【後編】 ホワイトデー
バレンタインと対なす、珠川さん視点でのホワイトデー話です。
【ホワイトデーまであと2週間とちょと】
・・・迷う。
目の前にはまばゆいばかりに存在感を放つホワイトデー用のお菓子たち。
高級な物から高校生の自分でも手が届くものがピンキリに並んでいる。
デパートの催事場で珠川まのは1時間近くも迷っていた。
バレンタインデーにチョコを貰ったのでそのお返しを今日は買いに来ていた、わずか一ヶ月足らずで交流が少なかった彼女との間に何か起きるわけもないので義理のお返し。
確かに、告白されたときはドキドキしたけどそれはいっときのもの、何か貰ったらお返しをするのが人というものだと思っている。
さりとて・・・適当なものは渡せないし。
苦笑しながら何度も、お店を回ってしまう。
お店の人はにこにこ笑顔だけど、”また来た”などと思われているのかもしれない。
簡単に、これって決められればいいのに(苦笑)
これまでバレンタインやホワイトデーのイベントには、まったくといっていいほど縁の無かった自分に今年は降りかかってくるとは・・・
好きって言われても困る
今、そう感じている。
嫌、というわけではなく困惑に近い。
人に好かれるのは嬉しい、嫌われるよりずっと。
千丈さんは美人で、友達も多いし親しい先輩も後輩もたくさん居る。
それにくらべて私は・・・と思う。
比較するのはナンセンスだということは分かっているけれどそれでも比べてしまう。
そして、私は困惑とともに劣等感も抱いている。
劣等感はあまりよいものではないので持ちたくもないけれど、どうしたって彼女の側にいると感じてしまうのだった。
彼女の好意は嬉しい。
でも、彼女の好意の”好き”の意味は私の思っているものとは違う。
ただの好き、ではなく”恋愛対象としての”好きなのだ。
あのとき、気落ちした彼女の表情を見てしまって思わず友達ならと言ってしまった。
もちろん、彼女と友達になれることは嬉しかった。
接点が無かったにも関わらず彼女のことは知っていたし、羨んでいたのは事実だから。
ただ・・・彼女に自分が好かれていたというのは予想外だった。
あまりにも予想外だったのでびっくりしてしまって、何もきちんと考えられずに彼女を傷つけてしまったのではないかと思っていた。
「ホワイトデーに毎年シェフが考えて作ってるんです、良かったら試食はいかがですか?」
ショーケースを凝視していた私に声がかかる。
迷惑をかけてしまっただろうかと心配になるも、お店は2人対応で邪魔にはなっていないようだった。
「あ、ありがとうございます」
今日は千丈さん以外に父親と兄の分も買う予定だったのでもう、何個か買って家で決めようかとあきらめた。
このままでは、お返しを買うだけなのに色々考えてしまって買えなくなってしまいそうだ。
試食をもらい、直感でひとつ選ぶとそこではそれを買った。
別のお店の方でも、えいやっ!と買ってデパートの催事場を後にしたのである。
帰りに街や商店街を歩くと、近日のイベントホワイトデー一色になっていた。
去年のハロウィンから怒濤のイベント続き、あっという間に過ぎるのも早い・・・
そう思いながら歩いているとばったりと会ってしまった。
彼女に。
「珠川さん」
にこにこと笑って私に向かって歩いてきた。
タイミングが・・・
私は見えないように紙袋を後ろに隠す。
相変わらず美人は私服も様になっていた、他校の男子生徒でなくても気になるほどに。
「千丈さん、こんにちは」
「お買い物?」
覗こうとするので私は見せないようにする。
今、見られたら渡す楽しみがなくなってしまう。
「あ、だめ」
「だめ?」
「だめ」
ぶんぶんと首を振る。
「そっか」
残念そうな顔をする千丈さん。
「隠しているのって、もしかして・・・」
「あーーだめ、だめ!」
予想できてもそれは言っちゃだめ!
