはそもそもに別モノなのかな……」


平然とした様子で歩く四人を見て、思わず呟く。


道とは言えないような道を歩いて。

時折現れる魔物は撃退して。

その度に使えそうな素材を剥ぎ取って。


そんな事をもう、何時間繰り返して来ただろう。

既に空は赤く染まってきている。


疲れが目立つ僕とは正反対に、増えていく荷物を背負いながらも油断無く戦闘を繰り返す四人に疲労の色はあまり見えない。


「もうすぐ休める所に着くよー。頑張れエルさんっ!」


隣に並んで、僕の背中をバシバシと叩いてそんなエールを贈るのは、蒼。


僕の身体を素手で触ってよく気持ち悪いと思わないなぁ……

とか、そんな余計な事を思う。


「初めての戦闘の時は少し見直したのに、この程度で根を上げる体力なのですか……本当によくわからない人なのです」


「せ、せめて水浴び出来れば多分体力回復するんだけど……」


呆れたように白い目を向けてくるリーノに対し、言葉を返す。


理由らしい理由なんてものは無くて、殆どカエルとしての性に近いモノなのだろうけれど

水無しの土地をずっと歩き続けているせいか、身体がやけに熱く感じて

それが疲れを倍増させているような気がする。


「一応近くに水場あるって言えばあるんだけど……リーノちゃんの端末に赤いマーク出てたから休憩ポイント変えようかって話をしてたんだよね……」


そんな僕の言葉に、凛は少し困ったように足を止めた。


そう言えば、始めて出会った時は、僕のマークは青とか言っていた。


「んと、何処から聞けば良いのかわからないけど、その赤いマークの魔物って言うのは僕達じゃ勝てないような魔物が居るって事なのかな?」


なんとなく、間違っては居ないだろうけれど聞いてみる。

赤いマークならアラームが鳴るともリーノは言っていた。

だけど、僕達が進んできた道中で、アラームは一度も作動していない。


「周囲の地図と、ある程度の魔物の場所を特定出来る端末で御座います。

持ち主の力量を計算し、退治出来そうなモノは黄色。退治が不可能と思われる魔物は赤く表示される優れ物ですよ。

通信機能も搭載されておりますが……街から離れ過ぎてしまっているせいか、こちらは現在不通となっておりますね」


本当に、クランさんは察しがいい。


僕がさっきからずっとその端末を気にしていた事に気付いていたのか

言いながら、彼女は自身の端末の画面を僕に見せてくれた。


その画面をマジマジと眺める。


道というような道は載っていないけれど、中心に五つの青いアイコン。


確か、青のアイコンは敵意無しの意味。


ならば、多分これは僕達の事だろう。数も合っているし、ここが現在地みたいだ。


そして現在地から少し北に行った場所に表示されている水色の地形。

そこには黄色のアイコンが一つ。


凛の言う水辺とは、ここの事だろうか。


「タブレットとかスマホみたいな感じなのかな……」


通信機能は電話やメールの事だと考えると、僕達の世界で言うスマホに近いような機械なんだと思える。


見た目も多少のゴツさはあれど、それに近い。


きっとリーノはこれで、危険の少ない道を選んで進んできたのだろう。


事実、僕達が倒してきた魔物に苦戦は一度も強いられていない。


……僕の必殺カエルキックはあまりダメージとして通らなかったけれど。


「私の端末ではリーノ様の端末で赤く表示されたモノが黄色く表示されている件についてはあまり驚かれないのですね……」


少しばかり意外そうに、クランさんは端末を眺め続けている僕に声をかけていた。


「何ていうか、規格外の人って僕の友達にも居るから慣れちゃってるのかも……」


主に鈴ちゃんとか鈴ちゃんとか鈴ちゃんとか。

まだ小学生だと言うのに、険しい道を平気で進んだり

難しい本を平気で沢山読んだり。


それに、この世界の強さの基準はわからないけれど、リーノ達は見た感じ中学生くらい。

それに比べてクランさんは成人。


それなら、普通に考えてもクランさんの方が他の子達よりも強いのは一応の納得は出来る。


「それより、僕もその端末触ってみてもいいかな」


「エルさん、欲望に負けそうになってる気がするよ……。リーノちゃんや蒼ちゃんを危険に巻き込むのはあまり賛成できないんだけど」


……とても怖い目で凛が僕の事を見ていた。


「だ、だって見た限りここ逃したら水場かなり遠そうだし……そ、その危険な魔物なら放って置くと被害とか……水は生命の源なんだし、そ、その……みんなだって汗くらいは流したいと思いませんっ!?」


