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第二話 戦場への旅立ち

 第二話です。

 

 ここから、物語が大きく動くので、ぜひご拝読よろしくお願い致します。


「そうか、ジは爆発に巻き込まれたか。お前は遠くからそれを見ていたから大丈夫だろう。あぁ、分かった引き続き、頼む」


 五十嵐は本部の捜査一課が革命の信徒達の施設ごと、爆発物で吹き飛んだという情報を東京に残っている、部下から電話で聞いていた。


「さて、問題はここだ?」


 五十嵐や菅原を始めとする公総の要員達が向かったのは福井県にある〝教団〟残党組織であるホームカミングの施設だ。


 そして、そこに福井県警協力の下、お札付きの家宅捜査を行っていた。

 

 暴れる信者や代表達を福井県警の機動隊員達が抑える中で、五十嵐達はコウキソウの作業がひとしきり終わるのを待っていた。


「何か、変な臭いしません?」


 菅原が鼻を覆う。


「これはブツがあるな?」


 五十嵐は自身が興奮をし始めていることを知覚していた。


 ここには潜入した前田巡査部長の情報により、辿り着いたのだ。


 ここまでやって、成果が無いなどありえない。


「外事一課と二課や組対二課もロシアンマフィア関連と荻窪での事件から中国も関与しているとして、連中を追っているんですよね?」


「俺達の狙いはここさ?」


 そう言って、五十嵐がコウキソウの隊員から現場の写真をもらった。


「中に入れるか?」


 五十嵐は写真を見た後にコウキソウの隊員に問いかける。


「中に入る・・・・・・のですか?」


「当たり前だ。何の為に東京から来たと思っている?」

 

 それを聞いた、隊員は「止めておいた方がいいのではないかと?」とだけ言った。


「分かっておられると思いますが、鑑識作業中に中に入るのは――」


「知っている。後で公総課長の了承を得るから、問題は無い」

 

 五十嵐に菅原と隊員がそのようなやり取りを行いながら、施設内を歩いていると一つの〝部屋〟の前へと立つことになった。


「・・・・・・開けますよ」


 隊員がそう言って〝部屋〟の扉を開くと、吐き気をもようすほどの死臭が漂ってきた。


「何だ? ここは・・・・・・」

 

 菅原がそう言って、口と鼻を手で覆う。

 

 その薄暗い〝部屋〟の中ではバラバラになった動物や人間の死体が辺りに散らばり、それらのホルマリン漬けもこの〝部屋〟に飾られていた。


「これが『キメラ』を製造する場所ですか?」


「〝教団〟の〝生物兵器〟を作る〝実験室〟だな?」


 五十嵐はそう言って、手袋をはめた。


「これは前田に即、東京で警察官生活に戻ってもらうぐらいの待遇はしないとな?」

 

 五十嵐がそう言うと、菅原は「この光景を見て、よくそんな調子でいられますね?」と苦言を呈した。 

 

 それを無視した五十嵐は「押収できるブツは全て、我々、公総がもらう。それとキメラ関連の類いは、重点的にウチが持って行くと、福井県警に伝えろ」と菅原に命令をした。


「確かに吐き気をもようすほどの悪臭だな?」

 

 そう言った五十嵐に菅原は走りながら、蔑視の目線を向けていた。

 

 それを無視している、五十嵐は確かな達成感を覚えていた。



 国家の中心部である、霞が関はどこか重厚な感覚を覚えさせる。

 

 その近代と大正ロマンのクラシックなデザインの融合と言ってもよい、街の雰囲気が小野の心をざわつかせていた。

 

 この近代とレトロが混じった、洒落た建築が目立つ大都会はあまり好きではない。

 

 あまり大きくない市街や山々の方がどこか心の平安を抱かせるのだ。

 

 首都のけたましい交通の量もこれから総監との面談を行う、小野の心を不安にさせていた。


「小野特務警視正。着きました」


「ありがとうございます」


 迎えの車を運転していた、警察官にそう会釈すると、小野は車を降りた。


 霞が関にある警視庁庁舎に降りると、警邏をしていた制服警察官達が敬礼をして出迎える。


 小野は若干使用が違うソルブスユニット用の制服を着ていたが、基本的には濃紺の色をしていて、ネクタイを使用しているところは既存の警察の制服と大差は無い。


 しかし、その若干の違いに制服警察官達は少し違和感を抱いているようには思えた。


 小野はそんな風に考えながら緊張を紛らせて、庁舎の中に入って行った。


 そして、エレベーターに乗って、人事一課などが根城を構えている一一階へと向かって行った。


 そこには警視総監応接室があるからだ。


 小野は総監秘書官の警視の案内で、その目の前へと立った。


 そして警視が総監応接室のドアをノックする。


「総監、小野特務警視正がお見えです」


「入れ」


 小野は警視がドアを開くと同時に「失礼します」と言って、総監応接室の中へと入って行った。


「小野特務警視正、ただいま参りました」

 

 覚えきれない警察式の敬礼では無く、陸自特有の敬礼をすると、久光秀雄警視総監が「ここは軍隊じゃない。いい加減わきまえなさい」と座りながら苦言を呈する。


「失礼いたしました」

 

 小野がそう言うと、久光は「それはともかくとして、だいぶ、久しぶりだな? 部隊はどうだ?」と声をかけてきた。


「ガーディアン三機は無事修復しましたが、隊員三名の内、二名が負傷中で、部隊としての運用に問題があると言わざるを得ない状況です」


 小野が硬い声音でそう言うと、久光は「君は以前から、ソルブスユニットの隊員の増員と部隊規模の増強を訴えていたが、実験組織としての性格が強い部隊だからな」とだけ言った


「そして、何よりも、最新鋭機が不良債権と化しています」

 

 小野がそう言うと、久光は笑っていた。


「メシアか? 奴はサッカンとは組みたくないと、まだ駄々をこねているのか?」

 

 サッカンとは警察官を差す用語で、警察官は内部で同業者をこのように呼ぶ。

 

 そんな中で、小野は久光に「総監、お気に召すか、分かりませんが?」と言って、東北産の日本酒を差し出す。


「あぁ、気が利くね。私の生まれ故郷の酒だよ」


「さすがに勤務中なので、今は飲めませんね?」


「そうだな。家で晩酌をする時に飲ませてもらうよ」

 

 そう言った後に、久光は笑顔から、真顔になり「とりあえず、座りなさい」とだけ言った。

 

 小野は言われるがまま、応接用のソファに座った。

 

 すると、久光はいきなり立ち上がり、何故か外を眺め始めた。

 

 自分から言い出したんだから、立つなよ・・・・・・

 

 小野はそう思いながら、周囲を見渡す。

 

 総監応接室の中は意外と簡素なもので、机があって、後ろにはJRから各官公庁にただで渡される、カレンダーが掲げられていた。

 

 そして警察の旭日旗と日本国旗が飾られている以外はさして目立ったところは無い部屋だった。

 

 久光という男が若い頃から仕事以外には目が無く、酒はほどほど、たばこは一切吸わずに金で大枚を叩くとするならば、本を買う以外にない超真面目人間であることを小野は知っていた。

 

 唯一の弱点は娘に甘いという点だけだろうか?

 

 そう思考をしていた小野だったが「娘が人を助けたらしい」と久光がそう硬い声音で言い放ったのをきっかけに現実に引き戻された。


「若い男だそうだ」


 そう言って、久光はようやく向かいのソファに腰をかける。


「それは不安ですね?」


「あいつには人を助ける職業に就きたいという夢があるから、医者を進めたが、変な男に絡まれて、その夢を壊さないでもらいたいな?」


「警察官は勧めなかったんですか?」


「私はその大変さを知っている。それに奴は警察官には向かない。公務員は気配りが大事だからな?」

 

 そう神妙な面持ちで語るが、一人娘のことを語る久光はどこか愛らしく思えた。

 

 この人はやっぱり、娘に甘いなぁ・・・・・・

 

 小野が笑みを浮かべるのを我慢していると「例の学生殺しの事件と荻窪で起きた無差別殺傷に関連性があるとメシアが疑っているようだな?」と久光の硬い声音が聞こえた。


「はぁ・・・・・・」


「けいしWANへ奴を侵入させた君の見解とやらを聞かせてもらおうか?」


 そう言われた小野は思わず苦笑いを浮かべた。


 その事実を当たり前だが知っていたか?


