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第五話 悪意の追跡者

 第五話です。


 また、四〇〇〇字を超えてしまったのですが、ご興味があれば、ご拝読よろしくお願い致します。

 

 横浜でのLAWSとの戦いから四日後。


 世間ではソルブスユニットが行った戦闘が大々的に報道され、それまでのユニットに吹いていた逆風は静かなものになっていた。

 

 そして連日マスコミでは亜門と宇佐が近接戦闘でLAWSをスクラップにする様子が流されていた。


「宇佐巡査は監察聴取をされるらしい」

 

 メシアがそう言うと、亜門は「宇佐巡査と僕の喧嘩は大々的に報じられているからなぁ」と言いながら、新宿の街を歩いていた。


「ソルブスユニットの捕り物自体は評価されているが、再び新たな火種を抱えるきっかけになった。宇佐坊は監察聴取の結果によっては何らかの降格処分を受けるかもしれない」


「あんな大花火を打ち上げて、レインズ社は何も言わないけど、どうなの?」


「まぁ、そこはアジア的なメンツを気にする会社ではないが、結果的に一瞬とは言え、俺とレイザによる最新鋭機同士の戦闘でデータが取れたから、何も言わんらしい。合理的であることを鼻にかける連中らしい対応だ」


「結果的にはソルブスユニットの評価はどうなのかな?」

 

 亜門がメシアドライブでエゴサーチを始めると、ソルブスユニットの内輪揉めの様子には非難の声が挙がる一方で、LAWSとの戦闘に対しては比較的静かなトーンの論調だった。


「内輪揉め方が騒がれているな?」


「警察とは悲しい仕事さ。平和を守るのは当たり前で、当たり前の事をしても誰も称賛せずに不祥事の時だけは皆が騒ぎ立てる」


「分が悪い仕事だな?」


 亜門はそう言いながら新宿の紀伊国屋書店へと入る。


「まぁ、ユニット以外の事件で騒がれている事と言えば〝教団〟の若きリーダーが任意での聴取を受けた事に腹を立てて、警視庁を非難する声明を出した事と、秋葉原の神経剤を使った殺人事件の実行犯が逮捕されたらしい」


「あぁ、あれだろう。未成年が関わっていたっていう?」


 ユニットの戦闘が大々的に報じられる一方、世間において関心が高まっているのは〝教団〟の若き後継者である塚田弘樹が警察に一連のテロ事件に関する聴取をされた後に警視庁を非難する声明を出した事と、秋葉原で古書店を営む一方で犯罪者の高飛びの斡旋や若者を中東のテロ組織に送りこむなどの悪行を行っていたブローカーが何者かによって昭和通りで神経剤を使われて、殺されたという事件だった。

 

 神経剤が使われた事により近くで店や会社を営んでいる一般市民が体の不調を訴えるなどの点から、世間ではユニットの戦闘よりも高い関心を集めていたが、その犯人が逮捕された事が最近騒がれてはいる。

 

 容疑者は二人の高校生で、高額のアルバイトがあると食いついた結果、殺人を請け負う事になったと取り調べで証言しているらしい。

 

 尚、ネット上では二人は実名が明かされていて、西健太と前田裕介という二人が実行犯らしい。

 

 二人は遊ぶ金が欲しかったから高額なバイト先という理由だけで殺人の請負を行ってしまったそうだ。


 本人達は『僕等は騙されたんです!』と言って、無罪を主張しているのだが、実際に殺人を行っているのだ。

 

 規範意識が低すぎる事は明白で、言い訳をして許される行為ではないだろうなと亜門には思えた。


「世間は塚田の反論会見と秋葉原の事件の方に注目が集まっているみたいだね?」


「後者は日常生活に近いからだろう。容疑者は普通の高校生だからな。もっとも刑事事件は逮捕された後にマスコミが騒ぎ出すのが俺は気に入らないが?」


「なるほど、容疑者の背景がごく普通と言ったところに皆が共感しているのか?」

 

 亜門がそう言いながら小説の売り場の辺りをうろついていると、メシアが「しかし、連中は〝雇い主〟については黙秘を貫いているらしい」と口を開いた。


「余程、怖い相手なのかな?」


「だろうな。ゲロしたらすぐに報復の対象になることを恐れているんだろう?」


 亜門とメシアがそう会話しながら、書店を練り歩いていると、ジーンズにコートを着た久光瑠奈がやって来た。


「何か面白い本はあったかい?」


 瑠奈がそう言うと、亜門は「よく分かるブロックチェーン入門」とだけ答えた。


「亜門君、それはカッコつけすぎだよ」


 瑠奈がそう言うと亜門は「そういう瑠奈はどんな本を買うんだよ?」と聞き返した。


「えぇ~と、柔道部物語を――」


「漫画かよ。しかも好みが渋い」


 亜門はそう言いながら笑いこけた。


「まぁ、今日はそんなカッコをつけた亜門君と映画を見る日なんだが? 亜門君」


「何だよ?」


「どんな映画を見るの?」


「バウンティートレージャーをーー」


 バウンティートレジャーとは宝探しをする強いヒロインの活躍を描いた作品だ。


 それを聞いた瑠奈は「アニメがいいな?」と真顔で答えた。


「本当に東大生なのかな? チミは?」

 

 亜門がそう呟くと、瑠奈は「まぁ、よく言われるよ」とだけ答えた。


「よし行こうか?」


「まだ時間あるよ?」


「その分はどっかで昼食を取ろう」


 そう言って、亜門と瑠奈は紀伊国屋書店を出て、新宿の街へと出て行った。


 この街の特徴としては貧困層とホワイトカラーの人々が所々で、交じり合う空間が創出されている点にあるが、亜門はこのサラダボウルのようなごちゃまぜ感が気に入らなかった。

 

 このごちゃまぜ感なら治安が悪いと言われるのも分かるような気がする。


「新宿は嫌いだ」


「あぁ、何か雑多としているからね?」


 瑠奈とそのような会話をしながら、歩いていると路上ではホームレスが寝転がり、その近くをいかにもホワイトカラーでございというような、サラリーマンが怪訝な顔を浮かべて歩いている。


「天国と地獄」


「または人生の縮図ね?」


 そう言って、亜門と瑠奈は映画館へと歩いていた。


 新宿の雑多とした空気は亜門にはどこか、人々に不安な気持ちを煽っているようにしか思えなかった。


 

 警視庁捜査一課は秋葉原にある、万世橋警察署に古書店店主殺人事件の捜査本部を置いていた。

 

 事件は進展した。

 

 その結果として、SSBCの監視カメラの画像解析によって、二人の高校生が容疑者としてあがり、万世橋警察署の取調室で取り調べを行っていた。

 

 取り調べの結果、しばらく黙秘を続けた後で、最終的には二人は泣き崩れてしまった。

 

 もっとも、騙されたとしても結果的には殺人を行ったのだ。

 

 その罪は重いだろう。

 

 兵頭は泣き崩れる容疑者の高校生である西健太と相対していた。


「騙されたと言っても殺人事件を起こしたんだ。罪は逃れられないよ」

 

 兵頭がそう言うと、西は「うわぁぁぁ!」と言いながら泣き崩れる。

 

 兵頭は西が泣き止むのを待って「〝教団〟に白山を殺害するように頼まれたのか?」とだけ聞いた。

 

 聞かれた側の西は「知りませんよ」と言って泣き続ける。


「今ここで、ゲロった方が楽だぞ」


「司法取引ですか?」


「それは組織犯罪や銃器に薬物や詐欺だけに適用されるんだよ。日本では単独での殺人には適用されない。組織が絡んでいなければな? 覚えておけ、坊や」

 

 それを聞いた、西は「うわぁぁぁぁ!」と言いながら項垂れた。

 

 こいつ等は見た目こそ派手だが中身は普通の高校生なんだな?

 

 しょせん、この西や前田のような少年達はアウトローに憧れるだけの普通にしかなれない、子どもなのだろう。

 

 兵頭がそう考えた後に「よく考えておけ」とだけ言った。

 

 それを聞いた、西は体を震わせていた。


 兵頭は、席を立ち取調室を出て別室へと向かって行った。

 

 そこではマジックミラーで取り調べの様子を眺めながら、公総の五十嵐がコーヒー片手に立っていた。


「公総が何の用だ?」

 

 兵頭がそう聞くと、五十嵐は「あの二人の少年に関しては公総の方で取り調べを行う事にする」と冷たく言い放った。


「何だと? あいつ等は殺人の容疑者だ。俺達がしょぴく」


「殺人の容疑は重いがあのガキ二人は俺達が聴取する。お前等、捜査一課には蛇神会のチンピラを分け与える。それでいいだろう?」

 

 五十嵐がそう言うと、兵頭は「その組織って〝教団〟の事か?」とだけ聞いた。


「お前には関係ない」

 

 そう言って、五十嵐はコーヒーを飲み干すと、取り調べ室へと向かう。

 

 物腰は柔らかなものだが、その中には相手を徹底的に追い込もうとするサディスティックな姿勢が見られるのが、五十嵐の尋問の仕方だ。


「俺達は蛇神会のチンピラを扱うみたいですね?」

 

 石上が隣に立つと、兵頭は「それも公総が俺達の体面を保つ為に回してきた連中だろう」と吐き捨てた。

 

 ここ最近は公安絡みの事件が多すぎる。

 

 俺達が純粋に容疑者を逮捕した事はここ最近あっただろうか?

 

 兵頭がそのような事を考えていると、公総の捜査員が「捜査一課の皆さんは退出してください」と言い出した。

 

 それを聞いた兵頭は「これは俺達の事件だぞ!」と怒鳴りつけた。


「事態が変わりました。公総としては秘匿事項で済ませたい事案です。なので、この案件は公総全体で行う方針であると、上層部も了解しました」

 

 捜査員が淡々とそう語ると、兵頭は「そうかい、俺達はお役御免か?」と公総の捜査員を睨み据えた。


「ですが、あなた達には蛇神会の構成員の暴行事件などを――」


「お前等から割り当てられた、ヤマだろう!」

 

 そう言って、兵頭は部屋を出た。


 石上が後を追うと、兵頭は「蛇神会の事件だと組対の案件じゃないですか?」と聞いてきた。

 

 組対とは組織犯罪対策部の事で、いわゆるマル暴と呼ばれる部署である。


 暴力団対策ならば組織犯罪対策部暴力団対策課が該当する。


 半グレ集団もその守備範囲で、準反社会勢力として、認定をされている次第だ。

 

 今回の事件の場合は海外マフィア担当の組織犯罪対策部国際犯罪対策課か一応はLAWSで銃器を使った為、銃器、薬物担当の薬物銃器対策課を使うかが曖昧なので、とりあえずは傷害事件を入り口として、まずは自分達、捜査一課が捜査を始め、その後に組対各課や公安外事二課のどちらかが、蛇神会を追い、引き続き、公総が一連の〝教団〟事件を追うのだろう。

 

 自分達、ジは初動捜査には使われたが、結局はまたハムにパシリ扱いを受けたという事だ。

 

 そして、その逮捕できた案件も、自分で逮捕した事件でないことが気に入らなかった。


「主任、犯人逮捕できたから良いじゃないですか。結果的には一課の手柄になるんですから、怒る必要は――」

 

 石上がそう言うと、兵頭は「そんな裏工作で捕まえた偽装じゃなくて、俺は自分の手でワッパをかけたいんだよ!」と怒りを露わにした。

 

 そう言って、兵頭はふらふらと柔道場へと向かって行った。


「少し寝る。何かあったら起こせ」


「・・・・・・はぁ」

 

 そう言って、石上と別れた後に兵頭は柔道場に入るとすぐに布団に入った。

 

 三日ぶりに布団に入ると同時にすぐ眠りに入っていた。

 

 視界を暗闇が包み、気が付けば兵頭は眠りこけていた。

 

 風呂にも入らなきゃいけないな?

 

 兵頭は意識が遠のく前にそのような事を考えていたが、直ぐに意識が遠のき、そのような感覚を忘れて去っていた。


 

 亜門は自転車で高円寺から、ソルブスユニット分庁舎のある大手町へと向かっていた。


「亜門、電車を使った方が早いと思うぞ」


 メシアがそう苦言を呈すると、亜門は「電車賃の節約だよ」とだけ言った。


 横浜での戦闘から一週間が立ち、一二月の初旬が終ろうとしていた。

 

 宇佐は結果的に懲戒処分となり、本人は即、依願退職をした。

 

 警察学校や勤務内容でも成績が良かった、若き警察官の初めての汚点と言っていいだろうが、それはあまりにも高くついてしまった。

 

 そのような事を考えていると気がつけば、亜門は千代田区の整った都会とでも言うべき、街並みを眺めながら自転車を漕いでいた。


「この辺りは好きだな?」


「お前は田舎者だから、都会大好きだもんな?」

 

 メシアがそう苦言を呈すると、亜門は「この辺は新宿とか、あぁいう雑多とした街と違って、何か大きな安心感を覚えるんだよ」とだけ言った。


「確かに官公庁や大手企業が多くあるエリアだ。身元が保証された連中が多くいるのは事実だ」


「それに街並みが結構綺麗なんだ。住むわけにはいかないけど、この辺で仕事するのはある意味で誇りに思えるよ」

 

 亜門がメシアと会話しながら、自転車を漕いでいると、目の前に十数名の少年から青年と言っていい年代の男達が現れ、亜門を取り囲んだ。

 

 グリン大学の学生達だ。


「・・・・・・何だよ?」

 

 亜門は自分でも分かるほどに怪訝な表情を浮かべていた。


「お前、調子に乗んなよ」

 

 大学で亜門を敵視していた同学年の生徒が亜門に詰め寄る。


「お前! 警察とどうゆう関係なんだよ!」


「玲於奈を殺したのはお前かよ!」

 

 そう男子学生達が詰め寄りながら亜門を取り囲む。

 

 何でこいつ等が、僕が佐藤を殺した事を知っているんだよ?

