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【前編】バレンタイン

千丈さんのバレンタイン編と、珠川さんのホワイトデー編で完結予定です。ハッピーエンド以外はないんですがお暇潰しになればと思います。

ドン!


「きゃっ」


「うわっ」


夕暮れ、校舎の廊下で二人の女生徒の声が上がった。

照明が点灯していない廊下の曲がり角、校舎には生徒はほとんど残っていないはずだった。


「いった···ぁ」


「あ、メガネ···」


二つの声。

ひとつはさらりと見た目もなめらかな長髪の女生徒、薄暗くてもその整った容姿にはハッとさせられる。

もうひとつの声の主はきっちり左右に編み込みをした、いかにも模範生のような女生徒。

こちらは廊下に這うようにして、ぶつかった拍子に飛んでしまったメガネを探していた。

しかし、床を探す手にはメガネではなくて大小の箱のようなものしか触れない。


「メガネ···」


彼女はぶつかったことよりもメガネが無く、視界が確保出来ないことの方が大事らしく焦って探している。

長い髪の女生徒の方が先に立ち上がり、床にちらばっている箱には目もくれずにメガネを拾い上げるとまだ床でメガネを探している彼女に近づいた。

その表情は小さく笑っている。


「はい、メガネ」


彼女が驚かないように声をかけた。


「えっ」


声と気配に彼女は顔を上げ、裸眼では確認出来なさそうな顔を向けてきた。

案の定、目を細めて自分を見ている。


誰だか分からないんだろうな···と、思う。


「あ、ありがとう!ごめんなさい、メガネが無いと全然見えなくて」


メガネを受けとると慌ててかけ、再度顔を見た。


「千丈さんー」


「大丈夫? 怪我はない?」


千丈と呼ばれた女生徒はにっこり笑って立ち上がらせた。


「私は大丈夫···だけど、貴女のー」


床一面に転がる無数の小さな箱を見て拾い始めた。


「物より人の身体の方が大事よ、膝とか擦りむいていない?」


自分も拾いながら入っていた紙袋に無造作に放り込む。

綺麗に包装されたものたち、“今日という日”を象徴するもの。

しかし、自分にとってはどれも大事なものではなかった。

いくら沢山もらったとしても欲しいものではないのだから


「凄いのね、これみんなチョコレートでしょう?」


「みたいね」


苦笑しながら答える、女子高なのに他の女生徒たちからもらっていた。

女子高でモテるという中性的なキャラではないから、彼女たちは自分の整った容姿と片手指以下に落ちたことの無い成績に引き寄せられるのかと自分では分析している。


「珠川さん、いま帰り?」


「ええ、先生に頼まれごとをされてしまって」


最後の1つを渡してくれた彼女は小さく笑う。

メガネは彼女には不要に思える。


コンタクトにしたらいいのにー


三つ編みがメガネと相まって野暮ったく見えてしまう。

ほどいて長し、メガネをコンタクトにしたら今よりずっと可愛くなるのに···と思うも言わないでおく。

真面目な彼女のポリシーなのかもしれないから。


「千丈さんは?」


鞄も拾い、階段も降りてお互いに玄関に向かう。


「私は逃げ損ねたの」


「逃げ損ねた?」


「うん、見つからないように早く帰ろうとしたんだけれどね」


手に持っている紙袋一杯の包装されたチョコレートを見せる。


「ああ」


一年に一度の逃げ回る苦労を分かってくれてか彼女は苦笑した。

毎度のこと、自分の他にもバレンタインには華やかになる人

はいる。

自分のようなものにありがたいと思う反面、鬱陶しいとも思っていた。


「千丈さん、モテるものね」


「同性にモテても微妙よ」


女子高は男子が居ないからか、彼らの変わりに同性に色々な面で求められることもある。

それは狭い女子高という世界だけの話で、卒業したらあっさりとって変わられてしまうものでもあるけれど···


「そう? 気持ち悪いと思うタイプ?」


「そうじゃないけど時々、向けられる熱に辟易するの」


人が聞いたら傲慢とも取られそうな言葉だったけれど彼女は顔をしかめなかった。


「みんな凄いからねぇ···私は当事者じゃないから分からないけど大変なのは分かるわ」


とは言え、助けられないけどと言う。


「あと一回、我慢するわ」


本当は甘いものは苦手だ。

もらったチョコはいつも近くの養護施設に寄付している、今年もそれは同じ。


「あら、千丈さんは大学へも行くのでしょう? あと一回で終わるかしら」


「···怖いこと言わないで頂戴、珠川さん」


「ごめんなさい、でも大学でも想像出来ちゃうな。千丈さんがチョコレートを貰う姿」


「チョコは私、好きな人から貰いたいわ」


ため息をつく。


「貰うの? あげるのではなくて?」


「···そこは深くは突っ込まないで」


つい、出てしまった。

ポロリと。

逃げ損ねたのは事実だけれど用事があったのだ、それが済むまで帰れなかった。


「端から見てるのと、当事者とは随分温度差があるのね」


「人によるんじゃないのかな、見ている限りじゃ楽しんでいる人も居るし」


「確かに。C組の佐々木さんなんかこの時期特に顔がほころびっぱなしだものね」


二人で思い出し笑いをする、ある意味バレンタインのチョコレートは生徒たちの人気のバロメーターでもある。


「珠川さんは貰わないの?」


「それ、嫌味?」


「違うわ、興味があって聞いてみただけ」


「私なんてごく普通の生徒ですからね、貰いません」


「あげたことは?」


「今までの中で? それとも“ここ”で?」


自分を覗き込むように聞かれた。

不意の行動に思わず仰け反ってしまう。


「こ···ここで」