思いっきり図星を突かれて、口調が変になっているけど気にしない。


「つまり、クランさんの水浴びを覗き見したいと言う事なのですね。流石ムッツリさんなのです」


そして、自分で口走った言葉がとんでもない事だったとリーノに言われて自分でも気付く。


「すみません。ここで干からびて干しカエルになるんでホント許して下さい。そんなつもりじゃないんです……」


「あ、あうぅ。わ、私は水浴びもしたいし、喉も渇いたかなぁ……なんて……」


いつもならリーノの言葉に乗って悪ふざけに参加してくる蒼が思いっ切り同情してくれていた。


「……冗談なのですよ。そんなに落ち込まれてしまうと私も罪悪感くらい覚えてしまうのです。それに、一応エルさんの言う事も一理あるのです。凛ちゃんの端末では黄色表示でしたし、ここを逃すと他に休憩出来るような場所もこの辺りには無いようですし、正直どうしようかは私も悩んでいた所でした」


まさか僕が本気で落ち込むとは思わなかったと、少し困ったように笑いながら、リーノが端末を差し出して来た。


確かに、リーノの端末では赤く表示されている。


「確認した限り、私と蒼ちゃんの端末では赤。凛ちゃんの端末では黄色表示の魔物です。クランさんも居ますし、多少苦戦は強いられてもこの数なら油断さえしなければ負けるような事も無いとは思えます」


今度は冷やかしや冗談めいた口調では無く、至って真剣な口調。


「ただ、水辺の魔物ですから。水中に引きずりこむような事をされてしまっては危険なのです……私達は基本的にチームの内、誰か一人でも赤の表示がされる魔物は相手にしないと決めているのです」


