『聖女』を連れまわす ⑧
「ねぇ、シア、今日はこの森の中を案内するわね」
「この森の中を、ですか?」
帝都に向かってしばらくしてから、シアに私は森に連れていくことを告げる。
ちなみに今シアはね、帝都で買ったレースのふんだんについた可愛らしい寝着を着ているのよ。とても可愛いわ。薄い桃色で、とても可憐だわ。シアは着るのはずかしがっていたけど、着せたの。
シアが少し怪訝そうな顔をしているのは、この森のことを死の森という姿でしか知らないからだと思う。
それにしても昔はこの場は死の森なんて呼ばれてなかったし、森に隣接している国々もそこまで複雑でもなかったし。まぁ、あの時は共通の敵がいたからというのがあるだろうけれども……。
昔のことを思い出して、思わず笑みがこぼれた。
大変な時代だってあった。長生きしていて、魔法だって使えるけれど、正直死にかけた経験だって過去にはあった。それでもその思い出だって、今の私を形作る大切な思い出だ。
辛い記憶や悲しい記憶をなかったらよかった、思い出さなければいいって、そうやって蓋をする人だっているけれど、私はどちらかというとそれをすべて受け入れた上で今だと思うのよね。どれだけその人にとって思い出したくもないと思えるものだろうとも、私は自分が大好きだし、自分の生き方に誇りに思っている。
だから私を形作っている昔のことも大切な思い出だ。
シアはどういう考え方の子かはまだ分からないけれど、もっと自分の事を誇りに思ってくれるようになればいいなとは思う。今のシアは色々あったせいで自分を好きにはなれていなそうだから。
「ええ。この森の中を案内してあげる。シアは家でずっと過ごしているでしょう。この森にはシアが興味を抱くものが沢山あるのよ!!」
わたしはそう言って笑いかける。
まだ不安そうな顔をしているシアに私は笑う。
「この場所は今では『死の森』と呼ばれているけれども、昔は違ったのよ。この森の中にも人は結構来ていたしね。まぁ、私はのんびりと過ごしていたいから、今の『死の森』と言われて敬遠されている状況は願ったり叶ったりだけどね」
「……そうなんですか?」
「ええ。今は魔物が多いけれどね。だから昔の名残の遺跡とかも多いのよ。今の人たちはそんなの知らない?」
「……知らないです」
結構昔の話だし、記録はあまり残っていないみたい。皆、結構昔のことは忘れているのね。もう当時を知る人って少ないでしょうしね。
『聖女』として生きていたシアも知らないとなると、昔のこの森に関する情報は破棄されているのかもしれないわねぇ。大人の事情とか、貴族としての事情などがあるだろうから、そういう情報が破棄されているのも当然だろうけれど。
残っているところには、どういう情報が残っているんだろうか? そういうのも気にしたことがなかったけれど、シアと話しているといい刺激になって、色々気になることが増えてくるわ。
「――だから、シアが興味がありそうな場所に連れて行ってあげる。この森は広くて、色んな場所があるのよ」
そういって笑えば、シアは頷いてくれた。
その後やったことは、シアに似合うお出かけ着を選ぶことだった。シアが「動きやすければなんでもいいと思うんですが」と言っていたが、私は私のコーディネートした可愛いシアを連れまわしたいの!
そういうわけで、帝都で買った服の中から選んだ。上は、シャツに桃色の上着。下は薄い青色のスカート。うん、上品で可愛い。
やっぱり可愛くて、見ていて幸せだわね。
そんなシアと一緒に外に出る。移動は今回は魔法を使って行うことにする。魔法を実行して私とシアの身体を浮かせる。そしてそのまままずは最初に連れて行きたい場所に連れていく。
そこは精霊や森で暮らす生物たちの訪れる湖。
あの聖域と呼ばれる場所だ。
そこについた時に、シアは目を見開いた。
「此処は……。何か、神聖な雰囲気を感じます」
「そりゃそうよ。ここは聖域って呼ばれる場所だもの。『死の森』の中にそんな聖域があるなんて面白くない?」
そう言って笑かければ、シアは益々驚いた表情をしていた。
それにしてもシアはとっても綺麗で、清楚な雰囲気を醸し出している元『聖女』だから、此処の場所が似合うわね。精霊たちが面白く思っているのかシアをまじまじと見ている。でもシアは湖をじっと見ていて、精霊たちを感じ取れてないみたい。
精霊たちもあえてシアの前に姿を現わそうとはしていないみたいだし。
「……とても神聖な場所。この『死の森』の中にこんな場所があるなんて思ってなかった」
「ふふ、とてもいい場所よね。私もお気に入りなのよ。此処の水を使うと調合などもとても効果がよくあるのよ」
「聖水ですか? 普段から聖水を使っているのですか?」
「まぁ、そうね。料理とかにも使ったりもするわよ。シアも食べたじゃない」
「え」
聖なる水――聖水と呼ばれるものは、結構高額でやり取りされている。だけどまぁ、此処は使い放題だものね。




