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鈴の章 狼の血

少女はその世界で昔の力を取り戻す。

「……エル君、ビーちゃん?」


目を覚ますと、辺り一面鬱蒼とした森の中に私は居た。


あの時、自称神様と言う人と出会って、私達は記憶を失い、新しい人生を歩む筈だった。


最後の記憶は、樹海に存在する古びた社で神様と出会った所。


似たような樹海の森ではあるけれど、どうにも雰囲気が違う。


「なんなの……ここ」


薄々と感じている、沸々と身体の奥から湧き出るようなこの力。

そして、何故か生えている尻尾と耳。


姿は人間に近いみたいだけど、狼だったあの頃の力を秘めているような不思議な感覚。


近くに存在した水辺に映る自分の姿を見て、なんとなくその理由に納得した。


「この毛色、私が狼だった時の……」


白い髪。金色の瞳。


そして感じ取れる敵の気配。


「……なんだかビーちゃんが喜びそうな展開」


全てを有るべき姿に戻す。その思いから色々な資料を読み漁ったおかげか、

それとも元々私自身に有り得ない現象が起きていたおかげか。


『別の世界に迷い込んでしまった』


そんな結論に至るのは難しくなかった。


だけど、そうなるとエル君やビーちゃんも恐らくはこの世界に迷い込んでいる可能性が高い。


二人がどんな姿でこっちの世界に迷い込んでしまったのかはわからない。

それでも、狼の力を取り戻した私に勝てる相手は少ない。


ならばやる事は決まっている。二人を見付け出して、あるべき場所に戻る。

エル君が自分が消えるとわかっていても私の為にと頑張ってくれた。

その努力をこんな事で無駄にしたくなんてない。


「狼の頃は人間は弱いと思って油断したせいで殺されたんだから、今度は油断なんてしないんだから」


こんな所で一人きりでいるのは、多分敵意を向けてくる奴等からしたら、格好の獲物なんだろう。


気付けば大きな化け物が目の前で涎を垂らして私の事を見据えていた。

姿はゴツくて薄黒い肌の人間に近い形。その手に持つのは肉切り包丁。


「私を食べる気なのかな?」


私自身、今の力を。狼の力を久々に試したくて血が疼いていた所だ。


都合が良い。


そう思ったせいなのか、爪が伸びた。


「本当になんでもありなのね」


流石に噛み付いて攻撃したら変な毒でも喰らいそうな見た目だから、私のその武器は都合が良かった。


雄叫びと共に包丁が私に向けて振り下ろされる。


「動体視力も狼の頃と同じみたいね」


呟き、その包丁を紙一重で避ける。

こんな鈍い攻撃、銃弾に比べたら止まって見える。


派手な地響き。攻撃力だけは流石の図体だと思う。


だけど、動きが遅すぎる。


振り回される包丁を避け続け、試しの一撃をソイツの瞳に向けて振るう。


……爪の強度も狼の時と同じ。


もしもの事を考えて、軽く引っ掻いただけだったけれど、爪が折れるような事もない。


あまり遊んで、エル君達を探す時間を失ってしまうのも惜しい。


巨大なソイツが痛みからなのか、がむしゃらな攻撃に変わったけれど

そんな滅茶苦茶な攻撃に当たる程、私は……狼は弱くない。


全てを躱し、首筋を狙い伸びた爪で薙ぐ。


その一撃で、彼の首と胴体は二つに分かれ

そして大きな音を立てて崩れ落ちた。


「覚えておいて。狼を倒すには、徒党を組むか、銃を使うかの二択だけなの」


もう声も届かないだろう相手に呟く。


「あ、アズマちゃん、見た!? 凄いよあの子!」


「ば、馬鹿! アイツが敵だったらどうすんだよ! あたしでも結構苦労しそうな強さだぞアレ!」


ふと、近くの茂みから二つの声が聞こえた。


「いきなり襲って来ない限りは私から攻撃を仕掛けることは無いよ?」


二つの声に返事をしながら、伸びた爪を軽く振ると、爪はいつもの短さに戻った。


私の言葉を信用したのか、声の主が姿を現す。


「えへへ、危なくなったら助けようってアズマちゃんと話してたんだけど、強いんだねぇ」


一人は緑色の髪をした人懐っこそうな女性。


「あんたが倒したあの魔物、結構な強さでさ。依頼されてアイツの足取り追ってたんだけど、いやぁ……これあたし達が倒したとは口が裂けても言えないよなぁ」


もう一人は赤い髪で、見るからに鍛えてそうな体躯の女性。


「ううん、別に急に襲って来たから倒しただけだから……別に報酬とか目当てじゃないし、それで二人の評価が落ちるような事があるなら、二人が倒したってことにしても……」


