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第十一回 復活

一部の登場人物の名前を変更しました。

それに伴い、(見つけた箇所だけですが)文章を修正しました。


仕様およびウッカリで、フリガナが不自然な場合があります。


 オレ達が公安の施設に戻る途中で、倒したはずの夢幻亜人(イリュージョノイド)であるゾンビが施設内で復活して暴れているという報告を受けた。

「そんな馬鹿な! あり得ないことだ」

 十文字はそう言いながらも、運転している自動車の速度を上げた。

「とにかく、すぐに戻ると伝えてくれ」と、後部座席にいる(まさき)に続けて言った。

 柾も慌てた様子で、電話越しに報告や状況説明を催促しているのだが、なんだかオレからしたら、どうでもよかった。

 施設の駐車場に入る。十文字と柾はすぐに車から飛び出て、オレ達の帰りを待っていた職員から詳しい状況説明を受けているのを、オレは車の中から遠目に見ていた。十文字がこちらに近寄って来て、助手席の扉を開けた。

「早く行くぞ。ゾンビはキノコの管理室にいる」

 そう言ってオレの腕を引ッ張った。オレは抵抗する気にも成れなかったので、黙って従う。十文字が先頭で、柾がオレの背中を押すような形になって走って管理室とやらへ向かう。管理室の扉がある廊下に入ると、その部屋の扉は開いているのが見えた。

「相沢博士を放すんだ!」

 竹光の声だ。

「キノコを返してくれれば、この老い()れを返してやる」

 今度はゾンビの声だ。

「私になにをしても、キノコは渡さんぞ! 無理にケースを壊してみろ。すべてのキノコが死んでも知らんぞ!」と相沢だ。

「黙れ!」

「ぐわああ」

「やめるんだ! ゾンビ! 博士を放せ!」

 十文字と柾が扉で止まると、恐る恐る部屋の中を覗いた。なんとなくオレも二人を真似て中を覗いた。声の通り、扉の前には竹光がいて、奥のほうには相沢博士を人質にしたゾンビがいた。すでに夢幻亜人(イリュージョノイド)の姿になっている。その奥には壁に設置されている大きな棚のようなケースに、オレたちが倒してキノコの形態になった夢幻亜人(イリュージョノイド)たちが保管されていた。よく見えないのでオレは首を出そうとするのだが、十文字がオレの襟を掴んで引ッ張るなり、小声で「バカか」と言った。

「どうしますか」と柾が言う。

「ゾンビは普通の攻撃を受け付けない。殴ろうが切り裂こうがすぐに傷を修復するから無意味だ」

「ですが相沢博士が人質に取られている上に、施設の中で……しかも準備をせずにゾンビを倒すのは無理があります。なので早瀬さんに不意打ちを仕掛けてもらって、ゾンビには逃げられるかも知れませんが、それで相沢博士を救出するというのは、どうでしょうか」