 しかも、笑顔でそれに言及すると言うことは事実上、それらを黙認するという事だ。


 久光のいい意味での目の悪さに敬服しながら、小野は「ありがとうございます」とだけ言った。


「総務部の情報管理課を私の権限で黙らせたんだ。できればこのような強権的な手段は使いたくないのだがね?」


「はい」


「私の労を労って、君のこれらの事件に関する私見というのを聞かせてくれ」


 つまり、ソルブスユニットがどこまで、この二つの事件の真相に近づいているかを総監自らが聞き出すという事だ。


 久光の意図を推察した小野は「極力、頑張ります」とだけ答えた。


「頼むよ」


 そう言われた小野は深く息を吸い込む。


「まず〝教団〟がこのようなテロを起こせるほどの力があるのかと思えば疑問を抱かざるを得ませんが、施設がC‐4を使って、爆破され、本部捜査一課の捜査員達が負傷した事を鑑みてみると、今回の事件は徹底して、私達、警察機関への挑戦的な姿勢が感じ取れます」


 C‐4とはアメリカ軍を始め、世界的に使用されている軍用プラスチック爆薬の一種である。


 これは粘土状である為、隙間に詰め込める上に衝撃による暴発も無く、火に投げ込んでも同様で、爆破させるには起爆装置や雷管を要する必要がある。


 小野がC‐4について、言及すると、久光は「ほぅ・・・・・・」とだけ言った。


「一方で学生殺しに関してですが、ノコギリのような物で無理やり、切断されたと承知しています。その上で、一課は複数犯の犯行も視野に入れていると聞いていますが、メシアはこれを単独犯と仮定しています」


「理由は?」


「切断の癖が、ある一定のパターンで共通している。しかも、全ての学生の死体の切断痕にマル被と思われる男のDNAが付着していたそうです。何故か、虫のDNAも一緒に」


「・・・・・・そこまで知っているか?」


 久光は何故か、不機嫌になった。


「この事実を考えると、複数犯の犯行という説は私には考えられません。もっとも、マル被のDNAまで採取しているのに現場の捜査官の一部が、未だに複数犯説を追っているという事実が気がかりですが?」


 小野がそう言うと、久光は「鑑識のデーターベースにまで侵入したか?」と睨みつける。


「凶器に関する情報はまだマスコミには公表されていないから、通常ではビは知らなくていい情報ですね?」


 小野がそう言うと、久光は「私が怒っている理由は分かっているね?」と言った。


 久光は小野を睨み続けていた。


「殺害方法についてはここまでしか、分からなかったのですが、殺害された学生の親族が、いずれも政官財界関係者であることは掴みました」


 殺害された、学生達の親族が政官財界の重要人物などであることは公表が控えられていたが、一部週刊誌にその事実がすっぱ抜かれており、警視庁の情報統制はなし崩しになっていた。


「私達が何故、マル被を特定していて、泳がせているか、気にならないか?」


 とうとう、話す気になったか?


「マル被のDNAが現本部警備部長の石田警視監と類似性が見られる事から、対応に苦慮しておられるからですか?」


 それを聞いた瞬間に久光は苦虫を嚙み潰したような表情を見せた。


 しかし、小野はそれを気にせずに話を続けた。


「荻窪での無差別殺傷に関してですが、分裂した〝教団〟残党の別組織がロシア、中華系などのマフィアに国内の暴力団を介して、武器とソルブスを密輸し、事件を起こした上で学生を殺害し続ける真の狙いを社会に対して、カモフラージュをしているように思えます」


 小野はネクタイに手をかけた後にさらに発言を続けた。


「ですが、彼等の軍用兵器を使ったテロ行為は誰かしらの支援者がいないと行えないと思われます。〝教団〟は潰れかけた存在ですからね?」


 小野が再び、ネクタイに手をかけると、久光は「誰だ、それは?」とだけ言った。


 その表情は笑っていた。


 もはや、笑うしかないのだろうか?


「石田警備部長ではないかと思われます」


「知っている。それは他にもいるだろう。だが、石田君は事態が落ち着き次第、更迭だ」


 何かしらの対策を練っているのだろう。


 小野は久光の笑みを見て、少しだけ安堵をした。


「警察内部に〝教団〟のスパイがいることはご存知でしたか?」


「それは君が知らなくて、いい情報だ。だが、メシアは末恐ろしいな?」


 久光はそう言った後に「だが、犯行声明を出したのは奴等だ。連中も一課を狙った、爆破はウチにスパイがいなくても出来ると思うが、不服かい?」と続ける。


「・・・・・・」


 小野は黙って、軽い不服の意思を示した。


「もういい、君の推測は大体当たっている」


 そう言った、久光は再びソファから立ち上がった。


「荻窪の事件は無差別テロで社会を凍りつかせ、学生殺しを一刑事事件として、国民に印象付けさせる狙いがあったそうだ。〝教団〟の真の狙いは別にあるだろうが、学生殺しは表向きは〝見捨てられた若者達〟の反逆であって、マル被はそれに基づいて行動をしているがな?」


 久光がそう言うと、小野は「〝教団〟は何者かに利用されていると?」と核心を聞いた。


「そうだろうな。奴等も警察と正面から戦って、勝てるとは思ってはいないだろう。そしてだが、一部の若者達に資金と武器を与えている勢力がいる事は確かだな?」


 久光は電話を取り出すと、ボタンを押して、どこかへと内線を繋げた。


「私だ。公総の五十嵐警部を呼んでくれ」


 そう言った後に、久光は電話を切り、ソファへと再び座った。


「若者達に機会と資金、そして武器が与えられた。そして、それと同時に若者達はある男から大量のビットコインを与えられた」


「ある男?」


 小野がそう問いかけると、久光は「アツシ・サイトウという大富豪且つ世界的犯罪者だ」と言った。


「実在しているかどうかは不明だが、世界各国のマネーロンダリングの現場などには必ず名が挙がる。性別は不明だが、その犯罪の手口の巧妙さと、一貫して正体が分からない事から各国の警察機関や諜報機関もひた隠しにはしているが、その身柄を確保したくてしょうがないそうだ」


 そう言った、久光はしかめっ面を浮かべた。


 アツシ・サイトウの名は小野も何度か聞いたことがあった。


 マネーロンダリングなどの事件が起きる度に関与が疑われる謎の日系人。


 いや、それ以前に国籍や人種はおろか、その存在自体が疑われている存在だ。


 一説ではその資産は小国クラスの国家予算を優に超えており、混乱と破壊を好む悪趣味なアナーキストとも言われ、CIAやMI6にモサドなどの各国諜報機関もその存在を追う、稀代の犯罪王と言われる眉唾物的な存在だ。


「しかし、サイトウが日本で社会からドロップアウトした若者を使って、テロを起こす目的は?」


「恐らく、キメラに関する技術が目的でしょうね?」


 そのような男の声が聞こえ、背後を振り向くと、長身で小野と同年代ぐらいの男が扉近くで立っていた。


「公安部総務課、五十嵐徹警部、ただいま参りました」


「ノックぐらいしろ」


「はっ!」


 敬礼をした五十嵐はその場で立ち続けていた。


「続けろ」


「小野特務警視正、恐らく、サイトウの狙いは〝教団〟が開発した〝生物兵器〟であるキメラの技術を手に入れることです」


「・・・・・・何です? それ?」


 小野がそう言うと、五十嵐は「総監、よろしいですか?」と久光に声をかける。


「構わん」


「では、説明させていただきます」


 五十嵐は軽く「コホン」と咳払いをした。


「我々が追うキメラとはその名のとおり、合成獣の事を指し、生物学的に言えば、同一個体内に異なった、遺伝情報を持つ細胞が混じっている状態の個体を指します」


 五十嵐はどこかのエリートサラリーマンと言っても遜色はないように見えた。


 その姿がまるで、プレゼンテーションをしているようだったからだ。


「〝教団〟残党の一つ、ホームカミングの施設を家宅捜査したら、キメラの製造をしている〝実験室〟を見つけました。哀れな信者が何らかの動物や昆虫と合成され、一連の凶行に至ったと考えられます」


 そう五十嵐が説明を終えると久光は「連中の次の標的は私の娘らしい」と静かに告げた。


「なっ・・・・・・」


 小野は絶句した表情で久光を眺めていると、五十嵐が「施設では総監のお子様の写真がびっしりと貼られていました」とだけ言った。


「それは・・・・・・」


「奴等は私の娘を殺すつもりだ」


 久光はそう言うと、ある紙の束を差し出してきた。


「娘が人助けをした男とグリン大学とかいう三流大学の学園祭に行くらしい。何を考えてそんなところに行くかは分からんが、連中はこの機会を狙っていると思われる」


 その紙の束を眺めると、久光の娘である瑠奈と男子学生と思われる相手のメールのやり取りがコピーされていた。


 さらには〝教団〟の信徒達が瑠奈の襲撃に関して詳細な計画を練っていると見られる、LINEのやり取りもあった。


 しかしながら、瑠奈と男のやり取りを見る限りでは男女の仲ではない事は確かだが、さすがに自分の娘のメールの内容まで監視し、その為に警察を動かす、久光の異常な親バカぶりには閉口するしかなかった。


「そこで、君達ソルブスユニットに出動命令を告げる」


 久光が硬い声音でそう言うと、小野は自分の顔が強張り始めるのを感じた。


「ソルブスユニットは瑠奈がグリン大学の学園祭に来ることを想定して付近にて待機。同時にSATも待機させ、グリン大学構内での戦闘に備えておくことを下命する」


「総監の娘さんと男子学生の追尾、監視、状況報告は我々、公総が行います。あなた達、ソルブスユニットには仮に大学構内で戦闘となった際にSATと同時にマル被を逮捕及び殲滅という形で処理することをお願いしたい」


 五十嵐がそう言うと、小野は「待ってください! 民間人が多くいる大学で戦闘を行うのですか!」と苦言を呈する。


「何もしなければ、もっと多くの人々が死ぬことは明白だ。あなた方にはその元凶を何かしらの形で処理してもらいたい」


 五十嵐がそう言ったのを聞いた、小野は「総監、危険です! 大学に特殊部隊を送りこんで戦闘をすれば、多くの人々が犠牲になるだけではなく、警視庁の対応まで批判されます!」と久光に直言する。


 しかし、久光は「〝教団〟の犯行を防ぐのが我々の目的だ。私も娘のいるところで戦闘などさせたくないが、テロリストの逮捕及び殲滅をする事が最優先だ。君には選択の余地は無い」とそれを一蹴した。


 それを聞いた、小野は歯ぎしりをしている自分がいる事を知覚していた。


「・・・・・・了解。任務を受領いたします」


 小野は相手が久光でなければ、思いっきり舌打ちをしたかった。



 一一月初旬。


 グリン大学の学園祭が行われる土曜日。


 亜門はパーカーにジーンズという出で立ちで、最寄り駅のJR中央線武蔵境駅を降りて、駅前の書店に入って行った。


 何でよりによって、本屋を待ち合わせ場所にするんだよ?


