笑わない『聖女』 ②
湖の水を汲んだ後、側に腰かけ、一息を吐く。
人がやってこない場所で、のんびりとするのも結構好きだ。
特に聖域は空気が綺麗で、私が魔法を使うのも使いやすくて、とても楽しい。
今日の天気は晴天で、太陽の光が私を照らしている。
日の光を浴びると元気が出るわ。雨でも楽しいけどね。
そういえばオルタンシアのことを私は外に連れ出していない。オルタンシアも外に出たいなんて私にいうこともない。
オルタンシアは外に出したらどうなるだろうか。
「ファニー、『聖女』のことを考えているの?」
「うん」
「あの『聖女』、とても力が強くて私たちのことも何となく感じられるみたい」
「この森の精霊って人のことそこまで好きじゃないものね。敢えて人の前に出ないようにしているのに感じられるなんてオルタンシアは優秀だわ」
精霊というのは、知覚出来るのは才能次第である。世の中には精霊の姿を一度も見た事がないような存在も山ほどいる。
特にこの森に住まう精霊は、人のことをそこまで好きではない。精霊は自分の姿が見えない者たちにそこまで関心はない。精霊にも感情があるので、自分の姿が見えて仲よくしてくれる存在の方が好きなのだ。
私は幼いころから精霊の姿が見えたから、精霊たちとは仲が良い方だ。というか、私が『魔女』になったのも精霊たちと仲良かったからというのが一番の理由だと思う。
人の前に敢えて姿を現わす精霊もいるが、此処の精霊たちは敢えて人前に姿を現わしたりしない。
それでもオルタンシアは精霊の存在をなんとなく感じ取っているらしい。
「ファニーが楽しそうで嬉しいわ。ファニーが此処まで楽しそうなの久しぶりだわ」
「楽しいもの。だって可愛いお人形さんを飼えることになったから」
「でも笑わないのでしょう?」
「誰かから聞いたの? それとも見てたの?」
「聞いたのよ。まったく笑わないって話だから」
「笑わなくてもオルタンシアはとっても可愛いから、いいわ」
「でも笑った方がきっと可愛いのではないの?」
上級精霊と会話を交わしていると、そんなことを言われる。
笑った方が、きっと可愛いか。
今の間までもオルタンシアは綺麗で、可愛くて、素敵なお人形さん。私が飼いたいと一目見て思った。所謂一目惚れをしたようなそういう気持ち。
少しだけワクワクした気持ち。
そういう気持ちを私に与えてくれているというだけでもオルタンシアを飼えてよかったと思っている。
「笑わせるって、どうしたほうがいいかしら?」
ここ最近、人と深く会話を交わすこともなかった。誰かを笑わせるなんて考えた事もないもの。
オルタンシアは綺麗なお人形さん。それは感情をあまりあらわさないからこそ、お人形さんって感じが余計にする。
でも感情をもっとあらわしたらもっときれいで可愛くなるのかな。
そう思うとちょっと見てみたい。
ただオルタンシアは、『聖女』として大切にされて生きていたはずなのに裏切られ、ひどい目に遭い、私が拾った。
私は絶望なんてしたことはないから、想像しか出来ないけれど、オルタンシアはきっと絶望したのだと思う。
絶望した人を笑わせたりするって大変よね。
「ファニーがしたいようにしたらいいと思うわ。ファニーが笑わせようと思ってやるのならば、それが伝わるよ」
「そうかしら?」
「ええ。そうよ」
精霊にそう言ってにこにこと笑われる。
私はしばらくその聖域でのんびりと過ごして、家へと戻ることにした。さてさて、オルタンシアは大人しくしているだろうか。
私が家へと戻れば、オルタンシアはいた。
私が「ただいま」と口にすると、「おかえりなさい」とオルタンシアが返事をする。
何だかんだ自分のことでいっぱいいっぱいでも、オルタンシアは挨拶もすぐ返すし、おかえりと受け入れる。何だか育ちの良さが出ている感じよね。
『聖女』として生きていたからというよりも、元々の育ちがいいようにそんな風に思うわ。
だけどオルタンシアは全然笑っていない。
何だろう、心ここにあらずというようなそういう感じだ。やっぱり色々と傷ついているということだろうか。
オルタンシアを笑わせるために、感情をもっと動かさせるためには何をしたらいいのだろうか。
私はそう考えながら、オルタンシアのことをじっとみる。
「……私の顔に、何かついてますか?」
「ふふ、ついてないわ。相変わらずとても綺麗。オルタンシアは肌の手入れなどは何か使っているの?」
「特別な事は何も……」
ただそう答えるオルタンシア。
何だかその白い肌は、触ったらもちもちできっと触り心地が良いだろうなと思う。まぁ、いきなり触ったりはしないけれど!
とりあえずオルタンシアのことを外に連れ出しましょうか。あとはそうね、服でも買いに行こうか。
オルタンシアを着せ替え人形に出来たらきっと楽しそうだもの。
そう考えながら私は笑わない『聖女』であるオルタンシアを笑わせようとそう決意した。