『聖女』を連れまわす ②
「じゃあ行きましょうか」
「……うん」
頷くオルタンシアは、無表情のまま頷いている。
私だけが何だか楽しんでいるみたいだわね。まぁ、オルタンシアは何も楽しめないほどに傷ついているのだから。
「ところで、街へ行くというのはどうやって……?」
「ふふ、それはね。ちょっとこっちにおいで」
オルタンシアを驚かせようと思って、私はオルタンシアに敢えて移動手段を言わなかった。
私はオルタンシアの手を引こうとする。そうしたらオルタンシアは身体を震わせていた。やっぱり身体を暴かれたことで、誰かに触れられるのが嫌なのかもしれない。
私がじっと見れば、オルタンシアは頷いて私の手に手を重ねる。
オルタンシアはやっぱり可愛いなぁとそんな風に思いながら私は笑った。
オルタンシアの手を引いて、家から少し離れた開けた場所に行く。此処は私が木を倒してあの子の着地場所にしている場所だ。あの子の匂いがしみついているのか、他の生物は基本的にちかづかない。
「此処は……?」
「乗り物の着地場所」
「え?」
ぽかんとした顔のオルタンシアを放っておいて、私は首に下げているオカリナを吹く。
これは魔力を経由して、あの子へと私の呼び出しを届ける。
ちなみに別のオカリナじゃなくても問題ないのだけど、ただ何となくオカリナにしているだけだ。
私の遊び心なの。
しばらくすると、私とオルタンシアのいる場所に影が出来る。
オルタンシアが上空を見上げる。
「……ドラゴン!?」
オルタンシアの青い瞳がみるみると見開かれる。うん、やっぱり可愛い。
そしてそのドラゴンは、私とオルタンシアの目の前へと降り立つ。
「ファニー様、こんにちは! 僕に乗ってくれるの?」
そのドラゴンの大きさは、全長七メートルほどの赤い鱗のドラゴンである。そのドラゴンとは私は昔からの仲だ。名前はローム。
私が名づけ親である。キラキラした目で私を見るロームに私は笑った。
ロームのその赤い鱗も、愛らしい黄色い目も、鋭い牙も、全て綺麗で可愛い。ドラゴンというのは、基本的に誇り高く狂暴だと言われている。だけれどこの子はとても可愛い。というか私の知り合いのドラゴンたちはちゃんとどちらが上なのか分かっているから、聞き訳がいいしね。
「久しぶりね。ローム」
「うん!! ところで、その女の子は? 餌?」
「餌じゃないわ。私の可愛いお人形さん。私が飼っている子だから、食べちゃだめよ?」
私がそう言いながら、ロームに手を伸ばせば、ロームは私が撫でやすいように頭を下げてくれる。
可愛いわねぇ。そう思いながらロームの頭を撫でる。やっぱり可愛い子だわ。
少しオルタンシアが顔を青ざめさせている。やっぱり怖かったのだろうか。
「オルタンシア」
「……は、はい」
「ふふ、怯えているの? 可愛いわ」
「ドラゴンですよね……その子」
「ええ。私のお友達で、乗り物だわ。だからこの子に乗って街に行くわよ」
「えっと、街にドラゴンで行ったら騒ぎになるんじゃ……」
「大丈夫よ。離れたところに下りるし、何より目立たないように魔法を使うもの」
そういって笑かければ、オルタンシアは何かいいたげにしながらも頷いた。身体が震えているのは、ロームのことを怖がっているからなのだろう。
『聖女』だと、場合によっては戦闘の場に出ることもあるけれど……、オルタンシアはそうやって戦う『聖女』ではなかったのかもしれない。
私の知り合いの『聖女』は結構、好き勝手戦ってたけどね。オルタンシアも『聖女』ならば、戦い方を学べば戦えるようになるんじゃないかなとは思う。まぁ、本人が望まないかぎり、そういうのを教える予定はないけれど。
無理やり教えるのも何だかあれだしね。
そんなことを思いながら私は、オルタンシアと自分の身体を魔法で浮かせる。オルタンシアが驚いた顔をしていた。
そしてそのまま、私とオルタンシアはロームの背中に乗った。特に手綱などはつけない。そういうのでロームを縛りたいわけじゃないからね。
世の中には竜騎士と呼ばれる存在もいるけれども、そういうのって結局飼われている竜なのよね。ロームはどちらかというと野生だもの。
「わぁ……」
オルタンシアがロームの上で、感嘆の声をあげている。
綺麗で可愛い。その姿に私は笑みを深める。
こうしてロームの上に乗るだけでもこれなのだから、ロームが飛んだらオルタンシアはどんな姿を見せるだろうか。
何だか街に行くまでの間でとっても楽しいわね。
私の可愛いお人形さんが――オルタンシアが、どんな表情をどんなふうに見せるか想像しただけでも私は楽しい。
それに街についたらオルタンシアに似合う服を沢山買ってあげられるしね。
オルタンシアはぺたぺたとロームの鱗を触っている。
「オルタンシア、そんなに触ったらロームが落ち着かないわ」
「あ、ご、ごめんなさい」
オルタンシアは私の言葉に素直に謝る。
そしてそんな会話を交わして、早速ロームに飛び上がってもらうのだった。