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第十三回 ヒーローの夢を経て

一部の登場人物の名前を変更しました。

それに伴い、(見つけた箇所だけですが)文章を修正しました。


仕様およびウッカリで、フリガナが不自然な場合があります。


「頂上に到着した。引き上げを頼む」と十文字が研究所と連絡を取る。

 蛍火遺跡の頂上でオレは空を見た。真上は真ッ白に光り輝くワームホールである。ようやく元の世界に帰れるのかと感慨に耽っていると、「誰でしょうか」と(まさき)が言った。オレは彼女の視線を追うと、頂上の真ん中に誰かが立っている。相沢博士だ。

「博士!」とオレは、博士に声を掛けた。

「やあ、早瀬くん」と彼もこちらに笑みを返してくれた。彼はキノコの形態を取った夢幻亜人(イリュージョノイド)が入ったケースを抱えていた。

「心配で思わず迎えに来てしまったのだが、無事でなによりだ。ところで、この世界でもキノコは回収できたかね?」と続けたので、オレと柾は相沢博士に近づいて、柾が回収していたキノコ、つまり神社で回収した何者か、ゾンビ、クロコの三体をケースに入れた。

「これで十四体か……よかった。予定どおり全員揃った」

「早瀬! 柾! そいつから離れろ! そいつはアンノーンだ!」

 いきなり十文字が叫んだ。オレと柾が相沢博士を見ると、戸惑うどころか頬笑んでいる。柾が慌ててケースを奪い取ろうとするが、相沢がそれを素早く(かわ)して柾を蹴り飛ばす。オレもケースを奪おうとするが、年寄りの動きとは思えないほどに華麗で軽やかな身の(こな)しで躱して、やはり柾同様に蹴り飛ばされたのだが、やはり年寄りとは思えないほどに力が強い。オレもすぐに立ち上がって身構えて、柾は銃口を相沢に向けた。

「おい! 十文字! 博士が博士じゃないってどういう事だ! お前たちの眼鏡は化けた夢幻亜人(イリュージョノイド)を識別できるんじゃなかったのか!」とオレが十文字に尋ねたのだが、相沢は鼻で笑う。

「早瀬くん、彼らが識別できるのは『普通に擬態した場合』だけだよ。今の君たちの技術では、君たちのいう特殊効果(エフェクト)によって擬態した夢幻亜人(イリュージョノイド)は識別できない」

「なに?」

「盲点だったな。擬態を見抜く力が自分たちにあると過信してしまったがために、より質の高い擬態には一切気付けなかったどころか、その可能性すら疑わなかった。気にするのは、犬だの鳥だのに化けるといった杞憂に近い妄想だけ」

 そう言って声を上げて嘲笑(あざわら)った。

「博士! いや、アンノーン! 一体いつから研究所に潜伏していたの!」と柾だ。

 相沢に化けているアンノーンが、持っていたケースを無造作に床に落とす。衝撃でケースが開いた。

「せっかくだから全部教えてやろう。君達については、かなり早い段階から調べさせてもらったよ。君らがカメレオンだのゲンガーだの呼んでいた仲間が駆除された段階から、こちらがどう動けば、君たちがどう対応するか。まあ、組織単位での行動だから、使い捨ての手足程度の君たちには、実感がないかも知れないがね。

 ビーストやハナビには、単純に君たちの行動を把握するためだけに行動してもらった。インパクト達には、人間として生活している状態でも我々に気付くかの確認で、スカーにはトキシン同様に君たち人間を生物的に理解するために解剖だの人体実験だのをしてもらっていた。マドイとオボロを組ませてもいたし。そうそう、トキシンのときはマドイと私も一枚噛んでいたんだよ」