 

 亜門は自分が警察で働いていることを知られた事に遺憾の念を覚えたが、メシアは「余計なことは言うな」と密やかに亜門に助言した。


「それは言えない事なんだよ。お前等が知る必要もない」

 

 そう言って、亜門が自転車を前に進めようとすると「お前! 玲於奈を殺したな?」と言って、男子学生が目の前に立ちふさがる。

 

 だから、何でこいつ等がその事を知っているんだ?

 

 亜門は特殊部隊員とあらば秘匿を徹底しなければならないことを心得ていたから知らぬ存ぜぬを通す事を決めた。

 

 仮にも相手は民間人だからだ。


「それは知らない」


「とぼけるな!」


「こっちは独自のルートで情報を得ているんだよ!」


 独自のルート?

 

 こいつ等は〝教団〟に入信したのか?

 

 驚きを隠せない亜門だったが、この男子生徒達を徹底的に無視することにした。

 

 警察の敵になった彼等であるが、今の段階では逮捕は出来ない。


「お前、何様のつもりだ!」


「ちょっと警察の手伝いしているだけで俺達と何か違うのかよ!」

 

 そう言って詰め寄る学生達に対して、亜門は自転車から降りてそれを手で引き、ソルブスユニット分庁舎へと向かおうとしたが、学生達がそれを邪魔する。

 

 できれば、メシアを装着して、こいつ等を蹂躙したい気分だったが、私闘は契約で禁じられている為にそれが出来ないのがひどく不快だった。

 

 弱ったな?

 

 前に進みたくてもこいつ等が邪魔で、どうにもならない。

 

 亜門がそう思った時だった。


「一場!」

 

 男の野太い声が聞こえた。

 

 高久と島川だ。


「誰?」


「何? あのおっさん達?」

 

 学生達が迫力ある二人のおっさんの登場に戸惑いを見せる中で、亜門はその瞬間に一瞬空いた隙を突いて自転車を動かした。


「お前!」

 

 十数名の学生達が亜門を追いかけ始めると、高久と島川が「一場に何の用だ?」と凄みを効かせて学生達の前に立ちふさがった。


「いや、あの・・・・・・」


「僕等、彼と同じ大学なんで・・・・・・」


「ちょっと、話があるだけなんですが・・・・・・」

 

 迫力ある二人のおっさんを前に学生達は怯み始めた。


「言っておくが、一場に手を出したら俺達が承知しない」


「お前等の逆恨みで大事な仲間に何かされたら、たまったもんじゃない。失せな」

 

 高久と島川がそう言うと、学生達は「一場! お前図に乗るなよ!」と言って、その場を去ろうとした。


「お前がどんなに活躍しても俺達は絶対に認めない!」


「お前は俺達と同じ学生なんだ! お前、弁えろよ!」

 

 そう悪態を吐きながら、去り始める学生達を亜門は心の中で嘲笑する。

 

 その一方で、高久と島川には感謝の念を抱いていた。


「すいません、助けてもらって」

 

 亜門が俯きながらそう言うと、高久が「お前の働きが良いからだよ」とだけ言った。


「最初はお前の存在に疑念を抱いたが、横浜での戦いを見ていて、俺達はお前が本当のエースになれると考えを変えたよ」

 

 島川が亜門の肩をポンと叩く。


「いえ、ただ、無我夢中で・・・・・・」


「まぁ、寒い中で立ち話もなんだから、中に入ろうぜ」

 

 そう言って高久と島川と一緒に分庁舎へと向かって行った。


「ところで、お前等の最新装備が完成したらしいな?」


「ツインブレイドっていう奴だろう?」


「もう完成したんですか? 早いな?」

 

 三人でそのような事を話していると、メシアが「基本設計はレイザの大型ブレイドと同様で、戦艦に戦車も切り裂く対艦刀というのが実態だ。レイザの装備の基本設計を元に作ったから、予備部品でも間に合って、この短期間で完成したんだろう?」とだけ言った。


「結局はレイザの猿真似か?」

 

 亜門がそう言うと、メシアは「黙れ」と静かに言い放った。


「お二方、話題を変えよう」


「相棒の二人が険悪になるのは避けたい」

 

 高久と島川がそう言うとメシアは咳払いした後に「まぁ、装備は完成したが、不安要素としては例の自衛隊機の一件だ」と言い出した。


「あれか? 自衛隊が何で横浜での事件を偵察していたかは気になるな?」

 

 島川がそう言うと、高久が「自衛隊が動くと法律的にも国民感情的にもあまり好印象を与えないから、俺達がソルブスを運用しているんだろう?」とメシアに聞いてきた。


「軍事組織を動かすほどの事態が、この国で進行しているという事か?」

 

 メシアがそう言うと亜門は「それはどういうことだよ?」と聞いた。

 

 するとメシアは「黙れ、お前の猿真似発言は許せん」と言い出した。


「何だよ、少しぐらいは教えてくれればいいだろう?」


「お前のさっきの発言が無かったとしても、俺は仮設の段階では何も話さない。しょせんは憶測でしかないからな?」

 

 それを聞いた、亜門は歯ぎしりを覚えたが、高久と島川が「お前等、喧嘩するなよ」と言ってなだめ始めた。

 

 気が付くと分庁舎の目の前に立っていて、亜門は身分証明書を出して中へと入ろうとしたが、何か視線を感じて辺りを見回した。

 

 すると先ほどの学生達が遠巻きから、亜門が分庁舎に入る様子をスマートフォンで撮影していた。


「あいつ等!」

 

 亜門は連中の付きまとい行為に苛立ちを覚えたが、すぐにメシアが冷静な声音で「亜門。あいつ等にはスマートフォンでの撮影やLINEでの閉鎖的なコミュニケーションしか武器が無い。しょせんはネット頼みだ。気にするな」と宥め始めた。


「優しいね?」

 

 亜門がそう言うと、メシアは「うるさい」とだけ言った。


「一場、万が一の事態があったら俺達もいる」


「だから、安心しろよ」

 

 そう言われた亜門はどこか安心感を覚えて「はい」とだけ言った。

 

 分庁舎の中に三人で入ろうとしたその時も学生達のスマートフォンでの撮影は止まらなかった。

 

 だが、亜門は自分には確実に味方がいるという安堵感を覚え始め、彼等のネット頼みとも言えるストーキング行為に対する苛立ちも抑えられていた。

 

 寒い外から暖房の聞いた分庁舎内部へ入った事も亜門の気持ちを落ち着かせていた。

 

 奴等はずっと外で待っているんだろうか?

 

 そうであれば、そのまま凍死してしまえばいい。

 

 亜門はそう考え始めながら、分庁舎の外で撮影を続ける学生達には目もくれなかった。

 

 警邏の警察官に身分証を見せた後に、分庁舎の中に入る。

 

 亜門はその瞬間にとてつもない安堵感を覚えていた。

 

 大学以外に居場所がある。

 

 これほど幸せな事は無い。

 

 亜門はそう考えながらエレベーターが来るのを待っていた。

 

 寒さで手が冷たかったが、それを溶かすように暖房の温かさが身を包んでいた。



〈こちらを通して、防衛省に照会をしてみたが、向こうは知らぬ存ぜぬを通している〉

 

 警察庁の警備局長である設楽が脂ぎった顔にかけた、眼鏡を直しながらテレビ電話で小野に話しかけていた。


〈警察OBも多くいる組織だから、何らかの情報は入ると思うが、向こうの制服組と背広組はだんまりを決め込んでいるか、本当に知らないかのどちらかだよ〉


「そうなると、警察OBが知らない情報が省内にある思われます」


〈まぁ、相変わらず小川がソルブスユニット解体論を唱えて、警視庁内で勢力を拡大しているが、あいつは本格的に久光総監に宣戦布告して、悪目立ちしたいらしい〉

 

 設楽がそう苦々しい表情を見せると、小野は「設楽局長は小川警備部長がお嫌いなのですか?」と聞いた。


〈奴は自分が一番になる事と目立つことしか考えない奴だ。警備部長のポストにいる事、自体が腹立たしいが、奴が政界進出を狙っている事から警察OBの議員が、我々に圧力を仕掛けてあんな軽薄な男を警部部長という重量ポストに据えたのさ〉


「小川警備部長は政治家になるおつもりなんですか?」


〈だから、奴は全うな警察官ではないということだ。社会の事を考えずに自分の栄転の為に目下の者を怒鳴り散らす輩だからな。元々から上に立つ者の器ではない〉

 

 それを黙って聞いていた小野に対して設楽は〈しかも、ここまでソルブスユニットが活躍している中で、未だに自分達の持論にこだわり続ける、極めて柔軟性の無い連中だ。まぁ、手のひら返しをしても跳ね除けるつもりだがね?〉とだけ言った。

 

 それを聞いた小野は「官邸は防衛省の動きに対して何か発言をしていますか?」と聞いた。


〈長官や総監には話が届いているかもしれないが、テロ事案であれば、我々警察の管轄だ。軍隊に出る幕が無いことは明白なはずだがな?〉

 

 警察という組織は、自分達こそが国家の治安を担うという自負を抱いている者がキャリアになればなるほどに多くいるとは聞いていた。

 

 中には海上保安庁に警察権があるというだけで、憤るキャリアがいるくらいなのだ。

 

 警備畑を歩いてきた、テレビ電話の向こうの設楽もその類なのだろうなと小野には思えて仕方なかった。


〈君の方で防衛省に照会できないか?〉

 

 設楽がそう言うと、小野は「私は閑職に追われた末に退官したので、向こうの制服組に背広組が私に情報を教えてくれるとは思えません」とだけ答えた。

 

 小野がそう言うと、設楽は〈そう言えば、そのような背景があったな?〉と言って、脂ぎった眼鏡を掛けなおす。

 

 その顔はテカリきっていた。


〈とにかく、この件はそちらの総監や、こちらの長官に一任してもらう。官邸が絡んでいる可能性が高いから、その場合は総監や長官は何かを知っているだろう〉


「ありがとうございます」


〈君達には期待しているから今後とも頼むぞ。公総からお客さんが来ているようだから失態の無いように〉

 

 そう言って、テレビ電話の通話は切れた。

 

 隊長室のソファには公総の進藤千奈美警部補が座っていた。


「官邸が絡んでいるほどの事案ですか?」


「背景には〝教団〟を裏で操っていた、国際犯罪組織の関与があるとの事よ」


 小野がそう言うと、進藤は「興味深いですが、国際犯罪組織が相手なら私の関与する事ではないですね?」と静かに述べた。


「関係あるわよ。警視庁内部に〝教団〟のスパイがいるというのは巷の噂だからね? 仮に存在すれば公総の出番よ?」

 

 小野がそう言うと、進藤は「いらないことを言う人間がネット上に多くいる証拠ですね?」と呆れ返ったと言わんばかりのため息を吐いた。


「まぁ、それは〝教団〟が地下鉄テロを起こした時代でも言われていたことだから」

 

 小野がそう言うと、進藤は「それはとにかく、私がソルブスユニットに来た理由は分かりますか?」と聞いてきた。


「公安部と実働部隊である私達のパイプを繋げる狙いがあるんでしょう?」


「瀬戸公安部長の命令です。部長はソルブスユニットの味方ですから」


「後は小川警備部長から私達を守る為ね?」

 

 そう言い切った小野に対して、進藤は「えぇ、実際にここ最近、小川警備部長は庁内で求心力を高めています」と表情を崩さずに答えた。


「理解の無い上司を持つのは、困りものね。しっかり活躍しているのに?」


「まぁ、潔くない大人の典型例ですね?」

 

 進藤が同意の声を挙げると同時に小野は隊長室の戸棚を開けて「コーヒーでも飲む?」と進藤に聞いた。


「いえ、結構」


「あら、そう? まぁ、インスタントだけどね?」


 小野がそう言って、インスタントコーヒーを戸棚にしまい直すと進藤が「小野隊長」と言いながら立ち上がった。


「どうしたの改まって?」

 

 小野が驚きを隠さずにそう言うと、進藤は「一場特務巡査に会いたいのですが?」と眉一つ動かさずに言い放った。


「いいけど、何で?」


「民間人でありながら、ここまで事件を解決してきた青年がどのような存在かをこの目で見たいだけです。純然たる警察官の一人は依願退職しましたので、必然的に一場特務巡査に会うことがベストかと思われます」

 

 進藤がそう言い放つと、小野は「多分、一場君は今、庁舎に登庁した時間帯かな? 今から行く?」と上目遣いで進藤に聞いた。


「是非」

 

 進藤がそう言うと、小野は「じゃあ、早速行きましょうか」と言って隊長室を出た。

 

 進藤はその後に続いた。

 

 二人は暖房の温かさが少し熱いぐらいに感じられる廊下を歩いていた。


 

 ソルブスユニット分庁舎の中の整備班が入るデスクで中岸から、亜門はメシアが考案した最新装備のツインブレイドに関する説明を受けていた。


「このツインブレイドは二本の対艦刀を背中に付けた状態で装備。その後には二刀流で手に持つことも可能だが、この二本を合体させて一つの武器として扱う事も出来る」

 

