第十二回 蛍火遺跡
一部の登場人物の名前を変更しました。
それに伴い、(見つけた箇所だけですが)文章を修正しました。
仕様およびウッカリで、フリガナが不自然な場合があります。
あの日のことを思い出す。前方に大型トラック、後方から暴走した大型トラックがこちらに向かって衝突してきた。左側には段差があって、その下は田んぼだったし、それ以前にガードレールがあったから、そちらの方向に逃げるのは不可能だった。右側……つまり対向車線も渋滞していて、とても入り込める隙間なんて無かった。
後ろから迫ってくる大型トラックの音。最後に見た、血の気が失せていた妻の顔。
オレはなにも出来なかった。仕様がなかったんだ。悪いのは衝突してきた大型トラックじゃないか。
何度も心の中で、そう自分に言った。
――矛盾……。
なにか出来たから、自分だけ助かったんだ。
いや、違う。あのときのオレは、本当になにも出来なかった。だから仕方がないんだ。
――都合のいいように解釈……。
――胸を張って……。
確かに妻も息子も助けられなかった。だけど、助けられるのなら絶対に助けたはずだ。
どうして自分だけが偶然にも助かったのかと聞かれれば、なにも答えられない。
これは『奇跡』の名を借りた不幸だ。
オレは悪くない。悪くなんだ。
何度も自分の声を聞いている内に、空虚な気持ちに苛まれた。オレに過失が無かったとしても、オレが助かったのが本当に奇跡だったとしても、仮にオレが妻の千晴と息子の佳明を犠牲に……見殺しにすることで助かったのだとしても、現状はなにも変わらない。オレも被害者であることには変わらないんだ。
それに、今でもあの二人はオレの心の中で生きている。
――他人の記憶に残っても意味はない。
千晴と佳明のことは忘れたりなんかしない。
それに、オレが妻以外の女性と再婚し、新たに子供が生まれようとも、オレは誰からも咎められることはない。
――すぐに忘れる……。
忘れられる訳がないだろ!
――淡く薄れて消えてしまう……。
そんなことはない。仮に新しい家族が出来たとしても、オレの中の二人は、思い出と共に変わらずに生き続けるはずだ。
――思い出されるのは美化された幻。
幻なんかじゃない。しっかりとハッキリと存在している。水面に映る影なんかじゃない。
確かに死んだ。居なくなった。だが、まだ生きている。死んでなんかいない。
――未来にある楽しいことも嬉しいことも、すべては永遠に無くなる……。
やめろ。
――死んだら何もかもが終わり……。
やめろ。やめろ。やめろ! やめろ! やめろ!!
オレは家族を生き返らせるために戦っているんだ!
オレは幻のために戦っているんじゃない。死んでいるんじゃない。
生きて、また、会うために、戦っているんだ。
自分のためなんかじゃない。
気が付くと空は暗かった。濃い紫に黒を混ぜたような雲の色。それが空全体を覆っていた。なにがなんだか分からず、オレは倒れたまま周囲を見る。深い紺色の海に赤紫色の大地。土というよりはコンクリートかなにかで固めた板を、適当に積み重ねたような感じ……いや、板を綺麗に積み上げた塔かなにかが平らに崩れたような印象を受ける地形だ。
オレの傍には十文字、柾、そして竹光の三人がいた。
「随分と長い間、お寝んねしてたな」
十文字にいきなり言われた。
そうだ。オレはワームホールに吸い込まれたんだ。その後はどうなったんだ?