「そうだな。ゾンビを倒す手段がない訳ではないが、やはりどう倒すにしても、人質が取られている状況は極めて不味い」

 十文字がオレの首に夢幻亜人(イリュージョノイド)になる薬を打って、オレはビーストになる。

「ちゃんと話を聞いていただろ。さあ、行ってくれ」と十文字だ。

「お願いします、早瀬さん」と柾も言う。

 やりたくないが、逆らう気もなかったので、オレは言われた通りにゾンビに向かって飛び掛かった。オレを見たゾンビは驚く様子も見せずに「遅かったな」とだけ言った。

 取り敢えず、オレはゾンビを殴った。相沢博士を捕らえていた腕を引き離したのと同時に、竹光、十文字、柾の三人がゾンビに向かって銃撃を仕掛けた。

「行け! 早瀬! 奴を捕らえろ!」と竹光が叫んだ。

 ゾンビはそのまま隣の部屋へ逃げ出すのだが、オレは三人が放つ光弾に当たりたくなかったので、そのままボンヤリとゾンビを見逃した。

「十文字! 追うぞ!」

「はい!」と十文字は、竹光と共にゾンビを追って隣室へ走る。

 柾は相沢博士に駆け寄った。

「博士、大丈夫ですか」と柾だ。

「私は大丈夫だ。だが、早く奴を捕まえないと、この研究所がメチャクチャにされてしまう」

「奴が廊下に出たぞ!」と十文字の声だ。

「逃がすな! 走れ!」と竹光の声が続いた。

 突然、爆音がいくつも鳴り響いた。

「なに?」と柾が声を上げる。

「まさか奴め、隙を突いて爆弾でも仕掛けていたのか。いかん! 早くしないと本当に逃げられる。私のことはいいから、君たちは早くゾンビを追ってくれ!」

「早瀬さん、行きましょう」と柾がオレの手首を掴んで走り出す。仕方がないのでオレは彼女に付いて行く。

 廊下に出て少し走ると、十文字と竹光がいた。奴はゾンビではない誰かに向かって拳銃を向けている。

「同志討ち?」と柾が呟いた。

 オレと柾は十文字らの背後で立ち止まった。

「なにがあったんですか?」と柾の問い掛けに、十文字が答える。

「奴の腕をよく見てみろ」

 オレと柾が、十文字らと対峙している男を見る。屈強な男である。その男は紺色の肌をした、細身の男らしき人物を片手で(かか)えていた。しかも自分の体をオレ達に向けて、抱えている男を庇っているようにも見える。

夢幻亜人(イリュージョノイド)……」と柾が、抱えられている男を見て言った。

「うちの職員を操っているということは、恐らくは【(ナンバー)5】のクロコだ」と今度は竹光だ。

「早瀬さん、気を付けて下さい。あの抱えられている人は夢幻亜人(イリュージョノイド)で、今は倒れているようにも見えますが、(かか)えている男性に乗り移って来ます。乗ッ取られたら体の自由どころか、意識すら失ってしまいますので、自力で(あらが)う手段はありません」

 柾が説明してくれた。他人を操るから黒子という訳か。

「マドイのときは奴に協力する邪魔者を殺したが、クロコは他人を操っている間は無防備になる。操られている奴を助ける余裕がある以上、無闇に殺すわけにもいかないな」と十文字だ。

 クロコに操られている男が、自分の顳顬(こめかみ)に銃口を向ける。

「撃ったら撃つぞ」と挑発してきた。

 竹光が小声でオレたちに言う。

「クロコは、乗り移りの能力以外は確認されていない。あの男さえ取り押さえてしまえば、一瞬だが奴は無防備になる。そこを集中砲火できれば――」

「クロコを倒せますね」と柾だ。

「それに今は僕らのほうが有利だ。あの男を取り押さえてしまえば、無防備なクロコなんて訳なく倒せるし、クロコとしてもあの男を見殺しには出来ないはずだ。あの男が死んでしまえば、クロコは自分を守る盾を失うわけだし、奴が他人に乗り移るときは他人から他人に乗り換えられない。乗り移る先を変えるのは、相手に取り憑いた魂をいったん自分も戻さないといけないから、あの男から抜け出した魂がクロコに戻る一瞬に倒せる。どっちにしろ、今ならクロコを倒す絶好の好機だ」

 十文字がそう纏める。

「という訳で早瀬、頼めるか」

 竹光がオレを見て言った。

「この中で一番速くて、一番力に優れているのもお前だ」と続ける。

「人殺しをしろと言ってる訳じゃない。一瞬だけでいいから、あの男を取り押さえてくれればいいんだ」と十文字が付け加えた。

「さあ、行ってくれ」と、ポンッと肩を叩かれた。

 逆らうのも面倒だったオレは、取り敢えず男に飛び掛かった。自分の顳顬に銃口を向けていた男だったが、自害もせずにクロコを抱えたまま逃げ出したので、取り敢えずオレは男の動きを封じるために力任せに殴ってみると、男は思った以上に飛ばされて途中でクロコを放してしまった。数度転がったクロコは、すぐに立ち上がって逃げ出した。どうやら男がクロコを手放してしまう瞬間に、クロコは魂を本体に戻したのだろう。十文字たちは慌てて追撃に光弾を撃つのだが、奴には当たらなかった。竹光は「待て!」とすぐにクロコを追い掛けたのだが、十文字はオレの前に来て「なにをやっているんだ!」と怒鳴ってきた。胸倉を掴むようにして、毛むくじゃらになっているオレの首元の毛を握った。