 中岸が見せる図面には二本のツインブレイドが合体し、上下に刃が入った状態でナギナタのような形状になった、ツインブレイドのCG映像が映し出されていた。


「これ、かなりデカいですけど、重くないんですか?」

 

 亜門がそう疑念を口にすると、メシアが「軽いぞ。デカいが振り回すことが出来る。レイザの大型ブレイドと同じくカーボン製だしな。だが、ソルブスの筋力であれば問題ないだろう」と口を挟んできた。


「問題はキメラが相手の時にこれが意味あるのかだと、僕は思うんですが?」

 

 亜門がそう中岸に話しかけると、メシアが「LAWSの一件もあるように近い将来はキメラ以外の敵とも戦う可能性がある。〝教団〟の若き教祖が警視庁に不満を垂れているが、隊長殿の話しでは、背景には大規模な国際犯罪結社が暗躍しているとの情報も得ている。戦車が日本にやってきて、都市を蹂躙するぐらいの事も考えてくれ」と亜門に話した。

 

 中岸は怪訝な表情を浮かべた後に「戦車は飛躍しすぎだと思うが、その犯罪結社って、どんな組織なんだ?」とメシアに聞いてきた。


「戦車を街中で暴れさせるなんて、西部警察じゃないんだからさ?」

 

 亜門もそれに続くが、メシアは「世界的な犯罪者で大富豪のアツシ・サイトウを影の首領とするピースメーカーだ」とだけ言った。


「何かで聞いたことがあるな?」


 中岸がそう言うと、亜門は「平和を作るなんて、犯罪結社にしては随分と皮肉な名前だね?」と口を揃える。


「アツシ・サイトウ自体は実在するかどうかも疑問を持たれているが、奴はサイバー攻撃やマネーロンダリングの事件が起きる度に、各国の諜報機関に睨まれる人物だ。だがその前に・・・・・・」

 

 メシアは一呼吸入れた。


「メイガン・ジョンソンにジェフ・ユニバースは知っているか?」


「前者は有名な慈善活動家で、もう片方は有名な科学者だろう」

 

 亜門がそう答えると、中岸は「よく知っているな?」とだけ言った。


「メイガンは慈善活動でアフリカやアジアで子どもの支援を行っているようだが、実際には現地のテロリストグループに少年兵の人身売買を行い、麻薬やダイヤモンドなどを密売している偽善者の代表格さ。ジェフに至っては宇宙工学を専門にしているが、裏で組織専用の装備を開発している事はレインズ社の連中はよく知っている」


「何かショックだな。そんな立派な人達が、裏で犯罪行為に手を染めているなんて?」

 

 亜門がそう言うと、メシアは「表立っては慈善活動の団体であるが故に平和の作り手を名乗っているが実際には紛争を飯の種にしている、偽善者の集まりだ」と吐き捨てるように言い放った。

 

 中岸はそのメシアに対して「随分とそのピースメーカーとやらを敵視しているようだな。お前は?」と聞いてきた。

 

 中岸にそう言われた、メシアは無言だった。


「まぁいい、相手が誰であれツインブレイドを使って、犯罪結社とやらをやっつけてくれ」

 

 そう言った中岸はパソコンで作業を始める。

 

 するとデスクには隊長である小野と地味な顔立ちながら、小奇麗な女性がやって来た。


「あっ、隊長!」

 

 中岸がそう慌てると、小野は手を挙げてそれを制する。


「一場君」

 

 小野がそう言うと、亜門は「はい」と言って、小野の下へと駆け寄った。


「こちら公安部総務課の進藤千奈美警部補。ユニットと公安部のパイプを作る為に本部から派遣された人よ」


「はぁ・・・・・・」

 

 何で、公安の人がこんなところに来るんだろう?

 

 亜門は考えたが、よく分からなくなったので、すぐに思考することを止めた。


「あなたの活躍と暴挙は一応聞いているけど、思ったよりは普通の大学生に見えることで驚いたわ」

 

 進藤警部補がそう言うと、亜門は「いえ・・・・・・」と自分でも分かるほどに頬を赤らめ始めた。


「亜門、褒め言葉じゃないぞ」

 

 メシアがそう言うと「分かっているよ。うるさいな」とだけ言った。


「進藤警部補はしばらくユニット内に留まるから、見苦しいところは見せないようにね?」

 

 小野がそう言って部屋から出ると、進藤は「活躍を楽しみにしているわよ。エース君」とだけ言って、小野と同じく、部屋を出て行った。


「・・・・・・」


「どうした亜門?」


「いや、きれいな人だなって?」


「お前には瑠奈がいるだろう」


「瑠奈は容姿こそ大人っぽいけど、子ども臭いんだよ」


「そうか? だが俺から見ればあの進藤って女は切れ者には違いないが、あまりいけ好かないタイプだ。それならば社会正義に燃える瑠奈の方を俺は押すな?」


 亜門とメシアがそう会話をしていると、中岸が「そういえば、あのアメリカ人はどこ行ったんだ?」と聞いてきた。


「あぁ、シフォンか? 奴は本部に向かったそうだ」


「報告か?」


「その可能性もあるが奴は軍需産業大手の社員だ。俺達でデータを取って、新しい兵器を作って日本政府に高額な値段で買わせることもあり得るな?」

 

 メシアがそう言うと、亜門は「メシアは意外と戦いが嫌いなんだね?」と疑念を口にした。


「一部の戦争中毒や軍隊の装備という玩具を使いたがる、政治指導者に戦争で金儲けする軍需産業の連中と違って、俺は戦争の怖さをよく知っているつもりだ」

 

 メシアがそう言うと、中岸が「まるで、兵士のような言い方だな?」とだけ言った。


「亜門」


「何だよ?」


「不快だ。ここから出るぞ」

 

 そう言ったメシアの今にも怒りに満ちた声音を聞いた、亜門は「分かったよ」とだけ言ってデスクを出た。


「中岸さん、ツインブレイドはお願いします」


「あぁ、こちらでも調整はしておく」


 そう言って、亜門とメシアはデスクを出て行った。


「どいつもこいつもゴミみたいな連中ばかりだ」

 

 メシアが珍しく苛立つ声音を吐くのを聞きながら、亜門は休憩室へと向かって行った。

 

 厚着をしていた為、暖房の聞いた分庁舎内を歩いて汗をかき始めていた。


 

 石川県の山奥にある〝教団〟の施設が800メートル先にある。

 

 双眼鏡で蓮杖亙がアメリカ陸軍の輸送ヘリであるブラックホークを元にした陸自のUH‐60JAの機体から〝教団〟施設を上空から眺めていた。


「祐樹、降下後には〝教団〟施設は跡形もなく消せ」


〈女や子どもはどうすればいい?〉


「構わん〝教団〟関係者はどんな存在であっても殺せ。いいな?」


〈亙も作戦に加わるんだろう?〉


 相川がそう言うと、蓮杖は「そうだ。ここから降下するのさ?」とだけ言った。


 そして、蓮杖はUH‐60JAに乗りながら上空を見上げた。


 上空では航空自衛隊のE‐2D早期警戒機がいる事を確認した。


〝教団〟の通信を傍受する狙いがあるのだろう。


 新興宗教団体相手に大げさな措置だと思うが〝教団〟の若きトップとやらが警察や政府に対して、テロを起こしかねないような暴走の兆候を見せているのだ。

 

 自分達の力を知らないで国家という巨大な相手に喧嘩を仕掛けたら、どうなるかを事前に知らせる為の警告をあのバカ息子に送る事が今回の作戦の狙いだ。

 

 バカ息子に踊らされているだけの哀れな信者達がどうなろうとも、霞が関の偉い人達の命令なのだから仕方ない。

 

 殺すしかないのだ。

 

 蓮杖がそう思っているとUH‐60JAは地上に降下し始めた。


〈装着〉

 

 相川の冷静な声音が聞こえたと同時に、前方にある二機目のUH‐60JAから緑色の閃光が走り、相川が落下すると同時にモスグリーン色の重々しいゴウガのボディが上空から降りてきた。

 

 そして、背中からパラシュートを開くと、ゴウガのヘビー級と言っていいボディは森の中へと消えていった。


「装着」

 

 蓮杖がそう口にすると、ゴウガと同じモスグリーン色をしたモスファイターのシャープなボディを装着することになった。

 

 そして、そのままワイヤーで降下する。


「装着」

 

 村田のだみ声もそれに続くと、三機目のUH-60JAから村田が着た、モスファイターも上空からワイヤーで降下してきた。


「行くぞ。各員〝教団〟の連中が応戦してきたら皆殺しだ」


「了解」

 

 そう言って相川が装着するゴウガはUH-60JAにぶら下げられた形からそのまま降下された、同機装着用のパーツとして再設計された120メートル装弾筒付安定徹甲弾が降下され、かなりの重量とおおきさを持ったそれをゴウガは装備する。

 

 ゴウガは銃火器を使った火力の激しさを追求したソルブスである。

 

 接近戦用にサバイバルナイフとレイザの実剣での対艦刀とは違うレーザー対艦刀と呼ばれる物を装備しているが、メインは重射撃による砲撃戦を得意としている。

 

 その一方で接近戦対策として、アメリカ陸軍の主力戦車であるM1エイブラムスでも装備されている、M247・62ミリメートル機関銃を右肩に装備して、懐に入られないように牽制する仕組みになっている。

 

 完全な戦車や戦闘機を相手に想定された重装備なのだ。

 

 それと同時に拠点攻撃用の火力に重点を置いている為、機動力では警視庁に配備された新型二機には勝てないが、その代わりに機密事項である新素材で作られた、盾を装備しており、銃弾や刃の攻撃も防ぐことが出来る。

 

 恐らく、この盾はレーザーやビーム攻撃などを使わなければ突破できないだろうと防衛装備庁の官僚が唸っていた。

 

 しかも、この盾は米軍で研究されている脳波を読み取って機体をコントロールする、サイココントローラーシステムが採用され盾が縦横無尽に移動するのだ。


 SF極まりない装備としか言いようがない。


 だが、一方でその重装備が故にソルブス特有の飛行機能はオミット、つまりは省かれている。


 しかし、その問題点は重装備をパージして、コアモードと呼ばれる軽装備体に移行することによって、カバーされるのである。


 軽装備体のコアモードのゴウガはシュタイアーAUGとグロック17にレーザー対艦刀を主装備にしており、この形態になることによって、重装備状態ではオミットされていた飛行機能も得る事でき、装着者である相川祐樹の身体能力と合わさって、超人的な機動力を見せるのだ。

 

 このような二つの形態を合わせた、新型ソルブスが受領されたのだ。


 警視庁に配備されたベーシックな試作機と比べて、かなり革新的で攻めた設計のソルブスが自分達に受領された次第でもある。


 その試験機共との戦いが今から楽しみだな?

 

 蓮杖はソルブスの中で笑いながら〝教団〟の施設へと向かって行った。


「祐樹、あいさつ代わりだ。撃て!」


「了解、攻撃を開始する」

 

 相川がそう言うとFCSと呼ばれる射撃統制システムで制御された120メートル装弾筒付安定徹甲弾を遠距離から〝教団〟施設に向けて発射する。

 

 射程距離が1000メートルの範囲ではゴウガのそれで使用されている、M829A1を流用したモデルで最大有効射程は3000メートルある。


 そして、〝教団〟施設が800メートル先にある現在の状況では1000メートルの範囲内の範疇として、620メートルでの貫通力を誇る。


 そして、その発射された砲弾は〝教団〟の施設を爆撃した。


「作戦開始」


「了解」


「了解」

 

 村田の「へへっ」という笑い声を聞きながら、三人は〝教団〟施設に進攻する。


 相川の視点には蓮杖と村田のウェアラブルカメラの映像が映る。


 その映像では〝教団〟施設から200メートルぐらいの位置に入ると、血相を変えた信者達が現れた。

 

 ゴウガが後方で徹甲弾を放ち続ける中で蓮杖と村田がその信者達を蹂躙し続ける。


「雑魚が・・・・・・」

 

 相川がそう吐き捨てる様な口調で、狂信的な信者達に敵意を見せるながら徹甲弾を撃ち続ける中で、蓮杖も村田と続いて〝教団〟の信者達を殺害し続ける。

 

 すると〝教団〟施設から銀色の鉄装甲に包まれたヒト型のキメラが現れた。


「新しいキメラか?」


 蓮杖と村田が装備されたM16A4でそれを銃撃するが、そのキメラは銃弾をはじき続けていた


「銃弾を弾く装甲を持った、キメラか? 祐樹やれ」


「了解。対象を殲滅する」

 

 そう言って、離れた距離にいるゴウガは徹甲弾を銀色のキメラ相手目がけてピンポイントで徹甲弾を発射する。

 

 精密狙撃された銀色のキメラの体は爆砕し、跡形もなく消えた。


〈フェニックスよりウォーリアーワンへ、これより特殊作戦群を投下させる。掃除を早く済ませてくれ〉


「ウォーリアーワンよりフェニックスへ、掃除は順調だ。安心してやってきてくれ」


〈フェニックスよりウォーリアーワンへ、抜かせ、油断せずにキメラは掃討しろよ〉


 軍隊のコードネームや符丁は作戦内容とは関係がないものが選ばれることが多いのは相場だが、蓮杖には何故、司令部がフェニックスで実行部隊がウォーリアーという符丁なのかは深く考えないし、知らなくてもいいという考えが渦巻いていた。

 

 そして〝教団〟のウサギ型のキメラをM16A4で殺傷した後にゴウガが徹甲弾を〝教団〟の施設に掃射する。

 