 アンノーンは一息ついて続ける。

「ここからが肝心なんだが、私が君たちの施設に侵入したのは、君たちがカチワリと関わった事件のときだよ。お前たちが会ったのは渡部(わたべ)絵美(えみ)の偽物だ」

 渡部絵美。夢幻亜人(イリュージョノイド)に生き埋めにされていた少女だ。

「あの少女に化けて施設内に侵入して、相沢博士を殺して成り代わったんだよ。この男は地位がある分、ずいぶんと便利だったよ」

 だからって、いくら見た目がそっくりでも、それだけなら博士の性格や知識までは真似できないはずである。最初は騙せても途中でボロが出るはずだ。

 アンノーンに銃口を向けている十文字が言う。

「ということは、お前の特殊効果(エフェクト)は化けるだけではなく、対象の知能や能力すらコピー出来るということか」

 アンノーンは薄笑いを浮かべている。

「半分正解だ。けど、話が早くて助かるよ。君たちは私が思っていた以上に賢いようだな。もっと愚かだと思っていたよ。それで、足りない半分の正解だが、それは早瀬くんが神社で倒した仲間の能力だ。確か……君たちは【(ナンバー)10】のナイトメアと呼んでいたね。そいつの特殊効果(エフェクト)は相手の心や記憶を読み取る能力だ。私の能力は相手が夢幻亜人(イリュージョノイド)ならどんな特殊効果(エフェクト)だってコピー出来るが、いくら私でも見たことも感じたこともないものはコピー出来ない。そこでナイトメアの特殊効果(エフェクト)を私の力でコピーして、その特殊効果(エフェクト)と自分の特殊効果(エフェクト)を組み合わせることで、渡部絵美や相沢博士になっていたという訳だ」

「そんな事ありえない! 渡部絵美は常に監視されていたのに!」と柾だ。

「カメレオンとゲンガーだよ。ゲンガーの特殊効果(エフェクト)による分身に渡部絵美を演じさせて、本体はカメレオンの特殊効果(エフェクト)で透明になって相沢博士に近づいたんだ」

 十文字と柾がハッとする。アンノーンが言う。

「そうだよ。ゲンガーの特殊効果(エフェクト)夢幻亜人(イリュージョノイド)の反応がないから、渡部絵美に成り代わっても気付かれなかった。私の特殊効果(エフェクト)もまた識別されない上に、カメレオンの能力で透明だから当然だれも気付かない。施設内の冒険だってやりたい放題だ」

 アンノーンは含み笑いを浮かべながら続ける。

「君たちは渡部絵美の死体を確認しただろ? あれが本物の渡部絵美だ。相沢博士は、カチワリとスカーの特殊効果(エフェクト)を併用して凍らせて切り刻んでトイレで流された。ずいぶんと可哀想で心が痛むよ」

 そう言いながらも、奴の口からは笑い声が漏れてた。

「そしてマドイ、ツチグモ、ゾンビで君たちのお仲間をことごとく排して、施設を脆弱にしたあと……そうだ、言い忘れるところだったが、ゾンビが復活したのはクロコの特殊効果(エフェクト)でだ。それに君たちが倒した結果でキノコになった訳でもない。もっとも、ゾンビが君たちと戦ったとき、クロコは体に入り込むだけでゾンビの意識すら奪わずにいたが、ゾンビがキノコの状態で施設に侵入したときに体を操って復活させたんだよ。ついでに言うと、施設で起こった爆発は君たちを少しでも心理的な負担を負わせるためだ。君たちの中には、あの爆発で出来た穴からクロコが侵入したと思った奴もいるんじゃないか? だが実際は、クロコの本体というか抜け殻自体は、相沢を使って予め施設に搬送していたんだ。なんせ相沢博士が欲しいと言った機材は大抵用意してもらえたし、なにより君たちがどうやって我々を識別しているのか分かるから、それを回避する手段も簡単に用意できる。君たちが掴んでいる情報を仲間に流すのも簡単だ。気付いたか? 君たちがマドイと戦うころには、みんな自分が君たちにどう呼ばれているのかも、君たちについても知っていたことを。まったく、この男は名付ける才能は無いが、偉い立場にいたから本当に便利だった。最後になるが、ワームホール生成時にいた研究員も私の特殊効果(エフェクト)の賜物だ。本物の彼も相沢博士同様に下水道に消えたよ。

 ……そういえば、私の呼称であるアンノーンは仮称で、正式なコードネームはまだ付いていなかったな。そうだな。私にコードネームを付けるとすればコピー、いや『ミラー』かな。君たちが我々につける名前はどれも単調で愚かしいから、こんな感じだろう」

 アンノーン、いやミラーが薄笑いを浮かべて足元のキノコを見る。ワームホールの白光を浴びて、十四のキノコが震え出した。

「なんだ?」とオレだ。

「早瀬くん。君も知っているだろ? これは夢幻亜人(イリュージョノイド)が復活するまでの仮の姿だ。栄養を十分に補給したキノコは、日光……今はワームホールの光が代用だが、それを浴びて(さなぎ)になる。そして再び夢幻亜人(イリュージョノイド)として羽化するんだ」