私は手で彼女の発言を止めた。
千丈さんも言う気はなかったのか、にっこり笑って続きは言わない。
「ふうむ、その日まで楽しみに待つとしましょうか」
「もう・・・勘が鋭すぎなんだから」
そうは言いながらも私は買ったものは見せなかった。
当日までお楽しみなのである。
本命チョコへの、義理のお返し。
「千丈さんはどうしてここに?」
「私は本を買いに来たの、家にいても暇だから」
そういえばこの近くには大きな書店があった、カフェが併設の。
「ね、良かったら一緒に本を探してお茶しない?」
千丈さんがを誘ってきた。
あの告白の後、友達になった私たちは少しづつたけど距離を縮めつつある。
でも、彼女は私のことを考えて踏み込んではこない。
きちんと距離を取って接してきてくれている、だから妙な雰囲気にはならずにすんでいた。
「うん」
「決まりね、珠川さんはどんな本を読むの? 文系よね」
私と彼女は書店のある方に向かう。
「文系っていっても普通にラノベを読むけど・・・」
「意外。珠川さんって如何にもっていう文学少女っぽいのに」
「よく言われる」
私は笑ってそう答える、見た目ほど堅い本は読まないのだ。
ラノベは大好きだし、マンガも。
予想を裏切ってしまうのはかわいそうだけれど。
「千丈さんは何をよく読むの?」
「私は小説は読まなくて、写真集が好きなの。風景と動物の」
彼女は歩きながら鞄を探るとスマホを取り出す。
何かの操作をして、画面に何かを出すとそれを私に見せた。
それは氷の上に居るシロクマの母子の画像、氷の白と獣毛の白が相まって凄くきれいだった。
「良いでしょ? 可愛いし、こういうのが載っている写真集を見るのが好き」
スライドさせて何枚か見せてくれる。
どれもこれも可愛くて、確かに魅了される画像だった。
「なんだかラノベを読むって言った私が子供みたい」
「そんなの人すきづきよ、ラノベでも面白いものはあるでしょう?」
否定されないのは嬉しかった。
人によってはヲタクと言う人もいれば、ラノベを小説と見なさない人もいるのである。
「好みが被らないのも楽しいわ、いいところをおすすめ出来るし」
「そう言ってくれると嬉しい」
なかなか、そういう友人は少なかった。
女子校というくくりの中に居ると、嫌でも周りに同調してしまうきらいがある。
自分が他の生徒と少しでも違うことが怖いのか、合わせてしまう。
それはある意味、卒業の最後の日まで続く苦行のようなもの。
私は嫌だったのでそれを貫いているのだけれど。
「珠川さんのおすすめのラノベを教えて欲しいわ」
書店の前に着くと、私たちはそのまま入っていった。
ラノベが3冊、机の上に乗っていた。
すでに購入して本にはブックカバーが付いている。
「おまたせ、抹茶ラテでいいのよね?」
千丈さんに飲み物を買ってきて貰ってしまった。
何度か、”自分が””私が”と、やりとりをしたあとに(苦笑)。
「ありがとう、ごめんね。千丈さんに頼んでしまって・・・」
「いいのよ、珠川さんの好みも分かったから」
「えっ」
「ちなみに私はほうじ茶ラテが好き」
さり気なく流してしまう千丈さんだけどさり気なく主張はする。
その塩梅が絶妙で感心してしまう。
私なんて好きにならずに、自分を好きな子と付き合えばいいのに・・・と思うも言わない。
それは彼女の問題なのだ、私見で言うのは彼女を傷つけてしまう。
「―――――この、密林の中のピラミッド凄いね」
私は千丈さんおすすめの南米紀行の写真集を開いて言った。
写真集などは見る気が起きなければ絶対に見ることはない、イラスト集などはよく見るけれど。
でも、手に取ってみればなるほど引き込まれる。
「でしょう? 写真でそれだけ綺麗に見えるんだから実物はもっとすごいのよ、きっと」
彼女も自分のおすすめのものを人にすすめる時の表情になっていた。
気持ちは分かる、自分の好きなものを他の人にも知って貰いたいし好きになって貰いたいから。
彼女が私の横の席に座った。
