流されるままに裏切り、結局独りでは生きる事もできないわたしのお話
【北極星】を裏切った三人(野郎共は1行程度だけれど)のその後のお話。
「ほら、アリアちゃん。これ4番のテーブルへ持っていって」
「はぁい!」
……ふう。忙しい、忙しい。
「おう、アリアちゃん。こっちのテーブル、エール2杯お代わりネー」
「はぁい♡よろこんでぇっ!」
ちっ。見りゃ分かんだろ、こっちは忙しいっちゅーねん、このボケぇ。少しは空気嫁やコンチキショー。
おっと。いけない、いけない。つい黒いアリアが出てきてしまいました。どうにも脂ぎった親父共に軽々しく名前を呼ばれるだけで……ああ、怖気がします。
……ってゆうか、何故わたしは、場末の寂れた居酒屋如きで、チョイと屈めば下着が全て見えちゃう様なお下劣な制服を着させられて、女給の真似事をやらされているのでしょうか?
仮にも、この街、この国内では”最強”との呼び声も高き【北極星】の、射撃手として、それなりの名声を得ていた筈の、このわたしが……ですよ?
誇り高き森の民という種族は、総じて人間なんかよりも、遙かに優れた弓の技能を誇っております。
遙か遠くの距離をも視認し、少しコツは要りますが眼に生命力を込めれば、精霊やマナだって視る事ができます。エルフに”獲物”と認識されてしまったが最後、後は死の運命しかありません。
そもそもの眼の造りが根本から違うのですから、当然と言えば当然の話ではあるのですけれど。
そして、何を隠そうこのわたしは、数ある弓兵の中でも誉れ高き”射撃手”の称号持ちであり、罠士技能を持ち、更には更には元々の生活の場が森の中でしたので、野伏の心得すらも持ち併せております。
言うなれば、エルフの射撃手、<銀弓のアリア>という存在は、パーティに絶対に欠かす事のできない優れた斥候兼、遠距離支援役をも兼ね備えた、何でもござれの最優良物件なのでございますのよ。おほほほほほ……
……である筈……ですのに。
それが今では……何が悲しくて、こんな小汚い居酒屋で、女給なんぞを……
ううううう……ドウシテコウナッタ?
今更な話、ではあるのでしょうが、あのまま【北極星】に残っていられれば、この様な惨めな想いなんぞをせずに済んだ筈なのです。本当に、今更の話なのですが。
……あの侯爵様の三男坊の口車に乗ってしまったせいで……いえ。人のせいにするのは良くありませんね。決めたのはわたしの意思……ですし。
今思えば、ただ単に、場の雰囲気と勢いに流されただけ……ああ、結局これってただの言い訳でしかないですね? はい、そうですね。
でも、少しだけ言い訳させて下さいな。
確かに、あんの糞餓鬼の言葉によって、我々【北極星】の未来は、大きく揺らいでしまいました。それは否定しません。
ですが、あの人も、あの人ですよ。
……なにも、あそこまで、わたし達をクソミソに言わなくても……
わたしの硝子のハートは粉々でしたもん。ええ、わりと立ち直れないレベルで。
いや、彼に言われるまでもなく、わたしだって、チョイと非力だなぁって自覚はあったんですよ? ですから、日々の筋トレは欠かさずやっていましたし。
その甲斐あってか、エルフの平均を遙かに上回るナイスバディを得るに至った訳ですし。
……すみません、嘘ついていました。胸囲は確かにあるんですが、その……そこに付いていて然るべき『女性的な脂肪の塊』は、といいますか……その欠片すらも……ええ、これ以上は惨めになるだけですので、ホント勘弁して下さい。
ああ、キシリアさんみたいに、”バイーン”で”ボイーン”な、”ズキューン”なナイスなバディがあれば、このわたしでも彼を籠絡でしたのでしょうか?
……無理、でしょうね。
彼、不能かと疑う程に、女の色香に瞞されない根っからの朴念仁ですし。一時期、男色の気もあるのでは? とすらも疑いましたよ。彼と居ると、女の自信無くすんです、嫌ンなるくらいに。ホント、ホント。
逆説的な話にはなりますが、だからこそ我々【北極星】は、人間関係で拗れる事無く今までやってこられたのだとも言えましょう。
と言いますか、そもそも場末の居酒屋で働くしかない今の惨めなわたしが、【北極星】を名乗る資格なんぞ、有りはしませんでした。反省。
最強の剣舞闘士、<竜殺し>グランツ……彼こそが【北極星】であり、矮小なわたくしめ如きが、あの栄光の名を軽々しく口にしてはならないのですから。
え? なんでそこまでグランツを崇拝する様な言葉が出るのか……ですか?
