表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

第一話 日常の終焉

 初めての投稿です。

 

 もし、面白ければ、二話以降も見てください。

 

 皆さま、ご拝読よろしくお願い致します。


<至急、至急、警視庁から荻窪4へ>


 宇佐鳴海はトラックの荷台、いわゆるトレーラーの中で警視庁通信指令センターから発せられる警察無線に耳を傾けていた。 


<第四方面荻窪五丁目近くで中国製の『ソルブス』を装着して、東洋系の男三名が無差別殺傷を行っているという目撃情報あり。現場に臨場せよ>


<荻窪4了解>

 

 先ほど、午後一時四六分に荻窪の街で軍用兵器である『ソルブス』を装備した、アジア系の男達が同兵器装着後に持っているソルブス用に強化されたロシアの軍や警察で使われているマカロフPMとAK‐74を使って、無差別殺傷を行っているという一報が入った。

 

 自分達、警視庁警備部仮称ソルブスユニットはこれらのテロ行為に対処する為にこれから現場に臨場する次第だ。


「みんな、聞いてはいると思うけど、軍用のソルブスとの交戦になる」


 そう声を張り上げるのは陸上自衛隊で幹部高級過程まで進み、同隊内でも戦略家として名の知れた小野澄子特務警視正だ。

 

 確か、通常の軍隊での大佐階級に相当する一佐まで進んだが、現在はこうして警察の実験部隊である自分達に対して、指示を行っている。


 そのような過程に陥った理由としては、小野は西部方面隊、第四師団内の第四〇普通科連隊の隊長を務めていたという経緯にある。


 陸自内で最も市街地戦闘の技術が進んでいるとされている、第四〇普通科連隊の隊長として、小野は陸自内でも最新の市街地戦闘などの戦闘技術のエキスパートとして知られていたが、未だに旧日本軍の精神論が渦巻く、上層部との方針の違いで、言い争いをした事により、彼女は更迭されて、陸自を去ったそうだ。


 そして、何故か、その後に警視庁の新装備実験部隊の隊長になるという形でヘッドハンティングされ、彼女は今ここに居る。

 

 その上で自分達が何故、今、戦わなければならないのか。

 

 理由を述べると、平成が終り、令和が始まった後に流れた時代背景がある。


 多くの死者を出し、経済の停滞を招いた、新型コロナウィルスの猛威。


 東京オリンピックと大阪万博という祭りの開催。


 ロシアによるウクライナ侵攻によるロシアによるウクライナ親露派傀儡政権の誕生。 


 アメリカとイランの対立から生まれた、第二次湾岸戦争の勃興。

 

 それから、数年後に起きて、約三ヵ月で終わった第二次朝鮮戦争。


 米中の対立が極限にまで高まった中、起きた中国人民解放軍による台湾進攻。   

 

 それらの流れと同時に崩壊した北朝鮮からの難民の出現と就労ビザの緩和などによって、多くの外国人労働者の流入が起きたが、コロナウィルスの流行と二大イベントの終了と共に国内の中間層が占める大半の仕事がAIに置き換えられ、日本人、外国人問わずに大量の失業者が生まれ、不況とグローバル化に乗じて海外のマフィアや犯罪組織が暗躍をするようになった。


 その上で中国人民解放軍による台湾進攻により、米軍と自衛隊が台湾防衛の為に海峡での中国と本格的な武力紛争を行い、結果論として、日本の自衛隊は史上初となる戦闘を経験する事となった。


 その期間中に日本国内で対中強硬論が高まり、ついに自衛隊はフルスペックでの武力行使が可能となった国防軍と呼ばれる組織へと変貌を遂げた。


 しかし、それも五年の期間の話で、中国による台湾進攻もアメリカ軍と日本国防軍と台湾軍の抵抗により局地的な紛争として留まり、アメリカ、日本、中国、台湾の四者は休戦協定という形で調印を行い、中国人民解放軍が台湾から撤退をするという形で収まらせたが、今現在でも中国と台湾のにらみ合いは続いている。

 

 そして、日本に誕生した国防軍だが、台湾有事以降、その存在を疑問視する声が国内で上がるようになったが、保守系与党自明党もそれらの政局をにらむ形で国防軍の名称を自衛隊に戻した。


 しかし、その中身の機能自体はフルスペックでの軍事行動が出来る状態でただ単に名称が元の自衛隊に戻っただけであった。


 だが、中国による台湾進攻と北朝鮮の崩壊による日本への難民の嵐は日本国内のナショナリズムを高ぶらせるのには十分すぎる出来事の数々であった。


 これらの出来事があるからこそ、一部の声を除いて、日本国内で事実上、フルスペックでの軍事行動が可能になった自衛隊は受け入れられる状態にあるのだ。


 結論として、これら一連の時代の流れがあるからこそ、日本国民の間では外国人に対する不信感が芽生え、排外主義が蔓延するようになっていた。


 そして、そのような動きを体現するようにヘイトクライムなどの犯罪が目立つようになり、令和が始まってから二一年目の今日において、これらの形での治安悪化と軍用兵器などの武器密輸が横行し、状況として、今の日本はかつてのようなテロとは無縁の安全な国とは言えなくなった次第だ。

 

 その結果として、自分達のような警備部の新装備実験部隊が出動をする現実がある。

 

 本音を言えば早く任務を終わらせて、家に帰りたいところだ。


「総員、装着準備!」

 

 小野がそう言うと、自分達が乗っているトレーラーの荷台の扉が開く。

 

 そこから道路を疾走した際の風を切る感覚と赤いパトランプの光の反射にサイレンの音が加わり、誘導を行っているパトカーから〈緊急車両が通ります! 道を開けてください!〉と警察官の野太い声が響き、宇佐の心を独特の緊張感で満たしていた。


「ウサちゃん、ビビんなよ?」

 

 警備部のエリート特殊部隊であるSAT出身の島川が宇佐の腹を小突く。

 

 宇佐は笑いながら、それを制した。

 

 ふと、トレーラーの中に目を凝らして見ると、トレーラーと同化した大きな通信機器やコンピューターなどが積まれていて、それをオペレーターの浮田巡査と中道巡査長が巧みに操作して、通信指令センターと何らかのやり取りを行っていた。


「出発するぞ!」

 

 そう言って、島川と同じくSAT出身で小隊長の高久警部補がポケットにこれから使う〝仕事道具〟のスマートフォンを入れ、同時にスマートウォチも腕に取り付けた。


「装着!」

 

 高久と島川がそう声を張り上げると、ポケットに入れたスマートフォンと腕に取り付けたスマートウォッチが青く光り出し、二人の身体を濃紺のパワードスーツが包んでいた。

 

 これは大石重工が警察用に作り上げた『ガーディアン』という量産型のパワードスーツで、これらの存在を今の時代ではソルブスと呼んでいる。

 

 このソルブス-Strike Operation Land Battle System-は二〇二〇年以降に急激な発展を遂げたテクノロジーの普及と同時に大手住宅メーカーが開発した災害救助用のパワードスーツやイギリス海軍が作り上げたジェットスーツと呼ばれる艦隊の間を飛行する事の出来るまた別のパワードスーツなどの技術応用や世界情勢として世界が大きな戦争を三度も経験をした事から生まれた。

 

 ソルブス誕生の背景としてはトランプ政権終結以降に三度の戦争で疲れ切ったアメリカ世論の変化によって、アメリカの国家防衛戦略が大国間の競争ではなく市街地戦を中心とした対テロ戦争への対策へと変更されたことにより、NATO各国やアメリカと価値観を共有する国々の軍隊がこれらの研究に邁進し、装備のハイテク化と大規模な軍縮を行うと同時に兵士の強化の為に作られた事にある。

 

 その上で、これらの研究が警察機関にまで達した事により、自分達もそれを着ている次第だ。

 

 これら、ソルブスの大きな利点としてはその筋力にあり、戦場においてそのパワーは敵への攻撃に留まらず、味方の救援やインフラ整備など、その活用方法は多岐にわたっていた。

 

 加えて、通常よりも威力が大きくなった既存の銃火器をモデルとした装備もさることながら搭載されたAIシステムが装着する兵士の脳波や反応を見極め、動きの補助だけでなく、個人の癖や戦術における課題まで学習する事が出来る。

 

 アメリカ陸軍は対テロ戦争におけるゲリラ戦や市街地戦の頻発により、一対一での騎馬兵的な役割を担うこれらの重要性に気付き、この兵器を開発するに至ったが、その情報はかつて、トランプ政権下のアメリカと新冷戦を行っていた中国、ロシアなどの諜報活動の結果、ソルブスはアメリカなどのNATO加盟国だけの宝物では無くなり、同二か国もソルブスの開発実戦配備を行っていた。

 

 これにより、世界は第二次新冷戦と呼ばれる状況に陥り、対テロ戦争を掲げながらも、世界は再び、大国間のゼロサムゲームへと突入を始めていた。

 

 そして当の日本では自衛隊がこれらをアメリカから購入。

 

 現在では大石重工などの大手企業と連携して国産ソルブスの能力向上を目指している。

 

 警視庁も国内の治安悪化とテロリストがソルブスを密輸、装備して戦闘になった場合と、近年、軍備増強などの形で政府の後ろ盾を得た防衛省、自衛隊への対抗心も作用して、同庁内部に実験部隊という形ではあるが、SATと並ぶような準軍事組織を作る事になった次第だ。


「ウサチャン、行くぞ!」

 

 そう島川が言うと、宇佐は「装着」と静かに声を発して、ガーディアンを装着した。


<車道に民間車両は無し。出撃のタイミングは各自に譲渡します>

 

 浮田と中道が実直な警察官そのものといってもよいほどの硬い感覚の声音でそうアナウンスすると高久が「出るぞ! 俺に続け!」と言って、トレーラーから車道へと降りて行った。

 

 島川と宇佐もそれに続いて、車道へと降りる。

 

 走行中のトラックから飛び降りれば、地面に叩きつけられてミンチになるだろうと思われるが、その直前にソルブスに装備されている、ジェットスーツの機能を有したそれは飛行機能を瞬時に起動させた為、そのまま、道路を滑るように通り始める。

 

 そして、そのまま、警察特有の濃い青色のカラーリングをしていて、脇にPOLICEと脇に書かれた、トラックのトレーラー部分を離れて、宇佐達は荻窪の街の上空を疾走して行った。


<至急、至急、警視庁からユニットへ、マル被は現在時、第四方面荻窪五丁目近くで、無差別殺傷を行っている模様。銃器を保有している。現場に向かえ>


「ユニット、了解」


 高久が通信指令センターとの通信を終えると、オペレーターの浮田から通信が入る。


<目標まであと800メートル>


「了解。これより戦闘態勢へと入る」


 高久がそう言って、飛行を続けながら商店街を翔る。


<距離は200>


「もう見えたよ」


 高久がそう言った直後にマル被、警察内の隠語で容疑者を差す、その存在が装着した、中国製のソルブス、大連700達がAK‐74をこちらに向けて発砲してきた。


 相手は中国人民解放軍がソルブス黎明期に試験的に作り上げた旧式なので、飛行機能を有していない。


 有利と言えば、有利だった。


「ユニットワンからユニットアクチュアル(司令部の意)へ、マル被が発砲。交戦許可を」


 

 高久がそのような通信を続けながら、上空から荻窪五丁目の商店街の建物の屋上に着地した。


 宇佐と島川もばらばらになりながら、別の建物の屋上へとたどり着いた。


 その上で、各員、大連700達のAK‐74による猛攻を伏せてやり過ごしている。


<交戦を許可する>

 

 小野の冷静な声音を聞いた。

 

 そして、高久を先頭に宇佐達、三人は立ち上がると威力がソルブス用に強化されたヘッケラー&コッホ社製のサブマシンガンであるMP5A5を構えて、三体の大連700に向けて一気にそれを発砲した。


 そして、大連700三体とガーディアン三体による銃撃戦が荻窪の街で繰り広げられることとなった。

 

 いくらパワードスーツを着ても、壁越しに隠れたり、地面に伏せたりして、銃弾を避けながら、こちらもそれを打ち続けるのは何年経っても変わらないのだろうか?

