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『アシュトン』

 青く晴れ渡る空の下で、処刑台に向かうセシリアに侮蔑の声と罵声が浴びせられている。

 首が露わになるほどに短い髪に、薄汚れた衣服。後ろ手に縛られているセシリアの姿は貴族令嬢であったとは思えないほどのものだ。

 だがその姿に憐憫の情を抱く者は、処刑場として選ばれた広場にはいなかった。


 椅子に座るアシュトンの瞳には、隣にいるウェンディしか映っていない。儚げな彼女が体を震わせているのを気遣うように、処刑を済ませるべく声を上げた。


 そうして滞りなく進んだはずの処刑だったが、支えを失った頭が籠の中に転がった瞬間、広場はしんと静まり返った。

 滴る血が刃を伝い籠を満たしていくのを、広場に集まった者たちはどこか呆然とした顔で見つめている。


「セシリア様!」


 真っ先に叫んだのは、花屋を営んでいる娘だった。

 そして、その声を皮切りにそこかしこでも悲鳴が上がる。セシリアの名を呼ぶ者もいれば、意味をなしていない絶叫を上げている者もいる。


「静かに!」


 叫ぶ兵士の声も動揺で揺れていた。血の気を失ったように真っ青な顔は、騒いでいる民衆ではなく、今しがた使われた処刑道具に向いている。


 その様を、アシュトンは凍り付いたように見下ろしていた。


「私、は、何を……」


 その目には、先ほどまでは一瞥すらしていなかった断頭台が映っている。横たわる体は、アシュトンの記憶にあるよりも細くなっていた。


 そうして、誰よりも愛しく思っていた相手をないがしろにした二年間の記憶が、アシュトンの脳裏によみがえる。無実を必死に訴えていたセシリアの姿と目の前の光景とが合わさり、アシュトンの手が自然と口元に当てられた。


「どう、して」


 セシリアを煩わしく思い、最後には憎み、糾弾した。そのようなことをする性格ではないと知っていたというのに、その時のアシュトンにとっては憎むべき相手だった。

 震える唇がセシリアの名を呼ぶ。だが当然、返ってくる声はない。


 代わりに、耐え切れないとばかりに漏れた笑い声が隣から聞こえた。


「殺せ! その女を殺せ!」


 つい先ほどまで愛しく思っていた相手に、憎悪の目を向け、怒りに満ちた声を上げる。アシュトンにとって確かなのは、セシリアが死んだことと、ウェンディが現れてからおかしくなったということだけだった。


 衝動的に下された命令に、背後に控えていた騎士が従った。幾本の剣がウェンディの体を貫いたが、それでもなお彼女は笑い続けた。


「死んだ、死んだ! やっと死んでくれた!」


 狂ったように笑う声は、カーティスが振るった剣により止まる。胴体と別たれた首が床の上を転がり、生気の失われた体が崩れ落ちた。


「セシリア」


 アシュトンはそれを一瞥することなく立ち上がり、よろめきながらも一歩前にと足を踏み出した。騎士の一人がアシュトンの肩に手を置き、それ以上行かないようにと制止する。

 蒼白となった顔に、飛び降りるかもしれないと危ぶんだのだろう。


「……どうして、私は」


 抵抗することなく、アシュトンは崩れるように座りこんだ。いくら後悔しようとも、失われたものは戻らない。だが後悔せずにはいられないのだろう。顔を手で覆い、ただ「どうして」とだけ呟き続けている。


「カーティス!」


 クラウドの叫ぶ声に、アシュトンの視線がちらりとそちらを向く。そこには、ウェンディの血で濡れた剣を、自身の首筋に当てているカーティスの姿があった。


 何をしているのか、などと問う必要はない。もしもアシュトンの手の中に剣があれば、同じことをしていたことだろう。


「俺は……守ると誓ったのに!」


 後悔と怒りの混じる声に、クラウドの顔が歪んだ。クラウドもセシリアを愛し慈しんでいた一人だ。


 クラウドだけではない。セシリアは誰からも愛される子であった。もしも罪状通りウェンディを虐げていたとしても、処刑台に送られるような謂れはなかったはずだ。

 セシリアの父親も母親も――それからクラウドが、何を犠牲にしても嘆願したことだろう。


 だが実際には、誰もがセシリアを見放した。


「罰せられるべきは、私だ」


 互いに支え合わなければいけない立場だったというのに、アシュトンはウェンディに傾倒し、セシリアを憎んだ。そうなった理由まではわからないが、結果として死に追いやったのは自らの行いなのだと、そう思わずにはいられないのだろう。

 悪夢であればと願わずにはいられない自らの所業に、アシュトンは乾いた笑いを漏らした。


「……そんな、ことを言っている場合ではありません。これは、今回のことは、どう考えてもおかしいです。その原因を突き止めるのが先決でしょう」


 クラウドが絞り出すように言う。その顔は、泣くのをこらえているかのようにしかめられていた。


 原因――その言葉に、アシュトンとカーティスの視線がウェンディだったものに注がれる。だが、血だまりを作り出した体を詰問したところで、答えは返ってこないだろう。


「どうしてこうなったのか、それを調べて原因を取り除くことが、妹の……セシリアの冥福になるのではないでしょうか」


 クラウドの言葉に三人の視線がかち合う。失われたものは取り戻せないが、同じような過ちを犯さずには済むかもしれない。



 きっと、そんな思いを抱いたのだろう。意を決したようにアシュトンが頷こうとした瞬間――先ほどまでとはまた違った悲鳴が、広場に木霊した。

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