 〝教団〟施設は跡形もなく破壊され火災が起き、中では教団の信者達が燃える施設内で断末魔の叫び声を上げていた。

 

 その間も戦いを続ける信者やキメラを躊躇なく殺し続ける、蓮杖、村田と相川は上空から陸上自衛隊のCH-47JAチヌークがやって来て、蓮杖達が掃除した〝教団〟の信者達の死骸が横たわる草むらに着地し、チヌークの後部ハッチが開く。

 

 中から陸上自衛隊唯一の対テロ特殊部隊である特殊作戦群の隊員達が降りてきた。


〈フェニックスよりウォーリアーワンへ、本当に掃除は完了したんだろうな?〉


「ウォーリアーワンよりフェニックスへ、問題無い。それが俺達の仕事だ」

 

 蓮杖がそう言うと特殊作戦群の隊員達が周囲を警戒し、燃えカスとなった〝教団〟施設に侵入する。


「祐樹、おやっさん、もう俺達の出番はないよ」

 

 そう言うと村田が「随分と楽な任務だったな?」とだみ声で笑い出す。


「足りない・・・・・・」

 

 相川がそう言うと、蓮杖は「相手が弱すぎるか?」と聞いた。


「弱いくせに歯向かう奴は嫌いだ」


「仕方ないだろう。命がかかっているんだ。何かを守る為に銃を取るぐらいならまだ勇敢な方だと思うぞ?」

 

 蓮杖がそう言うと村田は「日本人の中には大事な人間の命がかかっても、敵から逃げる事を考える連中がいるからな」とだみ声を響かせる。


「奴等は勇敢だ。背景がどうであれ、守る者の為に武器を持って戦った」


「そうか・・・・・・」


 相川はそう言うと、ゴウガの重々しいボディを着ながら空を見上げていた。


 空では自衛隊のヘリが多く飛んでいた。


 銃声が響く中で蓮杖は掃除を終えた事に感慨を覚え始めていた。


「後は清掃が上手く行くことを祈るしかないな?」


 軍事組織がこれだけ大胆に殺戮を繰り広げたのだ。


 火災や放火などの理由での偽装工作がなされなければならないなと蓮杖は感じていた。


〈フェニックスよりウォーリアーワンへ、掃除をやり遂げたことに感謝する。ゆっくり休んでくれ〉


「ウォーリアーワンよりフェニックスへ、了解、作戦を終了する」


 それを聞いたと同時に蓮杖、村田、相川の三人は装備を解いた。


 それと同時に蓮杖は大きく息を吸い込み、タバコを吸い始めた。


「緊張状態にあったのか?」


 相川がそう言うと、蓮杖は「いいプレッシャーの抑え方だが、肺に悪いからお前は真似するなよ」と言った。


 それを聞いた相川は「やるわけ無いだろう。けむい」と言って、迷惑そうな顔をした。


 明らかに受動喫煙を嫌っている様子だ。


「ミッションクリアだ。休もう」


 蓮杖がそう言うと、相川は空を見上げ続けていた。


 腹が立つほどに青い空に自衛隊のヘリが大量に飛んでいた。



 兵頭は杉並警察署管内の高円寺交番へとやって来た。


 辺りにはパトカーの大群が止まっていた。


 この交番で深夜に警察官が何者かに刃物で襲われ、殺されたとの事だった。


 すると、そこには当たり前のように五十嵐がいた。


 一応は交番で警察官が殺されて、世間がテロの脅威にさらされているので〝教団〟の警察に対する報復と見て、上層部が公安総務課の派遣を決めたのだろう。


「お前も鑑識がいるから、現場に行けないんだろう?」


 五十嵐にそう話しかけると、五十嵐は「俺がいるという事にはどう思う?」と問い返してきた。


「〝教団〟絡みだろう?」


 兵頭がそう言うと、五十嵐は苦笑いを浮かべる。


「お前は今の〝教団〟がこんな殺人を行うと、思っているか?」


「暴走も考えられるが、インテリを気取る今のトップが世論の反発の中で本格的に世間と戦争をするつもりがあるかについては読めない点があるな?」


「今回、俺達は塚田を始めとする〝教団〟上層部だけによる犯行ではないと思っている」


 五十嵐がそう言うと、兵頭は「俺達には教えないんだろう?」と言いながら、視線を向ける。


「お前、一応聞くけど?」


「何だよ、警部殿?」


「一場亜門の事は知っているか?」


 その名前を聞いた、兵頭は「あれか? ビのアルバイト学生」とだけ言った。


「一課もその存在は知っていたか?」


「昔、俺等の世代では高校生が警察に推理で協力する漫画があったが、エリートコースのビでそれかと思ったよ?」


「お前とバディを組んだ、ウチの進藤は今現在、ソルブスユニットとのパイプ作りをしている」


 五十嵐がそう言うと、兵頭は進藤の平均的だが整った顔立ちを思い出していた。


「瀬戸部長はソルブスユニットが大好きだからな?」


 五十嵐がそう言うと、兵頭は「お前、俺に何でビの話をするんだ?」とだけ聞いた。


「別に? ただ俺達が捜査をして、あいつ等が戦いをして事件が解決するパターンが定着しているような気がしてな?」


「不満か? このサイクルが?」


「いや、生身で戦うのは俺達には不可能だ。何せ、軍事兵器や生物兵器を相手にあいつ等は戦っているからな?」


 そう言う五十嵐は剣道四段の腕前を持ち、兵頭も柔道四段の有段者なのだが、生身でそんな連中と戦う事は出来ないだろうなと、五十嵐同様に何らかの諦めに近い気持ちを抱いていた。


「用はそれだけか?」


「そうだな。お前等の働きでも見学させてもらおうか?」


「そうかい・・・・・・」


 そう言った五十嵐を現場に置いて、兵頭は規制線の外を出て、コンビニへと向かって行った。


 罪状は殺人だから、当面の初動捜査は俺達、ジが行えるだろう。


 もっとも、このご時世で警察官を狙った犯行という時点でハムの連中の介入事項になるが?


 兵頭はそう思いながら、コンビニで無糖のブラックコーヒーを手に取り、それを持って、コンビニの入り口を通過した。


 二〇四〇年ではコンビニの無人化が進み、レジ決済もただ商品を持って出入りするだけでスマートフォンで決済される仕組みになっていた。


 自動決済時に鳴る電子音を聞いた後に兵頭は現場へと戻っていった。


 野次馬が交番の周りで写真撮影している様子は相変わらずのことではあるが、それに対して何かしらの苛立ちを覚えていた、午前三時二〇分過ぎだった。



 早朝、亜門は自転車を漕いで大手町へとやって来た。


「〝教団〟施設で放火か?」


「あぁ、石川県警が犯人を追っているらしい」


 亜門とメシアがそのような会話をしながら、大手町のオフィス街を自転車で走り抜ける。


「塚田の息子は国家の陰謀だと騒ぎ立てているが、ネット上では放火犯を英雄視する見方が広がっているな?」


「〝教団〟は世間から悪者扱いだけど、ついに武力行使に出る奴が出たのか? 何か世間対〝教団〟の全面戦争になりそうだね?」


「まぁ、中にはデッドラインを超える奴もいるのさ。それよりも後ろにいるあいつ等が実際にお前に対して、武力を使うかどうかが俺は気になるがな?」


 亜門はそれを聞いて、後ろを振り返ると、グリン大学の不良学生数十人がバイクに乗って、亜門を追いかけていた。


 その内の数人はスマートフォンで亜門が自転車を漕いでいる姿を撮影していた。


「一場~また、警察のところに行くのか?」


「大変だな~大学は辞めるんだろう?」


 そう言いながら、ケラケラと笑う大学生達を尻目に亜門はソルブスユニット分庁舎へと入った。


「あいつ等、アパートからずっと付けてきたな?」


「一つ、いいことを教えよう」


 メシアがそう言うと、亜門は「何だよ?」と聞き返した。


「あぁいう、チョッカイを出す連中はお前に振り向いてもらって、敵対関係であれ関係性を作ることを欲している。残念ながらそれに対する対処法は無視しかない。もっとも、あいつ等はお前が無視する様子も自分の存在を意識してのことだと妄想して、どんどん行動をエスカレートさせてくるから、キリがないが、俺はお前がそんなガキの喧嘩に参加するほどに自制心が働かない奴だとは思わない。今はとにかく耐えろ」


「それ、昨日のテレビで映画監督が言っていたことだよね?」


 亜門がそう言うと、メシアは「昨日は二人でテレビを見たじゃないか?」と言った。


 すると、学生達を見ていた、ソルブスユニット分庁舎で警邏をしている、警察官が学生達の方向へと歩き「君達、それ以上、彼に付きまとうようなら条例違反で逮捕するよ?」と語気を荒げて、学生達に解散を促した。


「いや、僕等は一場君の友達で・・・・・・」


 学生達がそう言うと、警察官は「友達だからと言って、追い回してスマホで撮影するのは悪意しか感じないから東京都の立派な条例違反です。大体、大事な友達相手なら相手が嫌がる条例違反の行為をするかな?」と言った。


 そう言われた学生達は「分かりました」と言って、すんなりと分庁舎前から去ろうとしていたが、その表情はばい菌を思わせるほどに陰湿な笑みに包まれていた。


「あいつ等は何かやるな?」


「あぁ、その可能性はあるが、どう対処するかはこれから次第だな?」


 そう言って、亜門とメシアはソルブスユニット分庁舎へと入って行った。


「村松巡査、ありがとうございます」


 先ほどの警邏の警察官に礼を言うと「職務を執行したまでです。ましてやうちのエースがあんな陰湿な連中に嫌がらせを受けるのは人としてあまり見たくはない光景だったので」と言って、笑顔を見せた。


 そう言って、村松は分庁舎での警邏に戻って行った。


「さっ、今日は進藤さん来ているかな?」


「お前、進藤みたいな嫌味な女に引っかかるなよ」


 そのようなやり取りを繰り広げながら、分庁舎の休憩室へと向かっていた。


 時刻は午前七時半。


 都内は乾いた空気に寒さが混じっていて、息も白くなっていた。



 時刻は正午となっていた。


 平林健斗は目の前にいる紳士風の男と共にスマートフォンで図に乗ったいけ好かない一場亜門が自転車に乗って、警察の施設へと向かう様子を撮影した動画を眺めていた。


 平林達、グリン大学の生徒達は〝教団〟に入信し、警察内の協力者がもたらした情報によって、憎い一場亜門が警察に協力しているという情報を知った。


 あんなムカつく奴が警察に協力しているのだ。


 その状況下で大学には一切立ち寄らずに俺達のことを徹底的に無視している。


 ふざけやがって・・・・・・


 ここまで自分達、グリン大学の学生達がコケにされているのだ。


 当然、一場を守る警視庁や奴本人にも報いは受けさせる。


「条例まで逆手にとって彼を守るか? これは警察による一学生の特別扱い以外の何物でもないな?」

 

 紳士風の男は大手町の高級ステーキ店で、平林を始めとする学生達にステーキを奢っていた。

 

 平林達、学生は育ちの悪さを感じさせるほどに獰猛な犬食いでステーキをむさぼりながら、紳士風の男の様子を伺っていた。


「君達は現在、警察に守られている一場亜門に一泡吹かせたいんだね?」

 

 男がそう言うと、平林は「あいつ、ちょっと警察で仕事しているからって調子に乗っているんです!」と唾と肉の破片を飛ばしながら、話した。


「学内では成績悪いくせに!」


「俺達のほうが頭良いんですよ!」


 そう言う学生達の意見を聞いた、男は「しかし、大学という一場亜門を追い詰める為の〝箱〟が効力を無くした今現在では君達、グリン大学の生徒と一場亜門が同等の立場での直接対決が出来る土壌が整っていない」と言った。

 

 男がそう言うと、学生達に沈黙が走る。


「君達にはそれを行わせる為に〝改造手術〟を行わせた。大丈夫、君達は優秀だ。ブラマンはいい生徒を持ったな?」

 

 平林達は大学の英語教師であるブラマンの紹介でこの男と接触して〝教団〟に入信して〝改造手術〟も受けていた。

 

 もう覚悟はできている。

 

 一瞬、これでいいのかとは思ったが、一場亜門相手に直接対決で勝ちたいという気持ちの方が勝っていた。

 

 それは動画を撮った者であれ、今現在、一緒に高級ステーキを貪り食っている仲間の学生であっても、思いは同じだ。

 

 同時に奴を守る警察も必要とあらば自分達の手で、報いを受けさせるつもりだ。

 

 結果的に社会を敵に回しても自分達だけの社会を作り上げて、守り続けるだけだ。


「先生、どうかよろしくお願いします!」

 

 平林は学生を代表して、男に頭を下げた。


「期待しているよ、君達なら革命を起こせるだろう」

 

 男と平林は握手した。

 

 ついに直接対決の段取りは済んだ。

 

 一場の人生を俺達が終わらせてやる。

 

 平林は高笑いを始めたい気分で心が満たされていた。


10

 