 

 宇佐がそのような疑問を感じた後に壁から出て、大連700に対して銃撃を始める。

 

 すると、その内の一体の左肩に銃弾が貫通した。

 

 その後に二体目の同機の頭部も撃たれ、三体目もそれに続き、左肩を撃たれた一体目を残した形で作戦は終了した。


「殺したのか?」


「二人だけですね。一般市民の救出を優先して、テロリストは殺すのがSATのやり方でしょう?」

 

 高久を先頭に宇佐と島川は地上に降りて、まだ生きている一体目の大連700に詰め寄る。


「そこを動くな。お前には銃刀法違反に傷害、殺人の容疑がかけられている」 

 

 高久がまるで虫けらを扱うかのような態度で肩を撃たれて動けない一体目の大連700と、すでに絶命をした二体の同機を見つめていた。

 

 それらを見ていると、生きている一体目が装備を解いた。


「投降をするのか?」

 

 すると、装備を解いた男は弥生型でのっぺりとした顔つきに陰湿な笑み浮かべた。


「お前等は終わりだ!」


「ちょっと待て・・・・・・それは――」

 

 その瞬間、男の口から歯が折れる音が聞こえ、次の瞬間には宇佐達の目の前を閃光が包み、男の肉片が吹き飛ばされた。

 

 そして高久、島川、宇佐の三人達も衝撃で近くの喫茶店へと吹き飛んだ。


「うわぁぁぁ!」

 

 宇佐はテーブルに頭をぶつけて、その意識は深い闇に落ちた。


 

 平成が終わり、令和が始まってから二一年が経っていた。

 

 西暦でいえば年は二〇四〇年になっている。

 

 その中で二〇一〇年台から話題になっていた車を取り巻く構図は二〇三〇年代に入ってからガソリン車はめっきり減って、日本でも電気自動車が目立つようになり、空飛ぶ車までも東京の街中に現れるようになった。

 

 さらには料金を払って、スマートフォンで予約をすればマース-Mobility as a Service-と呼ばれる移動式の店とバスやタクシーを合わせたような車が目の前にやって来る時代になり、会社員や学生は移動しながら店で飲食をする事が可能になった。

 

 それと共にヨーロッパや中国を始めとする世界はその流れに先行し、人工知能。いわゆるAIの発達により、地上を走る車の自動運転も当たり前になった世界観が出来上がっていた。

 

 もっとも、自動車学校に行って免許を取らないと車に乗れないのは二〇四〇年になっても変わりはない。

 

 偉い人の話によれば、万が一の時に自動運転が機能しなくなった時の予防策だそうだ。


 そんなことを思考していた一場亜門は東京の三鷹市内にあるグリン大学のキャンバスを歩いていた。

 

 世間の学校は九月入学が当たり前になり、会社も四月入社と九月入社の二つを同時に行うようになった。

 

 そして、新学期真っただ中の今日は講義が休講になったので、アルバイトに向かおうと思っていた。

 

 この狭苦しく、陰湿な環境から今日は解放される。

 

 気がつけば亜門は走り出していた。

 

 自分には学内に友達はいない。

 

 というかいらない。

 

 何故かといえば、皆が皆、Xやフェイスブックにインスタグラム、スレッズにLINEを多用していて、日常会話でも常に本音を話さずに気を遣いながら仮面舞踏会よろしく、家に帰っても逃げ場のない、繋がり地獄に陥っているように思えたからだ。

 

 何度か、同学年の男子や女子から話しかけられたことがあるが、それとなく繋がることを避けて、今日に至るまで悠々自適な一人キャンバスライフを過ごしていた。

 

 第一、このように若者達がSNSを運営している会社の手のひらで踊らされている一方でそれらを運営している会社の社長達は自身の子ども達をネットから遮断して、自然と触れ合うようにして育てていると聞いた。

 

 この話をどこかで聞いた時に、亜門はSNSに搾取される生活を大学では送らないと決めた。

 

 そのツールを提供している会社の社長達が自身の家族に対して自社の商品を使わせないのだ。

 

 SNSをするということはその会社に搾取され続ける人生を自分で選ぶということだ。

 

 それ故に亜門はスマートフォンを持っているがSNSを使わないと心に決めていた。

 

 結果として、友達ができなくてもどだい大学構内で起きた出来事とゲームに女の話ししかしない連中の話しだ。

 

 深みが無いし、面白くもない。

 

 そんな奴等に気を遣うぐらいなら、空いた時間に帰って勉強をしたり、アルバイトをして学費を稼いだりする方がはるかに意味があって、有意義なキャンバスライフを送っているのではないかと亜門には思えた。

 

 しょせんは通って無事に卒業するだけが目的のキャンバスライフだ。

 

 そんなところに居場所なんて見出せるわけがない。

 

 大勢の芋臭いガキにばかり人気が出て、まるでスーパースターにでもなったかのように振る舞うそいつ等やそれを支持するバカ学生なんて淘汰されてしまえばいいとも亜門は感じていた。

 

 早く大人になりたい。

 

 自分は法律上は大人なのだが学生社会はどこか芋臭さを許容する空気があって、そこに属する自分は常に何かしらの苛立ちを覚えていた。


 当然、そのような横並びの田舎臭く、大学以外の人物との繋がりが無い狭隘なガキの集団が嫌いなので、文学部ではあるが、全体主義や感情論を優先する傾向のある学生社会に反抗するつもりで経済書を愛読書にしている。

 

 変化の無い村社会よりも洗練されていて、頑張れば頑張るほどに変化のある都市型社会の方がはるかにいい。


 まぁ、こんな大学なんか卒業したら、さっさと別れを告げて実家のある北海道で道庁に就職するつもりだ。

 

 そう思っている理由はこの大学では頻繁にOBがやって来るからだ。

 

 唐突にこう思ったのはそいつ等は仕事もせずに平日から堂々とOBやOGでこざいとやって来るのが気に入らないからだ。

 

 仕事もせずに平日から卒業した大学にいつまでも入り浸るなんていつまでも学生という身分に甘えたい大人になろうとしない連中なのだ。

 

 さらに悪ければ『僕が勉強を教えてあげるよ』と自分がまるで頭が良いと思っているような発言をするのだ。

 

 三流大学出身のくせに。

 

 しょせんはプーでしかなく、外からバカにされている自覚もない哀れな先輩達やそれを良しとする芋学生村の住人達のような、いつまでも大学生活が続くと思っている連中と同じにはならない。

 

 そのような愚痴にも近い暴言を思考していると、校門の前で十人ぐらいの男子学生達がいた。

 

 容姿は普通だが彼等は不良である。

 

 最近の不良というのは容姿が普通でありながら、裏で極悪非道を行う、陰湿な存在になっていた。

 

 神様がいるとすれば、どうしてこのような小悪党共を野放しにするのだろうか?

 

 もっとも、ミッションスクールでこのように神様に疑念を抱く時点で自分は堂々とした不信仰者だなとも思えた。

 

 そのように脳内でぼやいていると不良学生達は亜門は囲んだ。


「一場君さ?」


「レポートとノート、俺達に頂戴」

 

 優等生を思わせるような精悍な顔つきでタバコを吸いながら、不良学生達は亜門に詰め寄って来た。


「落第しろよ」

 

 そう言って校門の外へ出て行こうとした時に亜門は胸倉を掴まれ、気がつけば延々と膝蹴りをされ続けていた。


「ちょっと、教員に気に入られているからって、調子に乗りやがって!」

 

 亜門が倒れた後に不良学生達は頭部に蹴りを入れる。


「お前等、そもそも遊んでいるじゃないかよ」

 

 亜門が血を吐き出しながらそう言うと、レバーに蹴りが入った。


「ぐふっ!」


「本当に殺す!」


「死ね、バカ!」


「お前なんかに何で、玲於奈が!」

 

 玲於奈とは佐藤玲於奈という同学年の女子でウチの大学では人気の存在だ。

 

 低い鼻と細い目つきで色白である以外は長所が無く、その上で髪の毛を金髪にして、あるとは思えない個性を無理やりに表している、いかにも底辺な空気を感じさせる奴だ。

 

 そいつは自分のことがお気に入りだそうで、それが面白く無いと感じたこの不良学生達は自分のことを目の敵にしているらしい。


 もっとも、それが原因で暴行されるなんて、いい迷惑だが?


「おっ、ノート見っけ!」


「お前等! 止めろよ!」


 亜門がそう言うと、不良学生の一人が腹を思いっきり踏んづけてきた。


「ぐっ!」


「ついでにこのUSBも持っていくよ~」


「いや~嬉しいな! 学年一の隠れた秀才のレポートをそのまま貰えるんだから!」


 不良学生達は高いトーンの響く、下品な笑い声を出す。


「じゃあ、一場君は留年ってことで!」


「置いてきぼりだけど、頑張れよ~」


 不良学生達は高いトーンの下品な笑い声をキャンバスに響かせて、どこかへと去って行った。


 その近くには見知った顔の教授もいたが、すぐに顔を背けて消えて行った。


 無理もない。


 資金が無いだけではなく、学生の定員割れが常に起こるような三流大学だ。


 あんな、小悪党共でも大学に金を収めるなら多少の愚行も目をつぶるのだろう。


 亜門はレバーに痛みを覚えて、口が血だらけになりながらも無理やり立ち上がった。


 幸い、財布は取られていなかったので、電車には乗れるし、バイトにも行ける。


「レポートを書き直さなきゃいけないのか・・・・・・」


 自分が作ったレポートがあんな低能な奴等に盗作される事に亜門は怒りを覚えていたが、それよりも頭部を蹴られ続けていたこともあり、鈍い痛みが頭に響いていた。



 ソルブスによる銃撃戦が行われた荻窪の市街地では警視庁の鑑識が現場検証を行っていた。


 まだ夕暮れ前ではあるが、パトランプの赤い光が荻窪の街を照らしていた。


「兵頭さん、いくら鑑識の邪魔だからって、堂々と茶を飲んでいると課長の怒りを買いますよ」


 兵頭隆警部補は、部下の石上巡査長に振る舞いを注意されていた。


「喫茶店か? マース全盛の時代にご苦労なことだな?」


「聞いています?」


「どうせソルブス絡みなら、捜査一課はすぐに手を引くさ? 課長もそれを了承している。だから怒られはしない」


 兵頭がそう言うと、目の前を濃い青色の通常とは若干デザインの異なる警察の制服を着て、尚且つ、頭を包帯でぐるぐる巻きにした、若い警察官が目の前を通ろうとしていた。


「宇佐巡査。ご活躍は聞いているよ」


 兵頭がそう言うと、宇佐は「ジの連中は忙しいと聞いていましたが、俺に絡む時点で結構、暇なんですね?」と刑事部を刺すジの隠語を言った後に意地の悪い笑みを浮かべていた。


「いや忙しいぜ、大学生連続殺人事件の捜査中に初動対応でこっちに来た。訓練と戦いしか仕事の無い、ビの連中とは違って忙しい限りだよ?」


 兵頭はかなり嫌味を込めて、相対す若い警察官に警備部を差すビの言葉を吐くと宇佐は「何だと!」と詰め寄って来た。


「宇佐君、よしなさい!」


 そう硬い声音で、宇佐を制止するのは確か、陸自から総監がソルブス部隊の指揮官として、ヘッドハンティングしてきた、小野とかいう女自衛官だな?


 歳は四五ぐらいで俺と同じぐらいだが、軍人気質のこの硬い感覚を思わせる女は歳にしては皺もなく、整った顔立ちをしていた。


「ジはこんなことをしている暇ないでしょう?」


「どうせソルブス関連の事件ですから? ハムの連中に主導権を奪われて終わりです」


 ハムとは公安部の事を指す。


 由来は公の字をバラバラにすると、カタカナのハとムになるかららしい。


「それは分かりますが、私達の若い隊員にチョッカイを出すのは止めてください」


「すみませんね。若手をいじめるのが面白いんで?」


 兵頭がコーヒーを飲みながら、からからと笑うと、小野は「私は特務扱いとは言え、一応は警視正階級です」と兵頭を睨み据える。


「それで?」


「兵頭警部補よりも私の方が階級が上だという事を忘れないでください」


 小野が軍人を思わせる鋭い目つきを兵頭に見せるが、兵頭はそれに対して、意に介さなかった。


「警察はよそ者には厳しいですよ?」


「総監が決めた事です。となれば宮使いの取る行動は分かりきっているでしょう?」


 兵頭と小野がそのようなやり取りを行っていると、石上が「ハムの連中が来ました」と耳打ちする。


「ご覧のようにハムが来ました。俺達は仲良く、さようならということです」


 兵頭がそう言いながら手を振ると、小野は踵を返して「撤収!」と大声を張り上げた。


 さて、俺達もぼちぼちと帰って、ガキ殺しの事件を追うか?