座る席など気にしないつもりだったのに、ふわりと彼女の生身の気配を感じたら胸がなぜかドキドキしだす。
彼女の好きと自分の好きはまったく違うのに――――内心焦る。
写真集の説明をさらにしてくれるつもりなのか、持っている私に身を寄せてきた。
「ま、まって」
「えっ」
さすがにこれは耐えられない。
少ない友人とは趣味の友人だから気兼ねなく話せたり、身体を寄せることもできるけれど千丈さんは・・・
「近い・・・です」
どうにも敬語になってしまう。
「あ、ああ。ごめんなさい、珠川さん」
慌てた様子もなくゆっくりと私との間を開けてくれた。
「私はこういうのあまり気にしなくて・・・他の人には時々驚かれることもあるんだけど」
屈託なく笑う。
いつものことなのか、慣れていないこっちが無駄に焦ってしまう。
「仲良くなったからつい・・・いつもの調子で、気をつけるわ」
他意がないらしいところが天然っぽい。
私のことを好きだと言いつつ、それを押しつけては来ないけど無意識にこういうことをされると心臓に悪い。
「珠川さんの、おすすめのラノベのこと教えて」
写真集は閉じられ、隣に置かれる。
趣味の同じ友達と話すことはあるけれど、ラノベをあまり知らない人にすすめるのは初めてだった。
彼女はきちんと理解してくれようとしてくれていることが伝わってくるので話しやすい。
「じゃあ、まずこれから―――――」
話が合う友人が出来ることは嬉しかった。
好きなラノベの話をしている時は夢中になってしまう、私の癖。
延々と話してしまって止まらない、千丈さんは嫌な顔をしないで聞いてくれる。
私も彼女のことを意識せずに話すことができた。
でも、話し終わって乾いた口の中を抹茶ラテで潤してふと我に返ると意識してしまう。
肘を付き、手のひらに顎を乗せて千丈さんが私を見ているからだ。
「仲良くなる前は、珠川さんってこんなに話す人とは思わなかった」
「普段はさらけ出さないもの」
照れ隠しにまた抹茶ラテを飲む。
彼女の頼んだほうじ茶ラテはまだ一口も飲まれていない。
「気を許してくれたってこと?」
「・・・・友達だし」
「うん、友達」
千丈さんは表情を変えなかった、笑みを浮かべたまま。
「ね、珠川さん。メガネをやめてコンタクトにしない?」
急に話が変わる。
「えっ」
「メガネもいいけど、コンタクトにして髪をカットしたら可愛くなると思うの」
可愛い?
過去、可愛くなろうと思ったけど全然なれなかった経験を持つ私は身構えてしまった。
そんな私に千丈さんの手が伸びてきた。
カチャ
伸ばされた手の指が私のメガネにかかり、抵抗するまもなく外されてしまう。
ぼやけて何もはっきりと見えない。
「千丈さん」
「大丈夫、いたずらはしないから」
手がメガネを取り返そうとするも笑って千丈さんはすぐには返してくれなかった。
「・・・くらくらする、本当に度がすごいのね」
どうやら私のメガネを掛けたらしい(苦笑)
奇特な――――
「私を困らせてもしようがないでしょうに・・・」
「前からずっと思ってたの、そのキツキツな三つ編みもいいけどもっと可愛くできるのにって」
「キツキツって」
そう思われていたのか。
ずっとこの髪型だったから別の髪型にするという気も起きなかったし、毎日慣れた髪型の方が楽だったこともある。
「こだわりがないなら、今度メガネと髪型いじらせてくれない?」
カチャッ
メガネが戻ってきた。
やっと視界が確保できる、相変わらず千丈さんは微笑んでいる。
「・・・どうして私に構うの?」
「私が好きなの、人をいじるのが。嫌だって言う人もいるけど大体は言うとおりにしてくれて最後は感謝されるの、私」
「スタイリスト希望? 将来は」
「ううん、弁護士」
「・・・・・・」
弁護士になりたい人を身近で初めて見た。
よほど頭が良くないとなれないことは知っているけれど周りには居ない。
確かに彼女は試験で2位以下になったことはなかったと思いだした。
「その顔、私が弁護士って似合わないと思っているでしょ?」
表情に出てしまったらしいけれど彼女は怒らなかった。