 亜門はメシアドライブで動画サイトを見ながら、休憩室で時間を潰していた。


「亜門、俺を使って動画サイトを見るのは止めてくれ」


「何でだよ? お前はスマホだろう?」


 亜門がそう言うと、メシアは「不用意にいろんなサイトに行くと、変なウィルスを拾うから俺の労働が増える」


「でも、スーパー優秀だから簡単にブロックできるだろう?」


「褒めても駄目だ、動画は我慢しろ」


「は~い」


 そのような会話をメシアとした後に、あくびをして、カフェオレを飲み干した。


 するとそこに進藤が休憩室に入って来た。


「進藤警部補・・・・・・」


 亜門が進藤を見つめていると、進藤は「一場特務巡査」と声をかけた。


「はっ・・・・・・ハイ!」


 亜門は声を裏返してそれに答える。


「聞いたり、見たりした結果、あなたはほとんどの時間を休憩室で過ごしているようだけど?」


「・・・・・・すいません」


「謝るのはいいから理由を説明しなさい。それによって私の対応は変わるから?」


 進藤が厳しい目線でそう亜門に問いただすと、亜門は「・・・・・・僕はここで何をすればいいのかが分からないんです」としどろもどろになりながら答えた。


「そんなことは自分で考えなさい。整備班に装備の事を聞くなり、トレーニングルームで体を鍛えたり、もしくは資料室で軍事作戦の勉強をするなどの形で、色々と次の作戦に備えて準備できるはずよ? それを動画やらテレビやらを見て、休憩室で茶菓子を食べ続けるのはあまりにも自覚がない行動に思えて仕方ない」


「・・・・・・すいません」


「謝るのは良いから、行動で示しなさい」


 そう言って進藤はさらりとした黒髪をかき分けるが、メシアがその進藤に対して「亜門は運動神経が悪いんだ。急に運動を始めて怪我でもしたらどうする?」と仲裁に入った。


「しかし、メシア? あなたを装着してもここまで、体調が悪くなったことは無いでしょう?」


「いいよ。メシア、自分で主体的に動かない僕が悪いんだ」


「亜門、お前は人に言われたから考えや行動を変えるのか?」


「進藤さんの言う事は事実だよ」


「進言を聞いてくれるほどに柔軟性があることは分かったけど、あなたには主体性が無いことが露見したわね?」


 そう言って進藤は休憩室を出て行こうとした。


「進藤さん、これからどこへ?」


「あなたに言う必要がある?」


 進藤がそう言うと、亜門は急にしどろもどろの体勢になり「すみません・・・・・・」と声を小さくした。


「拳銃の射撃よ。得意なんだ? 私」


 そう言って進藤は少しはにかんだ。


 その様子はクールな態度を今まで見せていた、進藤にも人間らしさを感じさせるものだった。


「そうですか・・・・・・」


「よかったら見学する?」


「いいんですか?」


「あなたは拳銃使用に関してはソルブス着用時と訓練以外は禁止されているけど、私を使って勉強する分にはいいでしょう。それにあなたから話を聞くのも私の目的だし」


 それを聞いた亜門は一気に心が華やぐのを感じた。


「行かせてください!」


 そう言った亜門に対して、進藤は「声が大きいな?」と言って休憩室を出て行った。


「すいません、気をつけます」


「まぁ、それは良いけど一つだけ」


「何です?」


 進藤は亜門の顔を手で撫でると「私は婚約者がいるから、あなたの憧れには答えられないわ。ごめんね?」と言って、意地悪な笑みを浮かべていた。


 それを聞いた瞬間に亜門の胸に重い衝撃が走った。


「えっと・・・・・・それは・・・・・・」


「ちなみに相手は同じ警察官よ。職場結婚というのは警察官としてはベターだけど?」


 そう言う進藤は笑みを浮かべながら亜門を見つめる。


「何で、僕が・・・・・・進藤さんのことを・・・・・・」


「視線で分かる」


 そう言って、進藤は射撃練習場へと向かう。


「それにあなたには久光総監の娘さんがいるでしょう?」


「何で、そんなことまで知っているんですか?」


「こう見えて私は公安の捜査官だから、限定的なアルバイトといえども、警視庁の所属警察官の素行を調べることは可能よ」


 亜門は思わず無言になってしまったが、進藤は畳みかけるように「自分のことを好きでいてくれる存在は大事よ。だから、変な浮気心は持たないことをお勧めするわ?」と言った。


「瑠奈はそんな存在じゃないですよ」


 亜門がそう言うと、進藤は「そう? それだったら一緒に映画館なんて行くかな?」と首を傾げる。


「そんなことまで知っているんだ・・・・・・」


 亜門がそう言うと「ノンキャリアでありながら二〇代での警部補昇進を果たした警視庁の才媛か? 公安部が放っておかない人材だ。当然優秀だから身内の細かい情報収集も得意なはずさ」とメシアは進藤に対して悪態にも似た物を吐いていた。


 それを聞いた亜門は「公安総務課って・・・・・・どんな部署ですか?」と間の抜けた声で聞き返してしまった。


「お前・・・・・・素人臭い発言をするな?」


「まぁ、勉強不足ね? 日本の国家転覆を狙う反社会団体や個人などを監視及び拘束するのが仕事よ」


「いわゆる、スパイですか?」


「日本には形式的には諜報機関は存在しないからそう思うのは自然だけど、私達の言い分として公安は純粋な犯罪検挙を目的とした組織と言ったところね。もっとも、警察内部でも公安を諜報機関扱いする連中はいるけど?」


 そう言った進藤は「それはともかく?」と言って足を止めた。


「総監の娘さんは大事にしなさい」


「・・・・・・あいつは友達ですよ」


「あなたが孤独なのはよく分かるけど、自分のことを理解して好きでいてくれる相手と一緒にいた方が幸福よ」


 そう言った進藤は足を速める。


「待ってください、進藤さん」


 亜門はそれに付いて行った。


 進藤の足が思ったより早いので、追いつくのが大変だった。


「汗かきすぎ、上着脱いだら?」


「すいません」


 気がつけば、また謝っていた。


 そして、そこから射撃訓練場で、進藤の射撃技術を間近に見ることができた。


 イヤーマフと呼ばれる、耳あてとゴーグルをかけた、亜門は進藤が射撃練習でターゲットに対して、ほぼど真ん中を射抜く様子をほれぼれと眺めていた。


「凄いです。進藤さん。射撃もすごいなんて?」


 亜門が興奮した様子でそう言うと「才能ね?」と涼しい表情をして答えた。


「射撃のセンスは運動神経とは違って、生まれ持っての才能だ。ちなみに遺伝ではない」


 メシアがそう言うと、亜門は「それ、どこ情報?」とだけ聞いた。


「軍事においては常識的な話さ。お前は才能以前に俺が補正をしているから、射撃が命中するという事を自覚することだな?」


「僕は射撃が上手いかどうかなんて分からないよ。一般的な日本人なんだから?」


「日本には銃刀法があるからね?」


 そう進藤が涼しい顔で、シグザウエルP220を置くと、突然、サイレンが鳴り始める。


〈警視庁から各局、警視庁から各局、港区麻布署管内で刃物を持ったキメラが麻布署の警察官と交戦中。現在時ソルブスユニットに出動を下命〉


 それを聞いた、亜門は思いっきり走り始めた。


「亜門、出動だ!」


「分かっている!」


 亜門はその一方を聞いたと同時に、トラックが駐車されている駐車場へと向かって行った。


「みんな出動よ!」


 隊長である小野も走りながら、トラックへと向かう。


 浮田、中道、高久、島川も走っていた中で、いつの間にかユニット庁舎にいた、シフォンも運動不足の体で走り、息を切らしながらそれに続いていた。


 ユニットの面々がトレーラーへと乗り込む。 


 そして、トラックの運転席と助手席には機動隊出身の巡査長と巡査が乗り込む。


 ちなみに運転は自動運転で行われるが、一応は非常事態の為に運転をする隊員が同乗する。


 前部でそのような動きがある中で、亜門達、ソルブスユニットの面々は後部のトレーラーへと乗り込んだ。


「ソルブスユニット出動!」


 小野がそう言うとトラックはアクセルをふかし、これから発進しようとしていた。


 するとその間際に進藤がトレーラーへと駆け込んできた。


「進藤警部補!」


「あんたは公安捜査官だろう!」


 高久がそう言うと「作戦行動も見学させてもらいます」と静かに言った。


 それを聞いた、ユニットの面々は沈黙するが、小野が「いいわ、出して」と運転席のドライバーに伝える。


「隊長? よろしいんですか?」


「お客さんにはショーでも見せて歓迎しないとね?」


 小野がそう言うと同時に、トレーラーの扉は閉められ、トラックが発進をする。


「お心遣い、感謝します」


 進藤がそう隊長に頭を下げると同時にトラックからサイレンが鳴り響き、大手町の公道へと出た。


 そこから警視庁本部からやって来た、パトカーと白バイ隊と合流をして先導も行われることとなった。


〈緊急車両が通ります! 道を開けてください!〉


 パトカーから男性警察官の野太い声が聞こえると、亜門は緊張感を覚え始めた。


「これだけ、世間を敵に回して〝教団〟がさらに事件を起こすか?」


「感情的な暴走か、裏で誰が糸を引いているかは分からんが、戦いをする俺達には関係ない。とにかく倒すぞ!」


 メシアがそう言うと、亜門は拳を握りしめた。


 サイレンの音が亜門の心理の緊張感を高ぶらせていた。


11


 警視庁麻布署の松浦警部補は目の前で銃弾を跳ね返し続ける、キメラに対して恐怖の念を抱いていた。


「銃弾が効かないキメラだと!」


 今までのキメラは人間が改造手術をして出来上がった、生物兵器であって銃弾で延々と射撃すれば、当然血が出るなどの形でダメージが与えられていたが、今度のキメラは肌が何らかの装甲で覆われており、地域課の警察官が装備している五発装填のリボルバー銃、SAKURAでは豆鉄砲よろしく、三体のキメラはナイフを持ってこちらにやってくる。


「松浦係長! 奴等がこっちに来ます!」


「民間人の避難を優先しろ! 俺達はそれが仕事だ!」


 そう言いながら麻布署の警察官達は六本木ヒルズが面している交差点で民間人の避難誘導を行っていた。


「あいつ等、民間人を攻撃しない?」


 これまでの〝教団〟の犯行を報道で聞く限りでは〝教団〟のキメラは民間人を狙って、自分達の存在を誇示し警察官が民間人を攻撃できないことを見越して、それらを盾にしてきてた。


 そう考えれば奴等の行動は一貫していた。


 しかし、ナイフを持ったあのキメラはここまで警察官を狙い続けている。


 この状況の始まりは学生と思われる男三人がナイフを高々と掲げ、奇声を上げたと言う通報があった事によるものだが、警察官が来るまでキメラ体にはならずに誰も殺していないのだ。


 警察官が現場に急行した時点でマル被の三名はキメラ体へと変態を始めた。


 あいつ等の狙いはもしかして最初から警察官を殺す事なのか?


 キメラを開発した〝教団〟がここ最近、反警察感情を高めていることが頭に過った後に松浦には〝教団〟が本格的に警察や世間と戦争を始めようとしているのではないかという予感が頭に過った。


 松浦はそのような考えを巡らせながらSAKURAを撃ち続けるが、気が付けば弾は切れ、装甲を皮膚にした人型のキメラは若手の警察官に向かってナイフを振りかざした。


「うわぁぁぁぁ!」


 若手の警察官の断末魔の叫びが聞こえ、松浦は急いで助けに向かった。


 自分の息子と同年代のこの若手の警察官がみすみす殺されるという事態を避けたいという思いが松浦をキメラのいるところへと走らせていた。


 しかし、三体いる内のキメラの一体が松浦の背後に回る。


 しまった・・・・・・


 松浦は一瞬、目をつむり、死を覚悟したその時だった。


 鈍い音が響いたと同時に赤色と白色をしたアスリートを思わせる、スタイリッシュなシルエットのソルブスが、装甲を皮膚としたキメラと取っ組み合いの格闘戦を行っていた。


「大丈夫ですか!」


 そのソルブスから若い男の声が聞こえると、松浦は思わず「あぁ・・・・・・」とだけ答えた。


 周りを見ると、他の二体のキメラに対しても、アメフト選手を思わせるガタイのいい濃紺のソルブスが上空からキメラに対して、銃撃を始めていた。


 しかし、装甲を皮膚として持ったキメラは何事も無かったかのように平然としていた。


 だが、気が付けば、この一連の動きのおかげで先ほどの若い警察官は命を落とさずに済んだ。


「装甲を皮膚として持ったキメラか? 亜門!」


 スタイリッシュなソルブスから、先ほどの若者と違う声音が聞こえる。


「何だよ!」


「接近戦に持ち込むぞ」


「日本刀が折れないかな?」


 あのソルブスは誰と会話しているんだ?