「僕は、男を取り押さえろと言ったんだ! 殴り飛ばせとは言ってない! お前のせいでクロコに逃げられたじゃないか!」とオレを睨んできた。

「ああ……すまん」と力なげに謝る。

「神社でなにがあったのかは知らないがな……お前、本当にいい加減にしないと――」と、ここで「十文字さん。待って下さい」と柾がオレ達の間に体を入れた。

「なんだ!」

「いまで争っても無駄です。早くクロコを追わないと」

 十文字は歯(がゆ)そうにして、押し出すようにしてオレを放した。

「奴が逃げた先には階段があったはずだ。早く行くぞ」と言って走り出す。

 柾も「早く行きましょう」とオレの背中を押して十文字を追った。

 階段には上りと下りの二つあったが、地下に続く階段の奥から「待つんだ!」と竹光の声がしたのを頼りに、オレ達は地下へと下りるのだが、廊下は左右に分かれていた。

 十文字が「キャップ! どこですか!」と叫ぶと、遠くから「こっちだ!」と声がしたので、その方向に向かってオレ達は駆け出した。

 扉が一ヶ所だけ開いていた。オレ達が躍り出るように部屋の中を見ると、竹光と奥にはゾンビとクロコ、そして白衣を着た研究員らしき男がいた。さっきは分からなかったが、紺色の肌をしたクロコには鼻筋の真ん中から桃色の大の字をした模様があった。

 オレは部屋に掛けられている札を見ると『ワームホール研究室』と書いてあった。道理で部屋の中には変な機械が多いはずだ。しかも部屋の四分の一の面積を占めるほどの大きな装置まである。ゾンビとクロコに囲まれている男は、その装置のキーボードを操作している。

 竹光らはすでにゾンビらに銃口を向けていた。

「おい、研究員! なにをしているんだ!」と十文字が怒鳴った。

「ひいい」と声を上げる研究員の代わりにゾンビが言う。

「私がこの男にワームホールを生成しろと命じたんだ。逆らえば殺すとも付け加えてな。さっきの老人と違って、この男は自分のためなら裏切りも平気らしい」

「私だって好きでしている訳じゃない!」と研究員は涙声で言ったが、「だが、生きるために従っているじゃないか」とクロコに言われる。

 ゾンビも笑みを浮かべて研究員を見た。次にこちらを見るなり言う。

「私たちは当然ながら、ワームホールを生成して自分たちの世界に戻るつもりだ。それを阻止したいのなら、この男を撃ち殺すことを勧める。だが、それをされると困るので私が盾になるつもりだ。私を倒さないと、この男はワームホールの生成を続けんだが、君らはどうやって私を殺すんだ? もし、丘の上の家でやったようなことをすれば、ここの研究成果どころか、この施設で管理してある全てのデジタル・データはお陀仏だぞ」

 さらにゾンビは、黒い塊をオレたちに見せてきて言う。

「これが何だか分かるか?」

 光沢のある塊である。なんだろうとオレはその石を見つめた。

「小笠原の火山に落ちた隕石の欠片(かけら)か」と十文字が言った。

「おっと正解」とクロコだ。さらに「けっこう優秀だな」と続けた。

 その隕石がワームホールを生成し、その穴から夢幻亜人(イリュージョノイド)がこちらの世界にやって来た。

「もしも奥の手かなにかで私を倒せたとしても、そのせいでこの石が壊れたりしていいのか? 大切な研究材料なのだろう? しかも宇宙からやって来たものだ。失えば二度と手に入らないかも知れない貴重な品だぞ?」とゾンビは続ける。

「だからって、勝手にワームホールを生成させる訳にはいかない」と十文字だ。

「矛盾だな。ワームホールの生成研究のために使っていた隕石の欠片を、ワームホールを生成させないために壊すというのは、変な話じゃないか。お前たちの言動には矛盾がウンザリするほど内包されている」