「むしろ、IT企業の社長さんの秘書とかのイメージ」
「それこそラノベとマンガの読み過ぎよ、珠川さん」
読みすぎではないけどなあ、全体的に優しい感じがバリバリ男社会に生きる弁護士って感じではないような気がする。
あ、その考えの方がドラマの見すぎか(笑)
「がっかりすると思うけど」
「ううん、そんなことないわ。素はいいんだもの私が見ても、だまされたと思って私に乗ってみて」
にっこり、菩薩のように微笑まれたら断れない。
自分を変えようとしたことを一度諦めた私だけど、千丈さんの言葉にだまされてみようかなと思ってしまう。
本屋へのお誘いもなんだかこのための誘導のような気がしないでもなかった。
結局、なんだかんだで私は千丈さんにメガネをコンタクトに、髪をいじることになったのだった。
【ホワイトデーまであと1週間】
本屋のあと、病院に行ってコンタクトにするための検査をした。
眼科なんてそんなにすぐに・・・と思っていたら、千丈さんの親戚が経営しているという病院に連れて行ってもらったのだ。
その後、両親にも許可をもらい(未成年なので)やっとコンタクトを使用することになった。
最初はこわごわだったけれどなんとか、慣れようとしている。
確かにメガネの分の重さが無いのは楽だし、視界が開けた。
「どう? 良いでしょ、コンタクト」
連続して休日に付き合って貰って申し訳なかったけれど本人は至って気にしていないようである。
「うん、千丈さんの言うとおりね」
今日はこれまた彼女のよく行く美容室でカットして貰う予定だった。
何から何までお膳立てして貰って申し訳ないくらい、お金の方もコンタクト代以外は少し安くしてもらっている。
「私の意見なのに乗ってくれて嬉しいわ」
「ちょっと変わった自分に興味があるの、私も」
私だけだったらコンタクトにするのも、髪を切るのも髪型を変えるのも進んでしないだろう。
変わろうと吹っ切れたのは彼女に言われたからだ、きっと。
千丈さんは私の背中を最終的に押してくれた。
好きとか、関係なく。
「多分、自分でもびっくりすると思う。あ、ここ」
休日の少し早い、人が少ない時間を予約してくれたようである。
初めてのお店は緊張して動きがぎこちなくなってしまう。
「いらっしゃいませ~あ、佐奈ちゃん。お友達もいらっしゃい」
「おはようございます、篠原さん」
私はかろうじてお辞儀をするのが精一杯だったけれど千丈さんは慣れた調子で挨拶をすると私を美容師さんに紹介した。
「この子が珠川 まのさん」
「ふうん、いじりがいがあるわねえ」
どういじりがいがあるというのか・・・にんまりと笑われて私は汗をかく。
「私はこういう髪型が合うと思うの」
いつの間に用意したのか写真を取りだして二人で見ている、私の意見は―――――と言いたかったけれど却下されそうな気がして口をつぐんだ。
任せると言ってしまった手前、しょうがないかと思う。
「不安?」
イスに座った私に彼女が声をかけてくる。
「・・・千丈さんが暴走しないとは思っているけど」
「さすがに度は超さないわ、大丈夫。珠川さんも気に入ってくれる様にしてもらうから」
にっこり笑われると何も言えなかった、不思議と安心できて。
「そうよ、私も一応プロなんですからね。ちゃんとその人に合う髪型にするから安心してくださいね」
「はい」
二人からそう言われて私は軽く息をついた。
こぎみいい音を聞いていたと思ったらいつの間にか私は気持ちよくて寝てしまっていた。
髪をカットされて寝入ってしまったのは初めてでびっくりする。
何度か声を掛けられ、目を覚ました私を二人が笑っていた。
「まだこれで終わりじゃないの、髪のセットまでね」
と、美容師さん。
「随分と軽くなって自分じゃないみたい」
私は鏡に映る自分の姿を見た、長かった髪を思いきって肩までにしてもらった。
「これでも十分、可愛い」
千丈さんは近寄ってきて、鏡の私に向かって言う。
この人は他の人の前でそんなことを恥ずかしげも無く言った。