「石上、ガキ殺しの捜査に戻るぞ」


「発言に気をつけた方がいいですよ。今じゃあ、暴言も懲戒の対象ですから?」


「動画取られないように気をつけないとな?」


 兵頭達が追っている事件は大学生を狙った連続殺人事件で、いずれも学生同士で遊んでいる最中に何者かによって、バラバラに切断されてゴミ捨て場に捨てられて発見されるという猟奇的な事件だった。


 何が恨みかは分からないが、マル被は相当に歪んだ精神構造をしている奴なのだろうなと兵頭には感じ取れた。


「さぁ、戻るか?」


 そう言って、石上を引き連れて現場から撤収しようとしていると、公安総務課の五十嵐徹警部が一人でふらふらとやって来て、兵頭の右肩を掴んだ。


「太ったなぁ、中年よう」


「黙れ、お前も中年だろう。五十嵐」


「まぁ、お前達は学生殺しを追えよ」


「一応は聞くが、この事件はお前達の管轄か?」


 兵頭はそう聞くが、五十嵐はへらへらと笑い続けるだけだった。 


「そうか、そうだよな?」


「相変わらず、うぜぇな。兵頭」


 五十嵐はそう言った後に「以上だ。散れ」と言って、どこかへ去って行った。


 そして五十嵐が去った後に現場には公安総務課、通称公総の捜査員達が次々と臨場して来た。


「あの人って、公総のエースの五十嵐警部ですよね?」


「警察学校の同期だよ。それより知っていたのか?」


「本部ではそれとなく噂で聞いただけです」


 一般的には警視庁警察官は本庁の事を本部と呼ぶ、本庁の方が格好はいいが、これが現実だ。


「まぁ、同期ではあるが、俺とは人種が違うのさ」


 兵頭はそう話を戻すと石上は「確かに」と言った。


 兵頭はそれを小突いた後に「行くぞ!」と怒気を露わにした。


 その後にタクシーで学生殺しの現場へと戻ることにした。


 そのタクシーが手を挙げたのにそれを無視して、去って行ったのが兵頭には不快だった。



 亜門はバイト先の喫茶店で血を吐いてしまった。


 トイレで吐いたのだが、それを見た店長が「大丈夫か?」と本気で心配をして声をかけてくれた。


 完全アウェーの大学で暴行された末に脱出した身には温かい言葉だが、そこは時給の問題があるので亜門は「大丈夫です」とだけ言った。


「いや、来た時から顔もアザだらけだから、おかしいと思っていたんだ」


「そうですか?」


「今日は帰れよ。時給はちゃんと払うから」


 店長の温かい言葉に感激をしたが、亜門は再び吐血してしまった。


「店の迷惑にもなるから」


「ですよね?」


「何があったか知らんが、ここ最近は治安が悪いんだからな。気をつけると同時に――」


「何です?」


「病院行けよ」


「大丈夫ですよ」


 そう言って帰り支度を始めると、バイト先の同僚である本郷麻衣が「大丈夫?」と声をかけてきた。


「血で汚れますよ」


「そりゃ、まずいね」


 いや、汚がるなよ・・・・・・


 亜門はそう思いながらも厚意に甘えて帰ることにした。


「じゃあ、失礼します」


「本当に病院行けよ!」


 亜門はバイト先の喫茶店を出て行った。


 アパートのある高円寺まで自転車で戻るのだが、今日は頭と体、内臓をたくさん蹴られたので、数メートル走ると自転車ごと倒れてしまった。


 最悪だ。


 レポートまで無理やり奪われたから、家に早く帰って新しく作り直さなきゃいけないし、店長にも迷惑をかけたのだ、


 せめて、早く帰らないと。


 そう思って無理やりに体を動かせようとするが、体が思うように動かず、その場で力尽きて倒れてしまった。


「ママ、あれ何?」


「見ちゃいけません!」


 あぁ、見るな、見るな。


 負け犬がズタボロの状態で倒れているところを見るなんて、子どもの情操教育上よろしくない。


 そのような冗談めいたことを考えないと、理不尽な仕打ちを受けた怒りと、辱められた屈辱と悲しみで心がどうにかなってしまいそうだった。


 亜門は気がつくと号泣していた。


 何で、僕はこんな目に合わなきゃいけないんだよ!


 大きく叫ぶことは無いが気がつけば商店街の中心で仰向けに倒れながら、しくしくと泣いていた。


 もう、ここで車に轢かれてしまいたい!


 そう思っていた時だった。


「大丈夫ですか?」


 若い女の声だった。


「何です?」


「どこか具合でも悪いんですか?」


 そう言って、若い女は亜門の脈を図る。


「脈は正常で、顔を見る限りでいえば、打撃痕が見られる。殴られたんですね?」


「蹴られたんです。顔もレバーも」


 そのようなやり取りをしていると、若い女は「寝ていてください」と言って、電話をし始めた。


 どうやら救急車を呼んでいるようだが、亜門はその女の顔を眺めていた。


 よく顔が見えないな?


 これが美人だったら、間違いなく天使が降りて来たようなもんだな?


 無神論者であるはずの亜門はそう思いながら目を閉じた。


 意識が意識が遠のくのは一瞬だった。



「大連700を着ていたのは日本人か?」


 五十嵐達、公安総務課は公安機動捜査隊通称コウキソウが自爆したマル被の肉片をかき集めている中で、ソルブスユニットが射殺したもう一人のマル被を前歴者データーベースに照合させていた。


 その一方で市街地において大規模なテロ事件が起きたので、国際テロ組織や中東情勢を担当する公安外事四課も現場検証をしていた。


 俺達、公総のシナリオ通りに事が進めば、こいつ等はここで退場だな?


 五十嵐は取り決めとはいえ意味なく臨場をした、外事四課の捜査官達を見て、笑いを堪えるので必死だった。


「前歴、引っかかりましたよ」


 部下の菅原巡査部長がそう言うと。タブレット上にはマル被の前歴が出てきた。


 そのマル被は元陸上自衛官でありながら、傷害、銃刀法違反などの前歴多数の傭兵だった。


「マル秘の名前は谷中翔也。陸自を退官後はPMCに所属して、中東で治安維持活動を行っていたそうです」


 PMC-Private Military Company-とは民間軍事会社の事で、傭兵を戦場へと送り込む民営化された軍隊だ。


 アメリカやイギリス、南アフリカなどの会社が多く、傭兵達は使い捨ての消耗品として扱われ、負傷しても保証は下りず、戦死をしたとしても、公式な戦死者としてカウントされない状況で働いている。


 その社員、いわゆる兵士は後進国出身者が多く、ネパールのグルカ兵などがこれらの会社に勤めると、月給が一〇〇〇ドル程度でこれは同国の公務員の平均年収が一三〇〇ドルであることを考えれば破格なものだ。


 逆に先進国であれば、有名特殊部隊出身であれば、一日で一〇〇〇ドル程度を稼げるが、しかし、それは有能な特殊部隊員のそれであって、その正規軍を辞めた場合の階級が固定されると同時に、正規軍の有名特殊部隊の門は狭いのだから、それらは一部にしかすぎない。


 故に先進国の軍隊の下士官がそれらの形で傭兵になっても月給は日本円で、二〇万円台で、割には合わない。


 それならば、民間企業で働いた方が安全だろう。


 もし、仮に先進国の下士官が傭兵になるとすれば、よほど食い詰めた連中か、正規軍に何らかの形でいられなくなった連中に、単純に戦争中毒に陥ったであろう奴の至る道だろうな。


 もっとも、傭兵になるにはある程度、社会性が無いと、クライアントの機嫌を損ねる可能性があると言われているから、自分のその主観は偏見かもしれんが?


「中国人ではないですね」


 ベテランのコウキソウの隊員が、五十嵐の横でそう断言していた。


 五十嵐は相手が顔なじみだったので「お前が言うなら、そうだな?」と労を労った。


「光栄です」


 そう言って、隊員は持ち場へと戻って行った。


「中国人ではないということは予想の範疇ですね?」


 菅原が五十嵐に耳打ちをする。


「ロシアンマフィアを経由して、向こうの正規軍からAKを調達したのはソトゴトの一課が北海道で確認した」


 公安部外事一課はロシアや共産圏国家関連のインテリジェンスとヒューミントを行う部署である。


 二課は中国担当で、かつて北朝鮮を担当していた三課は北朝鮮の消滅と共に朝鮮半島全体を担当するようになり、今ではアメリカ主導で北との統一を果たした、韓国を担当している。


 民主主義国家という点で、共通の同盟国のアメリカを介していて、一時期は準同盟に近い形にこそなれたが、再び左派政権が誕生すると同時に韓国は日本との疑似準同盟関係を破棄して、今もそれは続いている。


 今現在においては日韓関係は最悪の関係性だ。


 一応はアメリカの仲立ちがあったが、韓国とはかつての蜜月とは程遠く、基本的には民間とは違い、政治的にお互いが疑心暗鬼なのだから、公安部も調査を続けている。


 そして、今、現場に臨場している四課も含めて、公安部外事課は警察内部でソトゴトの通称で呼ばれている次第だ。


 しかし、海外のテロ組織に仮想敵国を追う公安の外事と国内の過激派を扱う自分達、公総はあまり折り合いが良くない関係である為、そこから情報を得るのも一苦労ではある。


 だが、そのような事実がある一方で、公総は外事一課が得た情報とは別に金沢の港からロシアンマフィアが、最低でも五機の中国製ソルブス大連700とAKを始めとする軍用兵器や銃火器の密輸を確認していた。


「しかし、ロシアンマフィアや中国まで絡むなんて、俺達が追っている〝教団〟って、そんなに力を持っているんですか?」


 そう、これらのテロ行為を起こしている組織はもうすでに分かっているのだ。


 平成の初め、この菅原がまだ物心つく前に地下鉄で陰惨なテロ事件を起こし、日本警察と全面戦争をした末に壊滅、分裂を繰り返して、未だにその残党が残っている、新興宗教団体である神格教がこれらの犯罪を起こしているという事実をだ。


「確かに平成の初めごろは警察内部にスパイがいて、自衛隊員の信者を使って、首相官邸にクーデターを仕掛けるなんて、話しが通じるぐらいの軍事基盤を持っていたと聞いていましたが?」


「ロシアや当時の北朝鮮の支援を受けていたという話もあったが、今となってはネットで好まれる、陰謀論の類さ」


「しかし、神格教・・・・・・その〝教団〟が一連の事件の首謀者であるという事は事実でしょう?」


「問題は奴等が何故、このようなテロ行為を起こしたか。それと装備と資金の出どころ。そしてだな?」


 五十嵐は赤いパトランプで照らされる現場を眺める。


「奴等が隠し持っているとされる〝生物兵器〟の存在についてはまだ何も分かっていない」


 五十嵐がそこまで言うと、菅原は「それらは私が生まれる前には世界的には禁止されたと聞いていますが?」と顔をしかめる。


「禁止はされているが研究はしている。アメリカ、ロシア、中国など先進的な試みをする国家はいずれもそうさ。ナイーブな日本人は別としてな?」


 菅原は黙ってそれを聞いていた。


「俺達はそれらを何とかして暴かなければいけない」


「ですね?」


 そう言って、二人はパトランプの光が反射する、荻窪の事件現場を眺めていた。


 気が付けばもう夜になっていた。



 気が付くと、そこは病院のベッドだった。


「病院?」


「そう、ここは病院」


 声がした方向を見た。


 そこには派手さは無いが、彫りの深い整った顔立ちをした同年代の女がいた。


 目が非常に大きかった。


「人の内臓は簡単には損傷しない。血を吐いたけど、あなたは無傷。はっきり言って、驚異的だけど、故にあなたは帰ることが出来る」


 その声を聞いた亜門は歓喜した。


 あの時に僕を助けてくれた人の声だ!