そりゃあ勿論。
わたしはグランツを、それこそ出会ったあの日から、ずっとお慕いしておりますので。
……まぁ、彼の背には、必ず寄り添う様にキシリアさんがいらっしゃいましたので、この想いは墓まで持っていくつもりなのですけれど、ね。
長命のエルフが墓まで持っていく”想い”というのは、流石に重過ぎますか? そうですか。
そんな重すぎなわたしが、何故彼を裏切る形になってしまったのかと言いますと……
「おう、アリアちゃぁん。忙しいってのに、何つっ立ってやがンだ、さっさと働けやボケぇ!」
「……はぁい♡よろこんでぇぇっ!」
……ううう、本当に涙が出ちゃいますぅ。
◇◆◇
まぁ、今はあんな場所で働いているとはいえ、わたしもそれなりのランクを持つ冒険者ではありますので、そこそこの蓄えは持っている訳で。
……それでも、装備品の整備費用を考えると、そんなに裕福という訳でもないのですが。元々の値段の桁が違いますし。
ですが、今のわたしは冒険者としての仕事の無い、所謂”干された”状況ですので、そこまで考える必要は無いとも言いますか。でも、その分収入が雀の涙なのも否定できない訳でして……倹約するに越した事は無いのであります。ですので、今は酒場の宿に住み込みなのです。ぴえん。
侯爵の三男主導で行われた【北極星】の乗っ取りが未遂と終わった瞬間に、わたしは彼らからの離脱を決意しました。常日頃からわたしを見つめる重戦士の眼が、いやらし怖ましく、貞操の危機を感じておりましたし、キシリアさんは最初から『興味無い』とわたし達との同行を拒否していましたし。
……本当に今思えば、何であんな事をしでかしたんでしょうか。
ただ、わたしは彼に、『ただのパーティメンバーではない”わたし”という存在を、ちゃんと個人として認識して欲しい』そう思っただけなのに。
それが今では”【北極星】の裏切り者”という分かり易い存在に。彼の性格上、裏切り行為に対し絶対に容赦なぞ無い筈。つまりは、わたしは二度と彼の目の前に立つ資格が無い事を意味します。
”退職金”を受け取った魔導士は、単身隣の国へと向かったのだと聞きました。同様に受け取った重戦士も、メッサーナ平原の開拓団に参加したとの噂を、つい先日耳にしました。
彼の性格を知る者ならば、当然の行動だとわたしは納得しました。絶対に、彼が許す訳はないのですから。
……そろそろ、わたしも身の振り方を、考えねばならないのかも知れませんね。
とはいえ、エルフが人間と同様の暮らしができる国は、そう多くはありません。
すぐお隣の国々は、一応建前上は非合法なのですが、奴隷目的でエルフを狩る集団がおりますので、魔導士と同じ様に単独で渡るなんて選択肢は、当然わたしにはあり得ません。
そもそも奴隷制度を認めていない国の方が、遙かに少ないのですから、こればかりは仕方の無い事かも知れません……とはいえ、亜人(この括り、本当に嫌いです)が少数派である現状を理解すれば、差別も少ないですし、この国は住みやすいのでしょう。
身の安全を第一に考えれば、この国で暮らす他に、わたしは手が無いというのが現状です。でも、そうすると、”干されて”いる以上、冒険者としてわたしは生きていけない訳でして。
……あれ? 詰んでませんか、思いっきり……
単独パーティでやっていくという選択肢もアリだとは思いますが、正直申しまして、近接戦闘はあまり得意ではありませんし……ああ、そういえばキシリアさんは【北斗七星】なんて名前のパーティを結成したとか何とか……
酒場とは、人の噂が集まる場所。有名人ともなれば、嫌でも噂が流れてくる。
……あれ? でもあの人、彼と二人でちょくちょく依頼を受けているとも聞きますし……?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アリアちゃーん。こいつ2番テーブルねー」
「はぁい♡ただいまー」
ふう、忙しい忙しい。
今日も今日とて、下着が見えない様に気を遣いながらも、わたしは狭いテーブルの間を縦横無尽に駆け巡ります。慣れてしまえばこんなもの。優秀なエルフに死角はございません。
「アリアちゃぁん、チョイとお酌してくれよぉ」