私は彼女が私のことを好きだと知っているから内心複雑だけれどそれでも可愛いと言われるのは嬉しかった。
「佐奈ちゃんの欲目でしょ、それ」
「私は可愛い子が好きなの、篠原さんもでしょ?」
「・・・・」
なんだか気になる会話が飛び交っている。
「ふふふ、青春だねえ」
「そ、青春まっただ中なの。羨ましいでしょ?」
「もうーよく言うわ。あ、まのちゃん、イスを倒すわね」
「は、はい」
話の流れでさくさくと私はシャンプーで髪を洗われ、トリートメントで整えられる。
この時も気持ちよくて瞬殺で数分意識がなくなってしまったくらい(笑)
「篠原さんのテクにはみんな落ちちゃうから寝ても全然気にしないのよ」
千丈さんの言葉を聞きながらガシガシと髪をタオルで拭かれ、ある程度水分を取り除かれる。
自分がどうなるか分からないけれど二人に任せて問題ないだろう。
「はい、これから仕上げにはいるわよ~」
篠原さんは仕上げの時が一番笑顔でテンションが上がっていた。
「ほら~どう? まのちゃん」
篠原さんが満面の笑みを浮かべて私の後ろから言った。
目の前の鏡には自分ではないのではないかと思うほどの別人が映っている。
全然違う、呆然としてしまって声も出ない。
千丈さんはわたしのことを文学少女と称したけれど、今の私からはそのイメージできない。
「うん、可愛い」
可愛いと言われたことはここ最近はない、ハッとして視線をその声の方に鏡越しに向けた。
千丈さんがにこにこ笑って私の方を見ている。
「私の腕もそうだけど、まのちゃんも素がいいのよ」
「そうそう、私は前から思っていたんだけどね」
二人でそう言い合っている姿を鏡越しに見た。
本人を無視して―――――
でも、自分でも信じられなかった。
あんなに変えようとして変えられなかった自分なのにあまり親交の無かった千丈さんとあの日、話してからここまで変わった。
唖然としている間に一気に行われたことで、こういうことには勢いが必要なのかと思わされる。
彼女の性格もあるのかもしれない、ただ見ただけでは表面上分からないことも。
「次は、服ね」
千丈さんはにっこりと笑い、私をイスから立たせる。
「篠原さん、ありがとう」
「いいのよ、先行投資だから。今後はまのちゃんうちのお客さんとして取り込めるのを見越してね」
「えっ」
私は千丈さんを振り返った。
「カット代はそういうこと、だから安心して」
「ふふふ、今後ともよろしくね。まのちゃん」
そういうことらしい、千丈さんのあまりの手際の良さに言葉もない。
これまた本人を蚊帳の外において決まっていたらしい。
呆れるよりももう、ここまで来たら最後までいいようにされるしかないと思ってしまった。
私よりその気って、千丈さん・・・
「さ、準備して。次のお店に行くんだから」
急かされる。
荷物を取って篠原さんに挨拶をして店を出た。
「ずっと千丈さんには驚かされることばかり」
「迷惑?」
「・・・そうじゃないけど、急な変化に戸惑っちゃって」
ここ2週間くらいの話だ、今日で一気に変わってしまいそうな気はするけれど。
それが嫌だというわけではない、でも―――――
「こういうことはもたもたしない方がいいのよ、一気にまくし立てて退路も断つの」
そこまでのことかなあと思いながらも確かに、このやり方ならどうしたって前に進むしかない。
でも、それはちゃんとしたフォローがあってのこと。
そこは千丈さんに感謝した。
たとえ、根底に下心があったとしても。
次は、と私は古着屋さんに連れて行かれたのだった。
【ホワイトデー2日前】
私はあの日のあとから変わってしまった。
変わったといっても外見だけで、中身は変わっていない。
相変わらずラノベは好きだし、性格も元のまま。
ただ、外見が変わってしまったせいで周りの方が少し変わってしまったのだ。
もとから自分の容姿には興味は無かった私だったけれど、関わりの無かった可愛い子のグループから接触があったり色々と煩わしいことが多くなった。
大体、私は一人を好むタイプなのに・・・