 亜門はそう脳内で毒づきながら書店に入ると、雑誌を立ち読みしている瑠奈を見つけた。


「立ち読みはあまり褒められた行為ではないと思うよ」


 亜門が後ろからそう言うと、瑠奈は「今の時刻は?」と聞いてきた。


「午前一〇時半ちょうど」


 亜門は胸を張って答える。


 しかし、瑠奈は「午前一〇時三三分よ」と言って、針の時計を見せる。


 シチズン製の銀時計だった。


「え・・・・・・その時計、おかしくない?」


「あなたの時計が遅れているの! 三分遅刻だから現地ではあなたのおごりでこの失点をカバーしてね?」


 瑠奈はそう言うと雑誌を売り場に戻し、書店を出て行った。


 亜門もそれに続くと、書店員は「ありがとうございました!」と声をかけてきた。


 亜門が書店員ならば、長時間立ち読みをして、何も買わずに外へ出て行く、瑠奈のような図太い神経を持った奴には絶対にそんなことは言わないなと思っていた。


「言っとくけど、美味しい食べ物もミスコンもないよ?」


「何? ミスコンがない?」


 その一言に瑠奈は強く興味を引かれた様子だった。


「うちの大学は容姿で優劣を決めない方針だから。創立当初から学園祭でのミスコンはやったことがない」


「いい大学ね。それだけで、ただのFランク大学から、私の中ではかなり心象がよくなったけど」


「いや、学生が不良とオタクしかいないから」


 亜門が目を輝かせる瑠奈にそう言うと、瑠奈は「まぁ、どこまで世紀末的に荒廃した大学かを見るのも楽しみだけどね?」と言って、ウィンクをした。


「・・・・・・瑠奈、もし学生に絡まれたら全力で大学の外に逃げよう」


 亜門がそう言うと、瑠奈は「大丈夫。そんな事をすれば私のパパの力を使って、全員社会で生きていけないような制裁を下すから」と真顔で恐ろしいことを言い出した。


 背筋が凍りつく感覚を覚えた、亜門だが、とりあえず「まぁ、そうしてもらったほうが僕もありがたいかな?」とだけ言った。


「へぇ~私が襲われてもいいんだ?」


「いや、そういうわけじゃなくて・・・・・・」


 亜門がそう弁明をしだすと、瑠奈が急にどこかを眺め始めた。


「どったの?」


 亜門がそう聞くと、瑠奈は「・・・・・・まさかね」とだけ言った。


「えっ? どうしたの?」


「気のせいだから」


 そう言った瑠奈と一緒にバスへと乗り込み、亜門はグリン大学へと向かって行くことにした。


 瑠奈からの頼みが無ければ、学園祭なんて行かないまま大学を卒業していただろうな?


 そう思いながら、亜門は瑠奈の横顔を除く。


 目鼻がくっきりとして目が大きいな・・・・・・


 瑠奈の整った顔立ちに見惚れていると、その当人からいきなり顔面に右ストレートを放たれた。


「痛ってぇ・・・・・・何すんだよ!」


「人の顔をじろじろ見るな!」


 そう言った、瑠奈は歯を見せて笑っていた。


 サディストめ・・・・・・


 亜門がどこか恨めしい気持ちを抱く中、バスはグリン大学へと向かって行った。



〈マルタイは現在時、バスにて大学へ移動。現状は待機〉


「了解、このまま待機を続ける」


 小野達、ソルブスユニットの面々は五十嵐を乗せた形で、トラックをグリン大学の隣にある国際十字大学の駐車場に止めた上で待機をしていた。


「よく大学側が警察官の配備を許可しましたね?」


 五十嵐がコーヒーを飲みながら、トレーラー内に設置された移動式オペレーションルームにあるテレビ画面を眺めていた。


 そこでは周辺を警備する機動隊員や管轄区域に該当する武蔵野署の警察官達に装備されたウェアラブルカメラで撮影されている大学構内の様子が映し出されていた。


「普通、こんな状況だったら、中止を検討すると思いますけどね?」


「何でも、学生連中が『テロに屈しない!』とか言って、強行したらしいですよ。本来であれば大の大人がそれを止めなきゃいけないのに大学の教授達もそれに同調した結果、大学内に警察官を展開する形となったそうです」


「主張するだけ、主張して、最終的には警察におんぶに抱っこで、後でクレームを言うんだろう? そのくせ『ペンは剣よりも強し』を気取る奴等さ? 喧嘩の弱い奴の常套句だな?」


「上も戦場がFランク大学なら生贄に差し出しても、痛くは無いと思って、今回のオペレーションを立案したんでしょう。上からすれば、東大以外は大学じゃあないですからね?」


 浮田と中道がそう悪態を吐いていると、そこに五十嵐が蔑視の目線を向ける。

 

 無理もない。

 

 警察は基本的に階級社会で、そこにおいて、エリート街道をひた走る、五十嵐のような男からすれば、この部隊は異端な独立愚連隊でしかないのだろう。

 

 事実、特務扱いとはいえ、警視正階級の自分に対して、この二人の巡査と巡査長が意見を言うのだから、普通の警察官からすれば理解は出来ないだろうなと思いながら、小野はコーヒーを飲む。


「五十嵐警部はこんなところにいてよろしいんですか?」


 小野がそう五十嵐に問いかける。


「僕は警部だから実質係長ですがね。ウチの課長から現場で指揮的な役割をするように言われているんでここにいるんですよ。知っての通り、公総の課長はバリバリのキャリア組ですから。ドラマみたいに現場に出て、ノンキャリと一緒に汗を流すなんてのはドラマの世界だけです」


 国内の過激派を担当する、公総の課長は代々、キャリア組の警視がその職に就く。


 それらを含めて、公安部では前者と外事四課長以外は全てノンキャリアの警視の役職となっていることは小野も知っていた。


 この五十嵐という男はそのエリート揃いの公安部で、ノンキャリアでありながら警部階級まで上り詰めた男だ。


 トレーラーの中で呑気にコーヒーなんて飲んでいるが、かなりの切れ者なのだろう。


 小野はそう思いながら、コーヒーを飲み続ける五十嵐に視線を向けていた。


「しかし、これがソルブスユニットの移動式オペレーションルームですか?」


「えぇ、戦闘においての現在位置把握から、ここからの指示、応援の有無などが役割です。意外とこのトレーラーは重要なんですよ?」


「ふ~ん」


 五十嵐がそう言うと、奥に保管してあったメシアドライブが急に起動し始めた。


「メシア、起きたか?」


「あぁ、ぐっすり寝た」


「警察は朝早いぞ」


 浮田がそう笑いながら答えると、メシアは「あの嬢ちゃんにくっついている坊主はいいな?」と言い出した。


 それを聞いた中道は「それはどういう意味だ?」と真顔で問い返した。


「あの坊主は運動の習慣こそないが、骨格や筋肉の付き方が俺の好みだ。後は俺が奴の腕に巻き付けば知能の様子まで分かる。奴と接触は出来ないか?」


「無理よ。彼は民間人じゃない」


 小野がそうぴしゃりと言い放つと、メシアは「今のところ、戦えるのは宇佐だけだろう?」と返してきた。


「今回はSATが支援をやってくれる。日本警察の精鋭部隊よ。もっとも、あなたが装着者に興味を持ったのはちょっと嬉しいけどね?」


 小野がそう言うと、メシアは「俺は本気だ。あの坊主に装着されたい」と珍しく興奮した声音で答えていた。


「お前の出番はないよ。今日はSATが主役だ」


 中道がそう言うと、警察用端末のPフォンの捜査官用モデルである、ポリスモードを介した通信で


〈マルタイはバス停を降りた模様〉


 公総の巡査部長から連絡が入った。


 Pフォンは警視庁の全警察官に所有が義務付けられ、GPSでの位置情報の特定と共有や通信指令室とのやり取りに手配写真から証拠品に不審車情報の共有と四人同時通話ができる代物だ。