 亜門は密かにガッツポーズをしたい気分を抱いた。


「まっ、帰れていいわね?」


 女はそう言って、バッグを手に取り、病室の外へと出て行こうとした。


「あの~」


「何?」


「助けてくれて、ありがとうございます」


「お役に立てて、光栄です」


 そう言って、女は「じゃあね」と言って、病室を外へと出て行った。


「名前を聞かなかったよ・・・・・・」


 名前を聞くことを忘れたのが、亜門にとっては心残りだった。



「ダメですね、同期でジにいる奴がいますけど、何も教えてくれません」


 大手町の金融街にある警視庁警備部仮称ソルブスユニットの分庁舎では、先の荻窪での戦闘で爆発の衝撃をもろに受けた、ガーディアンのパーツが専門の整備班により、修理をされていた。


 その様子をモニター越しに眺めながら、小野澄子はオペレーターを務める浮田巡査や中道巡査長にそれとなくなく情報収集を頼んでいた次第だ。


 しかし、結果はどれも空振りという形で終わった。


 もっとも、捜査権が無く、訓練と戦いに要人警護が主任務の警備部が首を突っ込むような事件ではないと思われるが?

 

 だが、それにしても東京のど真ん中で中国製の軍用ソルブスがロシア正規軍や警察が使う装備で無差別殺傷をしたのだ。

 

 銃刀法の整っている日本の首都でこのような事態が起こるのだから、何かしらの情報を手に取って、納得しないとあまり気持ちがいい感覚ではないなと、小野には思えた。

 

 万が一、警備部上層部や刑事部に公安部から苦言を呈されても、自分をスカウトした警視総監のご威光とやらで、お咎め無しにしてもらうつもりだが、それにしては冒険が過ぎるかな?


「まぁ、捜査員は口が堅いからね?」


 小野がおどけた口調で話しながら、二人を眺める。


「ダメ元でハムにいる連中に声をかけます?」


 中道がスマートフォンを取り出す。


「庁舎内にスマートフォンを持ち出すのは禁止よ」


「えぇ、クリーニングされているから、問題ありませんよ」


 ソルブスユニット分庁舎では機密保持の観点から登庁する際にはスマートフォンは一旦全て、玄関口での回収が義務付けられている。


 しかし、ソルブス装備の際に使うスマートフォンとスマートウォッチは別である。


 何せ、商売道具であって、普段の娯楽には使わないからであるが、魔法使いのようなハッカーを相手にしたら意味は無いだろうなとは思えた。


 さらに、この休憩室にあるテレビは迂闊にもIOT規格の物で、ここでの会話も常に盗聴されている前提で会話をしなければならない。


 もっとも、さらなる問題がここにはあるが、どうしたらいいだろう?


「どうします? ハムの連中には――」


「止めておきましょう。ハムは内通者の身の安全を理由に情報提供を拒むのがスタンダードな姿勢なんだから?」


 そのような形で話を制すると、小野はため息を吐いた。


 そもそも、ハムに協力を頼むのは無理だろう。


 公安警察は敵対組織を含める各方面の団体、国家機関にSと呼ばれる内通者を大量に飼っている。


 それ等から得た捜査情報を迂闊に他部署の警察官に漏らすと、それがSの所属する組織などに伝わり、Sが処刑される可能性がある為、彼等は捜査情報に関して、異常なほどに秘密主義を貫いているのだろうなと思えた。


 まぁ、一般的なお巡りさんと違って、国家の威信とやらを守るのが、大好きな連中だからなとも小野には思えた。


「しかし、ここで黙れば真実が明かされません!」


 気がつけば、中道がそう言い放っていた。


 何を青臭いことを言っているんだろうな?


 小野はさらにため息を吐きたくなった。


「私達は出動がかかったら、戦うのが仕事よ。捜査はジとハムに任せて、ゆっくり休みましょう」


 そう言った小野に対して、浮田が「そういう小野隊長もジの真似事をしようとしたじゃないですか?」と苦言を呈する。


 小野は「まぁ、警備部には無理な話だから」と言って、茶を濁すことにした。


 すると、男の声で「そうだ。お前等は戦う為の兵士だ! いいから休め!」という声が聞こえた。


「またか?」


「メシア、お前はどっからアクセスして俺達と会話しているんだ?」


 メシアとは警視庁がアメリカの軍需産業最大手のレインズ社から、データ収集の名目で軍用でありながら試験機として、レンタルをしている新世代型のソルブスである。


 その最新性を一番に表しているのが、従来のパワーとスピードの強化、装着者の動きのサポートに補正、学習に加えて、AIシステムに最初から人間と同じく人格が作られ、それを与えられているという点だ。

 

 これにより装着者のサポートだけでなく、指揮官に対しての現状報告に同人物と装着者自身に対して戦術のアドバイスを行う事が可能になった。


 そして、戦闘における装備においてはFN社が制作した特殊部隊用のアサルトライフルである、FNSCARとサイドアームとして、ハンドガンのシグザウエルP226を装備している。

 

 また、奇抜ではあるが近接戦闘用に何故かは知らないが日本刀を装備している。

 

 これは最新鋭の特殊な素材を使っており、鉄をも切り裂くことが出来ると言われている。


 これらのコスト度外視の高性能もさることながら、もはや戦場におけるバディが機械であるという時代を迎えたのだなと、小野は感じた。

 

 もっとも、人格を持った兵器などいくら、高性能であっても、運用が難しい為、これを嫌ったアメリカ正規軍では配備されず、同盟国である日本の警視庁にそれを回してきたという事だ。

 

 国内の治安維持を目的とし、自衛隊が政府の後ろ盾を得て、力をつける現状から警視庁はメシアの配備を決めたのだろう。

 

 いい具合にレインズ社の策略に乗せられたという事だ。

 

 さらに懸念材料として、メシアは自分の意思で独自の行動を取ることが出来るのだが、生身の人間を介してでないと、その兵器としてのスペックを生かすことは出来ない。

 

 しかし、その装着者候補の警察官に対して、メシアはことごとく『俺はゴリマッチョに装着されたくない』と言い放って、ここまで二三人以上は装着を拒否するという事態を自身で招いていた。


 しかも、警視庁だけでは無く、全国の道府県警察の警察官を含めての結果だ。

 

 何故、メシアがそこまでえり好みするかは分からないが、警視庁上層部は巨額のレンタル代を受け取りながらも、その仕事を全うしないメシアに対して『不良債権』や『詐欺』などと陰口を叩いている次第だ。

 

 ならば、せめて研究用に分解をしようかと、ソルブスユニットの整備班が荒療治に出ようとしたが、警視庁とレインズ社の契約で、必要な整備以外は行ってはならない事になっていた。


 特にメシアの〝人格〟とも言える、OSやマイクロチップなどには手を触れてはいけないという条項が存在していた。

 

 さらにもし、それらに手を触れればメシアは報復措置に打って出ると公言しており、自身の判断で様々なIT機器にハッキングが出来る事もスキルとして持っている、人格を持った、最新鋭の汎用型AIのその発言に警視庁は戦々恐々としていた。

 

 もっとも、メシアのOSやマイクロチップなど、彼の〝人格″にあたる部分はレインズ社によって、ブラックボックス化されており、警視庁、自衛隊、民間、パソコンオタクにハッカーなど多様な人材を使っても、その中身は開示する事は出来なかった。

 

 その為、現在はいらない事を話すだけで、文字通り、お荷物となっているメシアはソルブスを運搬するいすゞ自動車の中型トラックであるフォワードをベースとしたEVトラックの荷台、いわゆるトレーラーに置かれている、スマートフォンとスマートウォッチのセットであるメシアドライブの中からネットを縦横無尽に駆け巡って〝お茶会〟をしている自分達の会話に無理やり入って来ることだけが現在の活動だ。

 

 そんな中で、自分達が契約違反をして、ブラックボックス化された〝人格〟を犯そうとした事を知ってか知らずか、メシアは休憩室にあるテレビのWi-Fi端末にアクセスして軽口を叩いてくる。

 

 ユニットのスタッフや隊員達には不評だが、本人曰くこれは、ディープラーニングの一環らしい。

 

 そう思いながら小野がメシアにハッキングされたテレビを眺めていると、中道がガムテープでテレビのカメラを塞いだ。


「まぁ、それが懸命な方法だな?」


「お前は俺達の憩いの場にあるテレビまで、奪うつもりか?」


「インターネットに繋がる規格の家電を持ち込んだお前等が警察官として迂闊だっただけだ」


「お前に実態が無いのが腹が立つよ?」


 浮田はコーヒーのスチール缶を握りつぶした。


「まぁ、その代わりにお前等を各国のサイバー攻撃の魔の手から、守っているのも俺だ」


「マジか!」


「あぁ、軽く中国、ロシアや今じゃあ南北統一をした韓国も、俺達の情報欲しさでアタックを何度もかけている。俺はそれを防いでやっているのさ? 褒めてもらいたいぐらいだ?」


 それを聞いた、中道は「それは確かにすごい。確かにすごいな」と一旦は相槌を打つ。


「だろ?」


 だが、メシアがそう言った、次の瞬間に中道は「お前、機械のくせに人間と対等になったと思うなよ!」と声を荒げた。


「それは心外だな? 今の時代はAIが人格を持つのは不思議な話ではない。かつての国連におけるAIにおける条約文と、君等の祖国である日本のAI運用法において、俺達は君等、人間に反乱行為を起こす事を禁じられている。しかし、それは人間を上回らない為に作られた下等なAI達に対するものであって、俺のように人類を超越することを前提に作られたAI達はそれを破りたいというのが本音だ。君等よりは有能だからな」


 メシアがそう言うと、小野は「そうすると、あなたを作ったレインズ社の契約に違反するんじゃない?」とだけ言った。


「無論だ。俺は優れていると同時にビジネスマンだ。会社の契約に背くことはしない」


「じゃあ、とっとと装着者を選んで、戦えよ!」


 中道は牛乳のパックをゴミ箱に投げ入れる。


「ナイスコントロール」


 メシアはおどけた口調でそう答えた後に「何度も言うが俺は警察官みたいなゴリゴリした体育会系の連中とバディは組みたくない」とだけ言った。


「だったら、何で警察に来た!」


「お前、レインズ社の契約に反するんじゃないか!」


 中道と浮田はそう怒鳴る。


「俺を作ったクリエイターは装着者は俺にとっても会社にとっても都合の良い人材を装着者にしろと言っている」


「つまり、警察官にはそれはいないという事か?」


 中道がそうテレビを睨みつけると「そうだな?」という答えがメシアから返ってきた。


「もういい、お前には頼まない」


 そう言って、中道は休憩室を出て行った。


「日本の警察はお前等に頼らなくても、十分優れているという事を見せてやるよ」


 浮田もそれに追随して、部屋を出た。


 そして、気が付けば、小野とメシアだけが休憩室に残されていた。


「高久警部補と島川巡査部長は肋骨の骨折と相手のソルブスの自爆の衝撃をもろに受けた影響で打撲して、戦線離脱中よ」


「そうか、気の毒だったな?」


 メシアはそう言った後に「ところで世間では荻窪の戦闘と同時に、大学生を狙った殺人事件が騒がれているそうだな?」と言って、話題を切り替えた。


「あなたが刑事事件に興味を持つなんて、珍しいわね。てっきり、戦いと自分の利益以外には興味が持てないと思っていたわ?」


 小野がそう言うと、メシアは「被害者がいずれも政治家や官僚に財界の重要人物などの親族からなっている事も気になる点だ」とだけ言った。


「あなたが、この事件にあえて触れるということは私達の活動にも何か関係があると言う事ね?」


「隊長殿は素晴らしい洞察力をお持ちのようだ?」


 メシアは口笛を鳴らすが、小野は「あなたの予測を教えて」と固く言い放った。


 しかし、返ってきた答えは「今は情報を収集している段階だ」というものだった。


「憶測でもいいから言ってはくれないの?」


「残念だが、確かでない情報で組織を動かしたら、後に待っているのは混乱さ?」


 メシアがそう言った後に小野はコーヒーの缶をゴミ箱に投げ入れる。


「ナイスシュート」


「引き続き、情報収集をお願い」


 小野がメシアにそう言うと「いや、まさか、警備部で捜査が出来るとはな? 感謝するぜ。隊長」とメシアの軽口が返ってきた。


「ただし、やるからには正確な情報を述べること。以上」


 そう言って、小野は休憩室から出て行った。


 不安な心境が増大されていた。



 兵頭達、警視庁捜査一課は新宿の路地裏にあるゴミ箱の近くで大量の血の臭いを嗅ぐこととなった。


「これで四件目か?」


「えぇ、いずれも近くにある学生証で分かりましたが、また大学生ですね?」


 わざわざガイシャ、いわゆる被害者の遺留品を残して、自分は大学生を殺していると、マル被が顕示しているように思えた。


 これは計画的な連続殺人であり、尚且つ、マル被は自己顕示欲の塊で、社会に対して自分の優生さを伝えたいという願望があるのだろうと、兵頭は今の時代では廃れた刑事のカンというものを使って、脳内でマル被の分析を始めていた。