「それに、この端末だって万能ってほど万能じゃないから。実力が拮抗している黄色も居れば、簡単に倒せる黄色も居るんだよね」


続くリーノと凛の言葉。


全員の端末で黄色表示なら大丈夫。

誰か一人の端末で赤表示が出たら、少し危険。


そんな風に彼女達は考えて行動している事を知った。


今まで歩いてきた道も、リーノがそうやって赤表示の存在する道を避けてきたのかも知れない。


「……な、なんて言うかリーノは頭が良いんだね」


蒼や凛がリーノをリーダーとして認めているのは、こう言った慎重な所なのかもしれない。


僕も野生で生きてきた経験はある。

慎重過ぎるに越した事は無いと痛い程に学んでいる。


ゴクリと。少し緊張しながら、リーノが差し出しているその端末を受け取る。


「僕が触っている状態で赤表示なら……」


読めない文字の羅列が表示されている間に呟く。

多分、触っている人が変わったからデータを集めているのだろう。


「その時は、素直に諦めましょう。無駄に危険を犯すのはアホらしいのです」


名残惜しいけれど、その結果が出た時はリーノの言う通りにしよう。

こんな所で死ぬような怪我をして鈴ちゃんやビーさんに会えなくなったら、それこそ元も子もない。


リーノの言葉に頷き、端末を眺める。


「……って、あれ。僕のデータが取れないとかそう言う事? これ」


やがて、不思議な文字列が消えて、僕が受け取った端末の地図に映し出された色は、青。


敵意が無いと言う意味を持つ筈の色。


「あ、改めて聞きますけど、魔物じゃ無いんですよね、エルさん。その、同族とかそう言うオチだったりはしませんよね」


その画面を見て、リーノは戸惑っている。


確かに、同族なら敵意無しと見られていても不思議では無いけれど……

そもそも僕は魔物でもこの世界の人間でも無い。

僕の同族が存在するのなら、それこそこの世界に生きる彼女達が知っているだろう。


「エル様にだけは心を許すと言った意志なのでしょうか……」


クランさんも不思議そうにそのアイコンを見ながら手を頬に当て、考えるような仕草。


「花さんみたいに、使い魔として魔物を扱えるとか……は考えられないよね」


凛の口からは初めて聞く名前と単語。


魔物を使い魔として従わせる事の出来るような人も存在する。

そんな意味のように受け取れる。


「エルさんだけに心を許してるって事は、もしかしたらエルさんが探してる人って可能性は無いのかな?」


困惑する僕達の考えを吹き飛ばしたのは、蒼のそんな一言だった。


「鈴ちゃんにしろビーさんにしろ、その可能性は否めないかもっ! ふざけてばかりだと思ったけど、凄いよ! 蒼っ」


いきなりファンタジー世界に飛ばされて、誰かを無条件で信じろなんて

鈴ちゃんには絶対に無理だろう。


ビーさんは予想より斜め下の行動を取ることが多いからよくわからないけれど……僕にだけ気を許しているとなると

蒼の言うその可能性は高いように感じられた。


それなら、迷う必要は無いと先立って歩こうとする僕の手を握り、止めたのはクランさんだった。


「蒼様の言う事にも一理ありますが、エル様は早計に判断を下しがちです。貴方様の早計な行動で蒼様達を危険に晒すわけには行きません。それに……」


少し言いにくそうに。それでも、なんとなく感じる、最初に出会った時の空気。


「……申し訳ございません。貴方様を信用したいのですが、この様な結果が出てしまいますと、最悪の事態も視野に入れてしまう悪癖がございまして」


透き通るような瞳に、小さな敵意の色。


深く語らないのは、きっと僕やリーノ達に対する配慮。


「あはは……多分僕がクランさんの立場なら同じ事考えるよ」


もしも僕が敵だったら、騙し討ちをされるかも知れない。

クランさんが考えている事は多分そんな事だろう。


それ程までにクランさんからしたらリーノ達は大切な存在。


ただそれだけの事。


「何度も伺ってしまうのは失礼だと承知しておりますが……聞かせて下さい。エル様、貴方は一体何者なのですか」


僕の真意を見抜こうとするクランさんの真剣な瞳。


クランさんのそのただならぬ空気は、リーノ達にも伝わったようで

凛は静かに小さな構えを取っている。


「……え、エルさんには敵意も悪意もないよ。クランさん」


蒼だけが、少し困ったように僕の事を庇ってくれていた。