 これにより、警視庁警察官は通信指令室や各種関係部署との連絡を同時に行うと同時に自身の位置把握も本部に筒抜けになっているという次第だ。


 もうすでに引退した世代の警察OB達はこれを見て「ついに警視庁警察官すらも本部に監視される体制になったかと」と言うのが常であるというのはよくある話だった。


 そんな導入から数十年が立っているハイテク装備に思いを巡らす中で、小野は大学構内を歩き回る宇佐に通信をかける。


「宇佐巡査、とにかく戦闘が起こったら民間人への流れ弾を留意してね?」


「了解、落ちこぼれの坊や達のしっぺを叩いてきますよ」


 外に配置されている宇佐がそう言うとトレーラーは笑いに包まれた。


 小野は「アメリカンポリスの真似をするんじゃない」とだけ言って注意を促した。


 しかし、皆がそのような冗談を吐く中でも、ユニットのオペレーションルームは得体のしれない緊張感に包まれていた。


 この作戦はかなりハードなものになるのではないだろうか・・・・・・


「冗談を言いながらも、あなたは状況を楽観視していないようですね?」


 五十嵐がそう言うと、小野は「慢心は一番の敵です」とだけ言った。


「あなたは軍人としては優秀だ。状況を客観視し、敵が発する情報を自分の都合のいいように解釈しない」


「旧日本軍はアメリカ軍の戦力を自分の都合のいいように解釈して、楽観視した挙句に戦略上のミスや精神論に傾いた結果、敗戦したと認識しているわ。戦略と装備に相手の実力を読み間違え、精神論に傾いた事が問題だと私は思っている」


「きわめて、軍人らしい見解だ」


「ただ、冷静に考えればアメリカ軍には勝てないと判断するのが、ベターよ」


「『君子危うきに近寄らず』ですか?」


「孫氏と君子の兵法は今の時代においては軍事の基本よ」


 そう言った、五十嵐は「ははっ」と笑った後に「ドーナッツ、食べます?」と袋を取り出した。


 しかし、小野は「空腹のときが一番集中できるのよね」と言って、それを断った。


「そうですか?」


 五十嵐はそう言いながら、ドーナッツに手を取る。


 時刻は午前一〇時五三分。


 小野には時計の数字がこれから始まる〝戦争〟へのカウントダウンに見えて仕方なかった。



 グリン大学の構内に入ると、いきなり出てきたのは青色の荒廃したテニスコートとはげ山だらけの芝生のグランドだった。


「見事に荒廃しているね?」


「うちの大学は金が無いんだよ」


 辺りには屋台が並び、客引きも多く行われていた。


「普通の屋台ね?」


「学生がやっているんだから、多少は勘弁してくれよ」


 そうは言った瑠奈だったが、韓国人が作っていると宣伝されているトッポギ店に立ち寄り、トッポギを一つ買った。


 グリン大学はプロテスタント系のミッションスクールなので、キリスト教の布教が進んでいる韓国からも留学生が来る事があるので韓国人の学生も少数ながらいる。


「亜門、彼女か?」


 韓国人留学生と一緒にトッポギを作る、野球サークルの先輩がニヤリと笑いだす。


 元々、テストの過去問をもらう為に近づいたが、今となっては大学内でまともに自分と話せる数少ない人物になっている。


「違います」


 瑠奈がそうバッサリと否定するのを確認して「彼女、プライド高いんでそれはあり得ません」と亜門も口を揃える。


「まぁ、いいや、毎度あり」


 先輩がそう言った後に大学の講堂へと向かう。


「狭いね、建物二つしかないじゃない?」


「だから、言ったろ。金は無いし、学生の数も少ないって」


 亜門がそう言うと、瑠奈はトッポギを頬張りながら、辺りの屋台を眺めた後に、ホットグを購入した。


「アタルなよ」


「まぁ、屋台はその危険があるよね?」


 瑠奈はそう言いながら、バクバクとトッポギとホットグを食べ続けるていると、瑠奈は「まぁ、大学としては小規模だけど、風情があっていいじゃない。私は好きだな?」と言った。


 それに対して、亜門は「実際、ドラマのロケとかで駐車場の辺りが、中東の街っていう設定で使われたりしているんだけどね。業界関係者の間では有望なロケ先として有名なんだよ」と返した。


「ミッション系ってことはチャペルとかあるかな?」


「あるよ、行くかい?」


 亜門はそう言うと、瑠奈は「無神論者の私が教会に行くなんて、何か〝荒らし〟臭いなぁ?」とはしゃぎ出した。


「止めろよ。宗教と政治に野球の話題は敵を作るぞ」


 そう言って、大学構内にあるチャペルに向かおうとすると、例の不良学生達が一〇数人で亜門と瑠奈を囲み始めた。


「来たか?」


「こいつ等? 亜門君が言っていたのって?」


「うん、警察が警備をしている中で堂々としているよ」


「はっきり言って、バカそうだもんね?」


 二人がそう言うと、不良学生の一人が「おい、お前図に乗るなよ」と亜門に顔を近づける。


「止めろ、お前等。機動隊がいる前で女にチョッカイ出すの」


 亜門がそう言うとグループの内の一人が「まさか、一場君がこんなキレイな女の子を連れてくるなんてな?」と下心丸出しの表情を浮かべる。


「俺達もそのおこぼれにあずかろうと思うんだよな?」


 そう言って、品の無い笑みを浮かべる不良学生達を見て、瑠奈は「確かに亜門君の言う通りね。あなた達みたいな学生を大量に抱えるこの大学に補助金を出すのは、はっきり言って税金の無駄遣いよ」とストレートに言い放った。


 それを聞いた不良学生達の内の一人は舌打ちとともに「てめぇ!」と言って瑠奈に顔を近づける。


「タバコ臭い。若い内にタバコばかり吸うと死ぬよ」


 不良学生は再び舌打ちをして瑠奈の肩を掴み始める。


 瑠奈はそれをただ睨み返すだけだった。


「止めろ! お前等!」


「そういうお前はどこの大学だよ?」


「東京大学」


 瑠奈がそう言うと不良学生達はトーンの高く品性の無い笑いを響かせる。


「よくそんな嘘つけるね?」


「嘘だと思うのは自分達が劣っているという事実を自分達で確認したくないから言っているんじゃない? 笑っているのもその事実を自覚したくないから起こる精神的作用だと私は思う」


 瑠奈が大きな目で不良学生を睨みつけると、相手は唾を地面に吐く。


「本当に東大生か?」


「ついでに言えば、警視総監の娘」


 それを聞いた、不良学生達はさらに品性の無い笑い声を挙げる。


「何? 警視総監って?」


「知らない、そんなの?」


 そう言って不良学生の内の一人が瑠奈の肩に手を回し始めると、瑠奈はその手を取り、不良学生の内の一人を一本背負い投げで投げ始めた。


「えっ・・・・・・」


 不良学生が地面に叩きつけられると、亜門を含めた全員が騒然とする。


「白帯ではあるけど、一応は中学の時に都の柔道大会で優勝したことあるんだ。どうする?」 


 瑠奈が意地の悪さを伺わせる笑みを浮かべると、不良学生達は「覚えていろよ!」と言って、ぞろぞろとどこかへと消えていった。


「・・・・・・さすがは警視総監の娘」


「まぁ、柔道はスタイル悪くなるから、段取る前に辞めたんだけどね?」


 そう言った瑠奈は亜門に「さっ、チャペル行こう」とだけ言った。


「多分、今の時間帯は聖歌隊が歌っているな?」


「幸運だな? 一番見たかった奴だよ」


 そう言って亜門と瑠奈は、チャペルへと向かって行った。



 ソルブスユニットの面々は公総の捜査員が撮影していた、瑠奈が茶髪のやせた学生を一本背負い投げで投げる様子を見て、拍手喝采を送っていた。


「お見事。警察官になっても遜色はない腕前ですね?」


 中道がそう言いながら拍手をすると、浮田が「俺、女の子はか弱い方がいいな?」と言って作業を続ける。


「しかし、連中もマルキが警邏している中で、堂々とナンパですか?」


 五十嵐がそう言うと、小野が「苛立ちます?」とだけ聞いてきた。


「いや、平和だなと?」


 そう言った後に、五十嵐はポリスモードを片手に「各員、不審者はいるか?」と言って、外にいる捜査員と連絡を取る。


〈今のところ、該当する人物は見当たりません〉


「中には顔の割れていない信者がいるかもしれない、警戒を怠るな」


 五十嵐はそう言った後に小野が「信者の顔なんて分かるんですか?」と聞いた。


「彼等はメン割が出来るので」


 メン割・・・・・・


 つまりは警察のデーターベースに残っている前歴者の顔立ちを全て脳内に記憶しているという事か?