オレは上体を起こすと、自分の体がヒトに戻っているのに気付いた。
「夢幻亜人化なら、とっくに切れたぞ」と十文字は言った。
「早瀬さん、大丈夫ですか? どこか痛めたところはありませんか?」
今度は柾だ。
「ええ。大丈夫です……」
「あれを見て下さい」と柾は遠くにある塔のようなものを見た。
塔というのは適切な表現ではないな。黒い板で三角錐を作ったような形をした建物といった感じか。無論、そんな綺麗な三角形をしている訳ではなく、四角形の上に三角形を載せた感じにも、カクカクとした巻き貝のようにも見えなくはない。SF映画に出てきそうな近未来の建物とった感じもするが、古代遺跡といった印象も受ける。要するに、表現しづらい形をしているのだ。しかもその黒い建物は蛍火色の筋で、時には直線的で時には曲線を描いている、これまた例えようのない模様が淡く輝いていた。
その謎の建物の天ッ辺は平らになっているのだが、そんなことよりも、その真上には白く光る円形の雲のようなものがあった。いや、その雲というよりは空間に大きな穴が開いているようにも見える。
「あの建物の上にある白い光がワームホールです」と柾は言った。
「私たちは、あそこから落ちてきたんです」とも付け加えた。
「え? みんな大丈夫だったんですか?」
オレが柾に尋ねたのだが、十文字が答える。
「僕らはワームホールに吸い込まれてこっちに飛ばされたせいで、その勢いでこちらでは真下には落ちずに吹き飛ばされるような感じで吐き出されたんだ。僕らは海に落ちて無事だったんだが、お前は海に落ちずに陸地に落ちて気絶したんだ」
「そうなのか……」
「それで、なかなか起きないもんだから放置しようと思ったんだが、柾もキャップも反対して、お前がお目覚めになるまで待たされた訳だな」
「そりゃ悪かったな」
十文字の言いかたが腹立つので、素直に謝れない。
だが、十文字らを見ると衣服が濡れている様子はない。それだけ待たしてしまったのだろう。
「ところで、ここは一体どんなところなんだ?」とオレは尋ねた。
「わかりません。早瀬さんが目覚めるまで、本当に身近なところしか確認していません」
「どうして?」
十文字が割り込む。
「未知の場所だから一人で行動するのは危険だ。二人で行動するにも、誰かさんがお昼寝しているせいで、そのお守り役は実質一人で待機することになる。そんなことをさせる訳にもいかないから、周囲の確認しか出来なかったんだ」と嫌みを含んで説明する。
謝るべきところなのだろうが、やはり言いかたが腹立つ。それでも「それは、すみませんでしたね」と謝ったが、自分でも心が籠もっていないのが分かる。
「それでも、ここが恐らくは島だということは分かった」と十文字だ。さらに続ける。
「偶然、近くに丘があったから上って周囲を確認したんだ。あのワームホールの下にある建物……僕らは便宜上『蛍火遺跡』と名前を付けたんだが、その遺跡の陰になっている部分は不明だが、それ以外の奥のほうは海になっている。しかも海の向こうに島も陸地もない。もしかしたらここは、絶海の孤島なのかも知れないな」
「絶海の孤島……。ワームホールを越えて来たってことは、ここは地球じゃないのか?」
「恐らくな。地球上にこんな薄暗い場所があるなんて聞いたことがない。SF映画やファンタジー映画にあるような異次元世界なのか、それとも宇宙の彼方にあるどこかの星なのかは分からないが、とにかく僕らの知る世界じゃない。草木も無いのに酸素があるのが奇跡だな」
「訳の分からない連中の故郷だけあって、訳の分からない場所なんだな」と呟いたオレは「そうだ! あいつらどこ行った!」と十文字に慌てて聞いた。
「ゾンビとクロコか? あいつらの居場所は不明だ。夢幻亜人の反応を頼りに捜そうにも、この辺は常に反応しっぱなしなんだ。こんな状態じゃ、目の前に現れても連中だと認識できない」
「そこら中が、奴らのニオイまみれで鼻が利かないってところか。そうだ! 研究所のデータはどうなった! 奴らはウイルスでデータを流出させるとか――」
「問題ない。データは無事だ。キノコの形態になっている夢幻亜人も問題なく確保している。しかし不味いことに、ワームホール生成と安定のために必要な隕石は、すべてゾンビ共に奪われてしまったそうだ」
「なに?! じゃあ――」
「あのワームホールが閉じてしまったら、僕らは自分たちの世界に戻れない。だから、ただでさえ早くワームホールの真下へ行かないといけないのに、どっかの誰かさんがお昼寝してくれたもんだから時間が無くなったんだ」