「いやぁ、ありがたいけどさ、なんとなくソレはあたしのプライドが許さないかな。あ、ラーナ! 素材の剥ぎ取りだけしてコイツに全部渡してやろうぜ!」


私の言葉を遮り、もう一人の女性に向けて声をかけると

ラーナと呼ばれたその子は笑顔で頷いて、手際良くさっきの化け物の牙や皮、内臓の一部等をナイフ一本で剥ぎ取って行く。


「そう言われても、私はこの世界を知らないから、どう言う風に使えばいいかわからないの」


作業をするラーナをとりあえず放置して、もう一人の女性。アズマと会話をしつつ、この世界と私の事情を説明して行く。


「この世界を知らないって、もしかして……その、記憶喪失とか?」


話を聞いていたラーナが私の言葉に食い付いていた。


記憶喪失どころか前世の記憶まで引き継いでいる。

そう言ったらどんな反応をするだろう。


そんな悪戯心が働いたけれど、ラーナの瞳は真剣で、茶化して話してはならないと何故かそう感じさせた。


「嘘だと思われそうだけど……別の世界からこっちの世界に来たの。多分、私だけじゃない。二人の友達も一緒にこの世界に来てるはず」


与太話だと思われても仕方無いと思った。

それでも、何故かラーナの言葉に嘘をつく気にはなれなかった。


「そっか。そんなら、ラーナの姉ちゃんが探偵やってるからさ、ソイツに頼めば良いんじゃないかな? 頼りになるヤツだよ」


「うん! お姉ちゃんと夏妃ちゃんの人脈があれば人探しなんてすぐだよっ!」


なのに、この二人はそんな有り得ない話をいとも簡単に飲み込んで、更には私の手伝いをしてくれるとまで言う。


……嘘のないその二人の瞳に思わず私の方から疑問が浮き出てしまう。


「あ、ありがたいけれど……こんな嘘みたいな話、信じてくれるの?」


「魔物じゃないのはあたし達の話が通じる時点で確定。だけど何故かケモノみたいな耳と尻尾を持ってる。……それに子供の姿のくせにやけに大人びてる。あたしの友達にも子供の癖に大人びた性格のヤツは居るけどさ、アンタの性格はそれ以上だし、疑う理由が無いよ」


「えへへ、それに別の世界から来たなんて嘘ついても得にならないしねっ!」


なんとなく、二人の言葉にエル君の面影を見てしまった。

エル君も一切を疑わずに私の為に頑張ってくれた。


だから、私も頑張ろうと思えた。


「優しいんだね、二人共」


この世界に来て、初めて出会ったのが二人で良かったと、本気でそう思う。


「えっと、とりあえず自己紹介しよっか? 私はラーナ! ラーナ・リャグーシカ。あまり戦闘は得意じゃないけど、後方支援とか索敵とかが得意……なんだけど、なんとなく索敵は貴女の方が得意そうな気がするなぁ」


「んで、ラーナの心の友と描いて心友の私は樋木アズマ! 一応強さには自信があるんだけど、私もラーナと同意見だよ……」


自己紹介がてら、私の強さを目の当たりにしたせいか、少し落ち込んだ素振りを見せる二人が余計に可笑しくなってしまう。


「私は鈴。鈴森鈴。あまり説明すると長くなっちゃうから、簡潔に説明すると、私は狼の血を引いているの。だから、索敵能力とか戦闘能力が高いと思って貰えれば……」


二人に合わせるよう、私も自己紹介をするも、何故か二人は私の名前を聞いた途端にそれ以降の事はまるで耳に入っていないと言った様子で俯いてしまっていた。


「鈴ちゃん……鈴ちゃんもこの世界に実在しないんだね……」


何処か憂いの感じるラーナの声。


「偶然か、運命の悪戯か。なんだか少し嫌な気分だよ」


アズマもまた、ラーナと同じように、拳を強く握り俯いている。


「その……鈴って名前が気に入らないならオオカミ娘とか呼んでくれても……」


なんだかそんな二人の姿に少し申し訳無くなり、そんな提案をしてみるも、二人はフルフルと首を振って

顔を見合わせて私に笑顔を向けた。


「えへへ、ごめん。イヤとか気に入らないとかじゃないんだっ。ただ、私達に取って鈴ちゃんって特別な意味を持つ名前だったから、その、驚いちゃっただけ」


「あぁ。オオカミちゃんの鈴には関係無い話だし、いい名前だと思うから、鈴が元の世界に戻れるまでは鈴って呼ばせて貰うよ」


……とても優しくて、悲しい笑顔。


「……エル君とビーちゃんを見付けたい思いはあるけれど、もし良かったら二人が知るその鈴って子に会わせて……ううん。その鈴って子の最期の場所に連れて行ってくれないかな」