休み時間でさえも自分の時間が取れなくなった、話しかけられたら話を合わせないといけないし。
前はまったく話しかけられなかったというのに。
「・・・笑い事じゃないわ」
放課後、私は担任の先生に用事を言いつけられ足止めを食った。
今日は朝から学校中が浮ついていて、それは放課後まで続いている。
今年のホワイトデーは休日だから、休日会えない場合は渡すのなら金曜の本日中に。
かくいう私もタイミングで渡そうかとそればかり考えていた。
正直、用事を言いつけられて遅くなったので校舎には生徒は少ないから見られることは無いようだとホッとする。
当の千丈さんは普段と余り変わらなかった。
そわそわもしていないし、普段通りの彼女。
装っているのなら相当のポーカーフェイス。
「良いじゃないの、女の子は可愛い方がいいんだから」
彼女はバレンタインの日に私に告白をしてきてからというもの、可愛い子が好きだと、女の子が好きだと隠さない。
大胆というか何というか・・・
「私は千丈さんのために可愛くなったんじゃないんだから」
自分で言いながらどうかなとも思う。
「そうでしょうとも」
先生の用事は準備室の片づけ、他に生徒はいたはずなのに私にその仕事がまわり回ってきた。
私も人が良いから断らなかったのだけれど。
千丈さんとは友達になったので一緒に帰る仲ではある。
遅くなるから先に帰っていいよと連絡したのに理由を聞いて手伝いに来てくれたのであった、他クラスなのに。
因みに千丈さんは進学クラスで、試験があればクラスのほとんどの生徒はほぼ上位にいる。
ようは頭がいいクラスに在籍していた。
「でも、化けすぎた」
「えっ」
片づけの手が止まり、私は千丈さんを見た。
彼女の方は話ながらも手は止まっていない。
「私だけ理解していたら良かったのに、余計なことをしたかも」
不満そうに。
私を変えて満足そうだったのにいつの間に変わっていたらしい。
「何が不満なの?」
彼女に対して反感は無い。
ずっと変えたくても変えられなかった自分を変えてくれた人だし、ただ・・・結果に満足していない様子には納得はいかなかった。
なら、どうすれば良かったのか?
私が聞きたい。
「珠川さんが可愛いのは、私だけ知っていればいいの」
片づけながら千丈さんに妙に力を込めて言われた。
それは・・・やきもちの類なのだろうか
好きだと告白もされた私だし。
私が変わって、他の可愛いといわれる生徒たちと仲が良くなったことが気にくわないのか。
割と子供っぽいのかと思って私は小さく笑う。
「なに? その笑い」
「何でも―――――」
暗くなってきたし早く終わらせて帰ろう。
さっさとホワイトデーのお返しも渡してしまいたい。
二人の間は近づいたけど、仲が良くなっただけ。
マンガのように、それこそラノベのように付き合うとかにはそう簡単にならないのだ。
「ほんとに先生、他にも言いつける生徒は居ただろうに何で珠川さんだけにいいつけるのかしら。この量を一人でやるのは大変でしょうに」
文句を言いながらも1時間くらいかけてほとんど整理してしまった千丈さん、憎まれ口。
「おかげではかどったわ。ありがとう、千丈さん」
お礼を言う。
「―――――別に用事は無かったから、私」
「?」
一瞬、間があったけれどすぐに返してきた。
「早く帰りましょ、疲れてしまったわ」
その後はいつもの千丈さんだった。
「それは?」
学校の校舎を出て門に向かって歩いているとめざとく見つけた千丈さんが聞いてきた。
見つかったか・・・・
なるべく視界から反らせて・・・と思っていたんだけれど。
「今日、貰ったやつ」
「珠川さん、バレンタインデーにチョコをあげたの?」
驚いたように聞いてくる。
「まさか、友チョコをあげるような親しい人は居ないわ」
千丈さんじゃあるまいし通っている女子校で本命チョコをあげる人も居ないけど(笑)。
『?』って顔をしていたので私は苦笑して言った。
「私もバレンタインデーにあげていないのに、ホワイトデーに貰ってもと思ったんだけど・・・いきなり問答無用に渡されたり色々と・・・」