「まあ···私もそんなこといっても気になる先輩は居たけどチョコをあげるまでにはいかなかったなあ」


女子高ゆえに大体の生徒は一度くらいは思うことはあるようだ。

もちろん、そう思わない生徒もいる。


「珠川さん、これあげる」


簡易包装された小さな透明な包みを渡す。

それは他のどのものよりも地味で目立たず、簡易的なものだ。


「それ、千丈さんへのチョコでしょう? 私は貰えないわ」


いかにも真面目な彼女らしい台詞、予想はしていたけれど。


「大丈夫、私が作ったやつだから」


「えっ?」


「私もこの日は、貰うばかりじゃなくてあげるのよ。そんなにたくさんではないけれど」


彼女にあげる理由が出来た。


「友チョコ?」


ああ、なるほどねと彼女は頷く。


「1つを除いてはね」


後には引けない。

今日はそのために逃げ損ねたのだ、いつもは振り切って早々に帰宅するのに。

ただ、会えなかったら渡すのも“すべて”も諦めようと思っていた。

今年はいつもと違う。

自分の中でのターニングポイントになると思っていた、良いことも悪いことも受け入れる。

分が悪い気はしているけれど。


「意味深ね、その言葉」


そう言いながらも、自分以外の他の誰かを考えている様子の珠川さん。

あげたチョコの袋を感心しながら眺めていた。

内心、苦笑する。


そうだよね、まさか自分だとは思わないか···


想いは伝えて初めて相手に伝わる、都合が良く分かるものではない。


「それ、最後の一個なの」


「いいの? そんなのを私が貰っても、貴女とはあまり親しくないのに」


確かに彼女とはクラスも違うし部活も委員会も被っていない、顔見知りなくらい。

でも、今日はずっと友達のように親しげに話している。

切り出すにはいい雰囲気だった。

最後の最後にどんなかたちでも彼女に会えて良かった。


「ううん、それは珠川さんにあげたかったの」


けれど、立ち止まって彼女の顔を正面から見て言える勇気は出ない。

何度も、シュミレーションをしたのに実際は役に立たない。

全校生徒を前にディベートをしたり、卒業式に先輩への送辞を読むことよりも緊張してしまっている。


「もしかして、用事って···私を探していたの?」


彼女の足が止まる。


「うん」


自然と私の足も止まった。

やっと玄関の下駄箱の前に着いた。


「私を探して逃げ損ねて、いつもより貰う羽目になってしまったのね。悪いことをしたわ」


観点はそこじゃないの、珠川さん。


苦笑する。


「チョコ、ありがとう。ありがたく頂きます」


彼女が言う。

たぶん、タイミングはここ。

ここしかない。


「ついでに私の気持ちも受け取ってくれると嬉しいんだけどな、珠川さん」


ここ一番のスマイル。

友人たちに言わせると、自分の笑顔は武器になるそうだ。

無意識は最強で、意識的には攻撃的らしい。

攻撃的って···呆れたけれど、友人たちのアドバイスを受け入れて実行してみた。

珠川さんに効くかどうかは分からなかったけれどこちらは藁をもつかむ気持ちなのだ。


見た目ほど、気持ちの余裕がない。


好きなのにずっと想っているだけではどうにもならなくなっていた、この日を機になんとか自分の中で決着をつけたかった。


「えっ?」


少しの間があって彼女が驚いた表情になる。


「うん」


「え···」


簡易包装のチョコを見せて確認する珠川さん。

彼女にしたら青天の霹靂だろうか、それとも自分のようなものに思われて迷惑だろうか。


「わ、私?」


「迷惑?」


「え···っと····驚きの方が大きくて···何とも」


それは彼女の動揺具合いから伝わってきた。

例えば自分を好きな子にチョコをあげて告白したら珠川さんのような反応はしないだろう、思ってもいなかった斜め上からの告白だからだ。

彼女はうつ向いてしまう。

悪いことをしてしまったような感じになり、後悔した。

自分で決めたことなのにやはり止めた方がよかったとー


「ごめんなさい」


失敗だったのだ。

望むことはしない方が良かった。

今後、二人の間が気まづい雰囲気になってしまうのなら···

でも、言葉は発せられた。

私の気持ちは珠川さんに伝わってしまったのだ。

今さら無しでした、なんて取り消しはできない。


「嫌なら忘れて」


断られた時のシュミレーションもしていた。

そちらを使う確率の方が高かった、僅かな期待もあったけれど。


「珠川さんが構わないなら、暗いからリセットして一緒に帰ろ」


「千丈さん」


「今後は···友達として接してくれると嬉しい」


「·········」


すぐには反応はなかった。

嫌われたかもしれないと思い、胸の奥がズキリと痛む。

あと一年、好きな人に嫌われ、避けられて過ごすのかと思うと苦しさも感じた。


「と、友達ならー」


思い直した表情で彼女が顔を上げた。

これまではただの顔見知りだっのだ、嫌われずに“友達”に昇格したのなら御の字だと思うべきか。


「いいの?」


「恋愛感情は抜きで、だけど···ダメ?」


「珠川さんが構わないのなら」


たくさんは望まない。

失うものの方が大きいと分かったから。

自分の場合は幸運な方だ、嫌われないだけ。


「うん、それなら····」


彼女が笑ってくれたのでホッとする。

気まづいままだと帰る道中、雰囲気が重くて困っただろうから。

お互いの下駄箱に分かれ、靴を履くとまた玄関の外で落ち合う。

それまでのやり取りは無かったかのように仲良く和やかに話しながら帰宅の途についた。


千丈佐奈の今年のバレンタインは半分収穫あり、半分肩を落とした一日だった。

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