「なんだと!」

「慌てるな。すぐにではないし、特にナイトメア達は倒されて間もないから、ケース内の栄養をまだ十分に取り込んでいないだろう」

 柾がオレに近づきながら、夢幻亜人(イリュージョノイド)になる薬を取り出そうとした瞬間、注射器を掴んでいた柾の手元がわずかに白く光ったかと思うと爆発してオレのほうへ飛ばされた。明らかにハナビの能力だ。

「柾さん!」

 オレは柾を抱き止めると、柾は(ただ)れた手でもう一本の注射器を取り出すなり、オレに打った。ミラーは「もう一本は違うところに入れていたのか」と舌打ちする。オレはビーストに成るなりミラーに挑み掛かった。老人の姿をしているミラーだが、オレの攻撃をサッと躱したと思った瞬間に、オレは胸を強く殴って一瞬動きが止まったのと同時に(うなじ)に拳を思い切り振り下ろした。そしてオレの頭を踏みつける。たまたまオレの目の前にキノコ入りのケースがあったので、オレはそれを両腕で抱いて退(しりぞ)こうとしたときに「させるか!」となにかの注射を打たれた。オレは柾の前で倒れ込んだ。獣の姿だったオレの体が人間へと戻っていく。

「安心したまえ。ヒトに戻るための薬だ。君たちが持っているのと同じものだ」とミラーは笑った。

「十文字!」

 オレは十文字に向かって手を伸ばした。と、十文字の脇腹辺りが突然爆発する。いつも変身用の注射器を隠し持っているところだ。十文字は脇腹を抑えながらしゃがみ込む。激しく出血しているのは、こちらからでもハッキリと見えた。

「早瀬くん。私は君たちに勝つ確乎たる自信がある。だが、万が一に備えなければ成らないんだよ。十文字くんや柾くんならともかく、君の中に私の仲間ビーストがいる以上、爆発で殺すわけにはいかないからね」

 不快な笑みを浮かべていた相沢博士が十文字を一瞥する。と同時に、傷口を押さえている十文字の右腕が吹き飛んだ。十文字の悲鳴が上がる。

「十文字!」

「次は、お前だ」と今度は柾を見た。

 やはり彼女の右腕が吹き飛び、悲鳴を上げる。

「貴様!」とオレはミラーに立ち向かったのだが、一方的に殴られて倒れたところで頭を踏みつけられる。

「相沢なら、普段の君にも適わないだろうが、私はこの姿は仮のものだということが、この頭では理解できないのか?」

 ミラーは何度も何度もオレの頭を踏みつけた。オレが退(しりぞ)こうと四つん這いのような体勢になったときに、ミラーはオレの腹を蹴り上げた。と、キノコのケースの元に転がった。オレは立ち上がろうとしたとき、偶然にもそれが目に留まった。

「早瀬くん、なにを見ているんだ? すでに光を取り込んで復活の兆しを見せて震えている以上、それをどうしようが夢幻亜人(イリュージョノイド)は復活する」

 オレはミラーを睨みつけた。奴は余裕綽々と言いたげに笑っている。

「なんなら燃やすか? 焼却しても核は残る。そこから復活は可能だ。どうやろうが、君たちに我々夢幻亜人(イリュージョノイド)は殺せないんだよ」

「早瀬! ここはオレ達が食い止める! それを持って逃げろ! 応援が来るまで隠れるんだ!」

 十文字が叫んだ。オレは咄嗟にケースを抱いて立ち上がった。

「無駄だ。どう足掻いたって必ず復活する。君にはそれを阻止する手段なんて無いだろう。君一人がこの島で一人生き残ったところで、食糧もないこの地でどうやって生きていくんだ? 大人しくそのケースを私に返すんだ。私だって鬼や悪魔じゃない。大人しくしていれば、ビーストを助けるまでは幸せな夢を見せてやるし、そのあとは安楽死させてやる。思い出してみろ。お前も見た、渡部絵美の幸せそうな死に顔を」

 カチワリの事件の最後に見た、渡部絵美は幸せそうだった。

「死ぬのは怖いか? だが、私たちに殺されるのは怖くない。むしろ夢心地だ。君は家族を失い、ビーストと融合し、名前を奪われ、自由のない番犬として扱き使われて、何度も死ぬような思いをさせられた。いま逃げても、いつ復活するか分からない夢幻亜人(イリュージョノイド)(かか)えながら逃げるのか? たった一人、仲間のいない孤独の中で。その夢幻亜人(イリュージョノイド)たちは復活するなりお前を殺すだろう。それだけじゃない。お前の中に眠るビーストが目覚めれば、お前は体の中から食い潰されることになる。冬虫夏草に寄生された虫のように無様に苦しんで死ぬんだ。そんな未来しかないのに、自分から苦しむ道を選ぶというのか? 素直になれ」

