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死んでからが本番です  作者: 木崎優
一幕目
4/21

『騎士』

 クラウドはセシリアのエスコート役を断るようになり、代わりにウェンディのエスコート役をアシュトンと取り合いはじめた。

 だがアシュトンがエスコート役を務めるのは王命で、クラウドが張り合おうと覆ることはなかった。


 だからといって、クラウドがセシリアのもとに戻ることはなく、アシュトンと共にウェンディの横に並ぶようになった。



 そうなると困るのは、セシリアのエスコート相手だ。セシリアはアシュトンの婚約者という身なため、下手な相手をつけるわけにはいかない。そうして次に選ばれたのは、カーティスだった。


 カーティスは元々アシュトンの従者を務めていた。そして今は、成人の儀を迎えて正式な騎士となったため、側近として仕えている身だ。

 そしてセシリアとは、セシリアが八歳の頃からの知り合いでもある。


 立場や親交具合から、よくない噂が流れることもなければ、よくないことが起きることもないと見込まれての選抜だった。


「……殿下の不徳は私の不徳でもあります」


 舞踏会でウェンディを取り合うアシュトンとクラウドを視界に収めながら、カーティスは申し訳なさそうに眉を下げた。

 セシリアはそれに微笑んで返した。傷ついていると言葉にしたところで、何も変わらないとわかっているからだ。

 そうして、気にしていないと嘘をついた。


「殿下はどうされたのでしょうか。いえ、殿下だけではありません……クラウド殿も陛下も、ウォーレン伯爵令嬢に重きを置きすぎています」


 クラウドがウェンディの横に並ぶようになってからというもの、アシュトンはセシリアをダンスに誘うことがなくなった。ウェンディの横を取られまいと躍起になっているかのように、何曲も続けてウェンディと踊っている。


 完全に放っておかれるようになったセシリアは、誰かと踊る気にもなれず壁際に背を寄せている。そしてカーティスも壁の花となることを選んだ。

 周りに聞こえないように小声でぼやくカーティスにセシリアは苦笑を浮かべた。


 どうしたのかを知りたいのはセシリアも同意見だった。

 だが何があったのかと尋ねても、クラウドは煩わしそうに眉をひそめるだけで、アシュトンにいたってはあれ以来話すことすらできていない。


「セシリア様は放っておかれていい立場ではありません」


 カーティスの眉間に皺が寄る。怒りを湛えた眼差しは、次はどちらが躍るかを競い合っている彼の主君であるアシュトンと、昔馴染みであるクラウドに向けられていた。


 

 しかしそれも、長くは続かなかった。

 一月後には義憤に(まみ)れていた瞳は熱を帯びたものに変わり、甘い笑みをウェンディに向けるようになっていた。



 それからはまるで坂道を転がる石のようだった。

 セシリアを愛し慈しんでいた家族、市井に降りれば温かく迎えてくれた民、セシリアを囲んで流行や恋の話に花を咲かせていた令嬢たち。誰も彼もがセシリアから離れ、ウェンディを選んだ。


 そうしてセシリアが十八となったことを祝うために開かれた宴の場で、セシリアは糾弾された。

 罪状は、アシュトンの婚約者であるウェンディを虐げたというものだった。


「君がこんな女だったとはな」


 憎しみで彩られた青い瞳を見つめながら、セシリアは何度も自分は何もしていないと訴えた。

 だがアシュトンはセシリアの言葉を受け入れることはなく、それどころかセシリアを取り押さえるようにと指示を出した。


「こんなのが僕の妹だなんて恥ずかしいよ」


 クラウドはそう言って、騎士によって跪かされているセシリアに蔑むような視線を注いだ。


 ――違う、違う! 私は何もしていない……!


 涙で濡れた瞳で助けを求めても、誰も聞こうとはしなかった。

 婚約者が変わっていたことすら知らなかったのだと訴えようと、信じる者はいなかった。


 そうして、嫉妬に駆られた悪女としてセシリアは貴族位を剥奪され、一般牢に送られた。


 通常、貴族が囚人となる場合は貴族用の牢獄に送られる。それは貴族としての矜持を守るためでもあり、心身を損なわないための措置でもあった。


 貴族と平民の間には見えない壁がある。たとえば、酒の席で乱闘騒ぎが起きたとして、平民が貴族を殺せば問答無用で死罪になるが、貴族の場合は金銭だけで済むことも多い。

 そういったことが横行していたわけではないが、貴族と平民を天秤にかけた場合、切り捨てられるのは平民のほうだと誰もが知っていた。


 そして、それを身をもって知っていたのが、平民上がりの者が務める兵士たちだった。


 騎士は貴族の子息しかなれず、兵士の長を務めるのも貴族だ。だが兵自体は平民から募っている。

 集められた兵は戦がない時には訓練に勤しみ、王都や各々の駐在地である領地の警備――それから平民用の一般牢の番人を務めていた。


 騎士や兵士長に少なからず鬱憤の溜まっていた彼らは、手の届く範囲にやってきた貴族に憎悪の目を向けた。

 平時であればどれほど鬱憤がたまっていようと、咎められるようなことはしなかっただろう。だがセシリアは、今や誰からも嫌われる悪女であった。


 些細なことで鞭を振るわれ、ほんのわずかな食事しか与えられない。

 そんな日々の中で、セシリアは祝ってもらえるはずだった誕生日を思い出しては涙を零し、そしてその度にうるさいと手を上げられた。


 心が疲弊していくのを感じながらも、セシリアに打てる手はない。

 あの場には、兄だけではなく父も母も、そして親睦を深めていた者たちが集まっていた。だが誰もセシリアに手を差し伸べようとはしなかった。


 ――誰も私を助けてはくれない。


 心の中でそう呟くと、全身の血が凍りついていくようだった。

 板の上に布を被せただけの簡素なベッドの上で縮こまり、鞭で打たれないように静かに過ごす。それだけが、セシリアの取れる手立てだった。


 そうして静かに過ごしていたある日、兵士が新しい罪人を連れてきた。

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