 小野がそう思考していると、中道が「意外と来場者の数が多いですね?」とこちらを振り返る。


「地域の住民に対して大学の活動内容とやらの理解を深めてもらう為の地域活動の側面もあるんでしょう?」


「私はよく分かりませんがね?」


「まぁ、私の大学はこんなに浮ついた感じでは無かったけどね?」


 小野がそう言うと浮田が「確かに防衛大で髪を茶髪に染めたら、問題でしょうね?」とだけ言った。


 すると、五十嵐のポリスモードに通信が入る。


「どうした?」


〈該当すると思われる男が一人、先ほどの不良グループを見つめています〉


「本物か?」


〈押収した信者のリストに顔写真がありましたが、間違いありません〉


 捜査員のその一言を聞いた、ソルブスユニットの面々には一気に緊張感が漂い始めた。


「その不良学生を狙っているのか?」


〈恐らく。一番楽しそうな連中ですからね?〉


「社会から捨てられた連中からすれば、パリピなんて、一番鼻につくからな?」

 

 五十嵐は「いいか、一人では絶対に検挙するな。複数で検挙しろ。俺も向かう」と言って、トレーラーから降りようとうする。


「ユニットも出動準備をしてください」


「了解、宇佐君!」


〈俺はいつでも準備できていますよ〉


 そう言う宇佐の声は真剣なもので、何か強いものを感じた。


 結果的に一番集中していたのは宇佐君だったか?


 小野はそう思考した後に「機動隊が民間人を避難させた後にSATの支援の下、ガーディアンによる戦闘を行います」とユニット各員に指示を出す。


〈民間人が逃げ遅れたら?〉


「機動隊員と武蔵野署員に逃がしてもらいます。もし逃げ遅れた民間人を見かけたら全力で守る事を優先。そしてマル被は逮捕が困難な場合は民間人の安全を考えて射殺も容認します」


〈了解、すぐに現地へと向かいます〉


 宇佐はそう言って大学の構内を走り出す。


「総員、第二種種戦闘配置」


「総員、第二種戦闘配置!」


 小野がそう言った後に、オペレーターの中道と浮田が関係各所に声を挙げる。


 先ほどまでのオペレーションルームに漂っていた牧歌的な空気は無くなっていた。


 未だ、平和的な空気が漂う大学構内で小野を含めた、警察関係者達の間で緊張感が高まり始めた時間帯だった。



 不快な感覚を覚えていた。


 辺りでは自分と同い年ぐらいの若者達が甲高い声を上げて、笑い、叫び、青春を謳歌している光景が竹田紫苑には不快にしか思えなかった。


 自分も大学に行けば、こんなに明るくなれたのだろうか?


 紫苑が生まれた時、父親はいなかった。


 聞いた話では父親はどこかの官僚らしいが、会ったことが無いので真相はよく分からなかった。


 その一方で母は常に代わる代わる、交際相手を代え、紫苑は次々と変わる男達から暴行を受けてい

た。


 小学校もほとんど行けず、中学もほとんど通わずに結果的に高校進学は出来なかった。   


 そして、そんな家庭環境に嫌気がさして、家を飛び出し、紫苑は建設現場で働き始めた。


 仕事を始めると同時に母が薬物中毒になって死んだと聞いたが、何も感じなかった。


 母は自分の好き勝手に男を作り、薬物を摂取し続けて、結果的に死んだのだ。


 その時点では紫苑は社会的に自立しているから、関係の無い話だろうなと思っていた。


 紫苑がそう思いながら、作業をしていると、母と交際をしていたという男が現れ、金を求めてきた。


 紫苑がそれを断ると『家族を見捨てるつもりか!』と怒鳴られた上に殴られた。


 しかし、自分にとっては家族という言葉は重い鎖のようなものでしかなかった。


 死んだ母も自分が勉強をしようとすると『そんな事をしても無駄よ。私達はダメな家族なんだから』と言っていた。


『私達は家族よ、だからずっと一緒にいようね』


 そう言って、母は自分を抱きしめてきた。


 しかし、自分がそれを拒絶して勉強をしようとすると、母は『家族を捨てるの?』と訳が分からない悲しい顔をしていた。


 こんな依存心の強い母親なのだ。


 その母親が自分の自立よりも自分が人形であることを願ってしまったのだから、自分はこのような生活に陥ったのだろう。


 母は一人を異常に嫌っていた人間だった。


 孤独に耐えられないから、あんなヤクザ者の男相手でも体を許してしまうのだろうなと思えた。


 紫苑が男からの金の要求を断ると、男は紫苑の家の前にずっと張り付くようになった。


 紫苑はそれを無視し続けていたが、ある日に建設現場から帰ると男はいきなり土下座をして『本当に金が無いんだ! 頼む! 助けてくれ!』と大声を上げた。


 そう言った男を足蹴にすると、男は叫びながら、自分を刺し殺そうとした。


 そうすると気が付けば、男は倒れて血を流していた。


 紫苑はパトカーで連行される中で、恐らく、気が付かない内にもみ合いになった末、刺殺したんだろうなと思っていた。

 

 警察の聴取も予定調和に終わり、紫苑は結果的には人を殺したので家庭裁判所から逆送をされ、少年刑務所に入ることになった。

 

 しかし、動機などから情状酌量の余地があるとして、殺人罪の最短刑期であろう五年を少し超えた刑期を終えて、娑婆に出た。

 

 そして、少年刑務所で一緒に行動をしていた少年から〝教団〟の存在を教わった。

 

 紫苑は炊き出しがあると聞いたので、それにありつく為に東京の三鷹にある〝教団〟施設に向かうと、そこには後に革命の信徒達から分離、離脱してできる団体であるホームカミングの代表の宮井に出会った。

 

 宮井はこの時、革命の信徒達の幹部だった。

 

 宮井は僕の顔を見ると優しげな顔で『どんどん、食え』とだけ言った。

 

 自分はその好意を受け入れる形で、カレーと豚汁に手を伸ばした。

 

 その後、自分は宮井からいろいろな相談を受けてもらい、気がつけば、革命の信徒達に入信していた。

 

 思えば、この時に自分は宮井に父性を感じていたのかもしれない。

 

 革命の信徒達に入信すると、宮井の勧めで中学から高校の基礎的な学力の勉強を始めた。

 

 紫苑はこの時初めて、生涯で一生懸命に何か夢中になる物を得たような気がしていた。

 

 そして、紫苑は高卒認定資格を得た。

 

 その時に宮井から『やったな!』と言われて、気分は有頂天になっていた。

 

 そして自分は何を思ったのか、宮井に『大学に行きたい』と言った。

 

 今思えば、良識ある大人だったらそれを柔らかに制してくれたと思うが、宮井は『応援するよ』と言って、都内の名門大学の赤本を渡してくれた。

 

 普通に考えれば自分の実力も考えずに、高卒の認定資格を得たというだけで自分は勉強が出来るという、根拠のない万能感に襲われていたが、案の定、一年後に自分は再び絶望の淵に立たされた。

 

 自分は志望校全ての試験に落ちたのだ。

 

 紫苑は絶望感に襲われて〝教団〟の宿泊施設でただひたすら泣いていた。

 

 そんな中でも宮井は『悪いのは、お前じゃない。お前を認めない社会だ』とひたすら慰め続けた。

 

 紫苑は宮井にそう言われ続け、試験に落ちたのは自身の落ち度では無く、自分を認めない社会の体制とそれを構成する人間達に問題があるのだと思うようになった。

 

 そして、失意の冬から皆が希望と不安を抱き始める春に自分は宮井に連れられて、某有名私立大学へと連れていかれた。


『見て見ろ、お前みたいな真面目な人間は認められないのに勉強しかできない、勤勉とは言いかねる、社会性の無い、甘やかされた子ども達は社会から信任を得ている』

 

 紫苑はこの時、宮井の言葉を黙って聞いていた。

 

 目の前のカフェテラスでバカ騒ぎをしている自分と同年代の青年達を見て、この時には確かな怒りを覚えていた。

 

 自分には能力がある。

 

 なのにこんな連中よりも劣っていると、社会は自分にスティグマを貼った。

 

 こんな社会は間違っている!

 

 自分が認められずにこんな連中が優遇されている社会は腐っている!

 

 紫苑がそう思った後に宮井が『俺達はこんな腐った社会にくさびを打ち込むのさ』と呟いた。

 

 宮井がそう呟いた後に紫苑は『どうすれば、いいですか?』とだけ聞いた。

 

 宮井はただ一言だけ言った『戦え』と。

 

 その後、紫苑は宮井がホームカミングを立ち上げると同時に福井へと向かい、そこで〝教団〟の〝実験室〟で戦士となる為に〝改造手術〟を受けた。

 

 それを受ける前は恐怖心の方が強かったが、いざ力を得ると紫苑はそれを使って、自分よりも劣っているのに社会的に信任を得ている学生達を東京で斬殺することに快楽を覚えていた。 

 

 僕は〝神の力〟を得たんだ!

 

 神は僕に勉強しかできない社会性の無い学生を淘汰する為の〝神の力〟を与えたのだ!