 松浦がそのような事を考えていると、麻布署の同僚が「今の内に民間人の避難をさせるぞ!」と言ってきた。


「了解!」


「民間人はヒルズ周辺には絶対に入れるなよ!」


 そう言われた後に松浦はすぐに戦闘を止め、民間人の避難の先導を始めた。


 しかし、六本木ヒルズ前では依然として、警視庁ソルブスユニットとキメラによる激しい戦闘が繰り広げられていた。


12


〈もしかしてだけど、ツインブレイドを今使うのかい?〉


 亜門の発言がトレーラーの通信に入る。


〈横田から戦闘機と同じ速度の無人機で空輸すれば一から二分で来る。換装や無人機の誘導は俺が主導する〉


〈じゃあ、どうやって換装するんだよ〉


 メシアのウェアラブルカメラから、FNSCARの掃射をキメラに行う様子が見えてくる。


〈お前の発する言葉しだいさ〉


 そう言われた亜門は言葉を発した。


〈ツインブレイド起動開始。目的地は東京都港区六本木に急行〉


 すると通信で無人機から、英語で〈Mission Consent(任務了解)〉という電子音が聞こえてきた。


 横田基地に配備されている、ツインブレイドを装備した無人機から発進するとの返答が返ってきたのだ。


〈よし、粘るぞ〉


〈それはそうだけど、このキメラ共は――〉


〈分かっている。こいつ等は銃弾を跳ね返す〉

 

 亜門とメシアのそれらのやり取りを聞いていた、小野は「こういう時にレイザ、あなたが使えるといいんだけどね?」とだけ言った。


「しかし、あのイケメンはクビになりましたからね?」

 

 小野とレイザがそのような会話をしていると、進藤がレイザドライブ一式を持ち始めた。


「あんたは! 隊員じゃないだろう!」

 

 浮田が思わず、怒鳴るがそれを進藤はそれを涼しく無視していた。


「レイザ? 女には興味ある?」

 

 それを聞いたレイザは一瞬の沈黙を保った後に「強ければね。ただし私は男が好きなの」とだけ言った。


「分かったわ」


「まぁ、装着してみて倒れなかったら検討してみるけどね?」


 そうレイザに言われた、進藤はレイザドライブのスマートウォッチを手にはめ、スマートフォンをポケットにしまった。


「あなたの実力、見せてもらうわ」


 レイザがそう言うと、中道が「ちょっと待ってください!」と言い出した。


「特殊部隊員でない捜査官がレイザを装着したら、最悪死にますよ!」


 そう中道と浮田が反論すると小野は「戦力が欲しい時よ。それに万が一成功したら、これ以上の僥倖は無いでしょう」と淡々と答えた。


「公総の連中には何て言うんですか?」


 浮田がそう言うと、進藤は「自分で決めた事だと上司には伝えます」とクールな返答を返した。


「レイザ、いいわね?」


「あなたが適合者かどうか見ものね?」


 そのようなやり取りを繰り広げた、進藤は「装着!」と叫んだ。


 そして、その後に青い閃光に進藤の体は包まれ、レイザを着る事となった。


「言っとくが、レイザの高速移動で倒れるなよ」


 浮田がそう言うと、進藤はハッチの開いたトレーラーから飛び出し、六本木ヒルズ前へと向かって行った。


 その飛行する浮遊感を感じたが、不思議と進藤はそれらによる弊害を感じなかった。


「私の高速移動に耐えられるなんて、見どころあるわね?」


「まだ、序の口よ」


 そう言って、進藤とレイザは六本木ヒルズへと向かって行った。


 アマントの辺りでは警察官が避難する人々を誘導していた。


「亜門君が無事ならいいけどね?」


 進藤がそう呟くと「あら、気になるの?」とレイザは言った。


「そういう対象じゃないから」


 進藤がそうあっさりと言い放つと、レイザは「冷たい事?」とだけ言った。


 パトカーのサイレンの音が六本木の街並みに響いていた。


13


 ツインブレイドが来るまでの間に亜門は日本刀で装甲を皮膚とした、キメラに相対していた。


 飛行する機動力を使い、ヒット&アウェイの要領で比較的装甲が弱い関節を狙って、日本刀で切りつけては離れを繰り返すとキメラは断末魔の叫びを浮かべながら、しゃがみ込んだ。


「待った! 一場・・・・・・俺だよ!」


 そう言うとキメラは人間体へと変化して、亜門にストーキングを続ける不良学生が現れた。


「お前・・・・・・」


 こいつ等、やっぱり〝教団〟に入信していたのか?


「僕を引っ張り出す為に警察官を狙い始めたのか?」


 それと同時に亜門が怒りを込めて、目の前の不良学生を見つめる。


「俺達、友達だろう! だから頼む! 命だけは――」


「僕はお前の名前を知らない。そしてお前は現時点では犯罪者だ。それ以上の認識は僕には無い!」


 それを聞いた、不良学生は「クソが!」と怒鳴りつけて、再び、キメラ体へと変体し、ナイフを片手にこちらへと突っ込んできた。


 亜門は滑空しそれに合わせて不良学生の顎に膝蹴りを浴びせる。


「うっ!」


「お前等はいつまで疑似少年漫画みたいな真似をしているんだよ?」


 亜門がそう言うと、不良学生は「何だよそれ・・・・・・」と言い出した。


「常に誰かにライバル心を持って、強大な敵を仲間で協力して倒す。お前等のこの考えは漫画以下だ。僕はお前等の事なんか人間としても認識した事無いよ」


 それを聞いた、不良学生は「お前・・・・・・ふざけるなぁ!」と言って再び亜門に襲いかかる。


「何で、お前等は僕にこだわる! それだけお前達は自分に自信がないのか?」


「お前、ムカつくんだよ! 俺達よりも能力が低いくせにいつも、優遇されて、同じ立場にいるのに俺達を常に小ばかにしやがって!」


「当たり前だろう。お前等は自分達の事と、自分達のコミュニティの繁栄しか考えていない。それだけでも成立する世界に生きているお前等と今現在、警察で仕事している僕とではあまりにも立場が違いすぎる」


「黙れぇ!」


 そう言って、不良学生はナイフを振りかざす。


「お前が社会の役に立つわけない! 俺達はお前なんか認めない! お前は悪い奴なんだ!」


 それを聞いた、亜門は怒気を孕んだ声でこう言った。


「正義なんて自分で語る奴は大体が偽善者か小物なんだよ」


 そう言われた、不良学生は「うわぁぁぁぁ!」と言って、亜門に切りかかる。


 亜門はそれを日本刀で受けようとした時に、その不良学生のキメラの後ろにレイザが接近し、大型ブレイドでその不良学生を真っ二つにした。


 不良学生のキメラはそのまま人間体に戻り、絶命した。


「レイザ・・・・・・誰だ?」


「私よ」


 それを聞いた、亜門は驚きを隠せなかった。


「何で、進藤さんがレイザを装着しているんですか?」


 亜門がそう言うと、レイザが「よく、具合悪くならないわね?」とだけ言った。


「才能があったんじゃない?」


 進藤がレイザにそう言うとレイザは「なるほど」とだけ言った。


「二人とも何を言っているんです?」


 その一方で、高久と島川のガーディアン二機が、残りのキメラと格闘戦を繰り広げていた。


 恐らくは銃撃を弾く、鋼鉄の皮膚を持っているので、格闘戦に移行したのだろう。


「今は談笑の時ではないみたいだぞ。お嬢さん方?」


 メシアがそう言うと、亜門は戦闘へと集中することにした。


 恐らく、あの二体のキメラもグリン大学の不良学生だろうな?


 亜門はそう考えると同時に無人機がやって来て亜門の目線に到達した。


「亜門、荷物の到着だ」


 無人機はツインブレイドを装備したパックをパージする。


 それに対して亜門はパックに飛行で近づき、同時に背中にパックを装備し、ツインブレイド二本を手に取り、残りのキメラ相手に向かって行った。


 一体目のキメラが高久と交戦しているところに、亜門は飛び掛かり、二刀流のツインブレイドでばってんの形にして切りつけた。


 切りつけられたキメラは死亡し、人間体に戻る。


 それもグリン大学の不良学生だった。


「一場、すまん!」


「あと、一体だ!」


 そう言って島川がヒット&アウェイで格闘する相手のキメラに対して、亜門はツインブレイド二本を合体させて、ナギナタの形を作り、それを三体目のキメラ相手飛び掛かりながら振りかざし、一刀両断する。


 そして三体目も絶命し、またしてもグリン大学の不良学生が事切れた。


「僕に一泡吹かせたいからって・・・・・・犯罪に手を染めたら、もう終わりだろう」


 亜門はそう口にすると、六本木ヒルズを見上げていた。


〈作戦終了。被害状況の確認の後に――〉


 浮田の声が無線に響く中で、亜門は「装備はまだ解いちゃだめかい?」とメシアに聞いた。


「まだだな?」


 そう切り返したメシアは「まさか、お前への憎さと対抗心がこいつ等を犯罪に駆り立てるとはな?」とだけ言った。


「その真相を調べるのは僕等の仕事じゃない。そうだろう?」


 亜門がそう言うと、メシアは「休もうぜ」とだけ言った。


 亜門は機動隊員が青いビニールシートを被せる中に身を委ねた。


 ビニールシートに入る前の空はこのような凄惨な事件が起きた事を象徴するように何か不気味なほどにグレー色の曇り空だった。


 亜門は空気が乾燥していると同時にそれを心配していた。


 理由は自分でも知らないが?


14


「そうか、実験体三体は連中のソルブスに倒されたか?」


 須藤俊一はそれまで警視庁のソルブスと〝教団〟のキメラが交戦している様子を双眼鏡で眺めていた。


 六本木ヒルズの森タワーの五二階にある、展望台では人々が不安を覚えながらパトランプの光る、下層を眺めた上で警備員と職員の誘導と指示に従っていた。


 電話の向こう側ではこれから自分が移る新たな職場であるピースメーカーの構成員が事件の様子を電話で伝えている。


 須藤は〝教団〟残党の内の一つである、シャイニング内部で科学技術分野の責任者や医師を兼務していたが〝教団〟内でキメラの開発に成功した事により、世界的な犯罪結社であるピースメーカーにヘッドハンティングされたのだ。


 今の〝教団〟は末期だ。


 自分が信仰したかつての組織は腐敗を始めている。


 学生時代に〝教団〟に入った須藤だが、死刑になった前の教祖の逮捕以降から平成の終わりにかけてはその〝教団〟は常に存続の危機に瀕していた。


 須藤はそんな過程で〝教団〟への信仰心は薄れていた。

 

 そんな中で〝教団〟の存続をかけて海外の犯罪結社に技術を売る為に須藤はキメラの開発に成功し〝教団〟には大金が転がり込んだが、その須藤の苦労の一方で大金は〝教団〟の復権には使われなかった。


 そして今日においては教祖の息子は反社会勢力と繋がり、金儲けと自身が頂点にいる事しか考えないくせに信者の感情に訴える幼稚な煽動を行いながら〝教団〟の存続の危機という現状から信者の目を反らせ続けて、須藤がキメラの開発で稼いだ大金と信者達のお布施でその神の子とやらはキャバクラ通いを続けているのが現実だ。


 今のトップである塚田の息子は自分が道化になっている事に気付いていない。


 その振る舞いからは戦略を感じられないのだ。


 六大学を出ているくせに?


 そのような疑念を覚えた須藤はバカ殿としか言えない、塚田の息子にキメラの開発において、見事に実験に成功したと告げた。


 その上で須藤がキメラはすぐに実戦配備に至る状態だと言った直後に塚田の息子はすぐに日本制圧をする為にロシアンマフィアにチャイニーズマフィアや暴力団ともコンタクトを取り始め〝教団〟上層部と共にすぐにキメラを中心とした歩兵部隊の結成プランを作り始めた。

 

 それまでは〝教団〟が本気で警察や国家と戦うことに及び腰だったくせにキメラの力を得た時点で、大した変わりようだ。


 ともかく、全ては計画通りだった。


 自分の目的はバカ殿に勝てもしない戦争の宣戦布告をさせて〝教団〟を崩壊させる事にあった。


 さらに最終的な目標として、自分自身はキメラの技術を持って警察の捜査網から抜け出して、その技術を担保にピースメーカーに移り、高額の報酬を得て、同組織に自身の身を保障してもらうのだ。


 自分はもう〝教団〟の信仰などは捨てていた。


 あんなバカ殿を神の子と称える、他の信者達を見ると哀れで仕方ない。


 ここからは自分がいかに生き残るかを考えなければならない。


 実際にキメラの技術はピースメーカーには高額で買い取ってもらった。


 これならば、アジアとロシアにネット―ワークを広げる〝教団〟系列の団体よりも世界を相手にする犯罪結社に転職した方がバカ殿のおもちゃ箱と化した〝教団〟にいるよりは意義があるだろう。


 事実、収入においては教団で働いていた時より好待遇だ。


 それ故に今は〝教団〟に従順なふりをしていかにうまくピースメーカーに転職できるかが大事なのだ。


「新たな実験体五〇数名はアメリカ本国に送りこんだ。眠らせるまで抵抗していたが、問題は無い。ボスによろしく伝えてくれ」


 須藤がリクルーティングした五〇数名のグリン大学の学生達は警視庁のソルブスユニットのエースである、一場亜門に確かで対等な直接対決が出来る土壌が無いにも関わらず彼に何らかの形で勝ちたいという理由だけで、改造人間になることを自ら進んで志願した愚かな子羊達だ。


 そもそも誰かに勝ちたいという理由で何か物事を為そうとすること自体が、その人間の幼さを表しているなと須藤には思えた。


 自分の望みや夢や目標は自分の内から満ち溢れてくるものだ。


 それも理解せずにただ一場に勝ちたいというだけで、青春を無駄にささげている連中は須藤から見てどこか社会に甘えた要素を感じさせていた。


 まぁ、そんな迷える子羊共なら実験体にしても誰も咎めないだろうなと須藤が下層でのパトカーが集まる様子を眺めていると隣に大柄な白人が立っていた。


「お前のところの学生が殺されたが、その見解は?」


「誰かへの憎しみや友情や愛情などの何らかの関係性が無いと生きていけない、弱い学生が悪に落ちた結果の末路だな?」


「手厳しいな? お前を慕っていただろう?」


「人間は大人になり、さらに高く、強くあろうとするなら、自然と孤独になる生き物さ。あいつ等はあの狎れ合いが、永遠に続くと思って疑わない哀れな三流大学生にしか過ぎない。せめて我々の実験体として役立ってもらうだけでも良い社会貢献になるだろう。奴等の存在意義は無意味なんだから、そのぐらいは役立ってもらえればな?」