この世界には存在しない。ラーナのその言葉で、私の想像は確信に近かった。

恐らく、二人が知る鈴という人は亡くなっているのだと。


帰り方もわからない上に私と同じ名前を持つ人。

なんとなく、気になってしまった。


多少の寄り道をしてもバチは当たらないだろう。


「うん! それは全然構わないけど、えっと、エル君とビーちゃんって人を探してるって事だよね?」


「あっ……」


ラーナの返答に思わず、やらかしたと思い気まずくなって苦笑いをしてしまう。


「完璧そうに見えても、見た目通りちょっと子供っぽい間抜けな所あって、あたしは安心したよ。オーケー、ヴャクトには通信でその二人を探してもらうように連絡入れておくよ。容姿とか特長とかあれば探しやすいと思うけど」


アズマのその言葉はフォローなのかと言いたくなってしまうけれど

その優しさを無下には出来ない。


「……容姿」


特徴を伝えようとして、思案する。……あっちの世界では私はケモノの耳や尻尾は無かった。髪の毛も茶髪だし、瞳の色も黒に近かった。


今の私の見た目とはかけ離れている。近しいのは精々年齢くらい。


そうなると、エル君やビーちゃんも生前の姿か、それを組み合わせたような姿としてコチラに来ている可能性が高いような気がする。


「そ、その……益々信じてもらえないような話になるけど、カエルとヘビが人間になったような姿……かな」


「いや、想像しただけでキショいんだけどっ! なんで鈴がそんなキショい奴らと仲良くしてるんだっ!?」


予想通り。とても辛辣な言葉がアズマから返ってきた。


「ま、魔物と間違えられて狩られてなきゃ良いけど……」


ラーナもまた、想像して先程私が倒した化け物のような姿を思い浮かべたのか、困ったように苦笑いをしていた。


「エル君もビーちゃんも悪い人じゃないのは話せば通じると思うから……その大丈夫だと思う。……多分」


エル君はカエルとしての身体能力があるし、小さいままなら上手く生き延びれる筈だし

もしも人間とカエルが合わさったような姿になったとしても上手く生き延びる事が出来る筈。


ビーちゃんは……あれだけ無抵抗なら最悪見世物小屋みたいな所で快適に過ごしていると思う。

蛇の姿のままだとそれこそ別の生き物に食べられてしまいそうだけど……。


「ヴャクトから訳分からんとか言われそうだけど、一応通信で鈴の言葉をそのまま伝えておくよ……夏妃に頼んでそう言った魔物を見つけても危害を加えないようにって言っておけば、あたし達の街の狩人連中は手を出さない筈だからさ」


困ったように笑いながらも、アズマは私の言葉を信じてくれている。


……本当に、ここまで優しい人間も居るんだと改めて思い知らされる。


エル君も充分に優しかったけれど、それは似たような境遇があったからだった。


彼女達の境遇はわからないけれど、もしもこういう人間ばかりだったのなら、私達は絶滅なんてしなかったのかも知れない。


「鈴ちゃん、鈴ちゃんの世界で狼は居なくなっちゃったの?」


不意に、ラーナが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。


「どうして……」


どうして、そんな事を知っているの?


そう言葉を紡ぐ前に、ラーナは私の頭に優しく手を置いて微笑んでいた。


「わかるよ。鈴ちゃんみたいに仲間全員が居なくなった訳じゃないけれど、それでも私達も似たような経験をして来たから。だからね……」


身長の低い私に合わせて、少し屈んでラーナは言葉を続ける。


「鈴ちゃんにも笑顔の魔法っ!」


そして満面の笑みを浮かべ、私を強く抱き締めてきた。


「ラーナの魔法は凄いぞ。沢山奇跡起こして来てるんだから」


戸惑って助けを求めアズマに視線を向けると、アズマはケラケラと悪戯に笑っていた。


「鈴ちゃんがちゃんと元の世界に戻れるようにっ。そして、鈴ちゃんが本当に笑えるように……」


その温もりと言葉はまるで子守唄のような。

そして居なくなってしまった同族の狼達に向けた鎮魂歌のような優しさで溢れていた。


「笑顔の魔法……」


自然と、頬を温かい何かが伝う程に。

ラーナの言葉は心に染み入ってくる。


……成程、確かにこれは魔法だと。


そんな事を思い、自然と私も微笑んでいた。

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