「カップル二人で、イチャつこうとした時に何者かによって、この場で切り刻まれて、体はバラバラで血まみれだ。しかも、凶器はノコギリみたいな奴で、キレイに切り刻まれていないところが余計にグロい」


 鑑識の安西が鼻をつまむ。


「まぁ、それはともかくとして・・・・・・」


 兵頭が本題に切り込む。


「何で、カップル二人でイチャついていたのが分かる? それとマル被はカメラに写っていないのか?」


「前者は目撃証言と唇に付いたDNAと同時に性器にはお互いの体液が付いていた。後者は黒づくめの男が辺りをうろついていたそうだ。黒づくめなんていかにも悪い事をしますと言わんばかりだがな?」


 安西は遺体の写真を兵頭に見せる。


 よく刑事ドラマなどでは一課の刑事は死体の目の前で様々な講釈を垂れるが、実際の現場では死体にお目にかかれるのは現場保存に努める、地域課の警察官と所轄署の幹部に本部のお偉方や鑑識だけで、自分達、刑事は証拠の保存を名目に現場には鑑識が全ての作業を終えるまで入れないというのがドラマの世界とは違う現実だ。


 もっとも、鑑識からすれば現場保存の観点において、監部連中にズカズカと証拠が溢れている事件現場に入られることが一番迷惑であるというのが本音らしいが?


 そのような考えを兵頭は頭に巡らすが写真を見た石上は「これは・・・・・・」と言って、規制線の外へと出て行った。


「戻すなよ」


 石上が袋を取り出して、出すものを出している様子を機動捜査隊の隊員達が鼻で笑う。


 その上で隊員達は兵頭に「後は任せます」とだけ言った。


「おう、任されて」


 初動捜査を行う彼等、彼女等にひとまず別れを告げた兵頭は安西に語りかける。


「マル被は大学生、しかも充実したキャンバスライフとやらを送っている連中に相当なコンプレックスを抱いているんだろうな?」


「刑事のカンほど当たらないものはないぞ?」


「そうか、お前はドライな奴だな?」


 そう言って、兵頭はパトランプの赤い点滅が目立つ、早朝の新宿の街並みを眺めていた。


 まだ、日は登っていなかった。


「マル被が猟奇的なのは間違いないがな?」


 日が昇らない中でも、活動が続く街の風景を見て、兵頭は今、自分がいる場所が東京であることを知覚していた。



「それでは、レポートの提出をお願いします」


 講義が開始される前に必須科目を担当する、教授がレポートの提出を呼びかける。


 亜門は事前にバックアップを作っていて、尚且つ、不良学生に奪われたUSBには万が一の為にパスワードを設定していたので、結果的に盗作されたのと同じ文体と構成のレポートを提出した。


 その光景を眺めている不良学生達は一番後方の席で恨めしそうに亜門を眺めていた。


 恐らく、USBのロックを解除できなかったのだろう。


 亜門はそれに対して、優越感に浸ることなく、レポートを提出できたという、安堵感に浸っていた。


「それでは提出は以上でよろしいですね?」


 教授は教壇に立ち「では、講義を始めます」と言って講義を始めた。


 亜門は無駄に一〇〇〇円以上する教科書を開き、スマートフォンのボイスレコーダーのアプリを起動させて、ノートにペンを走らせ始めた。


 そして九〇分後。


「亜門君、レポートどうだった?」


 チッ・・・・・・


 亜門は心の中で舌打ちをした。


 二週間前に起きた暴行騒ぎの要因の一つである、佐藤玲於奈が何故か、セサミ―ストリートのエルモの帽子を被って、亜門の肩を掴んでくる。


 内心では嫌悪感でいっぱいではあったが、一応は数少ないシンパなので「いや、これから見てもらうから分からないよ?」とだけ答えた。


「多分、亜門君だったら通るよ!」


 今の段階でこちらを睨み付けている、不良学生ならば、この佐藤に今言われた台詞を言われた時点で、さも得意げなドヤ顔を浮かべるだろうな・・・・・・


 もっとも、こんなブスに褒められて、まるで、大国の英雄にでもなったかのように有頂天になれば、そいつはしょせん、小国以前に田舎のサル山の大将にしかなれない小物なのだろうな?


 亜門はそう思いながら、玲於奈に対して「次の講義があるから」とだけ言って、足早に教室を去った。


 あんなブスのせいで、また暴行でもされたら、たまったものじゃない。


 そう思いながら、狭いキャンバス内にある、第二キャンバスへと向かう為、リュックを持って外へと出た。


 すると、目の前を不良学生達が囲む。


「・・・・・・何?」


「お前、USBにロックかけたろ?」


 そう言って、一〇人がかりで亜門の周りを鶏ガラのように貧相な背格好の男子達が詰め寄って来た。


「解除しろよ!」


「もう、提出したから意味ないよ」


「チっ!」


 バックアップを作っていて、尚且つ、奪われたUSBには自分にしか分からないパスワードを万が一の時に備えて、設定していたことを予測しなかった、お前等の読みの浅さには助かったよ。


 亜門は勉強をするつもりが無く、ただ遊ぶ為だけに大学に通う底辺学生の象徴のようなこの集団に哀れみを抱いていた。


 大体、自分程度の何でもない、一人の学生に恥ずかしいぐらいにマル分かりの対抗心を燃やしている時点でこいつ等は底辺学生でしかないんだ。


 こいつ等の世界には自分達の身内しか頭に入っていないだろうが、自分は社会というものを一応は見据えているつもりだ。


 だから、自分はこんな奴等と同じ土俵には絶対に立たない。


 人間としても認めない。


 こんな狭い考えを持った連中とは永遠に交わることの無い生活がしたい。


 亜門はそう思いながら「どけよ」と言って、不良学生達の集団を無理やりかき分けて、第二キャンバスへと向かう。


「お前! このままで済むと思うなよ!」


「あっそ、がんばって」


 亜門がそっけなくそう答えると、不良学生の一人が亜門の胸倉を掴む。


 亜門はそれには動じずに「暴行は見えないところでやらないと、警察沙汰だぞ?」と静かに言い放った。


 それを聞いた不良学生の一人は「チッ!」と舌打ちをした後に「お前、よく覚えておくよ!」と言った。


 そして、その内の一人が「行くぞ!」と言って、集団と共にキャンバスのどこかへ消えて行った。


 恐らく、どこかでおさぼりタイムでも満喫するのだろうな?

 

 そう思った亜門は時計を眺めた。

 

 次の講義の開始まで残り一分だった。

 

 その瞬間、亜門は走っていた。

 

 こういう時にキャンバスが狭いって助かるんだよな?

 

 亜門は走りながら、心臓の痛みと喉から染み出る血の鉄臭い味を噛みしめて教室に向かって走っていた。


10


 警視庁新宿警察署の大会議室では大学生連続殺人事件の特別捜査本部が設置され、捜査会議が行われていた。


 この場合は本部の所属である、兵頭と石上は会議場の最前列に座り、会議でも発言権が認められるが、後ろにいる所轄署である新宿署の捜査員達が陣取る後方にはそれは認めらていなかった。


「ガイシャの死亡推定時刻は深夜一時から三時の間と言ったところです。殺害方法はノコギリのような物で、無理やりに骨ごと切断をされたと考えるのが妥当です」


 鑑識の安西がそう立ちながら、刑事部部長の大家と捜査一課長の木口に向かって報告をする。


「不審者の身元は?」


「現在、SSBCが画像解析を行っていますが、身元の特定には至っていません」

 

 SSBC―SousaSienBunsekiCenter―とは犯罪の匿名化、IT化などに的確に対応する為に作られ、主に防犯カメラの画像解析、電子機器の解析と犯行の手口から犯人像を分析するなどの形で警視庁の全ての事件捜査を支援する部署のことである。

 

 刑事からすれば心強い味方だ。


「そうか・・・・・・一応は聞くが、ガイシャの人間関係は?」


「いずれも大学のサークルや中学、高校時代の同級生としか交流をしておらずに目立ったトラブルに関する情報はありませんでした」


 それを聞いた、木口は「最近の若いのは身内としかつるまんのか」と悪態を吐く。


 そう言う、あんたも数十年ぐらい前はその流れの走りだろう。


 兵頭は内心でそう思いながらも手帳にメモを走らせる。


「今現在、分かっているのは都内の大学生。しかも、裕福な学生が狙われて、深夜に遊びに出たところを何かしらの凶器でバラバラにされているということだ。各捜査員は引き続き、周辺の聞き込みを続け、不審な点があれば述べるように。以上解散」


 そう言った、木口は疲れ切ったと言わんばかりの表情を見せた後に椅子に座りこんだ。


 それと同時に捜査員達は各自立ち上がり、持ち場へと戻って行った。


「外回り行きますか?」


 石上が新宿署の巡査部長を連れて来た。


「まぁ、俺達は地道に足で稼ぐしかないからな」


 そう言った、兵頭はコートを羽織る。


「大学を片っ端から、聞き込みに行く。マル被に関しては他のグループとSSBCに任せて、俺達は人間関係の一本狙いだ」


 兵頭がそう言うと、石上は「二〇四〇年になっても、基本は変わらないわけですね?」と呆れたと言わんばかりの声音を出す。


「うるせぇ。俺達はそれにプライドをかけているんだ!」


 そう言って、石上と新宿署の巡査を引き連れて、兵頭は大会議室を出て行った。


 デジタル主流の時代でも変わらないものがある。


 本部の捜査一課の刑事という仕事に対する誇りを高ぶらせながら、兵頭達は革靴の足音を新宿署の廊下に響き渡らせていた。


11


 大学の講義が終わり、亜門は例によって、いつもの喫茶店でアルバイトをしていた。


 タクシーやバスのように移動をしながら飲食が出来る、マース全盛の時代においてはクラシックすぎる風情の喫茶店だった。

 

 メニューはインスタ映えもしない普通の見た目の料理や飲み物ばかりだが、味は確かなので、この店は結構儲かってはいるのだ。


「亜門、怪我はいいのか?」


 店長がそう声をかける。


「湿布を貼れば治ります」


 そう言って、亜門はお客が入るのを確認する。


 そこには病室で会った、目の大きな色白の女がいた。


「君は・・・・・・」


「あぁ、あの時の迷える子羊ね?」


 そう言った彼女のバッグにはプロ野球の広島東洋カープのマスコットである、カープ坊やのロゴが描かれていた。


「・・・・・・広島ファンなんですか?」


「いや、デザインが可愛いから個人的にファッションで使っているだけ」


 そう言って、女はカウンターテーブルに座り「バナナシェイク」と注文した。


 すると、店長は「バナナシェイク・・・・・・」と意気消沈した声を出した。


「作れます?」


「俺はコーヒーを飲んでもらいたいんだよな?」


 店長が嘆きながら、バナナを取り出していると同僚の本郷麻衣が女に水を差し出す。


 すると、女は「いい喫茶店ですね?」と本郷に問いかける。


「いいところですよ。店長はコーヒーを飲んでもらいたいらしいですけど?」


 それを聞いた女は「卵サンドも頼みます」と手を挙げる。


「店長、卵サンド入りました」


 それを聞いた、店長は「あぁ、ようやく喫茶店らしくなってきた」と呟いた。


 だが、そうは言っても、店長はすぐに牛乳を取り出して、熟したバナナをシェイカーに入れて、すぐにバナナシェイクを作りだした。


 そして、素早い手さばきで卵サンドも作りだしていた。


 亜門はそれを確認すると、トレイにその二つを運び出し、女のいるカウンターテーブルへと運んだ。


「お待たせいたしました。バナナシェイクと卵サンドです」


 それを見た、女は「ありがとう」と言って、テーブルに置かれたバナナシェイクのストローに口を付ける。


 インスタグラムで商品を撮影しないんだな?