「蒼ちゃん、敵意や悪意がないだけ厄介と言う事もあるのです。お肉を食べる時、そこに敵意や悪意は蒼ちゃんも覚えない筈なのです」


わかりやすい喩えで僕から距離を取らせるのはリーノ。


もう、この辺りが正念場なのかも知れないと、小さく息を吐く。


信じて貰えない可能性は高い。

ある程度の魔物を相手に戦う事も逃げる事も出来ると自分の身体能力も知った。


なら、良いのかも知れない。


信じて貰えなくても、一人で鈴ちゃん達を探す事も出来る。


「隠すなんてつもりじゃなくて、信じて貰えないと思ったから言わなかっただけなんだけど……」


諦めたように僕は語る。


僕が別の世界から来た人間だと。


そして、その世界で一度は人間として死んでしまった事。

何故か小さなカエルの姿で、人間としての記憶を引き継いで生きてきた事。


そんな中で、同じような境遇の女の子と蛇に出会った事。


僕としての人格が消えてしまってでも、一人の女の子を助けてあげたいと強く思い、そして答えに辿り着いた事。


僕の最後の記憶は、その世界で神様と名乗る子と出会った所で途切れている事。


「……僕達の人格は消える筈だった。だけど、気がついたらこの世界に居て、僕の人格はまだ消えてない。それは鈴ちゃんもビーさんも同じなのかも知れないんだ」


四人は静かに全てを聞いてくれた。

僕の話を疑うような瞳を向ける人は誰一人として居なかった。


「……アホなのですか。たった一人の為に、エルさんは自分は消えても良いってそう思ったのですか」


全てを語り終えると、リーノが一番に声を発した。

怒りか、悲しみか。その両方なのか。

僕の事を強く睨んだその瞳は揺れている。


「私は納得できないのです。理解は出来ても、納得できないのです。そんな理不尽で、エルさんは仲良くなれたその人達と永遠に逢えなくなるなんて」


それは、今までの冷静なリーノの性格とは違う一面。

そして、それは、なんだか彼女の年相応の矛盾のある考えだった。


「誰かが犠牲になれば。大人はいつもそんな事を考えるのです。優しい人程、余計に自分を犠牲にしたがるのです」


「りーのん……エルさんは多分そんなんじゃ……」


蒼の言葉を遮り、リーノは続けた。


「そんなん。なのです! 同じですっ! 確かに今の人格が消えれば、新しい人格は平穏にそれぞれがそれぞれらしく過ごせると。

そんな事は理解していても、私は納得出来ないのです……その神様を殴ってやろうと。全てを失うくらいなら、全てを丸く収めてやろうくらいの気概は無いのですか!」


リーノの感情は止まらなかった。

リーノが叫ぶ度に、その瞳から涙が溢れる程に。


「申し訳ございません。私が変に疑ってしまったせいで……」


クランさんまでも、いや。見れば各々がリーノと同じような表情で。

それでも、リーノが叫んでいるから何も言えないと言ったような雰囲気で俯いていた。


「……まさか、こんな簡単に信じてくれるなんて僕も思ってなかったから」


クランさんに小さく返して

もう手を跳ね除けられても構わないと、僕は優しくリーノの頭に手を置く。


「僕達の為に怒ってくれるのは凄く嬉しいよ。だけど、僕達も考え抜いてその道を選んだんだ。だから、いくら説得されても選ぶ道は変わらない。……だけど、きっと僕達はまた会える。根拠なんて無いけど、なんとなく僕はそんな確信があるんだ」


頭に乗せた僕の手を、リーノは強く握っていた。

少し痛い程に。


「……私の知り合いに巫女がいるのです。その気になれば、きっとこの世界から消えたエルさんの行動を見る事も可能なのです。……だから、せめて私と約束をして下さい。その根拠のない励ましを現実にしてみせると。でないと、このまま腕をへし折るのです」


俯き、僕の手を強く握ったままリーノは漸く全てを吐き出して落ち着いたと言ったように、静かに言う。


最後の脅しは、思わず感情的になってしまった恥ずかしさからなのだろう。


「うん。約束するよ」


だから、余計な事は口にしない。


僕達の事を自分達の事のように真剣に考えてくれるリーノの優しい想いだけを受け取る。


「……それじゃ、行こっか。エルさんが危険な人じゃないのもわかったし、良いよね? クランさん! あかりん!」


パチンと、手を叩いて蒼が口を開く。


「私自身、もう少し無条件に人を信じられればとは思うのですが、申し訳ございません。……エル様、微力ではございますがこのクラン、可能な限り貴方様を手助けすると約束致します」