「はぁい♡踊り子にはおさわり厳禁ですよぉー☆」
何も載っていないお盆を縦方向に真っ直ぐ打ち下ろしてスケベ親父の頭を叩き、脂ぎったえっちな手をひらりと回避。これももう手慣れたもの。二度と触らせてなるものか、糞が。
「アリアちゃーん、5番さん注文受けてー」
「はぁい♡よろこんでーっ!」
しかし、場末のこんな小汚い酒場が、夜はここまで盛況になるなんて……甘く見てました。忙しいったらっ……なのに、そこに来てご注文でございますか、コンチキショー空気嫁。
「はぁい、アリア♡」
「……テメェクソコノヤロウ、どの面下げてわたしの前に出て来やがりましたかっ!」
◇◆◇
掃除を済ませた頃には、周りの灯りは全て消え、街は月明かりだけの、夜の静寂に包まれていました。
「頑張っているみたいね、アリア」
「……今をときめく<竜殺し>の貴女が、場末の女給如きに、一体何のご用でしょうか?」
ああ、ダメだ。どうしても言葉の端々に、態度に、僻み嫉みが出てしまう。
”彼”と二人でパーティを組んで活動している彼女と、彼の前に立つ事なぞ許されず、かといって冒険者としての活動すらできない今のわたし。一体どこで差が付いた?
分からない。
だからこそ、悔しい。ズルい。そう思う自分が情けなくて、悲しくて。
「うん、そうよね。そういう反応になっちゃうかぁ……」
分かっていた事、だけれどね。そう彼女は自嘲気味に呟く。
自分の情けなさを再確認させられた気がして、わたしは余計に悲しくなりました。
「でもね、あたしはあなたを笑いに来た訳じゃないの。それだけは、理解して頂戴」
彼女の持つカンテラの灯りに照らされて、顔が醜く歪むのを自覚した。
もし、今彼女に笑われでもしたら、きっとわたしは彼女に飛びかかるでしょう。彼女は、わたしの欲しかったものを、その手にしているのですから。
「……では、何の為に?」
貴女は、そんなにお暇なのですか? その程度の嫌味すら言えない。そんな余裕すら、今のわたしにはありません。
「あなたは、”退職金”を受け取っていないでしょ?」
……”退職金”。冒険者ギルドから【北極星】の資産を分配すると言われたあの事でしょう。最強パーティの、今までの資産を等分したのですから、その金額は莫大なものの筈です。男どもは喜んで受け取っていましたが、わたしはどうしてもそれを手にすることが出来ませんでした。
もし、仮にあれを受け取ってしまったら、彼との”縁”が完全に切れてしまうのだと、わたしは直感したからです。
「……ええ。受け取れる訳はありません。わたしは、”彼”を完全に裏切る事はできませんので……」
本当に今更なのは自覚している。だけれど、だからこそ、ここは絶対に超えてはならない一線なのだとわたしは思っているのですから。
「そう。だから、あたしは来たの。あなたを、迎えに……」
彼女は淡く微笑み、わたしに手を差し伸べる。
それを手にするには、わたしの中に僅かながらに抵抗がありました。だから、わたしは彼女に、こう言います。
「……恋敵に、塩を送るつもりですか?」
「……あら? あたしにとって、あなたは敵にもなってないわよ?」
悔しいけれど、彼女の言葉は事実です。彼にとって、わたしは、”パーティメンバーその1”でしかなかった。だからこそ、わたしはああ動くしか出来なかったのですから……認識されていないのであれば、僅かながらでも心の傷になってやれば、と。
……なんて。本当に、滑稽。
「……今は、それで構いません。ですが、キシリアさん。絶対に慢心しないで下さいね。何れ、わたしは貴女にとっての最大の敵になってみせますので」
「頼もしいわね。精々備えておくとするわ」
両手で彼女の手をがっちりと握る。
こう宣言でもしないと、本当に今まで通り”その1”で終わってしまうことでしょう。
だから、ここから。
……でも、彼は本当に許してくれるのでしょうか? 正直に言いますと、不安は尽きません。
ソロにすらなれない意気地の無い冒険者は、恋敵から贈られた塩であっても喜んでペロペロするしかないのです。
今に見てろーコンチキショー。
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