『聖女』と話す昔の話 ⑦
「ファニー様が、邪神を封印して消滅させた?」
シアは驚いた様子で私を見る。
それにしても本当に、このエルラーサ教には昔の話がちゃんと伝わっているのね……。長い時が経っているから、そういう真実が失われていても仕方がないと思っていたのだけど。
「シア、邪神っていうのはやっぱり神という名のついている通り、一筋縄ではいかなかったのよ。あの当時の私は今よりも弱かったしね。エルソッラや私、それに周りの力を借りても消滅する手立てが一つしか思いつかなかった。沢山の『聖女』たちの力をかけて封印することが決められたけれど、封印というのはいつか解けてしまうものだわ。エルソッラも私も邪神をそのままにする気はなかったのよ。だからこそ考え付いたのが、『精霊の大森林』に邪神を封印し、その神力をもってして邪神を完全に消滅させることだった。そしてそれはただ封印させるだけでは駄目だったわ。誰かが『精霊の大森林』の神力を操り、邪神を完全に消滅させるために一緒に封印され、眠りに付く必要があった」
本当に邪神と呼ばれる存在は、一筋縄ではいかなかった。
仮にも神って呼ばれている存在は、規格外の存在なのだ。そういう存在を相手にするには、人は力が足りなかった。だけれども考え抜いて結論を出したのが、邪神をそうやって最終的に消滅させる方法だった。
「私はその時にはもう不老になってたし、どれだけ眠るかも分からないのだから私が眠るのが適任だったわ。だから私が眠りに付いて、邪神の奴を消滅させたのよ。それには百年近くかかったけれど」
「ファニー様、正確には91年と八カ月と八日と12時間です」
「……そんな記録まであるの? まったく、私はエルソッラが生きているうちに目覚めるつもりだったのに。あの邪神の奴、封印されている間も無駄に抵抗したのよ。あの抵抗さえなければもっと早く目を覚ませたのだけど、邪神っていうのはやっぱり無駄に強かったのよね」
本当はエルソッラが生きているうちに目を覚ましたいって思っていたのに、あの邪神、無駄に抵抗したのよ。今でも思い出すと腹立つわ。
当時の『聖女』たちの力によって厳重に封印されているのにも関わらず、悪あがきをして情けないというか。最後まであきらめない精神は流石邪神って感じだけど、私の身体を乗っ取ってでも外に出ようとしてきて、本当に鬱陶しかったわ!
最終的に消滅出来た時はすがすがしい思いをしたけれど、目が覚めた時にはエルソッラってば亡くなっているし。私が眠っている傍に眠りたいってあの森にお墓を作ってくれたのは嬉しかったけれど……。
私が弱かったからあんなにかかったのよね。今ならもっと短い期間で邪神なんて消滅させてやるのに!
「ファニー様、凄いです! ファニー様は、本物の『聖女』様じゃないですか!! 本当にエルソッラ様と並ぶ偉業をなしているのに、何で伝わってないんですか!」
「シア……。私はエルソッラや仲間たちのために眠ったんであって、世界のためなんて崇高な気持ちで眠ったわけじゃないのよ? 私は『聖女』なんて地位を押し付けられたくないもの!」
「いや、押し付けられたくなくてもやっていること『聖女』ですよ」
話を聞いたシアはそんなことを言った。
「ファニー様は『聖女』と呼ばれることを嫌がっていたので、エルラーサ教でファニー様の記録は他に残らないようにしたのです。他でもない『封印の聖女』様が望んだことですから。なので漏れていなければエルラーサ教の上層部以外にはファニー様の記録はほぼ残っていないと思いますよ。邪神を封印するために一人の『聖女』が共に封印されたみたいなのは残っているかもですが、ファニー様の名前は残っていないはずです」
「……エルラーサ教は本当にファニー様の言葉に忠実なのですね」
「それはそうです。私たちにとっては神の言葉に等しいですから。それにオルタンシア様、ファニー様は他にもですね……」
……そしてアダイは何で、私が『封印の聖女』なんてこっぱずかしい名前で呼ばれた後の時代のことまで知っているの?
確かに成り行きで王様助けたこととか、むかつく死霊術師をぶっ飛ばしたこととか、大国に喧嘩売ったこととか、色々あるけれど……。何でエルラーサ教と関わってなかった長い時期のことまで把握しているかしら。
そう思って訝し気にアダイを見れば、良い笑顔で言われた。
「エルラーサ教の教皇と大司教になったものはまずファニー様の魔力を覚えさせられます。ファニー様がお住まいの森より出て偉業を成した場合はエルラーサ教の信徒として記録をせねばなりません。それにエルソッラ様よりファニー様は自分からエルラーサ教に頼ることはあまりないので、ファニー様が窮地に陥った時にはすぐに手助けできるようにファニー様の動向は何よりも気にしています」
エルラーサ教って、私のストーカーみたいなものなのかしら?
まぁ、害はないからいいけれど。
「それでファニー様、オルタンシア様、本題に入りますが、この度はどうしてここを訪れてくださったのでしょうか? 私共の力が必要でしたら、何でも力を貸しますよ」
そしてアダイはそう言って、私たちに笑いかけるのであった。