――矛盾……。

「お前たちは自分の都合のいいように物事を解釈しすぎじゃないか?」

――都合のいいように解釈……。

「放火は大罪だが、夢幻亜人(イリュージョノイド)を駆除のためなら仕方がない。外科医に化けていたスカーは一日に何人もの命を救っていたのにも関わらず夢幻亜人(イリュージョノイド)という理由だけで殺害し、トキシンのときは本来なら(とばっち)りの被害者である囚人どもを平気で見殺しにし、マドイのときも操られているだけの被害者連中を、邪魔だからという理由だけで自分たちの手で殺している。悪の所業のようにも聞こえるが、お前たちはそれを正義と胸を張って言えるのだろ?」

――胸を張って……。

「言い忘れていた。もしかしたらお前たちは、ここにいるクロコは生きている人間しか操れないと思っているかも知れないが、こいつは相手が死んでいても操ることが出来る。だから、仮に私の回復を上回る攻撃で私を殺したとしても、私の体を使って、自身とこの研究者を守る。そしてもうすぐワームホールは完成する。つまり、もう私たちの目的を阻むことは出来ないんだよ」

「それなら装置そのものを壊せばいいだろう」と十文字が、銃口を装置に向けた。

「やめておけ。お前たちが来る前に、この装置と施設のサーバーに細工をした。すでにここの施設専用に独立していたネットワークは、外部のネットワークと接続が可能になっている。そして、この装置からサーバーに信号を送っていて、それが受信できなくなれば、サーバーにある全ての情報は外部に流れる。早い話が、この装置を破壊すればお前たちの機密情報はインターネット上に()ら撒かれる訳だ」

「こんな短い時間でか?」

「私が復活してから考えれば確かに短いが、ここにいる夢幻亜人(イリュージョノイド)は私だけじゃないだろ?」

「ならば、サーバーを停止すれば――」

「その逆も同様だ。この装置にもサーバーからコピーした情報が入っていて、サーバーからの信号を受け取っている。サーバーを停止させたり破壊しても、同じ結果を生むわけだ。

 そうそう。この装置とサーバーをハッキングして情報流出を止めようとしても無駄だ。どちらにも特製のコンピューター・ウイルスを仕込んであるから、操作どころか、外部からデータや信号を入力しようものなら強制的に情報を流出させる。それだけじゃない。流出した情報を閲覧しただけで自動的にダウンロードされて、しかもコンピューター・ウイルスのオマケまでつく。そのウイルスは感染したパソコンや携帯電話を媒介に、ほかのサーバーや端末に流出した情報とウイルスを拡散させる。端末やサーバーに記録されているメール・アドレスなんかを使ってな。このウイルスが一度外に出ると拡散は止められない。特製ゆえに新種のウイルスだ。どれだけ優秀なウイルス対策を取っていようが、新手のウイルスには対処できないだろう」

「そんなのはハッタリだ!」

「そう思うなら攻撃してみろ。その瞬間、この施設の情報は強制的にインターネットを介して世界中に知れ渡り、お前たちが必死に守っていた国家機密、一般に知られては不味い事実も全てが白日の下に晒され、この国は国民からも世界からも信用を失う。お前が日本を地に落とす戦犯になる覚悟があるのなら、さあ! 早くやってみろ!」

「そうなれば、お前たち夢幻亜人(イリュージョノイド)のことも世界が知ることになるぞ!」

「私達はもう帰るからな。知られたところで、どうって事はない」

「……我々の元にある仲間たちはどうするつもりだ」

「残念だが仕方がない。仲間を奪い損ねてしまったときに、私はみんなを諦めた。確かに、理想を言えばみんなと一緒に帰りたかったが、優先すべきは『犠牲を払ってでも、自分が帰る』ことだ。お前たちが仲間や一般人から犠牲を出してでも私たちを駆除しようとしたのと似ているな」