ホワイトデーも告白する日なのだろうか? バレンタインのお返しに――――そういう認識だったんだけど。
「問答無用に?」
「うん、突き出されて貰ってくださいみたいな?」
「それって・・・告白もされたんじゃないの?」
「うん」
「~~~~~~~~」
「千丈さん?」
道の真ん中で立ち止まって、肩を振るわせている彼女に声を掛ける。
部活帰りの生徒たちも何事かと視線をくれながら通り過ぎた。
「あぁ、もう! これだから~~~」
いきなり声を上げたのでびっくりして私は後さずってしまう。
「千丈さん?」
「それで、返事はノーなのよね?」
ガシッと両肩を掴まれて真剣な顔で言われる。
「・・・も、もちろん、当たり前じゃない」
千丈さんはともかく、私は彼女たちの気持ちには応えられない。
「よかった―――」
何が良かったのか分からないけれど、ホッとしたような表情になった千丈さんを見る。
「鳶に油揚げをさらわれるのは困るわ」
力を込めて言う。
「諦めていないの?」
私と彼女はこれ以上の進展は望めないだろうに。
「諦めが悪いのよ、私」
「千丈さんには感謝はしているけど、それとこれは別」
「もちろん、同情とかやめて。そんなのは本当の愛情でもないんだから」
それには頷いた。
そこら辺は彼女はさっぱりしている、だから告白された後も友達として付き合いやすいのだった。
私は鞄を漁ってこの日用に用意していた品物を取り出した。
1時間以上も悩んで買ったやつ、お返しを誰かにあげることは想定していなかったし、告白されても断った彼女に渡すものだから気を使った。
「はい、バレンタインのお返し」
「え・・・私に?」
もらえないと思っていたのだろうか、目の前で私に見せる表情は。
「もちろん、貰ったんだものお返しはするわ」
ただのお返しだけど、と断っておく。
一応。
「あ、ありがとう、嬉しい」
私以外にもお返しを貰っただろうにそんなに喜ばなくても・・・
手に持ってまじまじと見ている。
本当に嬉しそうなのでこっちが心苦しくなってしまうくらい。
「他意は無しね」
「・・・そんなに強く言わなくてもいいじゃないの」
表情が変わって恨めしそうに言う。
少しでも私の気が変わるかと思ったのだろうか。
確かに感謝はしているし、友達になれて学校生活も楽しくなった。
でも、それとこれ別物。
私はそこら辺がきっぱりとしていた。
「だって、千丈さんってなかなか諦めないんだもの」
強引には言い寄ってこないけど、諦めた気配は感じない。
いつも私の隣でにこにこ笑っているけどその笑顔が一物ありそうで。
「それは少しでも可能性があるなら諦めないわよ」
「可能性はありません」
「ね? これ、開けていい?」
えっ、ここで?
さすがに道の真ん中で・・・と思うも、彼女の顔が今早く見たい!という表情だったのでだめとは言わなかった。
別に手作りじゃない既製品だしと思って。
「・・・行儀は悪いけれど、どうぞ。千丈さんだって貰ったんでしょう?」
バレンタインデーに友チョコもあげた人だ、しかも手作りの。
他のを見ればいいのに。
「他のはどうでもいいやつだもの、むしろ珠川さんが私のために選んでくれたものの方が重要なの。あ、すごい細かい飴細工—――――」
悩みに悩んで買ったものは飴細工だった、綺麗な蝶の。
蝶と言っても単純な造形ではなく、かなり細かい。
割高だったけれど、なんとなく千丈さんに似合いそうだったから購入してしまった。
「綺麗ね、ありがとう」
いつものにっこり笑顔でお礼を言われる。
・・・・これが天然たらしの笑顔か、と思う。
いつ見ても、向けられても破壊力抜群だ。
何人の生徒を虜にして、泣かせてきたのか(苦笑)
とはいえ、私は落ちないけど・・・。
「どのお返しより嬉しいわ」
「・・・そんなこと言ってもダメなんだから」
「なにが?」
「・・・・・・」
すっとぼける。
見事なかわしテク。
「大丈夫よ、友達の枠からは外れないから」