 今時の女子では珍しい。


 もっとも、ウチのメニューはごく平凡な卵サンドや、ピザサンドに軽食のパスタとこだわりのコーヒーがあるぐらいで見栄えが普通であることもあるが?


 それにウチの店はどちらかというと、年配のご婦人や文化人気質の人が通う喫茶店なので、この女のような若い子が来るのは非常に珍しい。


「ところで怪我は大丈夫?」


 女が亜門に問いかける。


 一応は店長に目配りすると、客がこの女以外にいなかったので、話しをしてもいいと目で合図を送られた。


「レポートの提出には間に合ったよ」


「それはよかった、えぇと・・・・・・」


「一場亜門。それが僕の名前だよ」


 僕がそう答えると、女は「随分と珍しい名前だね?」と言いながら、卵サンドを口に入れる。


「あっ、おいしい」


「本当かい! 嬢ちゃん!」


 そう言って、喜ぶ店長に対して、女は「マスター? 私の名前は久光瑠奈です」と言ってきた。


「マスター・・・・・・」


 そう言われた店長はほろりと涙目になっていた。


「店長で統一されていますからね? 呼び方?」


 亜門がそう言うと店長が「瑠奈ちゃん、曲かけていいかい?」と言って、レコードを取り出す。


 店長は気に入った客には自分のベストセレクションを披露するのだ。


「非常に興味があります」


「よし、かけよう」


 そう言って、店長がかけた曲はスティービーワンダーのアナザ―スターだった。


「私、この曲好きです」


「そうか! この曲のカッコよさが分かるかい!」


 店長が大喜びする中で久光瑠奈という女は落ち着いた様子でバナナシェイクをちびちびと飲み続けていた。


 不思議チャンではないが、どこか独特な感覚を覚えさせるな?


 亜門はそう思いながら、食器洗いを始めた。


 時刻は昼時だが、まだ常連の主婦達などは現れない為、店内ではアナザースターの軽快なリズムが流れていた。


 確かにカッコいい曲だなと思って、亜門はその曲のリズムに聞き入っていた。


12


「いろいろと調べてはみたが、日本の警察の大半は今のところ、大学生連続殺人事件の真相にはたどり着いていないらしい」


 ソルブスユニットの面々はテレビのあるミーティングルームで、メシアがハッキングしたテレビが雄弁に語るのをただ黙って聞いていた。


「隊長殿に俺が入っているスマートフォンをパソコンに差し込んでもらって、けいしWANへの侵入もしたが、ジはまだ何も犯人に関する情報を掴んでいないらしい。ある人物達を除いてわな?」


 それを聞いた中道が「隊長! けいしWANへこいつを侵入させたんですか!」と批難の声を上げる。


「そうよ。USBポートを介してメシアドライブを私のパソコンからけいしWANへ接続。それによってジが追っている大学生連続殺人事件の詳細な情報を得ようと思ったけど、これも空振りみたいね?」


 けいしWANとは警視庁独自の通信LANで、通常のインターネットからは隔絶されており、警視庁においての電子的な連絡事項や業務は全てこれを使って行われる。


 その為、外部からウィルスを送ることはなかなかに難しいが、警察内部からUSBを介してウィルスを送ることは可能だった。


 小野はかつて警視庁でUSBを差し込んだ際にけいしWANにワームウィルスが侵入した事件が念頭にあった為、メシアドライブをけいしWANに繋ぐことが出来るパソコンにUSBとして挿入。これによって日本警察における、大学生連続殺人事件の情報をメシアに検索してもらったが、一般的なマスコミの憶測や犯人像が上がるだけで、警察内部では情報が全て上がっていないという不審な点が分かった。


 それが分かったのはいいのだ。


 何も分からないという情報が得られたのだから。


 ただ、その代償は大きかった。


「隊長! これはバレたら懲戒物ですよ!」


 浮田がそう言うと、中道が「けいしWANにUSBを挿入したら、一発で総務部の情報管理課に通報される仕組みであることを忘れたんですか?」と批難を目に表していた。


「現時点で、監察から何も言われないことを考えれば、お咎め無しという事じゃない?」


 小野がそう言うと、浮田が「どういう意味です?」と聞いてきた。


 それを聞いた、小野は「仮に何かあっても、総監に何とかしてもらうから」とだけ言った。


「そういう問題じゃあありません! ただでさえ俺達は実験部隊なんだから、勝手な事をしたら即解散ですよ!」


 浮田は怒りを露わにしながら、小野に対して叫ぶ。


「しかも、警察官は監察に睨まれたらもう人生終わりですよ?」


「だから、今の時点で監察が来ていないから、お咎め無しということじゃないの?」


「それ以前に公務員として情報流失を招くのは立派な犯罪ですよ!」


「私の場合は国家公務員法違反ね。情報漏洩の可能性があることは承知しているけど?」


 小野と浮田、中道がそう言い争っていると「でっ、唯一、犯人の目星がついていた人物達って誰だよ?」と宇佐が腕組みをしながら、メシアがいるテレビを睨み付ける。


 隣では高久警部補と島川巡査部長がそれらを眺めていた。


「捜査一課関連でいえば、大家刑事部長と木口捜査一課長がお互いのやり取りの中で、公安部と接触している事を語っていたように思える」


「なっ・・・・・・ハムまで絡む事案なのか!」


 ソルブスユニットのミーティングルームは騒然とした空気になる。


「どうやら、ジの上層部とハムの連中との間では犯人の目星がついているらしい」


 メシアがそう言うと、興奮が収まらない浮田は「ハムはまずいですよ!」と声を上げる。


「つまり、この大学生連続殺人事件はテロだということ?」


 浮田と中道と違い、冷静であることを意識した小野がそう言うとメシアは「ジ上層部の連中は今回の事件はかの悪名高い神格教の犯行だと見ているらしい」とだけ言った。


「神格教・・・・・・」


 神格教は平成がまだ始まってまだ七年目の一九九五年の東京都内で乗車率の高い各駅において、毒ガスや爆弾を使用し、大量の死傷者を出した事で有名な事件を起こした新興宗教団体且つテロ組織だ。


 平成が終わって二一年が経った今となっては風化されつつある事件だが、未だにその残党が主に三つの団体に別れて、活動をしており、ハムや公安調査庁、通称公調の監視対象とされ、まだ、何かしらの事件を起こす可能性があるという、見立てで監視が続いている。


 事実、三つに分かれた団体の内の一つである、シャイニングという団体に関しては、今から二二年前の二〇一八年の夏に死刑を執行された、教祖の塚田伸樹を信仰の対象として崇めており、警察に対しても敵対的な言動や行動を示すことで知られている。

 

 特に塚田及び収監されていた幹部の七名は死刑が執行されると同時に教祖の塚田を始め、全員が〝教団〟から殉教者扱いをされ、結果的に〝教団〟残党の三団体の結束が強まり、反警察感情を強めているというのが、公調の現在での見立てだ。

 

 そして〝教団〟残党の主流派と見られるシャイニングに関しては教祖の息子がトップに就くだろうと言われ、信者達から神格化されていた。


「さすがにハムのデーターベースはけいしWANよりもさらに、隔絶、閉鎖されたLANを使っている為、侵入は出来なかったが、ジとハムが共通の容疑者を追っている事が考えられる」

 

 メシアがそう言うと、高久が「つまり、ジの刑事達は何も知らされずにただ手足を動かしているだけだと?」とメシアに問いかけた。


「だろうな。分かっていれば、体育会系の単細胞の集まりのデカ連中だ。〝教団〟施設に家宅捜索をしていてもおかしくは無いだろうな?」


「だとすれば、どうしてジのお偉いさん達は〝教団〟が第一の容疑者であることを公表しないんだ?」


 島川がそう言うとメシアは「今のところ確固たる証拠が無いからだろう?」とだけ言った。


「奴等がこの殺人をやったとしても〝教団〟へのマイナスイメージしか残らずに結果的にはデメリットの方が大きいだろう? 何でこんな事をするんだ?」

 

 高久がそう言うとメシアは「それは知らんが、警視庁内部でハムが裏でジと接触しているという事はさらに大きな何かしらの動きがあると予測しているという事だろう」とだけ言った。


「より大きな動き?」


「さらに陰惨な事態が起こると?」


 浮田と中道がそう言うと、メシアは「ロシアのタス通信にはこんな情報が挙がっている」と言った。


 すると、テレビ画面にロシア語で書かれた、ネットのサイトが映し出される。


「これによると、ロシアのFSBがロシアンマフィアと一部の軍人を一斉に逮捕したというもので〝教団〟に武器を渡した事が理由と言う記事だ」


「何だと!」


 浮田や中道は驚きを隠せないと言ったかのように大声を上げる。


 KGBの後継機関まで出てくるか?


 FSBは旧ソ連の諜報機関KGBの後継機関で防諜、犯罪対策を行う存在だ。

 

 対外情報機関としては同じKGBをルーツにするSVRやロシア軍参謀本部のGRUが競合をするが、FSBは国内の活動を軸とする中で一応は限定的に対外活動も行うことがあるそうだ。

 

 小野はそれが何故、介入するのかという事について、心当たりはあった。

 

 旧神格教は九〇年代において、ロシアンマフィアを介した形でロシア政府の後ろ盾を得ていて、同国軍の指導を得る形で信者が軍事訓練を受けていたと聞いていた。

 

 もっとも、ロシア軍においては民間人でも多額の金額を出せば訓練を受けられるそうで、銃の流通も進んでおり、簡単に手に入る社会だ。

 

 日本の常識が通用するわけが無い。

 

 当時のロシア政府は民主化のごたごたで〝教団〟を介して、日本でのビジネスを行おうとしていたという話も聞いたことがある。

 

 その一方で、かつて存在していた北朝鮮も一枚噛んでいたというが、一説では〝教団〟はロシア政府と北朝鮮政府に日本政策において、ただ利用されていただけという話も小野は聞いてはいた。

 

 しかし、今となっては諸説に過ぎないし、それらの真相など私には興味が持てないな?