「平和を世界にか?」


 須藤はブラマンが所属する世界的結社であるピースメーカーのスローガンを口にしたと同時に「警察の連中も私達に気付いている」とブラマンに注意を促した。


「大丈夫だ。日本の警察の中にも我々のメンバーがいる。我々の面が割れる事は無いさ」


 そう言って、須藤とブラマンは受付口を出て、下層階へと向かうためにエレベーターへと乗った。 


 暖房の暑さにブラマンが汗をかいているのに気が付いて「熱いか?」と聞いた。


「まぁ、熱い分にはな? 寒さに関してはアメリカほどではないよ?」


 二人の会話はここで途切れた。


15


 多くのパトカーや機動隊の護送車が並び立つ中で東京消防庁の救急車も多く見られた。


 そして、一応は救急救命士に容体を見てもらった、進藤千奈美に対して救急救命士が「問題ありません」と言って、ソルブスユニットの面々は驚きを隠せなかった。


「進藤警部補・・・・・・その・・・・・・」


「本当に何ともないんですか?」


 浮田と中道が、恐る恐る問う。


 年齢と警視庁入庁の年次は二人が上だが、進藤の方が階級では上なので、このようなぎくしゃくしたやり取りになる。


 警察という組織ではよくある事なのだろうなと亜門には思えた。


 もっとも、さっきまでは事態が切迫していたとはいえ、この二人はその進藤にずいぶんとぞんざいな対応をしていたと、小野から聞いたが・・・・・・


「何ともありません」


「本当に?」


「適合しているんだな・・・・・・」

 

 高久と島川も顔色一つ変えない進藤をまじまじと見る。


「驚いたわ。私の高速移動のGに耐えるなんて?」

 

 レイザはそう言うと「千奈美、私と組んでみない?」と聞いてきた。

 

 しかし、進藤はそれに対して眉一つ動かさずに「私は公総の所属だから、謹んで辞退します」と言い切った。


「イケズ」


「それは死語だよ。レイザ」

 

 亜門がそう言うと、小野は「でも、あなたが戦力になってくれるなら大歓迎よ」と言った。


「まぁ、公安部はエリートコースだからな?」

 

 高久が仕方ないと言わんばかりにため息を吐くと、小野は「あなたの希望は分かるけど、これだけは言わせて」と静かな口調で語る。


「何でしょう?」


「あなたが問題を起こしたら、人事に頼んで、ソルブスユニットにあなたが来るように仕向けるから覚悟してね?」

 

 小野が珍しく満面の笑みで答えると、進藤は驚いた表情を浮かべた後に「その時はよろしくお願いします」と軽く会釈した。


「まぁ、エリートだからな?」

 

 島川がそう言うと、浮田が「何らかの致命的な不祥事が無かったら、こんな実験部隊に警部補殿が来るわけないすよね?」と続く。


「まるで、ソルブスユニットが人材の墓場みたいな言い方ですね?」

 

 亜門がそう言うと、小野は腕組みをしながら「実際そうよ」と言い出した。


「あっ、そうなんですか?」


「実験部隊だからね。優秀ではあるけど、組織にとっては都合の悪い人間の集まりよ。実験部隊には似合いのね?」

 

 小野は腕組をしながら地域課や鑑識が行き交う、六本木ヒルズを眺めていた。


「それって、いわゆる捨て駒ってことですか?」


「それは言っちゃダメ」

 

 小野が人差し指を唇に当てると、亜門は黙るしかなかった。

 

 するとそこに一人の男がやって来た。


「ちょっと失礼するぜ?」


 大柄な男だった。


「あら、兵頭警部補」


「お久しぶりです。隊長殿、進藤警部補もその節は?」


「・・・・・・」

 

 進藤は兵頭を無視する。

 

 クールな進藤さんが露骨に無視するぐらいに嫌いな人なんだろうな?

 

 その兵頭と呼ばれた男はまるで熊のように大きな男だった。

 

 少し肥満気味にも思えたが、どこか豪快さを感じさせる中年だった。


「一場特務巡査に裏付けの協力をしてもらいたいのですが?」

 

 兵頭がそう言うと、亜門は「僕ですか?」と間の抜けた声を出してしまった。


「あぁ、マル被と君は同じ大学の同学年だろう?」


「確かにそうですが・・・・・・」


「ジとしても、事件として処理する上では関係者に聞き取りをしたいので? それに?」


「それに?」

 

 小野がそう聞き返すと、兵頭は「DNA鑑定の結果、高円寺の交番で警察官を襲った、犯人とソルブスユニットが殲滅したキメラの連中は同一人物と判明しました」と応対した。

 

 兵頭がそう言うと、小野は「なるほど、捜査一課からすれば裏付けは必要ですからね?」と言って、亜門の背中を押して「行きなさい」と言い出した。


「えぇ~?」


「公安マターの中で数少ない俺達の仕事だ。付き合ってくれよ。一場君」


 兵頭はそう言った後に亜門をヘッドロックする形で強引にパトカーへと運び込んだ。


「ぎゃ~!」


「亜門、俺も弁護に回るからこのオッサンの聴取に付き合ってやれ」

 

 メシアがそう言うと「進藤さん!」と亜門は叫ぶ。


「背景に〝教団〟がいれば私達も捜査するわ。今は耐えなさい」


「そんな~!」


 兵頭にヘッドロックされながら亜門は、兵頭に対して「兵頭警部補!」と声をかける。


「何だ?」


「麻布警察署は近くですよね?」


「そうだ、パトカーで向かう」


「歩いて行けますよ」


「保安上の問題からパトカーだ。それなら二人っきりで会話できるしな?」


 兵頭がニヤリと笑うと「なるほど、そこなら録音は無いな?」とメシアが語る。


「メシア、録音機能をオンにして」


「まぁ、自己弁護の為だな?」


「最近は便利だなぁ、坊や」


 兵頭はそう言うと、地域課の警察官に運転を任せ、パトカーが麻布警察署へと走り出した。


「寒いですね?」


「あぁ、痛いぐらいだ」


 兵頭の大柄な体からは汗が噴き出て、湯気が立っているように見えた。


16

 

 亜門が麻布警察署で兵頭の聴取を受けることになってから、十数分。

 

 進藤は五十嵐に事の顛末を報告していた。


「随分と大手柄だったそうじゃないか?」

 

 電話の向こうでは五十嵐が上機嫌な様子だった。


「申し訳ありません。ユニットとのパイプ作りが名目でありながら交戦に加わるなど――」


「それはいいさ。部長も了承するだろう。君のレイザを我々、公総が借り上げることができる」

 

 五十嵐がそう言うと進藤は一瞬だけ身構えた。

 

 恐らくはアメリカとCIAが一時期、計画を進めていた、諜報機関と特殊部隊の一体化を考えているのだろうと思うが、それにしても、捜査官がソルブスを装備するか?


「さて、ここからが本題だ」


「やはり、警察内部に〝教団〟のスパイがいると?」


「〝教団〟もそうだが、CIAから内調(内閣情報調査室)を通して、警察内部にいるピースメーカーの内通者をあぶり出せと極秘に通達が来た。〝教団〟の連中が警察官をやっているのも問題だが、CIAの介入により事態は次のステージに移ったのさ?」


「ついにアメリカから圧力をかけられましたか?」


 進藤はそう言いながら五十嵐の言った言葉の一つ一つを脳内に記憶することに勤めた。

 

 秘匿が原則の公安は情報を漏らすことは厳禁だ。

 

 故に紙に情報を書くなり、スマホにメモをしてそれがどこかに漏れることは避けなければならない。

 

 公安捜査官は出来る限りの範囲内で情報を脳内に記憶させ、それを実体として残すことをしないというのが鉄則であった。

 

 進藤は頭を集中させて五十嵐の言う言葉の一つ一つを暗記していた。


「当面、公総と監察の仕事は警察内部、それもキャリアを対象とした〝教団〟及びピースメーカーの連中の追尾だが、これに対してはサッチョウの監察官室も出ることになった。いいな?」

 

 つまりは警察庁の長官官房人事課監察担当の出番だろう。

 

 警察庁に入庁し各機関に出向している、キャリア警察官の非行事案を監査する部署だ。

 

 入庁三十年超の警視監階級の首席監察官を筆頭として、三人の監察官と、課長補佐である警視と、警部補係長が所属をする。

 

 当たり前の事だが、キャリア官僚が問題を起こせば、それを監査するのはさらに上手を行くキャリア官僚だ。

 

 普通の警察官と違ってエリートである彼らが、没落すると往生際の悪さが目立つ。

 

 変に頭が良いから法律の穴を狙って、何とか言い逃れをしようとするのだ。

 

 だが、監察に選ばれるキャリアはそんな連中よりは実力的には上手である。

 

 大体は問題を起こしたキャリアは懲戒処分を食らうか、塩漬けされるかだが、今回の場合は〝教団〟やピースメーカーの構成員に警察官僚が絡んでいるかどうかを監査するというのが、五十嵐が言いたい事だ。

 

 しかし、前回兵頭と組んだ時もそうだが〝教団〟のスパイが警視庁内部にいるという事が世間に周知されることは避けたいというのが上層部の意向だ。

 

 それに加えて世界的な犯罪結社のメンバーまでもが、キャリアにいるとなれば世間は大騒ぎだろう。

 

 もし明るみになれば警察の信用はがた落ちだろうなと進藤は感じ取っていた。


「それと秋葉原の殺人事件だが――」


「あぁ、進展があったんですか?」

 

 秋葉原の殺人事件は公総が捜査の主導権を得て以降は極秘裏に遺品を押収しようとしたが、白山の部屋は何者かに荒らされており、証拠の押収は不可能だった。

 

 というよりも、押収できてもあまり重要性のない物ばかりだったのだ。

 

 しかし、交友関係に殺害方法などを調べた結果、白山の殺害には何らかの闇社会関係者が絡んでいるのではないかと考えられていた。

 

 その結果として一時期、容疑は蛇神会説に行きついたが、よく考えてみれば、神経剤で殺害された手際の良さと部屋の荒らされ具合やCIAがここまで日本の警察に催促をする時点で海外の諜報機関の関与か、あるいは彼らが追う人物や組織が存在することは進藤にも予想ができた。


「殺害された白山のパソコンは破壊されていたが、押収した、メモや遺品からは何も証拠を得られなかった。ここまで何も痕跡が無いというのは不自然だ」

 

 五十嵐がそう言うと進藤は「ピースメーカーですね?」と答えが分かっていながら、あえて、そう発言した。


「恐らくはな。パソコンの履歴を復元しようにも破壊されているから、お手上げだ」

 

 やはり、何らかの勢力が関与していたか?


「お前には動いてもらおう。小川もまとめて処分する。あいつは政界進出と引き換えに奴と協力関係にある」


「奴?」


「上層部が〝教団〟の信者を警察官にしていたとして、密かにマークしていたらしいが、確証はない。故にこちらから仕掛けるしか奴を捕まえる方法はない」


「その人物とは?」


 進藤はその名前を聞いた瞬間に息を飲んだ。


「敵対しているように思えて裏で繋がっていたんですね?」


「警備部長ポストも奴が割り当てたのさ。進藤、ユニットに頼んでレイザドライブを借りろ。奴が相手だと生身では危険すぎる。適性があるなら使え」


「ずいぶんと無理がありますが、ユニットが了承しますか? それに手続きは――」


「信頼できる上司から命令させるさ。奴等に拒否権は無いよ」


 続けて五十嵐は「レイザドライブを借りたら即行動に移ってくれ」と言った。


「監察との連携は?」


「問題ない。監察は公安出身者が多いから連携は取れるだろう。だが、奴の人脈を考えれば監察にもシンパがいる事は踏まえないとな?」

 

 それを聞いた、進藤は「了解しました」とだけ答えた。


「アメリカからも圧力が掛かっている。威信をかけて任務を遂行してくれ」

 

 すると五十嵐が「あぁ、それと」と付け加える。


「何でしょう?」

 

 そう言った五十嵐は「今日は雪が降るらしい。現場にいつまでもいるんじゃない」とだけ言った。

 

 その後に五十嵐からの通話は切れた。

 

 気が付けば現場である六本木ヒルズ周辺には雪が降りしきっていた。

 

 事件が起きなければ良い光景だったかもしれないな?

 

 進藤がそう思いながら、麻布警察署へ向かおうとすると野次馬の中に総監の娘である、久光瑠奈がいる事に気付いた。


「久光さん?」

 

 そう言って、進藤が瑠奈に近づこうとすると、瑠奈はそれに気づいて逃げようとした。

 

 すると瑠奈の前に小野が立ちふさがった。


「総監の娘さんがこんなところで何をしているんです?」

 

 小野は瑠奈にそう聞いてくる。


「たまたま、六本木で映画を見ようとしたら事件が起きて・・・・・・」

 

 瑠奈はそう言いながら、視線を外すと小野は「亜門君が戦っていないか心配なのね?」と瑠奈の大きな目を見据える。


「・・・・・・はい」

 

 瑠奈がそう言うと、小野は「付いてきなさい。今、彼は麻布署で裏付けの協力をしているから?」と言って、瑠奈の手を引く。


「会えるんですか?」

 

 そう言った瑠奈の声はどこか弾んでおり、歳相応の表情を見せていた。


「隊長。会わせるんですか?」


「悪い事?」


「民間人をあまり警察施設に入れるのは――」


「現場じゃないから」


「いや、しかし――」


「誰か、心配してくれている人がいると、彼に伝えたかったのよ。彼、一人ぼっちの時間が多いでしょう?」


 それを聞いた進藤は「確かにそうですね?」とだけ答えた。


 まぁ、亜門君もそれで安堵するならそれでいいのだが?