「早くしないと帰れなくなるんなら、ゾンビやクロコなんて相手にしている暇なんて無いな……。ところで、なんで研究所のことが分かるんだ?」
「ワームホールから通信機の電波を送受信する機械を垂らしているんです」と柾だ。
「そうなんだ……」
「蛇足だが、ワームホールの研究所側からも夢幻亜人の反応がするらしい。僕らはすぐにでも蛍火遺跡にあるワームホールの真下に行って、研究所のホールから引き上げてもらう手筈になっている。一応、研究所側でワームホールを安定化させるために頑張ってもらってはいるが、隕石が無くなった以上いつまで持つかは分からない。分かったのなら、サッサと行くぞ」と十文字だ。
オレ達はすぐに蛍火遺跡に向かった。直線距離でせいぜい一キロといった程度で、この島も思ったほどには広くはなかったし、途中で夢幻亜人と遭遇することがないばかりか、生き物らしき影を見ることは無かった。先に十文字も言っていたが、雑草一本見当たらなかった。
苦労することなく蛍火遺跡に辿り着く。踏み板が広い階段を上った先にある入り口は、大きな長方形の形をしていて縦幅が長い。その上は屋根のようになっているのだが、そこから「やはり来たか」と不意に声がした。
「ゾンビか!」
オレは身構えて、十文字らは拳銃を奴に向けた。
「ここに入りたいのなら入るがいい。こちらとしても、中のほうがお前たちを始末しやすい。それに、お前たちは逃げたくても逃げる場所など無いからな。どうせこの島から出ることは叶わないんだから」と言い残して奴は去って行った。
「どうする?」とオレだ。
「構わん。ここに入らないと戻れないんだ。さあ、行こう」と竹光。
オレ達は再び歩を進めたとき、竹光が「ぬお!」と声を上げた。
「どうしました!」との柾の問いかけに、「すまん。階段で躓いただけだ」と笑って返す。
「とにかく先へ進むぞ。早くしないとワームホールが塞がっちまうぞ」
竹光を先頭にして、オレ達は遺跡の中に入って行った。
遺跡の内部には部屋はなく通路が続いていた。暗くはあったが、例の蛍火色に輝く模様と、所々に隙間があるためにワームホールの白い光がその隙間から僅かに差し込んでいて、真ッ暗というほどでも無かった。それでも影が出来ている隅は見えないので、オレ達は懐中電燈で辺りを照らしながら先に進んだ。遺跡に巻きつくように緩やかな螺旋を描く階段を上っていると一旦は遺跡の外部に出る。白く光るワームホールに近づいている分、地上にいた時よりも明るく感じた。オレは遠くを見る。錆びたような陸地の向こうには暗い海があって、その上空をやはり暗い雲が完全に覆っていた。空の向こうが見えない。太陽も月も星すら見えない。歩を進めて再び内部に入る。通路の奥に、ようやく開けた空間があった。しかも思っ
「弾の無駄だな」と竹光が銃撃をやめたので、十文字らもそれに続いた。
だが、オレは諦めずに奴に攻撃を仕掛けるのだが、オレの拳は躱されて、代わり奴の拳がオレの頬に打ち当たる。
奴は言う。ていたよりはかなり広い。
「大部屋か?」
オレが呟いた途端、背後でドスンと大きな音がした。
「なに?!」と柾が、「罠か!」と十文字がそれぞれ叫んだ。
後ろを見ると、部屋の入り口を石板のようなものが塞いでしまった。
「仕方がない。先に進むぞ」
竹光がそう言ったので、オレ達は部屋の出口のほうを見るのだが、やはり石板で塞がれていた。
「待って。誰かいます」と柾だ。
注目すると、本当に誰かいた。ゾンビだ。
「おい、貴様! オレ達を閉じ込めてどうするつもりだ!」とオレは叫んだ。
「もちろん君らを倒すんだよ」とゾンビが返す。
「オレらを殺したところで、お前も出られないんじゃないか?」
「問題ない。私は鍵を持っている。君たちもここから出たいのなら、私を殺してその鍵を奪うんだな。まあ、出来ないとは思うが」
「なんだと?」
「以前、君たちが使った手段はここでも使えない。どうやって私を倒すんだ?」
「おい、十文字!」
十文字がオレに変身用の注射を打ってビーストになる。オレは即座にゾンビに猛攻を仕掛けるが、奴は仁王立ちして全てを受け止めた。投げ飛ばしても蹴り飛ばしても綺麗な受け身ですぐに立ち上がる。十文字らもオレがゾンビから離れるとすぐに銃撃をするのだが、どこ吹く風といった具合に無視する。
「無駄だ。さっきも言ったが、この部屋では君たちはどれだけ足掻こうが私には勝てない。君たちが私を倒す手段など無いんだ」と十文字らに言う。