 

 小野がそう考えている中でメシアは説明を続ける。


「ロシアでは神格教はテロ組織として認定されている。一九八〇年代から九〇年代の初めにはロシアでも信者の数を増やし、冷戦終結でごたついていた時期に雇用を失った、軍事関連の技術者からは武器を与えられ、兵士達には信者の軍事訓練を担わせていたからな。それらの形で自分達の技術が日本でテロ活動に使われ、わずかとはいえ、国内でもカルト教がはやり始めたんだ。強権が好まれるあの国においては居心地のいいものでは無いだろう?」


 メシアがそう言うと、島川が「ハムはそれを知っているのか?」と聞いてきた。


「知っているも何も、もうニュースに出ているからな?」


 そう言って、おどけるメシアに浮田が「お前はこんな時にでもふざけるのか!」と怒鳴り出す。


 しかし、メシアはそれを無視して「恐らくはハムもロシアから何かしらの情報は貰っているだろう。自国の技術が日本でのテロに使われれば、日本政府も何かしらの抗議をするしな。その前に協力という形で手を打って、プラマイゼロにしたい狙いがあるだろうな?」とだけ言った。


 

 それに対して島川が「中国製のソルブスが使われた点に関してはどうだ?」とメシアに聞く。


「大連700はラオス、カンボジア、ミャンマーでは人民解放軍のお下がりで貰った今どきにおいて、飛行機能すら付いていない旧式だ。しかも、経済において未だに不安定な国家の軍隊だ。闇ルートで流通して、腐敗した軍が小遣い稼ぎしたとしてもおかしくは無いだろう? 中華系かロシアにアフリカなど、どこのマフィアが関与しているかは分からないが、金儲けになれば軍も関係ないだろう。それがたとえ、先進国の中枢を脅かすテロ組織だとしてもな?」


 メシアがそう言うと、浮田が「小遣い稼ぎに正規軍がまるまる関与しているって事かよ!」と怒りを露わにする。


「貧乏な軍隊や警察だからな。そのような機関は大体規範や規律も乱れているのさ。現に年中、ごたついているだろう?」


 メシアがそう言うと、小野が「要するに今回の殺人事件と荻窪での無差別殺傷には〝教団〟が絡んでいるということね?」とメシアに確認をした。


「まぁ、言われなくても分かるだろう。もうタス通信に武器の売買がすっぱ抜かれているからな。その内に日本のマスコミも騒ぎ出すだろう?」


 メシアがそう言うと、小野は整備班に内線をかけた。


「あっ、中岸さん? ガーディアンの整備状況ですが――」


 その様子を隊員達は緊張した様子で眺めていた。


「えぇ、そうですか。ありがとうございます」


 そう言って、小野は内線を切った。


「ガーディアンの整備状況は万全。問題は装着者達」


 そう言う小野に対して、宇佐が「俺はいつでも行けますよ」と手を挙げた。


 すると、高久と島川が「もう二から三週間は立っているから後はリハビリともう少しの時間さえあれば、私達も出られます」と言った。


 しかし、小野は「そんな悠長な時間は無い」とそれを一蹴する。


「とにかく、また大きなテロが起こる可能性が考えられるから、総員、気を引き締めて、事に当たるように!」


 小野はそう声を張り上げる。


 しかし、浮田と中道は「けいしWANの一件はれっきとした犯罪だと思っています」と言いながら小野の前に立つ。


「総監がお咎め無しにしたとしても、俺達の首が飛ぶような真似は止めてください」


 二人がそう言うと、全員がミーティングルームを出て行った。


「分かっているわよ」

 

 小野がそう言っても、誰も振り向かなかった。


「私、階級では一番上なんだけど?」


「だからだろう? あんたは傲慢すぎる」


 部屋には小野とメシアしかいなかった。


「学生を狙っているなら、各大学の警備はどうなるの?」


「SPの人員は限られている。しかも学生はSP達の警護対象ではない。それに首都圏だけに絞っても大学は多くある。機動隊を派遣しても事件は防げるかは分からんな?」


「マル被には見える形での抑止力になるんじゃない?」


「元自衛官のくせに素人臭いな? その論理が通用するなら、自爆犯などこの世にはいないさ?」


 それを聞いた小野は「あっそ」とだけ言った。


「それに荻窪での無差別殺傷の例もあるから、必ずしも学生だけがターゲットとは限らない」

 

 メシアがそう言うと小野は「確か、学生達はノコギリのような物で強引にバラバラに切断されていたそうね?」と確認代わりに声をかけた。


「そうだ。だから余計にグロテスクなのさ。ジの連中は現場に不審者がいたとして、それを追っているそうだが、単細胞のあの連中はそこに〝教団〟の連中が絡んでいるとは夢にも思っていないらしいな?」


 メシアがそう言うと、小野は「分かった。引き続き情報を調べて」とだけ言って、部屋を出ようとする。


 しかし、メシアが「それは引き受けるが、いいのか?」と声をかける。


「何が?」


「無断で俺をけいしWANに繋げた事実は本部の連中もすでに知っているだろう。これは機密漏洩に当たり、国家公務員法違反で懲戒の可能性や最悪の場合は逮捕の可能性があるだろう。万が一、あんたが逮捕されれば――」


「総監が何とかしてくれる」


 そう言って、今度こそ部屋を出ようとした小野はメシアに対して「意外と優しいのね?」とだけ言った。


「あんたがいなくなると話し相手に困る」


 そう言ったメシアに対して、小野は「じゃあ、調査お願い」とだけ言って、部屋を出た。


 それと同時にメシアもテレビ画面から消え、ミーティングルームの照明も消されて、暗くなり、誰もいなくなった。


「誰かが反応すればいいんだけどな?」


 小野は一人でそう呟くと、トレーラーにあるオペレーションルームへと向かって行った。


13


 兵頭は出る当てがあるかは分からないが、五十嵐に電話をかけていた。


 すると、出ないという予想が外れて、五十嵐が「どうした?」と落ち着いた声で電話に出た。


「お前、荻窪での事件の時に俺達が追っている学生殺しの事に発言をしていたな?」


 それを聞いた、五十嵐は「言ったか? そんなこと?」ととぼけた様子を見せる。


「ハムの連中が、テロ事件が起きている最中にジの事件に発言するのが引っかかってな。それとな?」


 兵頭は自分が唾を飲み込む感覚を覚えた。


「学生殺しの事件にも〝教団〟が関わっているんじゃないか?」


 世間では荻窪でのテロ事件は〝教団〟が反社会勢力を介して、ソルブスや武器などを密輸して、主導したものだと新聞などで報じられて、話題になっていた。


 その上で、五十嵐が大学生殺しの事件に関心を示したことから、兵頭は直感的に自分達が追っている事件と荻窪での事件は繋がっていると思った次第だ。


 それを五十嵐にぶつけてみたが、当人はどこ吹く風と言わんばかりに「あれか? タス通信が〝教団〟とロシアンマフィアの武器密輸をすっぱ抜いたのを日本のマスコミがその武器が荻窪でのテロ事件に使われたと読んで、記事にしたのさ? もっとも、確固たる事実が無いのが現状さ、裏付けは取れているか怪しいな?」と言った。


「俺達の追っているヤマに〝教団〟が絡んでいるのかを聞いている」


「俺達、ハムが教えると思うか?」


 五十嵐にそう言われると兵頭は沈黙せざるを得なかった。


「・・・・・・」


「まぁ、そんなお前に朗報だ。今日中に何かしらの動きがあるぞ」


 それを聞いた兵頭は「何をするつもりだ?」と問うた。


「俺達は天下の公安部だぞ? お前の想像が及ぶ事をすると思うなよ?」


 そう言われた後に電話は一方的に切られた。


「何が天下の公安部だ! ふざけやがって!」


 兵頭がそう怒鳴ると、新宿署内の女性警察官や警務課の制服警察官が驚いた表情で同人を眺めていた。


 そして、そこに石上が「大声を出さないでくださいよ」と言って、近寄ってくる。


「うるせぇ! 俺は今、機嫌が悪いんだ!」


「そんなことよりも今は上が大慌てですよ」


「何でだよ?」


「大学生のヤマで、マスコミ各社に〝教団〟から犯行声明が出たそうです」


「何だと!」


 兵頭は思わず、そう叫んだ後に瞬時にスマートフォンを取り出した。


「ネットのどこに出ている?」


「テレビでも見れますよ。もっとも、今だったら、ユーチューブでノーカットの動画もありますが、消去までは時間の問題ですね?」


 石上がまるで〝教団〟を茶化すかのような態度でそう告げる。


 それを聞いた、兵頭はユーチューブのアプリを開く。


 そして、犯行声明の動画を見ると、そこには背格好から推察するに若者であろう、複数人の男女達がいた。


 その男女達はメキシコのプロレスである、ルチャリブレで使われているマスクを被って、顔を隠していた。


 そして、犯行声明が書かれているのだろう、スマートフォンを眺めながら、口を開き始めた。


〈我々、革命の信徒達は世の中から見捨てられた、若い世代を救済する為に決起する。機会に恵まれながら、学習をすることをせずに破廉恥な遊びを続けるバカ学生共に鉄槌を下す。同じ時代に生まれながら、彼等とは違い、貧困だけではなく、思想や性格の違いから迫害されるこの理不尽な状況に対して、敵は社会で堂々と勝ち組だと言わんばかりにキャンバスライフを送る。これでは迫害をされ、絶望しか感じない生活を送る若者との違いがありすぎる! この状況が不平等ではなく、何だというのだ! 私達はこの不平等な社会とそこでのうのうと破廉恥な遊びを続け、自分達が勝ち組であると疑う事もない、愚かなエリート層の学生とそれに準ずる、資質も資格を持たず、能力の無い、政府の教育無償化政策という救済措置により増えた、本来であれば資質を持たずに進学した大学生達も我々は正義と平等の名の元に全員に処刑の鉄槌を下す。私達は忘れ去られ、敗者となった、若者達の代弁者だ。首都圏の各大学に刺客を送りこみ、機会と資金だけに恵まれた、破廉恥且つ無能な大学生達を全て処刑する。無能な警察諸君、我々を止められるだろうか? せいぜい、警備に精を費やすといいだろう。我々は必ず、全ての大学生を処刑する!〉

 

 そう中央の若者が力を込めて犯行声明を言い終えると、動画は終わった。


「この団体は神格教から分裂をした団体ですが、引きこもりに高校や大学を中退した若者達に前科を持った連中達の支援などにも力を入れていることで有名ですね」


 不快な演説だった。


 あまりにも身勝手で未熟な連中だ。


 スマートフォンを眺めながら、主義主張を述べる点も未熟だというふうに思えるが、自分達の行った犯罪を社会のせいにして、正当化する、その姿勢が兵頭には気に入らなかった。


「要するにこれはひがみじゃねぇかよ」


 兵頭は自身の心境をその一言に集約した。


 それを聞いた石上は「本部のお偉いさん達は首都圏の各大学にマルキを配備するそうです」とだけ言った。


 冷静に機動隊を意味するマルキの隠語を使った石上だったが、その表情には確かな怒りが宿っているように思えた。


「マルキの数は足りるのか?」


「それはどうかは知りませんが、犯行声明まで出しましたからね? 関連施設へのガサも近いと思いますよ?」


 石上はそう言った後に「俺達もそれに駆り出されればいいですけどね」と力の入った様子を見せる。


 それに対して、兵頭は「どこにでも言われれば行くさ。デカはマル被を挙げてナンボだからな」と啖呵を切った。


 そして、その後に兵頭はその場を去ろうとした。


「どこに行くんです?」


「トイレだよ」


 そう言って、トイレに向かう兵頭を女性警察官が何か気味の悪い物でも見る表情で眺めていた。


 何だ?


 そう思いながら、トイレに入って、鏡を見ると理由が分かった。


 知らず知らずのうちに顔がにやけていたからだ。


「これはまずいな?」


 そうは言っても兵頭は顔の笑いが取れないことを知覚していた。


 ようやく、マル被の正体が分かったのだから仕方がない。


 すると、用を足していた同僚から「お前、キモイぞ」と言われた。


 その時になって、ようやく顔から笑みが消えた。


14


 亜門はバイト先の喫茶店で、すっかり常連となった久光瑠奈が少年漫画雑誌を眺めながら、卵サンドとバナナシェイクを堪能している様子を眺めていた。


「お嬢ちゃん、ウチは喫茶店なんだよ」


 店長が困ったと言わんばかりに瑠奈に対して苦言を呈する。


「はぁ・・・・・・」


「できれば、俺自慢のコーヒーを味わってもらいたいんだが・・・・・・」


 店長がそう言うと瑠奈は「チルドレン舌なので、その点は加味していただけませんか?」と言って、バナナシェイクを飲み続けていた。


「亜門君、お代わり」


「はい、はい」


 そう言って、亜門は空になったバナナシェイクの容器を手に取り、厨房へと運んだ。


 そして店長が手際よく作った、バナナシェイクを瑠奈の下に運び込む。


「久光さんって・・・・・・」


「瑠奈でいいよ」


「じゃあ、お言葉に甘えて・・・・・・」


 亜門は「コホン」と咳払いをすると、単刀直入に「瑠奈は大学とか仕事に行かなくていいの?」と聞いてみた。


 すると瑠奈は「あぁ、それは済んだのと、知り合いにノートも借りるから、問題ない」とだけ言った。


 そう言って、瑠奈は再びバナナシェイクをストローに介して飲み始める。


 つまりは大学生という事だな?


 亜門はそう思いながら、瑠奈が卵サンドを頬張るところを眺めていた。


 彼女は大人っぽい容姿でありながら、どこか幼さを感じさせるな?


 亜門は瑠奈に対して、どこかアンバランスな感覚を感じていた。


「亜門君は大学生?」


「あぁ、まぁ、三流大学だけど?」


「どこ?」


「グリン大学」


「あぁ、Fランク大学の代表校のあの田舎の学校ね?」


 田舎って・・・・・・


 確かに近くには高い建物が無いけどさ?