 オレはゆっくりと膝まずいてケースを床に置いた。

「早瀬!」

「早瀬さん!」

 二人の声が、遠くから聞こえた気がした。ミラーは勝ち誇ったかのように笑みを浮かべる。

 オレは、震えている十四のキノコを……一斉に食べた。三人が呆気に取られる。すぐに

全身に拒絶反応が起こる。体が寒いのか熱いのか分からない。吐き気で思わず口を両手で塞ぎつつも、まだ食べ切れていないキノコを口に運び、噛み砕き、飲み込んだ。

 ミラーは小さく舌打ちするも、まあいいとすぐに平然とする。

「無意味だよ、早瀬くん。もし君がキノコを噛み砕いたところで意味はない。吐き出せばキノコの状態と変わらず復活する。まあ、時間は掛かるだろうがな。それにちゃんと食べ切れたとしても、君は拒絶反応で死んでしまい、死体は養分になってやはりキノコになった私の仲間は復活する。第一、キノコ一つでも致死量に達するのに、いくらビーストの生命力があったところで十四個も食べて体が耐えられる訳がない」

 それでもオレは死ぬ物狂いでキノコを食べ続けた。

「まさか、私のようにほかの夢幻亜人(イリュージョノイド)特殊効果(エフェクト)を使おうという魂胆なら、残念ながら無理だ。あれは夢幻亜人(イリュージョノイド)との融合を経ないと使えないし、すでに融合しているビーストと共鳴して、ある程度は使えたとしても高が知れている。それに、今の君はビーストにも成れないのに、どうやって特殊効果(エフェクト)を使うんだ? つまり、君は服毒しただけということだ」

 オレは両手で口を塞ぎながら、最後の一口を飲み込んだ。どうも形容しがたい苦しみや嘔吐感、頭痛、胸の苦しみ、体の痺れ、発熱と悪寒、自分で説明していて訳が分からなくなる苦しみをどうにか()えようと、オレは咆哮を上げた。オレの体からは光の欠片(かけら)のようなものが降り落ちていく。ミラーのさっきまでの笑みが消え、こちらを睨みつける。

「面倒なことになったようだな。早瀬くん、私がなにをしなくても君は死ぬ。君の体から溢れるその光の粉は、君の体が朽ちだしたぞ」

「朽ちだした?」と十文字だ。

「そうだ。夢幻亜人(イリュージョノイド)を取り込みすぎたために、君の体が限界に達して体が朽ち始めたんだ。最後には光になって消えてしまう。私はどんなに遅くても五つか六つ目のキノコを食べた段階で、拒絶反応を起こして朽ちる以前に死ぬと思っていたが、君は本当にゴキブリのような奴だな。君が朽ちて死ぬのはそれでいいとしても、問題は君の中にいる仲間だ。君の巻き添えで死なせる訳にはいかないんでね。悪いが朽ちきる前に死んでもらうぞ」

 相沢博士に化けていたミラーの姿が変わる。髪と肌の色は真ッ白で、目元には赤い桜の花びらを付けたような隈取りがあって白目は黒で瞳は青い。そしてなにより、体の形状そのものは人間のときのオレと全く同じだった。

 オレはミラーを睨む。そして素早く変身用の注射器を取り出して手首に打った。ナイトメアと戦うために渡されて、結局使わなかった注射器だ。一瞬のことでミラーは反応できなかった。オレの体がビーストに変身する。そしてミラーに突撃した。ミラーの顔面めがけて殴り掛かったが、ミラーはその腕をサッと叩き落としてオレの顔面を殴り飛ばす。すぐにオレは体勢を整えて攻撃する。元スーツアクターという仕事柄から、柔道などの武術の基本は叩き込まれていた。その技を掛けようとしたのだが、どう攻めてもアッサリ躱されて首に肘鉄を食らわせられた。倒れるのと同時にミラーの足を狙って回し蹴りをするが、跳んで躱された上に、そのまま腹を蹴られてしまう。ミラーが右手でオレの首を掴んで持ち上げた。足が床に届かない。