「弱い者イジメをする趣味はないが、お前の中には仲間がいる。だからお前には容赦するつもりはない。ビーストを返してもらおうぞ」
「出来るもんなら、やってみろ!」とオレは、ゾンビに飛び掛かる。
「無駄だ! やめろ」と十文字は叫んだ。
オレはゾンビに腕を掴まれ、十文字に向かって投げ飛ばされて衝突する。そのとき十文字からなにかが落ちた。それが転がって柾の足に当たった。
ゾンビが言う。
「以前にも言ったが、お前は本当に惨めな男だ。なにをやっても中途半端で無能。一流どころか一人前にすら程遠い。その様では、どう足掻いたって私には勝てんよ」
オレはすぐに立ち上がる。
「オレは貴様の仲間を十匹も倒してるんだぞ!」と言い返してやったのだが、奴は大きく溜め息をついて言うのだ。
「そういうところが幼稚で情けないというのが分からないのか? やはり、お前のような馬鹿者には難しいようだな。お前はまさか、たまたま偶然……運よく勝てたものを自分の実力だと勘違いしていないか? お前が倒した全員と再び対峙するときも、必ず勝てる自信があるのか? インパクトの衝撃波、ハナビの爆発、オボロの風化、トキシンの猛毒に、カチワリの氷。二度も同じように勝てると自惚れているのか? 運で勝つのと実力で勝つのは、お前の中では同じに思えるのかも知れないが、その差には圧倒的な開きがあるんだよ。こう説明しても、馬鹿なお前には理解できないよな!」
「落ち着け。お得意の挑発だ」
「そんなもん分かっている。だがな――」とオレは、十文字の忠告を無視して再びゾンビに飛び掛かった。だが、どれだけ攻撃しても、受け流されては反撃を食らうというのを繰り返すだけだった。
「十文字さん!」と柾の声がした。彼女はなにかを見せているが、オレはゾンビに集中していてよく見なかった。
オレは後ろからゾンビに首を絞められる形になった。
「しばらくそのままの体勢を維持しろ!」と十文字の声がした。
十文字と柾がオレの左右に回って、近づいてくる。なにをするのか知らないが、オレはゾンビが動かないように、奴の腕をしっかり握り締めた。単純な力比べならオレのほうが上なんだ。十文字らがゾンビに近づく。オレは奴の両腕を封じながら、奴の足も踏んづけて可能な限り動けなくすると、柾らがゾンビになにかを刺した。
「貴様ら!」とゾンビが慌てる。
十文字らはすぐに離れようとする。オレは後ろに向かって飛ぶようにして、奴を下敷きに倒れ込んだ。
「ぐわああああ! うわああああ!」とゾンビが踠き出した。
なにを思ったか、ゾンビはオレの手を振り払って、一文字たちに刺された首の周囲を一心不乱に爪で引ッ掻き始めた。緑色の血が出ている。
「早くゾンビを取り押さえるんだ!」
十文字に言われて、ゾンビの背中に馬乗りになって両腕を掴んだ。すると十文字らが再び近づいてきて、オレに打っていた注射を奴に打っているが、中身がない。
「なにをしてるんだ?」と尋ねた。
「空気を入れているんです。こうやって気泡で血管を詰まらせて駆除します」と柾が説明する。ということは、さっき十文字に見せたのは、空になった注射器だったのか。
「なんか、本当に恐ろしいことを平気で考えるな」と思わず言った。
十文字と柾は、ゾンビの腕、首、肩、背中、脚とあらゆる箇所に何度も空気を注入する。最初は苦しみ暴れようとしていたゾンビだったが、しまいには力尽きて泡が噴き出してきた。
「ようやくか」とオレ達はゾンビから離れる。
ゾンビが融けて泡が消えて無くなると例のキノコが残り、その隣に鍵が落ちていた。
「あと一体、クロコが近くで潜伏している可能性がある。薬の節約のため、お前にはこのままビーストの姿でいてもらいたいが、不意にお前に乗り移られたら面倒だから、やはり薬が勿体ないが人間に戻す」と十文字が、オレに注射する。
「薬が勿体ないって、あと幾つあるんだ?」
「三つだ。僕が一つで、柾が二つ持っている。人間に戻す薬は四本残ってるが、正直あまる一本はなんの役にも立たない」
オレ達がそんな話をしている内に、柾は黙ってキノコの回収を始める。黙ってオレ達の戦いを見ていた竹光は、柾の頭部に銃口を向けた。
赤い血が飛び散った。
「貴様、なにをする!」
赤く染まった右手を押さえた竹光が怒鳴った。竹光が掴んでいた拳銃は、十文字の銃撃で弾き飛ばされていた。
十文字は竹光に銃口を向けながら「なにをすると聞きたいのはこちらだ」と言った。