 

 その神の代弁者はもうすでにいないが、いずれ復活すると宮井は言っていた。

 

 神とは必ず復活する者なのだとも言っていた。

 

 そう自分達は神の代弁者なのだ。

 

 神に成り代わって、社会から無能であるとスティグマを貼られた人々を救う、救済者となるのだ。


 紫苑はそう思いながら、目の前で甲高い大きな声で話し続ける、茶髪やピアスを開けた、鶏がらのように細い青年達に狙いを定めていた。

 

 僕はこんな奴等よりも有能なんだ・・・・・・

 

 紫苑が〝神の力〟を使おうとすると、後ろから腕を掴まれた。


「竹田紫苑だな?」


 そう言う、男の後ろには大学に展開されている機動隊員が大勢いた。


「警察か・・・・・・」


「殺人の容疑でお前を逮捕する」


 そう捜査員が手錠をかけようとすると、紫苑は「黙れぇ!」と大声で叫んだ。


「この僕を認めずに無能だと言うなら、こんな社会は壊してやるさ!」


 そう大声で叫ぶと、近くにいた先ほどの青年達も驚いた表情でこちらを眺める。


「何あれ?」


 そう言って、青年の一人が紫苑を嘲るような表情を見せると、紫苑の中で理性を司る何かがプツリと途絶えるのを感じた。


「見せてやるよ! お前等に僕の有能さを!」


 そして、紫苑は〝神の力〟を使う為に変態を始めた。


 すると、服は破れはじめ、体中には激痛が走るが、気がつくと自分の背中から昆虫の羽が生え、肌は昆虫のそれのように緑色の甲羅に包まれた。


 捜査員と青年達は驚いた面持ちでそれを眺める。


「何だよ・・・・・・あれは!」


「うわぁぁぁぁぁぁ!」


 青年達は大急ぎで逃げ始めたが、紫苑はそれを追い始めた。


「竹田!」


 捜査員は紫苑を追おうとしてきたが、それに対して、手の鎌を使って、頸動脈を切り裂いた。


「きゃー!」


 その光景を見た、女子学生の叫び声が大学構内に響き、人々は一斉に大学の外へと向かって、走って行った。


「いいぞ! もっと叫べ! もっと怖がれ! 僕を認めなかった報いさ!」


 紫苑は叫びながら、学生達を捜査員と同様の手法で斬殺していった。


 〝教団〟のテーゼなんて知らない。

 

 今はただ、学生達を殺すことを謳歌したい!

 

 この時の紫苑は殺人による興奮によって、理性が失われていた。



〈マルキ4から警備本部。マル被は昆虫に似た形態に変態。応援を願いたい!〉


 大学に配置されている第四機動隊の隊員が無線でそう叫ぶと、小野を始めとする、ソルブスユニットの面々はその光景を唖然とした表情で眺めていた。


「これが〝教団〟の・・・・・・」


〈そうだ。これが〝教団〟の〝生物兵器〟であるキメラだ」


 中道と五十嵐が通信でそうやり取りをしている中で、当の五十嵐は大学のキャンバスが地獄のような惨状となっている中で、淡々とした様子で大学構内を走っていた。


 この男はどこか壊れた感覚を覚えさせていたが、この状況で冷静さを保つほどのレベルとはな?


 小野はユニット全体が想像だにしない脅威に息を飲んでいる中で、宇佐に通信を繋げた。


「宇佐君、準備はいい?」


〈いつでも、準備が出来ています〉


 宇佐が冷静にそう返答する中で、小野は「SATと共同で動いて」とだけ言った。


〈了解〉


 宇佐がそう言った後に通信機器から宇佐の吐息が聞こえた。


 走っているからだろう。


「総員第一種戦闘配置」


「総員一種戦闘配置!」


 小野とオペレーターである浮田に中道がそう言葉を繰り返すと、その中道が「SAT小隊のウェアラブルカメラ映像を映します」と早口で伝えた。


 SATの隊員の内の一人に装着された、ウェアラブルカメラから小隊がワゴンから降りて、大学のキャンバスへと向かうのが把握できた。


 すると、そこには屋台や大学施設を破壊しつくす、キメラと化した信者の姿があった。


〈警備本部からSAT各員へ、マル被は民間人を多数殺傷。これにより周辺にさらなる被害の拡大が起こる可能性を鑑みて、発砲による射殺を容認する〉


〈SATから警備本部へ、了解、攻撃を開始する〉


 そう言った後に、SAT小隊はヘッケラー&コッホ社製のⅯP5による銃撃を始めるが、キメラは昆虫の羽をまるで振動するかのように動かし、それらを縦横無尽に避け続ける。


「あの野郎、カマキリのくせに空飛ぶのかよ」


 中道がそう言うと、メシアは「短距離なら飛べるだろう。カマキリだからな?」と言った。


「まぁ、動く相手には射撃というのは難しいから、それが心配だな? もっとも、ガーディアンも飛べるから機動力では負けんが?」


 メシアが目の前の光景を冷静に分析する。


「数を撃てば当たるさ」


「その発想ならバラマキ重視のサブマシンガンを掃射するのも一つの手ではある。まぁ、ⅯP5は拳銃弾を使っているから、分類としてはサブマシンガンだが、実質的には拳銃弾を使ったミニ小銃だ。狙いは正確だよ。ただ、民間人の避難を考えると流れ弾が当たる可能性があるな?」


 そうメシアが分析する最中でも、SAT小隊とキメラが交戦をしており、その間に機動隊員と武蔵野署員が必死の形相で民間人の批難誘導を行っていた。


「宇佐君! 今どこにいるの!」


〈着きました!〉


 宇佐はそう言った後に〈装着!〉と掛け声を上げて、ガーディアンを装着した。


「あくまで、SATの銃撃による波状攻撃の下に奴を無力化するのよ」


〈了解!〉


 そう言って、宇佐が装着するガーディアンは上空を飛行して、MP5A5を掃射しながら、徐々にキメラにダメージを与え続けていた。


 時刻は午後一二時三七分。


 グリン大学は文字通り戦場と化していた。



 プロテスタント特有の質素な作りのチャペルがどよめいていた。


「何?」


「外でテロリストと警察が戦っているらしいぜ?」


 そのようなざわめきと同時に聖歌隊の学生達や観客がパニック寸前の様子に陥っていた。


「やっぱり・・・・・・」


 瑠奈がそう独り言を言うと、亜門は「何?」とだけ聞いた。


「何でもないよ。とにかく早く逃げられればいいね?」


 瑠奈がそう言った後に大学職員と警察官が数人入ってきて「皆さん、外には決して出ないでください!」と大声で観客と学生達を制する。


「どうなっているんだ! 外は!」


「本当にテロリストと警察が戦っているのか!」


「現在、大学と警視庁とで情報を収集しており――」


 大学職員がそう言う中で、ある一人の主婦が「あの・・・・・・」と声を上げる。


「何でしょう?」


 大学職員が質問を聞き取ると主婦は「私の息子がいないんです」と言った。


 そう言うと同時に場内はどよめく。


 すると警察官の一人が「どの辺りですか?」と聞いてきた。


「このキャンバスの中にいるはずです」


「分かりました。至急捜索します」


 そう言って、警察官の一人が外へ出ると学生の一人が「自分の子どもぐらい見とけよな」と呟くのが聞こえた。


 まぁ、このぐらいの陰口は心無い人間なら言うだろうな。


 亜門は気には留めなかったが、瑠奈はその一言を言った学生の目の前に立ち、いきなりビンタした。


「おい、てめぇ!」


 そう言って、学生は応戦しようとするが、周囲の大人達が必死で止めに入る。


「自分が安全圏にいるからって、そんな心無い発言をするんじゃない!」


「悪いかよ! こんな状況で子どもと離れる親の方が悪いだろう!」


「こんな状況だからこそ、皆で助け合わなきゃいけないでしょう!」


 瑠奈がそう言うと学生は「知らないな? そんな偽善的な話?」と瑠奈を鼻で笑う。


「何?」


「ここにいる連中のほとんどがどうせ自分だけ助かりたいと思っているんだ。ガキ一人に構っているよりは自分の命の方が――」


 学生がそう言いかけた瞬間に大学職員がチャペルに駆け込み、叫び始めた。


「怪物がチャペルに迫っている!」


 職員がそう叫ぶと学生達と観客達は瑠奈達が起こした騒動を忘れ、一斉にチャペルの外へと向かおうとしていた。


「押さないでください! 皆さん一人ずつ――」


 警察官がそう群衆を整理しようとするが、群衆のパニックは収まらなかった。


 すると群衆に紛れた、男の一人が忽然と立って、瑠奈の前に立ちふさがった。


「公安総務課の五十嵐です。お父様の命を受けて、貴方を脱出させます」


 男がそう言うと、瑠奈は先ほどとは違う冷静な口調で「私の友達も一緒に避難できますか?」とだけ聞いた。


「もちろん」


 男はそう言った後に「坊やも付いてこい」とだけ言った。


 すると、瑠奈は「男の子が一人行方不明になっているんです!」と言って、男の肩を掴んだ。


「男の子ですか?」


「えぇ、男の子」


「機動隊と武蔵野署の警察官に伝えておきます」


 男が淡々と、その話題を片付けようとする。


「待ってください! まだ話が――」


「うわぁぁぁぁぁ!」


 チャペルの近くから断末魔の叫び声が聞こえる。


「急いでください! 時間が無い!」


 男が拳銃を取り出して、亜門と瑠奈を外へと誘導する。


「瑠奈、行こう・・・・・・」


 亜門はそう言いながら、チャペルのパイプオルガンの方向を眺める瑠奈の手を引いた。


 本当にこのキャンバスに男の子がいるのか?


