ポコペン
これは、私が小学生の頃に体験した恐ろしい体験の話です。
その日、季節は夏でした。私は田舎に住んでいました。虫の音が夕方を合図していて、それがまるで、早くお家に帰りなよ、そう告げているように感じられたのを鮮明に覚えています。
私には幼馴染のT君とSちゃん(田舎ですから、ほとんどの子供たちと幼馴染のようなものなのですが)がいて、昔から虫取りやザリガニ釣りなど、仲よく遊んでいました。夜の森での昆虫採集なんかはすごく楽しかったものです。最もこの森には、近づいてはいけないとされてきた場所が例のごとくあるのですが、辺りは綱で囲まれていましたし、まず気にするものはありませんでした。
そうして過ごしていた夏のある日、東京の方から転校生がやってきました。
首筋にある、大きなほくろともとれるような、痣ともとれるようなものが特徴的で、何故だか既視感がありました。
裕福そうな家庭の子供のように見て取れたので、どうしてこんなところに、そう思ったのは束の間でした。
大都会から来たR君は、田舎について何も知らないから、色々教えてほしいといっていましたが、それはこちらも同じで、都会について色々教えて欲しいと思っていましたので、R君と我々3人が打ち解けるのはごくごく自然な流れでした。
それからというのも、R君を交えて我々はよく遊びに行くようになりました。そしてある日、R君は、ポコペンって知ってる?こう言いました。
私は、聞いたことのない単語に、何なの、それ、と問い返しました。何か都会で流行っているものなのかしら、そうあたりをつけていました。
R君から話を聞くところ、それはどうやら、缶蹴りのようなもので、かくれんぼと鬼ごっこを混ぜたようなものでもありました。私たちにも理解しやすいものでしたので、早速今日やってみようということになりました。
時刻はすでに夕方で、ヒグラシが呑気に合唱していました。そうです、とうとうその日が来たんですね。
完全に日が暮れてしまうと、田舎ですから、辺りは夜闇に包まれてしまいますから、不安でしたが、
R君がライターを持っていたので、まあ大丈夫かなと思いました。用意周到だなとも関心したものです。
隠れることが出来る広い場所というのは、我々が知る限り件の森しかなかったものですから、ポコペンのフィールドというのは、自然とそこに決まりました。
そしていよいよ遊びが始まります。このポコペンという遊びは、最初が特徴的で、ポコペン、ポコペンだーれが最初に突っついた、ポコペン、という掛け声とともに鬼をみんなで突っつきます。
ここで鬼が誰が最後に突っついたのかを当てることが出来たら、当てられた人が鬼になるのです。
ポコペン、ポコペン、だーれが最初に突っついた、ポコペン。
結果的に最初の鬼はR君に決まりました。いーち、にーい、さーん・・・。R君は三十秒を数え始めました。逃げなくては・・・。
我々三人は各々離れて、決して禁忌の場所には近づかないように、隠れました。
そして鬼が我々を探しに来る時間がやってきました。するとどうでしょう、どこからか悲鳴が聞こえてきました。いや、悲鳴というよりは呻きでしょうか、ともかく恐ろしい人の叫び声が聞こえてきました。そして何より恐ろしかったのは、その声を発していたのが、親友のSちゃんだったことです。
これは流石に異常だとおもいましたので、私はポコペンを開始した場所に戻ることにしました。皆もそこに集まるだろうと考えたからです。恐怖や不安で一杯でしたが、必死で向かっていきました。そしてようやく、その場所が見えてきました。だがしかし、ここでもっと恐ろしいことが起こってしまいました。
もうそこには二人がやってきていたのですが、その光景は異常でした。
R君がT君の首筋に火のついたたばこを押し付けていたからです。もうT君は息絶えていたようでしたので、声を上げることはありませんでした。この突然の状況に、私はそこに立ちすくむしかありませんでした。
そうして突っ立っていると、R君と目が合ってしまいました。このままでは私も殺される、そう本能で認識した体は、勝手に走りだしていました。