 ミラーが言う。

「私は君だ。君が私に勝てる道理など無いんだよ」

 首を絞める力が強く息が出来ない。

「私は君の力も知能も、全てをコピー出来る。つまり、私が君をコピーした瞬間には、君と同程度の力は持っているということだ。それだけではなく、私自身の力や今までコピーしてきた奴らの力が合わさって、今の私の強さがある。そんな私に、たまたま夢幻亜人(イリュージョノイド)の力を手に入れた程度の人間風情が、どうやったら勝てるというんだ?」

 オレはミラーを何度も全力で蹴ったが、ビクともしていない。

「君は本当に愚かだ。キノコを食べずに素直に返していれば、君は夢の中とはいえ無事に人間に戻り、家族とも再会できた。君はそれを自分自身で棒に振ったわけだ。あの判断の理由はなんだ? 安っぽい正義感か? それか陳腐な自尊心か? やはり私たちに対する不信感か? それともまさか……最後には私を倒すことが出来るという子供染みた妄想か? どっちにしろ、君は誤った判断をしたんだ。可哀想だが、同情の余地はない。死ね」

 ミラーがオレの首を絞める力を強くする。オレは思わず吐血した。その色はすでに赤ではなく汚らしい緑色をしていた。

「ほう、血は緑か。とうとう人間ではなくなったか、可哀想に。こんな惨めな君を見ていると、少し甚振(いたぶ)ってやりたくなってくる」

 そういうと、ミラーの力が少しだけ緩んだ。オレは精一杯息をした。すると、再びミラーが右手に力を入れた。オレの苦しむ姿を見ては、少し息をさせて、再び首を絞めるのを何度か繰り返す。その(かん)にもオレの体は少しずつ光を放つように朽ちていく。

「では、名残惜しいがそろそろお別れだ。さようなら、早瀬(たかし)……いや、酒井佳春(よしはる)

 ミラーがオレを投げた。オレはそのまま倒れたがすぐに立ち上がる……と、インパクト、ハナビ、スカー、オボロ、トキシン、カチワリ、マドイ、ツチグモ、ゾンビ、ナイトメア、そしてクロコと今まで倒してきた夢幻亜人(イリュージョノイド)十一体が勢揃いしている。オレが会ったことのないゲンガーとかいう奴と、ミラーの特殊効果(エフェクト)によって現れた分身だとオレはすぐに理解した。

「せっかくだからな。思い出と共にこの世から永遠に消えてなくなれ」

 ハナビがオレを指差すのと同時に、オレの右腕は爆発して吹き飛ばされた。インパクトの衝撃波で吹き飛ばされたかと思えば、ツチグモの糸で縛られて、そのまま床に叩き付けた。釣られた魚のように、また引ッ張られたかと思えば、その先にカチワリがいて太い氷の槍がオレの腹に突き刺す。そして今度はスカーの元に飛ばされて左脚を切り落とされた。オレは攻撃される度に悲鳴を上げて、右へ左へと振り回される。と、奴らが囲っている円の中心部分で、なぜかツチグモの糸が切れてオレはそこに倒れた。立ち上がろうにも左脚を失って立ち上がれない。オレは吹き飛ばされた右腕の傷口に触れると、なにかがワサワサと動いていた。なにかと思えば、黒く小さな甲虫のような無数のなにかが傷口を修復している。左脚を見ると、やはり同様に黒いなにかが傷口を塞いでいた。本家のものと比べれば見劣りするとはいえ、ゾンビの特殊効果(エフェクト)のようだった。

 ツチグモが再びオレに目掛けて糸を飛ばして来た。オレはそれを左腕で受けて「切れろ!」と念じると糸が切れた。オレはミラーを指差して「爆発しろ!」と念じると、両腕を組んでいるミラーの胸元辺りで爆竹より弱い爆発が幾つかあった。負傷は全くないが、ミラーは舌打ちする。

「困ったな。本当にしぶとい男だ。まさか本当に、融合したビーストの特殊効果(エフェクト)と、食べられた奴らの特殊効果(エフェクト)が共鳴するなんて。これじゃあ、トキシン達の能力は効かないな」と言ったあと、トキシンとマドイ、クロコの分身が消えた。