 亜門はそう考えながら、ただ瑠奈の手を引いていた。


10


「第二キャンバスに迷子の男の子がいる?」


 小野は武蔵野署の警察官のその一報を聞いて、肝を冷やしていた。


〈現在、怪物はチャペルのある第二キャンバスに移動。チャペルから出てきた、学生とコンサートの観客を次々と惨殺しています〉


 それを聞いた、小野は上空を飛ぶ宇佐のガーディアンの頭部に設置された、ウェアラブルカメラが映し出す陰惨な光景に対して、思わず舌打ちをしていた。


 SAT小隊の隊員達はキメラがパニックに陥った民間人がいるであろう、場所に移動し続け、流れ弾が当たる可能性から銃を使った攻撃をすることが出来ない状態にあった。


 一応は宇佐のガーディアンが飛行機能を使って、機動力で追いついたことが光明だったが、攻撃が出来なかった。


 民間人への流れ弾を考えれば、銃弾は使えない。


 しかし、それによって躊躇した結果、多くの民間人と警察官達が死んだ。


 SATや自分達、ソルブスユニットは何も出来なかったのだ。


 小野はただ、拳を握りしめるしかなかった。


「汚い奴だ・・・・・・」


「それ故に、テロリストなのさ。しかし、奴の皮膚は見たところ普通の生物の物だ。ダメージには弱いはずだ。実際、序盤は良いペースだったろう?」


 中道とメシアがそうやり取りをする。


「メシア」


「何だい? 隊長殿?」


「あなたの装備には日本刀が装備されていたわよね?」


「なるほど、近接戦闘に持ち込むか? 奴の動きに合わせれば、倒せるだろうな? ただなぁ?」


 メシアが一瞬だけ沈黙する。


「誰が俺を着る?」


 すると、小野は机のタンスからシグザウエルP228を取り出して、メシアドライブ一式を持ち出した。


「総監の娘さんと一緒にいる男の子はどうかな?」


「面白い。俺も奴がいい」


 メシアがそう言った後にトレーラーのハッチを開けた。


「皆、聴取では私に銃で脅されたと言うのよ」


「隊長!」


「危険です! 自分から現場に行くなんて、何を考えているんですか!」


 浮田と中道が必死で引き止めるが、それを振り切り、トレーラーを降りた。


「彼のことは認めてくれる?」


「最後の面接で奴に俺が巻かれれば分かるだろうさ?」

 

 そのようなやり取りを行いながら、一人と一体は断末魔の叫び声が響く、戦場となったキャンバスへと向かって行った。


11

 

 五十嵐という警察官と共に駐車場へと向かい、亜門と瑠奈は電気自動車のバンへと乗り込もうとしていた。


「瑠奈さん! 急いで!」


 五十嵐がそう急かす中で、瑠奈は急に立ち止まる。


「さっき、チャペルの二階にある、パイプオルガンに動く影があった!」

 

 そう言う瑠奈は怪物のいる第二キャンバスへと戻ろうとしていた。


「五十嵐さん! もう一回チャペルに戻ってくれませんか? 男の子がまだチャペルに取り残されているように思えるんです!」


「君を助けるように上層部から言われているんだ! 自分の立場を考えなさい!」


 五十嵐がそう怒鳴ると、瑠奈は「人の為に動くなら、父も了承してくれるはずです。止めないでください!」と言って、第二キャンバスへと向かって行った。


「止めなさい! 本当に死ぬぞ!」

 

 五十嵐が瑠奈に無理やり触れようとすると、瑠奈はその手を噛んで、本当に行ってしまった。


「痛っ!」

 

 五十嵐はそう言いながら、瑠奈の後を追おうとする。


「君は車に乗りなさい」

 

 五十嵐がそう言うと、亜門は「彼女を見捨てることは出来ません!」と叫んだ。

 

 しかし、五十嵐からは「気持ちだけで怪物を倒せるのか?」と厳しい口調が返ってきた。


「それは・・・・・・」


「とにかく、絶対に動くな。いいな?」


 そう言って、五十嵐は第二キャンバスの中へと入って行った。


 確かにそうだ。


 気持ちだけでは何も出来ない。


 僕は彼女を助ける力を持っていない。


 でも、このまま彼女を見殺しにすれば、僕は大事な何かを失ってしまう。


 絶望感と喪失感を目の前にし、騒めいた感情が亜門を支配する。


 瑠奈が死ぬのは嫌だ!


 だけど、僕には戦う術がない。


 どうすればいいんだ?


 亜門は地面に倒れて泣いていた。


 ただ、自分の無力さを痛感するしかなく、亜門は声を出して、泣き叫んでいた。


 すると、後ろから肩を叩かれた。


 まさか、怪物がここまで・・・・・・


 恐る恐る、後ろを振り向くと、そこに四〇代ぐらいの小奇麗な女が立っていた。


「メシア、いいわね?」


「あぁ、早急に俺を着させろ」


 そう言った、女はスマートフォンとスマートウォッチを取り出した。


「あなたが、一場亜門君ね?」


 女からそう言われた瞬間に亜門は「どうして・・・・・・僕の名前を知っているんですか?」と問いかけた。


「時間が切迫しているから、あえて言うけど、今現在においてはあのキメラを倒せるのはあなたしかいないのよ」


 それを聞いた、亜門の頭の中はパニックになっていた。


「ちょっと待ってください! 意味が分かりませんよ!」


 亜門はそう言うが、女は無表情のままだ。


「それは分かるけど、事態は切迫しているの。とりあえず、こいつと一緒に戦って」


「意味が分からない! あんな怪物相手にどうやって戦うんだよ!」


 思わず女を怒鳴りつけていた。


 すると女が持つスマートフォンが突然「お前には守りたい人がいるんだろう?」と話し始めた。


「人口・・・・・・知能?」


「もう一度言おうか? お前には守りたい人がいるんだろう?」


「何だよ・・・・・・お前?」


「久光瑠奈。あの嬢ちゃんを助けたいという思いはお前にはあるはずだ」


 スマートフォンは亜門にそう問いかける。


「誰だ・・・・・・お前は?」


「俺の名はメシアだ。俗にいう救世主さ?」


「救世主・・・・・・」


 亜門は地面から立ち上がり、スマートフォンから発せられる、メシアの声を聞いていた。


「状況は理解できないだろうが、言いたいことはただ一つ。俺を着て、彼女を救う。簡単な事だろう?」


 メシアがそう言うと、亜門は「僕に戦いなんて出来ないよ・・・・・・」と静かに呟いた。


「俺がお前の動きを補正するから安心しろ。もし何もしないならそれでいいが、お前はこのまま黙って、嬢ちゃんが殺されるのを見ているだけか?」


 メシアのその一言を聞いて、亜門はただ黙るしかなかった。


 彼女を失いたくない。


 絶望しか無かった大学生活で唯一、僕に光を与えてくれた存在。


 東大生であることを鼻にかける節はあるけど、実際にはものすごく正義感の強くて優しい女の子。


 僕は彼女が好きだ。


 でも、その彼女があのグロテスクな怪物に殺されようとしている。


 それでいいのか?


「スマートフォンとスマートウォッチを付けたら、装着と叫べ。後は俺の指示と補正の誘導で動けばいい」


 答えは一つだけだ。


 僕は今、初めて自力で守りたい人の為に戦う。


 それが僕の人生を吉凶問わずに大きく変えるものだとしても。


 女からスマートフォンとスマートウォッチを受け取ると、亜門はそれを付けた。


 するとメシアは「ほう、知能も問題は無い。やっぱり俺の惚れ込んだとおりだ」と軽口を叩く。


「装着と叫ぶんだね?」


「そうさ。早く嬢ちゃんを助けようぜ?」


 メシアがそう言うと、亜門は大きく息を吸い込んだ。


「装着!」


 そう思いっきり叫ぶと、亜門の体を赤い光が包み込み、亜門の視界はCGで補正されたものとなり、その体を白と赤の色が目立つ細身のパワードスーツが包んだ。


「よし、怪物退治といこうじゃないか!」


 そう言って、メシアは飛行機能を使い、亜門を無理やりに飛行させていた。


 すると女が「頑張れ」と言って、亜門を送り出していた。


 しかし、亜門はそれを聞き取った直後にただ、高速移動をする、自分に驚愕し、体が不自然に浮くその感覚にただ驚くしかなかった。


12


 瑠奈は死体が横たわるチャペルの中で、二階席にある、パイプオルガンへと向かった。


「そんなところにいたんだ?」


 瑠奈がそう言うと、パイプオルガンの隅にいた、子どもは恐怖で泣きじゃくった顔を見せながら、黙って、こちらを見つめる。


「警察の人もここに来るから、早く出よう?」


 瑠奈が男の子にそう言うと、後ろから五十嵐が走ってやって来た。


「早くしろ! 奴はまだこの辺りをうろついているぞ!」


 そう言われた瑠奈は子どもを抱きかかえて、一階へと降りる。


 するとその瞬間に五十嵐の後ろから、怪物が襲い掛かって来た。


「うわぁ!」


 五十嵐は横飛びをする形で、怪物の鎌の攻撃を避け、すぐに拳銃で反撃を試みる。


 銃声が二発響き、怪物に銃弾が当たり、緑色の血が噴き出る。


 しかし、怪物は五十嵐に目もくれることなく、瑠奈と子どものいる方向へと向かう。


「お前が総監の娘か?」


 そう怪物が言葉を発すると、瑠奈は黙って、子どもの前に立った。


 すると、先ほど、横飛びをして難を逃れた、五十嵐が瑠奈の前に立つ。


「おじさん?」


「おじさんじゃない。五十嵐警部だ」


 そう言いながら、五十嵐はオートマチックであろう拳銃を構えて怪物と相対す。


「お前・・・・・・ムカつくな? 正義の味方面して?」


「その形態で喋ることが出来るか? てっきり、脳みそも虫同然になっているかと思ったよ?」


「お前・・・・・・僕をバカにしたな?」


 怪物はそう言って、鎌を構えて、こちらへと向かって来た。


 殺される・・・・・・


 瑠奈がそう思ったその時だった。


 チャペルのステンドグラスが大きな音を立てて、割れた。


 その中から現れたのは赤と白のカラーリングが目立つ引き締まったアスリートを思わせる何者かだった。


 細身のボディに小銃と腰に拳銃を装備し、背中には日本刀らしき物を背負っていたその存在はチャペルに現れるとすぐに体を浮遊させ、小銃を怪物相手に掃射する。


「こんなところで発砲すると皆に当たる!」


「俺が補正する! 問題は無い!」


 亜門君?