「く、クランさんは悪くないよ……私も構えちゃったし。エルさん、私の力は正直クランさんよりもかなり劣ってるけど……それでも、私も力を貸すからっ!」


それに呼応するように、クランさんと凛がペコリと頭を下げ、僕の力になってくれると約束してくれた。


……なんと言うか、百人力過ぎて少し怖い。


「だけど、エルさん。いつまでもりーのんの頭撫でてるのはちょっとアレかもだよー?」


クスクスと、イタズラに蒼は笑う。


「ムッツリさんですから仕方ないのです。話の限りだと人間の頃も女の人にとことん縁のない生活だったみたいですし」


もう立ち直ったのか、僕の腕を解放してリーノまで悪ノリ。


本当、真面目な空気かと思ったらいきなりふざけた空気にするのが得意な人達というか……


無意識なのか、意識してなのか。


きっと、湿っぽくなってしまった今の空気を和ます為にやっているのだと、そう感じる。


「……これ、ビーさんに見られてたら僕絶対ロリコン扱いだろうなぁ」


信じてくれたのは嬉しいけれど、なんだか力が抜けてしまう。


「……えっと、それで水辺に行くって事は一応、僕が先頭を歩いた方が良いかな」


気持ちを切り替えて、そう言うと四人はコクリと頷く。


「敵意が無いとは言え油断は大敵なのです。私と蒼ちゃんは距離を取って隠れて動きます。万が一の時は後方から攻撃も出来ますし」


「私は上を取りましょう」


そう言うと、リーノと蒼は木陰に身を潜め

クランさんは高く飛び、木の上で気配を

消していた。


「三人の気配を悟られないように、ここから先は二人で目立つように行こう」


凛は小さく僕に囁く。


流石に連携が上手く取れていると、改めて驚かされる。


「鬼が出るか蛇が出るか……って奴だよね。これ」


文字通りの蛇でビーさんだったら一番気楽だけれども。


そんな事を思いながら僕達は水辺のある地へと足を運ぶ。

道なき道を凛と二人きりで歩き始めて十分程度。

少し開けた小池のようなモノが目に入ってくる。


「やっぱり私の端末は黄色表示……」


凛は呟くと、その端末を仕舞って深呼吸をした。


「鈴ちゃん! ビーさん! 二人だったら姿を見せてっ! ちょっと見た目変わっちゃったけど、エルだよー!」


僕には敵意は無い相手。だから凛を背中で隠すようにして

小池に向かって歩みを進める。


……返事は返ってこない。


淡い期待は消えたみたいだった。


「えっと、誰かいますかー!?」


もう一度、大きく叫び更に数歩、小池に歩みを進める。


鈴ちゃんやビーさんでは無い。


なんだか妙な寒気を覚える程に静か過ぎる。

凛も、同じような感覚なのか、静かに息を呑んで、何処から魔物が現れてもすぐに対処出来るようにと構えながら僕の後ろを歩いている。


……そんな風に周囲を警戒しながら、もうすぐ水辺に足が付くといった所まで進んだ時だった。


「水の中っ! エルさんっ! すぐそこだよっ!」


僕より早くその存在に気付いて、凛が水中を強く踏み付けた。


「え、えっ? いや、攻撃していいの!?」


大きな水飛沫の中で、僕は慌てて一歩飛び退く。


「えっと……あはは。まずかったかも」


凛も攻撃を終えると即座に僕の隣に立ち、そして苦笑いを浮かべていた。


水飛沫が治まると共に、その魔物は姿を現した。


「鬼じゃなくてワニだね。これ」


こんな小さな池の何処にその体を隠していたのかと思わせる程に巨大なワニ。


まだ話が通じるかもと近寄ろうとするも、大きな口を開き威嚇の体制。


……あ、わかりました。僕に対してだけ敵意が無かったの、アレです。

リーノ様が仰っていた敵じゃなく、ただの食料として僕を見てたからですコレ。絶対。


「こんなオチ求めてないからあああっ!」


とりあえず、身体が動く程度だからきっと実力差は少ない筈。


あれだけ言い争った結果が、僕の事を食料だと思っていただけの魔物と言うオチに腹が立ち、いつもの必殺カエルキックを入れようと高くジャンプ。


「エル様、いけませんっ!」


そのまま蹴りの体制で落下しようとした所で、クランさんの声。


同時に目の前で激しい金属音と火花が散る。


「わっ……とと。は? え? いや、ワニだよねアレッ!?」


体制を崩しながらも、なんとかクランさんの潜んでいた木に張り付いて、口早に問う。


「皮膚の一部を飛ばしておりました。鱗か何かを武器にしているのでしょう。遠距離では分が悪そうです」


……ファンタジーな世界だった事を一瞬忘れてた。反省。


「クランさん、コイツ、皮膚めっちゃ硬いよっ!」


眼下から、凛の声。


上手く噛み付きの攻撃を避けながら、何度か反撃を試みているみたいだけど、凛の拳でもダメージは通らないみたいだ。


「……凛、お腹なら多分ダメージ通るかもっ!」


言いながら、地上に降り、僕も戦闘に加わるも、ワニの標的が少し分散する程度の役割しか出来ない。


僕の身体能力でワニに勝てる手段は存在しない。


「と言っても、コイツ頭良い魔物かも。全然隙を見せてくれないよ……」


「僕はワニよりも凛の動きに結構驚いてるんだけど」


万が一噛まれそうになったら舌を伸ばして凛を助けてクランさんに任せようと思っていたのに

流石は凛の端末では黄色表示をしていただけあって

凛はワニの攻撃を全て紙一重の所で上手く避けている。


ウロコを飛ばしてくる技だけは全て対応しきれなかったのか、多少の擦り傷は見受けられるも

まだまだ元気と言った様子。


……それでも、僕が気を引こうとウロチョロしても

唯一ダメージが通りそうなお腹の辺りを見せてくれない。