 小野は瑠奈を引き連れて、麻布警察署へと向かって行った。


 進藤もそれに同行するが、六本木ヒルズ前では野次馬が多く、二人の後を追えるかが心配だった。


 空からは雪が降っていたが、野次馬の人々達はそれに目をくれずに事件現場にいる警察官達を眺めていた。


 進藤は事件現場に降り続ける雪を手に取っていた。


17


「なるほどな。連中は君を羨ましかったわけだ?」


 兵頭は大柄な体で椅子に座りながら、亜門に話しかける。


「というよりも集団で仮想敵を作って、それを追い詰めるゲームを楽しんでいたように思えます」


「どっち道、大学に入っても夢中になるものが何もない連中の陰湿な遊びだったんだろう。ちなみに俺は学生時代、柔道しかしていなかったから、そんなひょろ学生の遊びには共感できないから、安心しろ」


 兵頭がそう言った後に、亜門はこの男は根っからの体育会系なんだろうなと思えた。


 しかし、威圧感はあるがどこかカラカラとして、気さくな性格であることは確かだ。


「大学に行くのは苦痛でした。小さい大学だから、顔もすぐに簡単に覚えられてしまいますし、陰口も聞こえるぐらいの音量でいわれるし、すれ違いざまに死ねとか言われるし・・・・・・」

 

 兵頭はそれを聞くと「だが奴等は実際に犯罪者になったからな? しょせんは腐ったミカンの集まりだったってことだよ」と言って、ニヤリと笑う。


「それ金八先生ですよね?」


「まぁな、それよかさぁ?」


「何です?」


「彼等が〝教団〟に入るような予兆みたいなものは聞いているかい?」


 亜門は少し考えてみたが、兵頭に対して「僕が殺した佐藤は孤独感から〝教団〟に入信しましたが、彼らも自分に確かな自信が無いから群れることを選んで、僕を殺す為にキメラになったんじゃないですか?」と言って、頭を上げる。


「ブラマン先生は知っているかい?」


「大学の英語の先生ですね。それがどうしたんですか?」


 亜門がぶっきらぼうに質問に答えると、兵頭は「行方不明になっているそうだ」とだけ述べた。


「事件に巻き込まれたんですか?」


「いや、調べたら奴はとんでもない悪党だったよ。大学教授を隠れ蓑にして様々な犯罪に手を染めていた」


 それを聞いた、亜門は「世も末ですね。気さくで、良い先生かと思っていたんですが?」と項垂れる。


「それと学生支援課の職員である、田山は何者かに殺された状態で奥多摩の山中で発見された」


 田山はひょろっほそい眼鏡面の大学職員だったが、亜門には親切に接してくれていた。


「それは何故ですか?」


「彼は〝教団〟の熱心な信者だった。学生達を〝教団〟にリクルートする役割も担っていたらしい」


 亜門はそれを聞いて軽い人間不信に陥りそうだった。


 自分の日常の周りに知らずに悪党達が蔓延っていたのだ。


 亜門は思わず拳を握りしめていた。


「田山さんが殺された理由は・・・・・・分かりますか?」


「用済みになったからだろう。〝教団〟は世間と戦争するつもりらしいが、それを唱える塚田には明確なプランがある分けでは無いし、仮に起こしても〝教団〟の崩壊が進むだけだ。グリン大学の生徒である佐藤玲於奈が警察関係者を狙う事を前提とした、作戦は佐藤が感情を抑えられずに無視したことによって〝教団〟の今の窮地がある。塚田はそれに怒りを覚えて、佐藤をリクルートした田山を処刑したんだろう」

 

 兵頭がそう言うと亜門は「よく、生徒の話を聞いてくれる良い職員さんでしたよ」とだけ言った。


「ついでに言えば、グリン大学の学生五〇数名が行方不明になっている」

 

 兵頭がそう言うと、メシアが「なるほど、ピースメーカーは〝教団〟が開発したキメラの技術を手に入れるつもりか?」と口を開いた。


「公総は何も教えてくれないから、俺達も困っているが、俺達にもプライドはある。調べればぼろが出る物さ」

 

 兵頭はそう言うと、タバコを取り出した。


「警察署内は禁煙のはずですが?」

 

 亜門がそう言うと「それは知っているから手に持ちたいだけさ?」と言って、兵頭はタバコをくるくると回す。


「兵頭警部補」

 

 メシアがそう口を開くと、兵頭は「何だ?」とタバコを回しながら応対する。


「ここ最近で行方不明になった医者がいないか調べてくれないか?」


「お星さまの数だけあるな? まぁ、単純な探し物はデカの基本だからな?」

 

 そう言って、兵頭が椅子にふんぞり返ると、取調室に五十嵐徹がやって来た。

 

 久々に見た、五十嵐は警察官には似つかわしくなく、無精ひげを生やしていた。


「公総がまた主導権を握るか?」


「お前には教えんが、一場君」


 兵頭が肩透かしを食らったと言わんばかりの表情を浮かべる中、苗字を呼ばれた亜門は「はい?」とだけ答えた。


「今度の敵は強大だ。しかも多方面にわたる。悪意に飲まれるなよ」

 

 そう言って、五十嵐は兵頭にミスタードーナッツの箱を渡して去って行った。


「あの人と知り合いなんですか?」


「警察学校の同期だよ。お前も知っているのか?」


「大学が襲撃された時に助けてもらったんです」


「あぁ、あいつ等、公総って基本は便利屋だからな? 上の裁量でどんな使われ方でもするんだよ」

 

 そう言った、兵頭に対して、亜門は目の前のドーナッツの箱を見つめる。


「・・・・・・ドーナッツってアメリカの警察みたいですね?」


「まぁ、お前は容疑者じゃないから利益誘導にはならんだろう。食うか?」


 そう言って箱を開けた兵頭に「宇治抹茶とかは無いですよね?」とだけ聞いた。


 すると取調室には小野と進藤が入って来た。


「何です?」


「一場君をそろそろ返してくれない?」


 そう小野が言い放つと、兵頭は「まぁ、マル被の大体の動機は分かりましたからね?」とだけ言った。


 兵頭はそう言うと「ただ背景が〝教団〟だけの犯行だとは思えないんです」と兵頭は項垂れた。


「それに関しては公総が調べます。兵頭警部補も引き続き捜査活動をお願いします」


 進藤がそう言うのを聞いた、兵頭は「いいんですか、捜査しても?」と進藤を見据えた。


「まぁ、可能な範囲内ではありますが? 出来ればユニットにも教えてもらいたいので」


「捜査一課は強行犯捜査が主体ですから組織が絡むと弱いんですよ。あんた等、公安と違って、組織が相手だと、どうにも歯が立たない」


 そう言った兵頭は亜門に対して「まぁ、課長は嫌がるでしょうけど、この坊主を現場に派遣するのは俺的には歓迎ですがね?」とウィンクをする。


 おっさんのウィンクって見たくないよね?


 亜門はそれを聞くと「警備部の人間が一課の現場に入るのは結構悪目立ちしませんか?」と兵頭に聞いた。


 亜門がそう言うと、兵頭は「お前はデカのセンスあるから、現場に行っても良し」とだけ言った。


 兵頭は亜門の父親が刑事だった事を知らないのだ。


 刑事のセンスがあると言われても父親との事があるから、あまり嬉しい褒め言葉には聞こえなかった。


「一課長次第じゃないですか?」


 小野がそう言うと、兵頭は「俺が生粋の悪という事を知らないそうですね?」と言って、ニタリと笑う。


 そのような兵頭を見た、進藤は「一場君。私は本部に戻るからしばらく会えなくなるよ」とだけ言った。


「そうですか・・・・・・」


 亜門はどこか複雑な気持ちを抱きながら、進藤を見つめる。


「その代わり、隊長に頼んでレイザドライブを借りることになったから」


 進藤がそう言うと、亜門とメシアは驚いた。


「進藤」


 メシアが思わず声を掛ける。


「何?」


「まさか、今度の任務はかなり危険だという事なのか?」


 それを聞いた、一同には沈黙が漂う。


 それから数秒立って、進藤は「ご想像にお任せします」とだけ言った。


「兵頭警部補。一連の事件の背後にいるのはピースメーカーだ」


 メシアがそう言うと、兵頭は「何だそれ?」と聞いた。


「慈善事業を隠れ蓑に世界中で戦争ビジネスから麻薬にダイヤモンドの搾取に誘拐などの人身売買などを行う犯罪結社だ。表向きは欧米の富裕層の慈善事業サロンとなっているが、その実態は闇の犯罪結社だ」


 それを聞いた、兵頭は「そんな世界的な犯罪結社が日本に何の用だよ?」と聞いた。


「キメラの技術の習得だろうな? 〝教団〟もその資金でさらに組織を巨大化したいんだろう。問題としてはピースメーカーは欧米の政財界にもメンバーがいることだが、結果として資金面や技術面で〝教団〟よりも上手を行くピース―メーカーにキメラの技術が渡って、それがさらに進化したら、世界の危機だ」


 メシアがそう言うと、兵頭はニタリと笑って「だったら救おうじゃねぇか、俺達でその世界とやらを?」と言った。


 それを聞いた進藤は「随分と子どもっぽい考えですね?」と兵頭を冷たい目で見る。


「その為には警察の縦割り行政を俺達だけでも、何とかしなけりゃならねぇ。五十嵐は公安マンにしては口が軽いが、肝心なところでシャットアウトだ。進藤警部補、あんたは何か教えてくれないか?」


 兵頭がそう言うと、進藤は顔を背けて「私は世界の救世主ではなく、一公務員ですから」とだけ言って、取調室を出ようとした。


「隊長。レイザドライブはお借りします」


「一応は私達にも通信が入るから、助け船は出せるかもね?」


「・・・・・・一人で戦います」


 そう言って、進藤は靴の音を響かせながら、麻布警察署のどこかへと消えていった。


「兵頭警部補、一場君はもういいですね?」


「そうだな、おい坊主」


 兵頭がそう言うと、亜門は「僕には名前があります」とだけ言った。


「そうか、じゃあ亜門、また話しようや」


 兵頭がそう言った後に亜門は「失礼します」とだけ言って、取調室を出た。


「一場君」


「何です?」


「あなたを待っている人がいるんだから、あまり心配をかけちゃだめよ」


 そう言って、小野が視線を向ける方向には久光瑠奈が立っていた。


「何で、こんなところにいるんだよ?」


 亜門がそう言うと、瑠奈は「映画を見る直後に事件が起きてびっくりしたよ」と口を尖らせる。


「災難だったね?」


「今からでも映画、見られるかな?」


「ミッドナイトに映画か? いいね。ミッドナイトペプシを飲みながらなんて至福の一時」


 瑠奈がそう言うと、亜門は「何そのミッドナイトペプシって?」と聞いた。


「カシス風味のペプシ」


「何でミッドナイトなんだよ」


「深夜にコーラを飲む背徳感が良いんだよ」


 そのような会話をしていると、小野が「二人とも、映画館行く時間無くなるわよ?」と時計を指差す。


「隊長、いいんですか?」


「いいんじゃない? 裏付け終わったから、報告書はご褒美として一定の憂慮は与えるから、映画行きなよ」


 小野がそう言った後に亜門は瑠奈に対して「行こうか?」とだけ言った。


「よし、まずはミッドナイトペプシを――」


「確かに背徳感がありそうだな。体に悪そうだし」


 亜門と瑠奈はそう言って、麻布署の廊下を歩く。

 

 亜門と瑠奈の靴はスニーカーである為、ゴムが滑ったような音が響く。

 

 外ではマスコミや警察関係者でごった返しており、映画館の辺りには野次馬が多くいた。


「よし、何見る?」


「特撮!」


 瑠奈がそう言うと、亜門は「なんで、特撮?」と聞いた。


「ずっと見ようと思っていたんだ?」


 そう言って瑠奈は「早く行こうよ」と言って、亜門の手を引く。


「待てよ」


 手を引かれるまま、亜門は警察官が多くいる、六本木ヒルズ前を走り出した。


 自分の手を引いている、瑠奈に何かしらの美しさを覚えた亜門は手を握られながらも瑠奈とは目を合わせることは出来なかった。

 

 恥ずかしいからだ。


「いいなぁ、若いって?」


「お前、うるさい」


 亜門は雰囲気を崩す、AIには容赦なかった。


 そんな中で六本木には雪が降っていたが、亜門にとってはようやくそれがロマンチックな雰囲気に見えてきた。


 続く。

 次回予告。

 

 六本木ヒルズでの戦闘の後に亜門とメシアは兵頭に調べてもらった、行方不明となった医師である須藤俊一を探しに八王子署に向かう。

 

 その一方で亜門とメシアの動向を自衛隊の諜報機関別班と陸上自衛隊のソルブスユニットの隊員である、蓮杖亙二尉や相川祐樹に村田の三人が注視していた。

 

 そして、三体目の新型ソルブスであるゴウガが目覚める中で、レインズ社のシフォンが自衛隊を動かしながら、恐ろしく、陰湿な罠を仕掛ける。

 

 次回、機動特殊部隊ソルブス。


 交戦ノチ真相。


 青年は自身の秘密をまだ知らない。


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