「…………」

 なにも出来ない十文字を嘲笑(あざわら)うようにして、ゾンビは頬笑んだ。

「クソッ!」と十文字がゾンビから目を逸らした。

「研究員さん! 装置を止めて下さい」

 柾がそう研究員に叫ぶのだが、彼は操作を続ける。

「そうだ、研究員の君! 操作をやめるんだ!」

 竹光も続くが意味は無かった。

「無駄だ。死にたくないから協力しているのに、殺されると分かっていて協力をやめる奴がいるはずがないだろう」とゾンビ。

「そうだ。オレたちは自分の世界に戻れたらそれでいいだけで、こいつの命には興味がないんだ。ワームホールが出来たら、オレたちは自分たちの世界に帰ってさようなら。お前たちはすぐにワームホールを塞いで『はい、おしまい』でいいじゃないか。お互いここで無駄に争うのは無意味じゃないか? 違うか?」とクロコが、研究員の肩に触れた。

「ええ。その通りです」

「死にたくないよな? 死ぬのは怖いよな? 死んだらなにも残らないからな。他人の記憶に残ったところで意味なんて無いよな?」

――他人の記憶に残っても意味が無い……。

 クロコが研究員の耳元で言う。

「仮にお前が死んだとしよう。お前と仲がよかった連中は悲しんでくれるかも知れない。だが、それだけだ。すぐに忘れて、時たま偶然に思い出してくれるかも知れないが、すぐにまた忘れる。同じように、お前に抱いていた好感も、お前の存在と同じように淡く薄れて消えてしまう」

――すぐに忘れる……。

――淡く薄れて消えてしまう……。

「万一、お前のお友達とかが、時たま思い出してくれたところで、それはお前じゃない。思い出されるのは美化された幻であって、お前の知るお前じゃないんだよ」

――思い出されるのは美化された幻。

「嫌だろう。お前が日本のために死んだとしても、誰もお前を英雄視なんてしない。ここは公安の機密施設だ。偉大な人物だったなんて持ち上げる訳にはいかないし、そもそもお前は最初に仲間を裏切った訳だがら持ち上げる理由も無いんだ。当然、みんなの心にも残らないし、残ったとしても裏切り者として……忌々しい仇役としてだ。お前が死んで、日本は助かって、はい終わり。けど、オレらを元の世界を無事に戻せば、情報の流出もなく日本も助かりお前も死なないのに、お前がいま変に虚栄心だの勇気だのを振り絞れば、お前は無駄死にだ。未来にある楽しいことも嬉しいことも、すべては永遠に無くなる」

――未来にある楽しいことも嬉しいことも、すべては永遠に無くなる……。

「生きて無職になるのと、死に花を咲かせず消えて無くなるのと、どっちがいいかなんて、考えるまでもないな。死んだら何もかもが終わりなんだから」

――死んだら何もかもが終わり……。

「今の自分にとって、未来の自分にとって、最もいい選択をするんだ」

 そう言ってクロコの口元が研究員から離れて、両腕を前で組んでこちらを見た。

「研究員くん、あとどれくらいでワームホールは生成されるんだ?」とゾンビが尋ねる。

「準備は完了しました。すぐに生成可能です」

 研究員がそう答えると同時に、ゾンビは「生成しろ!」と命じた。

 研究員がボタンを押す。

「やめるんだ!」と竹光が叫ぶ。が、もう遅い。

 装置の、大きな皿で上下を挟まれているような空間に、大きく白い光の玉が発生した。

「これがワームホールになるんだよ」とゾンビが言う。

 白い光の色が紫に変わったと思うと、光に向かって風が吹き始めた。光の色が濃くなるに連れて風が強まり激しさが増していく。

「さあ、案内しよう。我らの世界へ」

 そう言ってもゾンビもクロコも光の中に飛び込んでいった。オレ達は身を低くしてその場で踏ん張った。

「みんな! 退()くんだ!」と叫ぶ竹光の声も、暴風の音で掻き消されて恐らくそう言ったのだろうという感じだった。それに風が強すぎて誰も動けない。

「研究員! 早くワームホールを塞ぐんだ!」

 十文字が多分そう叫んだのだが、やはり風の音が強すぎて研究員には聞こえていないようだ。いや、仮に聞こえていたとしても装置に捕まって()えている研究員が、さっきのように操作できるとは思えない。光の玉が黒くなったと同時に、オレは十文字と柾……そして竹光と共に黒い光の中へと吸い込まれてしまった。

 オレの視界は暗黒に閉ざされた。

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