「早瀬! 柾! 十文字はクロコに乗り移られているぞ! 取り押さえるんだ!」と竹光が、十文字を指差して叫んだ。
「え? なに? どういうこと?」とオレは戸惑うのだが、十文字が「キャップは柾を撃とうとした。つまり、キャップはクロコに乗り移られているんだ」と説明する。
「嘘をつくな、十文字!」
「お前の狙いは、柾が持つゾンビのキノコを奪い返すことだ。ゾンビがあんな形で倒されたもんだから、すぐにゾンビの体を借りることは出来ないからな。無理に乗ッ取れば二の舞になる」
「なんだと!」
「さらに分かったことがあるぞ。クロコの本体はここにある。恐らくは、この島中が夢幻亜人の反応がして捜せないのをいいことに、どこかに潜んでいて、隙を突いて竹光キャップの体を乗ッ取り、残ったお前の本体はゾンビがここまで持ち込んで隠した……と言ったところだろう。僕らの中で一番強いだろう早瀬ではなくキャップに乗り移ったのは、上司だから僕らに命令できると踏んだからか。まあいい。柾! 早瀬! 僕がこいつの相手をするから、早く本体を捜してくれ」
「待て!」と竹光が自分の顳顬に銃口を向けた。
「この男がどうなっても――」と続けている途中、首元に被弾した。十文字が撃ったのだ。竹光は仰向けになって倒れた。
「やっぱりここにあるのか。こんなチャチな鎌掛けに引ッ掛かるなんて、お前は今までに会った夢幻亜人の中で、一番バカだな」と十文字が竹光の頭に拳銃を向けた。
竹光が柾を見ると、柾もまた竹光の頭部を狙っている。
「クソッ」と竹光が吐いた直後、竹光の体から青い光の塊のようなものが出てきて、天井近くの壁に飛んで行った。青い光のお陰で分かったが、そこには壁と同様に黒い板が張り付けているようにも見えた。あそこに隙間があって、そこに本体が隠れている。十文字たちもそう判断したのだろう。その板に向かって集中砲火する。板が剥がれるのとほぼ同時に、緑色の血に塗れたクロコが落ちる。床に衝突したときには、すでに体から泡が噴いて融け始めていた。
なにも出来なくなったクロコは後にして、オレ達は竹光に駆け寄った。十文字と柾がすぐに首の止血に取り掛かる。
「キャップ、大丈夫ですか」
「キャップ、しっかりして下さい」と、十文字と柾が声を掛ける。
オレ達がなんども「キャップ」と声を掛け続けると、竹光ゆっくりと目を開いた。
「ここは、どこだ?」
「申し訳ございません、キャップ。クロコに乗り移られていたので、仕方なくキャップに銃撃しました」と十文字。
「十文字……そこにいるのか?」
「キャップ?」と柾。
「柾……。ダメだ、なにも見えない」
「キャップ!」
「キャップ! しっかりして下さい!」
竹光が右手を軽く挙げて二人を制止する。
「クロコは、どうなった?」
「すでに駆除して、今はキノコの形態になっています」と柾。
「そうか。それは良かった……。どうやら、迷惑をかけたようだな。ここで死ぬのは不本意だが、仕方がない」
「キャップ! 変なことを言わないで下さい!」と十文字。
「すまんが、もう意識も朦朧としているんだ。……最後に格好いいことを言わせてもらうぞ。……そうだな。思いつかないな。考えておくんだった……。とにかく、十文字……柾……早瀬、お前たちは無事に生きて帰るんだぞ。いいな、命令だぞ……」
言い終えると同時に、竹光の手は床に落ちて目も閉じた。
「キャップ!」と十文字が彼の首に手を当てるが、その手はすぐに離れた。
二人は立ち上がって、十文字は竹光が持つ眼鏡などの装備と拳銃を回収、柾はクロコを回収を始める。
「おい! 竹光さんは死んだのか?」
オレが十文字に尋ねると、小さく「そうだ」と返ってきた。
「キャップはここに置いていく。さあ、行くぞ」
そう言って十文字が出口に進む。柾が鍵を穴に挿して回すと、石版が左右に割れるようにして扉が開いた。さっき同様、階段が遺跡の外部に巻きつくようにして続いていた。
蛍火遺跡に巻きついた長い螺旋階段は、外部を廻っては時たま内部に入る。トンネルのような通路があったかと思えば、石室があったり、さらには分かれ道もあった。分かれ道の場合、オレたちは素直に上がり坂になっている道を選んで進んだ。先に進むに連れて、ワームホールの白い光のお陰で周囲は明るくなり、七割弱ほど高さにある石室に着くと、十文字が「もう懐中電燈は要らないな」と言った。
さらに進む。外部の階段を上って、オレ達はようやく遺跡の頂上へと辿り着いた。