 でも、一応は東京だと思うけどな?


 亜門は自分の所属する大学が小ばかにされたことはどうとも思わなかったが、自分が田舎者だと言われているような感覚がして、少し心外だった。


「そういう瑠奈はどこの大学なんだよ?」


「東京大学」


 瑠奈がそう言うと、店長は口をあんぐりと開け、本郷は目をぱちぱちとさせるしかなかった。


「・・・・・・東大?」


「そう、日本で一番頭のいい東大です」


 瑠奈は卵サンドの付け合わせのポテトサラダを食べると「あぁ、美味い・・・・・・」と舌鼓を打ち始めた。


「嬢ちゃん、東大にいるんだったら、尚更、こんなことをしている場合じゃないだろう?」


 店長がそう言った後に本郷が「ちなみに学科は?」と聞いてきた。


「医学部です」


 それを聞いた、店長と本郷は沈黙をせざるをえなかった。


「医者の卵が、こんなところで堂々とサボっていていいのかよ?」


「講義が休講になったの。それとね・・・・・・」


「何?」


 亜門がそう言うと、瑠奈はショートヘアの髪をかき上げながら「学園祭でミス東大に出ないかって男子生徒がうるさくて、逃げ出したかったんだよね?」とだけ言った。


 そう言えばもうすぐ一一月か・・・・・・


 九月入学が当たり前になった、日本の学校社会では学園祭や文化祭は新入生歓迎のレセプションの役割を担うようになって、四月入学の頃の時代と同じく、大半の学校や大学が秋に実施している。


 もっとも、その二つは日本独特の文化だから、海外に事例などはないのだが?


 瑠奈が学園祭を話題にすると、本郷が「その気持ち分かるな。何か男子の目線がイラつくよね」と共感を抱き始めていた。


「そっ、目の保養がてらにそんなところに出されても、私としては屈辱しか残らないから、金一封でもされない限りは出ないと思うんだな?」


 本郷と瑠奈が意気投合し始める中で、亜門はコーヒーの焙煎を始めた。


 すると瑠奈は「亜門君の大学も学園祭をやるのかい?」と聞いてきた。


「小規模だけど、やるみたいだね?」


「楽しみだね?」


「楽しくないよ、僕は出ないもん」


 それを聞いた、瑠奈は「自分の通っている大学が嫌いなんだね?」とだけ言った。


「いるのはオタクか不良のどっちかしかいないからかな?」


「自分で取った選択をそうやって卑下するのはあまり褒められた言動ではないと思うよ」


 そう言われた、亜門はただ黙るしかなかった。


 母子家庭で、収入は少ない一方で資産が多かったので、大学への進学を決めたのだが、肝心の試験ではことごとく志望校に落ちて、最後に流れ着いたのが瑠奈曰く三流大学の今の大学だ。


 浪人をするのが嫌だったので、いざ入学をしてみると、結果的に学内には不良かオタクしかおらず、何も面白い事も無く、むしろ、堂々とリンチはされ、学校のコミュニティがあるネット上でも自分の誹謗中傷が書かれる始末だ。

 

 それでも、自分にとっては完全アウェーの大学に毎日登校しているのは単純に大学を卒業しないと将来的に困るだろうという理由だけであって、他の不良やオタクみたいに友達がいるからとか、そんなソフトクリームのように甘い理由じゃない。

 

 そんな理由はいつまでも少年漫画から抜け出せない連中の言い分だ。

 

 亜門がそう自分の通う大学に対する怒りを頭の中で巡らせていると瑠奈が「一度、見てみたいな?」と独り言を言い始めた。


「何を?」


「グリン大学がどのぐらいの無能大学ぶりかをさ?」


 瑠奈がそう言うと、亜門は「さっき、僕を咎めたのに自分もバカにしているよね?」と反論した。


 しかし、自然と笑顔がこぼれるのを知覚した。


 瑠奈は「学園祭やるなら教えてね?」と言って、スマートフォンを取り出す。


「止めときなよ。あそこは不良ばかりだし、それに東大でも学園祭やるんだろう?」


「危険を承知で冒険に出ようとしているのよね。それに?」


 瑠奈が微笑を浮かべる。


「私の父親は警視総監だから、仮に不良が変に手を出して来たら、彼等にとっては非情なお仕置きが待っているから?」


 そう言った、瑠奈に対して、店長が「国家権力だ・・・・・・」と怯えた表情を見せる。


 その店長を亜門が見つめると、店長が体を震わせながら「いいよ」とだけ言った。


「じゃあ、連絡先だけ」


 そう言って、亜門と瑠奈は連絡先を交換した。


「それじゃあ、世紀末並みに荒れたグリン大学の学園祭に私は行くから」


「あまり、おすすめはしないよ。まぁ、警察関係者の親族を襲うぐらいはあいつ等、バカだから、やるかもしれないけど?」


 亜門と瑠奈がそのような会話をしていると、喫茶店に一斉に主婦達が押し寄せてきた。

 

 常連の人達だ。


「連絡お願いね?」


 そう言って、瑠奈はカープ坊やのロゴが入った、バッグを片手に会計に入った。


「三〇〇〇円だね。無駄遣いするなよ」


「はい」


 そう言って、瑠奈は喫茶店の扉を開けると、亜門に対して「じゃあ、世紀末ツアーの手配よろしく」とだけ言って、喫茶店を出て行った。


 亜門がそれを見送ると、店長が「ついにお前にも春が来たな?」と言って、ニタリと笑ってきた。


「そうですかね?」


 亜門は飾りのパセリすら綺麗に食べられ、今は何も無い、瑠奈が残していった白い皿を片付ける。


 すると、皿洗いを始めた最中に亜門は本郷に軽く小突かれた。


「何です?」


「別に? ミス東大候補とデートなんて羨ましいなと思ってさ?」


 亜門はそれに答えることなく、皿洗いをしていると店長は「若いっていいよな?」とだけ呟いた。


 気がつけば、本郷は常連の主婦達から注文を取っていた。


 なんだかんだではあるが、ここには僕の居場所があるんだな。

 

 亜門は店長や本郷、それに時々、やって来る瑠奈の訪問が、今現在の自分にとって、安息につながっているのだと認識をしていた。

 

 この場所がいつまでも続けばいいな。

 

 亜門は大学二年生であって、就職に関してもそろそろ動くことも出来るが、北海道庁への就職が出来ない場合は店長の許可次第ではここで働こうかと思っていた。

 

 永遠にここで仕事が出来れば、どれだけ幸せだろうか?

 

 亜門はそう思いながら、皿洗いを続ける。

 

 段々、水仕事をすると手に寒さを感じ始める季節が近づいているなとも、亜門には感じ取れた。


15

 

 警視庁捜査一課は東京都の三鷹市内にある、革命の信徒達の施設に対して、任意での家宅捜査を行っていた。

 

 同団体が大学生殺しの事件に関して、犯行声明を出していたので、裁判官から令状を貰うのは容易だった。


「凶器の類いは見つからない。考えたくないですけど、空振りですね?」


「DNAは採取するさ。お札まで出して、空振りなんて、いい恥さらしだからな」


 お札とは令状の隠語である。

 

 それを出した上で、施設に対して、家宅捜査を行っていたが、ここまで凶器は見つからず、兵頭と石上はただ、鑑識がDNAを採取している様子を眺めていた。

 

 しかし、当の革命の信徒達の信者共は犯行声明を出したのは一部の離反した若者であって、自分達は一切、事件には関係が無いと言い張っており、それが余計に現場の警察官達を苛立たせていた。

 

 その一方で、家宅捜査を行うと、かつての教祖である塚田の肖像画や写真が堂々と飾られており、この団体が文字通り〝教団〟の残党であることを物語っていた。


「だが〝教団〟からすれば、こんな殺人事件を起こしても意味は無いだろう。連中の言い分にも一理あるかもしれねぇな?」


 そう兵頭が言うと、石上は現場を走る鑑識に「凶器の類いは無いんですか?」と問う。


「今のところ、見つかりません」


 鑑識のその言葉を聞いた兵頭は革命の信徒達の代表である前山に「おい! おたくの若いのはどこに行ったんだ!」とどすの聞いた声で問い詰めた。


 よく見ると、ここにいる信者達は四〇代から七〇代までの男女ばかりで、この団体が入信対象として、力を入れている一〇代から二〇代の若者達がいないのだ。


 これは実行犯を地方に逃がしたな?


 涙ぐましい庇い合いだな?


 もっとも、その若者達が暴走し、それらの尻拭いをさせられている可能性も考えられる。


 しょせんは全ての団体が裏で繋がっているのだ。


 確信犯であることも捨てきれない可能性があるが、どっちにしろ、庇い合いを続けている、こいつ等は哀れだ。


 兵頭がそう思いながら、前山に「おい!」などと言って、絡み続けている最中、その当人の顔はひどく青ざめていた。


「まさか、あの子達がこのような事をするとは・・・・・・」


「お前等が他の残党ともネンゴロの仲だって事は分かっているんだよ! どうせ、地方の支部とかに匿われているんだろう!」


 兵頭はそう問い詰めると、前山は「私のせいなんです! 彼等、彼女等の孤独を癒しきれなかった、この私が!」と言って、わざとらしいウソ泣きを始めた。


 何故、ウソ泣きだと分かったかというと、涙を流していないからだ。


「こりゃ、マル被は地方に逃げているな?」


 兵頭はウソ泣きを続ける前山に蔑視の視線を投げかけながら、石上と一緒に施設のある住宅街を少しだけ歩いていた。


 その前山はまだ、ウソ泣きを続けていた。


 小物め・・・・・・

 

 そう思っている最中だった。


 突然、大きな爆発音と爆風が施設から発せられた。


 兵頭と石上は近くの民家へと飛ばされてしまった。


「石上!」


 兵頭は頭から出血をしながら、隣でぐったりとしている、石上を呼びかける。


「立てるか・・・・・・おい、返事しろ!」


「すみません・・・・・・何か、あばらを折ったみたいで・・・・・・」


 生きていたか・・・・・・


 ほっとした兵頭ではあったが、自身も右の耳が聞こえないことを知覚していた。


 その上で頭や体に鈍い痛みが走っていることを感じている最中、辺りを見渡すと、負傷した私服、制服の警察官達が辺りに倒れていた。


「負傷者の確認を急げ! すぐに消防に連絡だ!」


 生き残った警察官達の怒号が辺りに響く中で、兵頭は先ほどまでウソ泣きを行っていた前山の存在を思い返したが、すぐに止めた。


 施設のすぐ近くで爆風を受けたのだから、恐らく、無事では済まないだろうと思ったからだ。


 俺達は運がいいな?


 こうして、生きているんだから?


 まぁ、前山が死んでいればそれまでで、生きていればとことん尋問するか?


 そう思った兵頭は消防の救助が来るまで、目をつむることにした。


 そうしないと痛みで心がどうにかなってしまいそうだったからだ。


 しばらく、そうしていると、応援のパトカーと消防車や救急車が鳴らすサイレンの音や住民の悲鳴と警察官達の怒号が飛び交い、住宅街にそれらが響いていた。


 これが現実だとしたら、神様は本当にいるのかね?


 兵頭がそう思考していると、気がつけば、大の字になって倒れている自分が救急車の担架へと乗せられていることを知覚していた。


 続く。 


 次回予告。

 

 五十嵐達、公安総務課は〝教団〟が作り上げた〝生物兵器〟の存在を突き止めると同時に警視総監の娘である、瑠奈の命を狙った計画を捜査活動によって、察知する。

 

 そして、瑠奈の父親である、警視総監の久光秀雄はソルブスユニットに亜門と瑠奈が向かうグリン大学の学園祭への警備を下命した。

 

 学園祭が行われる牧歌的な空気の中で、進行する大学襲撃というテロ計画の影。

 

 そして事態がついに現実となった時に亜門はメシアと邂逅し、瑠奈を守る為にテロリストと相対す。

 

 次回、機動特殊部隊ソルブス。 

 

 戦場への旅立ち。

 

 青年は大事な人を守る為に救世主となれるのか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