「まずは厄介な目を破壊させて頂きます」


苦戦を強いられるかも知れない。そんな事を思った矢先、クランさんの声。


一瞬の風と共に、ワニの雄叫びが聞こえた。


「……いい皮膚をお持ちですから、あまり皮膚を傷めては素材として勿体無いかと思い武器を選んでおりました。加勢に遅れてしまい、申し訳ございません」


いつの間にか木から飛び降りていて、しかもその一瞬でワニの片目を潰し

クランさんは短刀を二本構えて僕達の前に姿を現していた。


「リーノ様、蒼様。どちらでも構いません! もう片方の目をお願い致しますっ!」


そして、それだけ言うと身を低くして悶えるワニに向かって駆け出していた。


残された眼で、ワニがクランさんを視認した瞬間、風切り音と共に弓矢がワニの瞳を突き刺す。


「りーのん! さっすがっ!」


木陰に潜む二人の気配までは、ワニも察知できなかったみたいで、リーノが放ったと思われる弓は見事に的を捉えていた。


「……うっわぁ」


あとはもう一方的だった。


思わずワニが可哀想になる程、一方的な殺戮ショー。


「く、クランさんが強いってなんとなくは察してたけど……ちょっとバグってないこれ?」


「わ、私が役立たずみたいな言い方だよそれっ!」


いや、多分僕と凛だけでもめちゃくちゃ頑張れば勝てる相手だったんだろうけど


……なんかもう中ボス相手にレベルカンストした剣士が本気で戦ってるような。


「いや、剣士と言うより、忍者なのかな」


二本の短刀で舞う様に敵を切り刻むその姿は、忍者に近いのかも知れない。


「その、どうでもいいけどエルさん、頭にウロコ突き刺さってるよ」


「これは彼が生きた証だから……」


クランさんの攻撃に見惚れて避け損ねただけの事を少し格好をつけて凛に言葉を返してみる。


定期的に悪あがきのように飛び道具のウロコを飛ばすも、クランさんはその全てを短刀で弾き距離を詰めている。


そして噛み付こうとするも、視力を奪われたワニの噛みつきはあらぬ方向へと向かう。


噛みつきの隙を見てクランさんはワニの懐に飛び込み、腹部を斬る。


僕には視認できない程の速さで。


そして、その攻撃は何度も繰り返される。


なんかもう、色々見えちゃいけないブツがはみ出て、辺りがワニの血で染まっていく。

水辺では無く、地上を選んで戦ってくれているのがせめてもの救いだと感じる。


あのワニの血が全部水辺に流れてたら、水辺が血の色に染まっていただろうから。


「生命力だけは流石です」


クランさんは事も無げにそんな言葉を放ちながら、尚も攻撃の手を休めない。


……このワニもその生命力のせいで中々死ねないと思うと

それはもう長所じゃなくて、ただただ可哀想なだけだと感じさせられる。


クランさんの舞うようなその攻撃は、ワニが動かなくなるまで続いた。


僕と凛が戦った時間。体感三十分

クランさんが踊った時間。体感五分。


「……ワニの肉って美味しいって聞いたことあるんだ。うん、ワニの解体って僕初めて見たよ。すんごいグロテスクで、解体する人って踊るように解体するんだなぁって……」


なんか現実逃避したくなって呟いてみる。


「凛様とエル様が気を引いて下さり、一瞬の隙を作ってくれたからこそですよ」


「クランさん、いつもそれ言ってくれるけど絶対一人でも余裕だよね……」


そんな僕に向けて、クスリと微笑むクランさん。

そして、呆れたようにため息を吐く凛。


「エルさん、エルさんに放たれたウロコの攻撃を弾いたのは蒼ちゃんのナイフなのですよ。お礼くらい言うべきだと思うのです」


気づけばリーノと蒼も姿を見せていた。


誰かが弾いてくれたのは気付いていたけど、まさか蒼だったとは思わずに少し驚く。


「ぼ、僕はてっきりクランさんが何か投げてくれたのかと思ってたよ……ありがとう蒼」


リーノの弓の腕もそうだけど、後方からの奇襲には随分と強い二人だと感じさせられる。


「どういたしまして! なんだけど、そのせいでナイフ全部使っちゃったんだよね……もう私は戦力外だぁああ!!!」


「な、なんかごめんなさい……」


えっへんと胸を張ったあとに、いきなり頭を抱え叫びだした蒼にとりあえず謝罪。


「いえ、投げナイフでしたら恐らくこの魔物の牙から結構な量を作れるかと。……それとやはりエル様は攻撃力の無さが目立ちましたので、この魔物の皮膚で服を作るのがよろしいかと。随分と切れ味のある鱗をお持ちのようですし、その、例の必殺技の威力も上がるかと」


必殺カエルキックと言ってくれない辺りは、クランさんの性格だと思う。

僕も自分で言っておきながらセンス無いと思うし。


それにしても、素材としてもったいないってそういう事だったのね。

そこまで考えて倒したと言う事実に驚く。


「結局、なんでエルさんにだけ魔物は敵意無しだったのかはよく分からなかったねー」


「あぁ、うん。蒼、世の中には知ると悲しい事実もあるから……その事は僕の胸だけにしまっておきたいかな……」


とりあえず、僕は強くなっても結局食料扱いらしいです。


「…………そのぅ、蒼様。つかぬ事をお聞き致しますが、そのザリガニのような魔物とかは存在するのでしょうか」


前の世界で少年に捕まえられた時、ザリガニの餌として扱われてた事を思い出して、蒼に聞いてみる。


「いるよー! あのデッカイハサミのヤツだよねっ! 食べると美味しいんだよっ!」


めちゃくちゃ満面の笑みで怖い事を言われました。


僕がこの世界にいる間は絶対に出会いませんように……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