 今の声は確かに亜門だった。


 まさかと思って、その何者かを眺めていると、その存在は小銃を思いっきり撃ち続け、怪物は緑色の血を噴き出しながら、チャペルを縦横無人に飛び回る。


「速い! どうすればいい?」


「奴の得意分野で戦うさ!」


 そう言って、何者かは背中の日本刀を取り出し、チャペルの天井近くを飛び、怪物相手に接近戦を仕掛ける。


 怪物はそれに対して、鎌を使って、接近戦に応じた。


「うぉぉぉ!」


 亜門の声がそう雄叫びを上げる。


 それに対して、怪物は鎌で切りかかろうとするが、何者かの反応が一足早く、気がつけば怪物は鎌でもある両手を一刀両断と言う形で、切り捨てられていた。


「バカな! 僕は有能なのに!」


「はぁぁぁ!」


 再び、亜門の声が雄叫びを挙げ、それがチャペルに響くと、気がつけば怪物は袈裟切りにされ、そのまま一刀両断にされた。


 そして袈裟切り上に裂かれた怪物は上半身と下半身がバラバラにされて、床にその体を転がせていた。


 怪物はぴくぴくと動いて生きてはいたが、活動が出来るかどうかは分からなかった。


「亜門君なの?」


 瑠奈が何者かに問いかけると、それは「あぁ」とだけ答えた。


 その瞬間に瑠奈はなぜか涙を流した。


 理由は分からなかった。


 すると、バラバラにされた怪物は急に口を開き「既得権益の犬どもが・・・・・・今に見ていろ。神は復活し・・・・・・」とかすれた声を上げる。


 しかし、亜門であるはずの何者かはそれを最後まで聞かずに、怪物の頭を足蹴にした後に、拳銃で怪物の脳髄を撃ち抜いた。


「ほざけ、自分の無能さと努力不足を社会のせいにしやがって」


 こいつは亜門君じゃない・・・・・・


 瑠奈がそう思う中で、絶命した怪物は姿を変え、冴えない、色が白く眼鏡を掛けた、丸顔のオタクとも言える青年に代わっていた。


 それと同時に赤と白の何者かの体が赤い閃光に包まれて、気が付けば、一場亜門の元の姿へと戻っていた。


「亜門君・・・・・・これは・・・・・・」


「僕は・・・・・・人を殺したのか?」


 亜門がそう言うと「テロリスト相手に慈悲は不要だ。今は嬢ちゃんを助けたことの感慨に浸れ」と男の声が聞こえた。


 その声が聞こえる場所を探ると、亜門の手に付けられたスマートウォッチから発せられている事が確認できた。


「何・・・・・・それ?」


「俺の名はメシアだ。今後ともよろしくな。嬢ちゃん」


 スマートウォッチがそう言ったことに驚きながらも「ラテン語での救世主ね」と平静さを装うしかなかった。


 そうしないと、理由もなく出た、涙を隠せないのだから・・・・・・


 そうして、涙を拭いながら、瑠奈は呆然としている亜門を眺めた。


「亜門君、大丈夫?」


 瑠奈がそう言っても、亜門は黙ったままだった。


 すると、チャペルの外から黒いヘルメットと防弾チョッキを着用した、男達がやって来て、こちらに小銃を向ける。


 特殊部隊だった。


「警察だ! 手を挙げろ!」


 男達がそう怒鳴る。


 呆気に取られていた、亜門と瑠奈だったが、背後にいた五十嵐が「ここは従った方がいい」と言うので、二人は手を上げることにした。


 すると、男達の後ろから四〇代ぐらいの女がやって来た。


 濃紺の警察の制服と言っても微妙にデザインが異なる物を着ていた。


 すると、女が「一場亜門君、強力には感謝します」と口を開いた。


「しかし、民間人が結果的に警察の活動に介入したという事態は重い犯罪行為だと思われます。よって――」


 女は一呼吸を置く。


「あなたを拘束させていただきます」


 そう言って、特殊部隊の男達が、亜門に手錠をかけ始める。


「協力しろと言っておいて、それは無いんじゃないですか?」


 亜門が攻撃的な目線で、女を睨むと「それには感謝しているけど、警察は疑うのが仕事だから?」と言う返答が返って来た。


「これだから、警察は嫌いなんだ」


 瑠奈は亜門がそう呟くのを聞き逃さなかった。


「久光瑠奈さん」


 女が硬い声音で瑠奈の名を呼ぶ。


「あなたにも事情を聞かせてもらいます。武蔵野署まで任意同行してもらいますがよろしいですね?」


 そう言われた瑠奈は「彼に乱暴な事をしなければ行きます」とだけ答えた。


「命の恩人に手荒なことはしませんよ」


 女がそう言うと、五十嵐が「俺は行かないぞ。後始末がある」と渋い表情を見せる。


「じゃあ、その子どもの重りをお願いできますか?」


 気がつけば泣きじゃくっていた子どもが、五十嵐をずっと眺めていた。


「人の顔をじろじろ見るんじゃない」


 五十嵐がそう言っても、子どもは何も言わずにただ五十嵐を眺めていた。


「では、行きましょう」


 女がそう言った後に、手錠をはめられた亜門は特殊部隊の男達に連行され、瑠奈はただひたすらそれに付いて行った。


 長い、災難な一日だった。


13


「警察にソルブスを与えたのはある意味、当たりかもな?」


 蓮杖亘はタバコを吸いながら、テロリストによって破壊された、グリン大学とその周辺を電気自動車に取って変わった、パトカーに機動隊の護送車が辺りを検問する様子を双眼鏡から眺めていた。


「確かにCQB(クロース・クォーター・バトル=近接戦闘)なら警察の方がはるかに融通が利くからな。俺達は動く度に議員連中の話のタネになるしな?」


 チームで一番のベテランである村田がニヤニヤとしながら、事件現場を走り回る警察官達を双眼鏡で眺める。


「あのメシアはプロトタイプだが、性能は警視庁の主力ソルブスのガーディアンよりは、はるかに良いからな? 俺達への量産が早く進んでくれるとありがたい」


「今回の戦闘データもそうだが、メシアの後継機を警視庁と俺達に振り分けるんだろう?」


 村田がダミ声で話す中で、ただひたすら無言で警察官だらけの大学を眺める、相川祐樹がいた。


「最新鋭機を手に入れられるんだ。少し喜んだらどうだ?」


 蓮杖がそう言うと相川は「高揚を抑えているんだよ」と言って、笑みを浮かべた。


「当分は警察に戦闘データを蓄積してもらって、出ると世間から叩かれる俺達はそれまで高みの見物さ」


 蓮杖はそう言った後に村田と相川に「行くぞ」と言って、その場を離れることにした。


 あのプロトタイプは学習したプログラムで、付属パーツを開発し、それらを装備する機能があるらしい。


 俺達の為にはどんどんと戦ってもらわないと困るな?


 三人は日が落ちた午後一七時過ぎに現場を離れて行った。


 続く。

 次回予告。

 

 グリン大学を襲撃された後に亜門は小野澄子から尋問を受けることとなった。


 亜門は大学の学費を受け取る事の確約を得て、民間人でありながら警察の活動に参加した事の黙認の保証の対価として警視庁に協力をする事になる。

 

 そんな中、渋谷においてグリン大学の警邏に付いていた、機動隊員が殺害される事件が発生。

 

 警視庁捜査一課の兵頭隆警部補は臨場をするが、すぐに上司からある特命を受けろと、命令され、本部へととんぼ返りをする羽目となった。

 

 その一方で亜門のアルバイト先である、喫茶店に亜門が嫌う大学の生徒である、佐藤玲於奈が現れれるが、瑠奈に敵意を抱き始める。

 

 そして、それが新たな悲劇の始まりとなるのであった。

 

 次回、機動特殊部隊ソルブス。

 

 失意と決別と。

 

 悲劇の中、青年の怒りが爆発する。

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