『聖女』を連れまわす ⑩
「此処は……?」
「私にとって特別な場所なの。折角だからシアを連れてきたかったのよ」
その巨木は、不思議な、神秘的な雰囲気を醸し出している。
その巨大さもさることながら、私が眠っていた場所である事と、私にとって親しくしていた彼女のお墓が傍にあるからというのもあるだろうけれど、神秘的な雰囲気を醸し出している。
精霊たちにとってもお気に入りの場所だし、神聖な魔力が満ちている。その葉の一つ一つが魔力を宿らせている特別なものである。
「此処も……とても神聖な魔力が満ちている」
「ふふ、でしょう?」
「……それにそこにあるのは、お墓?」
シアが巨木の側の石碑を見る。そこには花が添えられている。この花は私や精霊たちがお供えしているものである。彼女は、黄色の花がとても好きだった。だから私はいつも黄色い花をお供えしている。特に夏に咲く花が好きだった。
「ええ。私の大切な友達のお墓よ」
『聖女』をしていた友人のお墓。
私が眠っている間に友人は、お墓にはいった。だから私は友人の最期を知らない。実際にその最期を看取れなかったことは、私にとっての一番の心残りであると言える。
それにしても考えてみれば、あのころから随分と時間が経ったものだと思う。
「お墓がこんな所にあるなんて思いませんでした」
「ふふ、此処は私にとって大切な場所だから。私のお友達は、私の側で眠ることを選んでくれたの。私は彼女の最期を看取ることは出来なかったけれど、あの子が私の側で眠ることを選んでくれたことが嬉しかったわ」
――とある事情で眠りについた私。それはどうしようもない事情で、私は眠りにつくことを選んだ。それを後悔はしていない。目を覚ました時、色々と世界が変わっていることも面白いと思っていた。
けれど私のお気に入りのお友達がいなくなってしまったことはちょっと残念だった。
あの子が私の事を大切にしてくれていたのは、目が覚めた時にすぐにわかった。だって周りに沢山人がいて、私の事を持ち上げようとしていたから。私はそういうのごめんだったから断ったけれど。私の友人であったあの子も、私がそれを嫌がることも分かっていたのよね。
思わず感慨深い気持ちになりながら、お墓を見る。
「……ファニー様にとって、大切な人だったのですね」
「ええ。大事なお友達ね。私って友達って言える存在、そんなにいないのよ。でもあの子は――私にとっての友達だって言える存在だった。シアもきっと知っているわ。『暁光の聖女』エルソッラ。私の大切なお友達の名前よ」
「『暁光の聖女』エルソッラ様? ……それって、六百年も前の人じゃないですか。ファニー様はそのころから生きていると言うのですか?」
「ええ。私は長生きなの」
『暁光の聖女』エルソッラ。私の友人である彼女がいた時代は今から六百年も前。
暁光とは、夜明けを表す。エルソッラは、この世界に夜明けをもたらした。この世界が絶望に陥った時に、この世界に希望をもたらした存在として伝えられている。
長い時を経ても、エルソッラがそうやって伝えられていることが私は嬉しい。
「……それにしてもエルソッラ様のお墓が、こんな『死の森』にあるなんて。エルソッラ様が何処で没したのか、色んな推測が建てられていたのですが。こんなところにあったなんて……」
「此処は昔は『死の森』じゃなかったもの。それにエルソッラにとって、此処は特別な場所だったから」
「……神官たちが知ったら驚くことでしょう。私も驚いています。ファニー様、エルソッラ様にお祈りを捧げても?」
「どうぞ。私が許可することでもないわ」
そう言ったら、シアはエルソッラのお墓に向かって祈りを捧げていた。
エルソッラは、とても信仰深い子だった。神様への信仰心を失わずに、何時だって祈りを捧げていた。
だから同じように信仰深いシアに祈られれば、嬉しいだろう。まぁ、死んでしまったエルソッラの魂は此処にはないだろうけれども。それでも気持ち的には、喜んでいると思う。
「此処に誰かを連れてきたのは、久しぶりだわ。此処が『死の森』と呼ばれるようになって誰も此処は訪れなくなったもの、まぁ、私は来ているけれど」
エルソッラの事は忘れられなくても、エルソッラの墓のことは忘れられていった。
――それもまぁ、時代の流れと言える。昔の大変な時代を人々は忘れ、教会も権力争いでバタバタしているようだしね。昔と同じような事が起これば大変でしょうね。
「……ファニー様って、エルソッラ様と友達ってことは実は歴史上で語られている人物だったりします?」
「さあ? 私は近隣諸国に伝えられている言い伝えが分からないもの。だから語られているかどうかなど知らないわ。興味ないし」
私は自慢じゃないけど長く生きていて、それだけ色々起こしているから何らかは伝わっている気はするけれど。
エルソッラがいた時代の私のことが伝わっているかといえば……分からないわね。