諦めは悪いけれどさすがに強引なことはしない千丈さん。
けれど、相手の懐に警戒もされずにじわじわと入り込んでくる巧妙さ。
私も強気で対抗しているけれど、時々抵抗が弱くなる時がある。
なかなか手強い相手だった。
「他の子にモテるでしょうに」
「思いを寄せられるのも良いけど、なかなか落ちない人を思うのも楽しいわ」
本心なのか、ただのいいわけなのか。
「なかなかのMね、千丈さんって」
この不毛な会話が妙に心地よく感じてしまう。
好き、という気持ちとは関係ないけれど話していて気持ちがいい。
相手に対して気を使う必要がないというのが一番だと思う。
そんな友達は今まで私には居なかった、顔を合わせたら話をしたりする程度の友達しか。
「珠川さんに対してはね」
「・・・・・」
報われないのに思い続ける気持ちが私には分からなかった。
千丈さんのことは美人だとは思うし、素敵だなとは思う。
けれど、いきなり恋愛対象にはならない。
なり得ない。
「気にしなくてもいいのに」
「えっ」
「珠川さんって、私のこと突き放してもいいのに気にしてくれてるでしょ? あなたへの思いは私の勝手な気持ちだし無視してくれても全然構わないのに」
「気にするなって言われても難しいわ、千丈さんが言葉に出さなくても好き好きオーラを出してくるから」
「好き好きオーラ・・・ね」
くるくると取り出した飴細工の割り箸を回して蝶を回した。
食べ物を粗末に――――と言うか迷う。
「珠川さんは優しいわね」
「友達だもの」
千丈さんは今度は小さく笑う、その笑いは少し憂いを含んでいた。
多分、私の言った言葉が変わらないと感じたのだろう。
「ともだち・・・かぁ、そこら辺で納めておくのがいいのかも。多くを望むと大事なものすら失ってしまうかもしれないしね」
私に微かに聞き取れる程度につぶやく。
残念ながら私は彼女の思いに応えてあげられない、これはこの先もずっと。
人によっては私はヒドい人間に見えるかもしれない、応えてあげればと言う人もいるだろう。
でも、真心が無い状態で付き合っても結局は破綻すると思う。
千丈さんだってそんなの嬉しくはないはずだ。
「親友というポジションで我慢しておくわ」
友達からワンランクアップしたみたい、そう呼んで貰って私は嬉しく思う。
「私を変えるのを手伝ってくれたのは感謝しているわ、私一人じゃ無理だったから」
「皮肉よね、変わったらもっと私好みになるなんて残酷もいいとこ」
苦笑する千丈さん。
「でも、誰よりも近くにいるんだからいいじゃないの」
少し暗くなった道を歩き続ける私たち。
「そうなの?」
私は笑って頷く。
「親友なんでしょう? 私たち」
私はそう思っている、親友とはそう言うものだと。
恋人にはなれなくても親友として一生付き合ってゆくのもありじゃないのかとも。
「涙、出そう」
千丈さんが手を伸ばしてきた。
制服の腕が掴まれる。
「女子高生はスキンシップが好きよね」
「そういうタイプじゃないでしょうに、千丈さんは」
許される最低限度を試そうとしているのだろうか(笑)
「いいじゃない、それくらい」
あっという間に身体をくっつけてきた。
制服越しにも身体の柔らかさが伝わってくる。
さすがにこういうことはしたことがないので一瞬、身体がこわばってしまったけれどすぐに自分を立て直す。
「誰も見てないし」
私が振り払わないので嬉しそうに身体を押しつけてきた。
「・・・今日はサービスですからね」
「ホワイトデーサービス?」
「そ、今日だけ」
「ま、いいか」
千丈さんは上機嫌で当分、離れそうもない。
私は苦笑しながら、彼女のスキンシップという言い訳を許すことにした。
これから先、どうなるか分からないけれど今のところ気持ちは変わらない。
珠川 まののホワイトデーは、当日までには色々な事があった。
そして、いつもは何もない日だったけれど今年は親友となった千丈さんにチョコのお返しをあげることが出来た日になった。
ふたりの間が恋愛に発展するのはまだまだずっと先の話―――――――――