一心不乱に逃げてたどり着いた先は、決して立ち入ってはいけないと言われていた、禁忌の場所でした。辺り一帯はしめ縄で囲まれているその場所は、明らかに空気が違うように感じられましたが、後ろを振り返るともうそこにはライターを手に持っていたすぐそばまで来ていたので、禁忌の場所に私は踏み込むほかありませんでした。一瞬、決してあの場所には入るなよ、そう言い聞かしてくれた両親の顔が脳裏に浮かびましたが、勢いよくかぶりを振って、振り払いました。
奥に奥に進んでいくと、神社のようなものが見えてきました。このまま逃げ回っていては埒が明かない。そう思った私は、少し抵抗と恐怖はあったものの、この場所で隠れてR君から逃げおおせよう、そう考えました。そしてそれから、R君とのかくれんぼが始まりました。
私はどこに隠れるのがいいだろうかと思い、本殿の中を歩き回り、さして時間があるわけではないので、本殿の賽銭箱の中に隠れることにしました。賽銭箱は古く傷んでいたため蓋が簡単に取り外せましたし、覗き込んでもよく見えないだろうと思ったからです。
一秒一秒がすごく長く感じられました。ガタガタ震える奥歯を必死で黙らせながら、恐怖に包まれた時間を過ごしていたその時です。
○○ちゃん、どこにいるの、出てきてよ、おながい、そう私の名前を呼ぶ××君の声がしました。
この呼びかけに応じてはいけない。震える体を縮こまらせて、私は必死に耐えました。
そしてしばらくして、人の気配はなくなったようでしたので、私は恐る恐る外に出ました。
ああ、良かった、何とか逃げ切ったのか、そう安堵して、上の空だったのでしょうか。私は何かに躓きました。一体何に躓いたのだろう。辺りほもう夜闇に包まれていたので、身をかがめてよく見てみると、それは人の腕でした。それもまだ新しい。しかし不思議なことに、血はどこにも確認できませんでした。何か超常現象的なものに殺されたのだと、私は幼なながらに直観しました。そしてその手は、いつか見たライターを、固く握りしめていたのでした。
それを見た瞬間に私はすでに吐いていました。胃液まで出たような気分だったのを覚えています。
しかしまだ理性は残っていて、このライターを明りにしてここから早く逃げよう、そう考えた私は、R君からライターを拝借し、歩き始めました。
ねえ、もう帰っちゃうの、遊ぼうよ、かくれんぼしようよ、××君の声がまた聞こえました。
ああ、この声、どこかで聞いたことある。しかし私には、それが誰の声なのかは思い出せませんでした。そして帰ろう帰ろうとと思っていた足は、何かに操られるかのようにして、本殿の方向へ向かっていきました。この時、なぜかひどく落ち着いていたのを覚えています。そして、私はライターのことを思い出し、それで辺りを照らしてみることにしました。
するとそこには、ニゲロ、殺される、ヤツがクル、封印、悪霊退散・・・
多種多様な恐ろしい言葉が並んでいました。ここで私はようやく何かから目が覚めました。急いで走り出したものの、バタン!バタン!出口は次々と閉ざされ、
ポコペン、ポコペン、だーれが最初に突っついた、ポコペン。
そう楽し気に呟く××君の声が聞こえました。この時私は何かに触れられたかのように感じれました。
それでも私は、出して!ここから出して!そう泣き叫んで扉をたたくことに必死でした。
ポコペン、ポコペン、だーれが最初に突っついた。そう××君は繰り返します。
そこで私は××君の名前を思い出しました。もしかして、Y君・・・?そう声をかけた途端、バタン、扉は開きました。
そこから私は必死に逃げ帰り、何とか森を抜けました。もしあの時Y君の名前を思い出せなかったら、そう思うと今でも震えてきます。
後日両親にY君とR君の話をすると、どちらも幼稚園時代にひどいいじめを受けていたそうです。
R君については、首筋の痣が原因で小学校でいじめられたためにこちらに越してきたそうです。
両親はその痣について、こう言っていました。
「あなた、覚えてないの・・・?」