 オレは右腕と左脚を見る。ゾンビとは速さは比較にならないが、それでもゆっくりとだが修復されていた。だが、あまりにも遅すぎる。それに光になって消えていく箇所の修復は行われていない。時間は無いようだ。オレは見たことも会ったこともないゲンガーとやらの特殊効果(エフェクト)を引き出そうとする。もちろん不完全なものしか出て来ないのは察しが付いていたので、せめてそれが義足の代わりなればいいと思っていた。オレの左脚に、細い木の棒のような足が生えてくる。一応、関節もついているし自在に動かせるから、特に問題はない。オレはミラーに突撃した。速度が出ないから、自分の後ろに向けてインパクトの衝撃波を出して、申し訳程度だが加速を付けた。ハナビがオレに向かって指を差すが、それもゲンガーの分身能力で、とても分身とは呼べない指人形のような身代わりがハナビが放つ白い光を遮りオレを爆発から守って、カチワリやツチグモの特殊効果(エフェクト)が迫るより早く、オレはミラーの懐に入った。それでもミラーは余裕だと言いたげに両腕を前で組んでいる。オレは左手でミラーの腕を掴もうとするが、サッと(かわ)される。左手が奴を追うと爪と肌の間から糸を出して奴に当てるが、あっさりと振り払われた。やはりツチグモの糸ほどの強度は無いらしい。それでもオレは右足で踏ん張って、左足から衝撃波を撃ってミラーに飛びついた。オレの牙が奴の脇腹に届いた。オレはカチワリとスカー、ゲンガーの特殊効果(エフェクト)を引き出す。細い針のような氷で奴の体の奥深くまで傷つけて血液を凍らせ、スカーの力で傷口を広げてやるつもりだった。奴がオレの首を掴もうとしたのでオレは掌を重ねるようにして受け止めると同時に、オレは奴の体内で凍らせた氷と、そして脆弱ゆえに小さいものしか作れないゲンガーの特殊効果(エフェクト)で生み出した無数の分身……といっても病原菌のような微細な粒子を、ハナビの爆発で奴の体内中に撒き散らす。慌てたミラーが両手でオレの手を握ると、爆発を起こして左手は吹き飛ばした。だが、オレは送り込んだ分身を奴の体の中でハナビ、スカー、カチワリの特殊効果(エフェクト)を精一杯に発揮させまくった。ミラーは全身から小さな切り傷や肌荒れのような傷からの小さな噴火と血に染まった霜を降らせている。

「貴様!」

 ミラーがオレの首を両手で掴んだ。そのまま爆発で吹き飛ばすつもりか、斬り捨てるつもりか。どちらでもいい。どうせ最初から捨て身だった。

 突然、ミラーの両肩から血が噴き出した。ミラーの視線がオレから離れる。十文字と柾が銃撃したのだと、考えるまでもなく分かった。集中砲火は肩から上を狙ったもので、ミラーの目や頭部なども容赦なく攻撃する。ミラーもオレが噛み付いているために自由に動けず(かわ)すことも出来ず、オレを退()かそうにも傷の修復に集中しているのか、オレに(とど)めを刺せないでいる。オレがチラッと十文字たちを見た。ミラーの分身たちが彼らに攻撃を仕掛けるが、十文字らも走って避け続けながらミラー本体に向かって銃撃をやめない。オレは全ての力を顎に込めて、すべての力を振り絞って奴の脇腹を噛み千切ってやった。その拍子でオレは床に倒れる。

「うわああああ!」

 悲鳴を上げるミラーの緑色の血をオレは全身で浴びた。奴の肉片を吐き出すのと同時に、変身が解けてしまう。

 オレは十文字たちを見た。二人はすでに立ち止まってミラーに銃口を向けている。周辺にミラーの分身はいない。次にミラーを見る。奴はしゃがみ込んでいた。両腕で傷口を押さえようとしているのは分かるのだが、横腹の広い範囲を失っていて、とてもじゃないが押さえ切れていない。顔も首の周りも銃撃を受けて傷というか穴が()いて緑色の血で汚れていた。ここまで来るとゾンビの特殊効果(エフェクト)も意味を成さないのか、修復は行われずに奴の体からは泡が噴き出していた。

「貴様……」

 怒りに震えるミラーがオレを睨む。が、クスクスと終いにはゲラゲラ笑い出した。

「一人前に悲劇のヒーローぶった偽善者の分際で、これからノウノウと生きていけると思うなよ。オレはお前だ。お前のことならなんでも知っている。仮に生き残れたとしても、お前は永遠のオレらの陰から逃れ――」

 言い終える前に奴は泡に埋もれてしまい、最後にはキノコだけが残った。オレは十文字たちのほうを向く。十文字も柾も右腕こそ失ったが、なんとか生きている。

「早瀬……」

 二人が心配そうにオレを見つめている。オレは自分の体を見る。体はすでに光に包まれている。両脚は失われて左腕は肘まで消えていた。もう一度、ミラーを見る。キノコの姿になった奴は、今まで駆除した夢幻亜人(イリュージョノイド)同様に、ただそこに生えている。安心した。

「十文字……、柾さん……、頼みがある」

「……なんだ?」

「オレはもうダメみたいだが、ミラーのキノコを使って、妻と息子を生き返らせてくれ」

「早瀬……」

「最初からそういう約束だったんだからな。頼んだぞ」

 オレは笑顔だった。もうすぐ死ぬのが分かっていたオレの心は妙に安らかだった。ふと、空を見上げる。ワームホールは白い太陽のように輝いていた。オレの体の光が、あたかも風に巻き上げられる花びらのように吹雪いて舞い上がる。と、白い日差しの中から、白い女性の影が見えた。誰だろう。一瞬思ったが、すぐに妻の影だと分かった。オレは肘まで失っていた両腕を彼女に伸ばした。

 妻の手とオレの腕を触れた瞬間、オレは白い光の中で目を閉じた。ふと、涙が漏れた。


 …………。

 ………………。

佳春(ヨシくん)、ヨシくん」

 オレは闇の中にいた。どこからともなく妻の声がする。とうとう死んだのか。

「ヨシくん」

 右手に何かが触れている。いや、握られている。

 なんだろう。

「ヨシくん、起きて」

――?

 オレは目を開けた。白い世界。いや、白い天井。いつもの白い牢獄か? 違う、少し黄ばんで汚れているようだった。

「ヨシくん」

 オレは声のほうを見た。妻だ。妻の千晴がいた。鉢巻をするように額に包帯を巻き、ガーゼを左頬に付けているが、間違いなく妻だった。

「やっと起きた。よかった。ヨシくん、ずっと(うな)されてたんだよ」

 涙目になった妻がそう頬笑んだ。オレは当初、訳が分からなかった。

「どうしたの?」

「十文字は? 柾さんはどうなった?」

「誰のこと?」

「誰って? 一体あのあと……」

 妻がクスッと笑った。

「どうせ悪い夢でも見てたんでしょ?」

「夢?」

 まだ理解できない。

「そうだ。佳明(よしあき)は?」

 妻の視線が佳明に向く。ノートパソコンを前で眠っている息子の姿があった。息子の右腕はギプスと包帯で固定されていた。息子の手前にあるパソコンから声が聞こえる。

「とうとう追い詰めたぞ! 極悪異次元人 |magicianoid(マジシャノイド) のボス! マジック・ザ・ミラー!」

「フッ。人間ごときに(ほだ)された情けない落ちこぼれヒーローが、異次元世界の魔王たる私に勝てるとでも思っていたのか!」

「なんだと! ん? な、なんだ?!」

「私が貴様ごときに怯えて逃げるわけがないだろう」

「しまった! 罠か!」

「孤立無援! 疲労困憊! 四面楚歌に絶体絶命! 私の完全勝利だ! 私に逆らったことを未来永劫、無間地獄の奥底で阿鼻叫喚しながら後悔するんだな! わはははは! さあ死ね! 裏切り者の暗黒魔獣人マジック・ザ・ビースト!」

「ぬわああああ!」

 オレはきょとんとパソコンを見つめた。妻は笑って言う。

「ヨシくんの友達だっていう人が特撮のディスクを持って来てくれてね、あの子それをずっと観てたんだよ。パパが起きるまでずっと起きておくんだとか言って。けど、結局途中で寝ちゃったけどね」

「…………夢だったのか?」

 確かに長い夢を見ていたような気がする。

 だけどもう、その夢を思い出せない。

「やっぱり怖い夢、見てたんだ」

 そう妻は笑った。妻は慈愛に満ちた笑顔をしてオレの頭を撫でてくれる。

「怖い夢見たくらいで泣いちゃって情けない。佳明(アキくん)に見られたら笑われるぞ」

 そう言って妻はオレの涙を手で優しく拭いてくれた。オレは気恥ずかしくなって、一瞬妻から目を逸らす。だが、すぐに笑って彼女の目を見て言う。

「ただいま」

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