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死んでからが本番です  作者: 木崎優
三幕目

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14/21

『扉』

 男の語る話は、セシリアにとっては珍しいものばかりだった。森で遭遇した変わった動物の話や、採集した植物の話、それから屋敷で栽培している作物の話。

 セシリアはそれを聞きながら、時折頷いたり、わからない部分があれば首を傾げたりして、話の先を促していた。


 そうして気がつけば、日が昇っていた。窓から差しこむ光は明るく、そこでようやく男の語りが終わった。


「そろそろ朝食の時間だけど、君もいるかい?」


 セシリアはこれに、首を横に振って答えた。セシリアの体は何も食べる必要がない。食べ物を口の中にいれても、砂を噛んでいるようで、味も素っ気もなかった。

 味わうこともできない食事は苦痛でしかなく、セシリアは城にいた時も何も口にしなかった。


「そう? じゃあ俺だけ頂こうかな。用意してくるから、少し待っててね。暇だったら、そこらにある本を読んでいてもいいから」


 今いるのは、男の執務室だ。一つだけ置かれている本棚には、植物などについて書かれた、図鑑のような本が並んでいる。セシリアはそのうちの一冊を手に取ると、膝に置いて開いた。


 セシリアにとって植物は、城や屋敷に咲いていた、手入れのされているものばかりだった。

 それでも一応植物図鑑には目を通したこともあるが、セシリアの今読んでいるものは専門性がより高いのか、珍しい種類も載っていた。


 興味深い内容に熱中していると、男が一人分の食事を持って戻ってきた。


「……面白いものでもあった?」


 執務机の上に食事を置いてこちらに問いかけてくる男に、セシリアは図鑑の表紙を向けた。男の目が、表紙に書かれている文字をなぞる。


「興味の湧くものがあってよかったよ。それじゃあ、俺は食べるから、君はそれを読んでいていいよ」


 パンとスープという簡素な食事を口に運ぶ男をちらりと見てから、セシリアは視線を図鑑に落とした。


 ――毒草が多いのね。


 図鑑に載っているものの半分以上が毒草で占められている。自然には様々な毒を持つ草があり、どういった症状を引き起こすのかや、取り扱いにおける注意点などが詳細に綴られていた。



 そうしてある程度読んだところで、男の食事が終わった。


「今日は、どうしようか。君は行く宛てはあるの?」


 本から顔を上げて、こちらを見ている男の顔を見る。茶色の瞳が真っ直ぐにこちらを見て、セシリアの姿を映していた。

 セシリアは少し悩んでから、首を横に振る。どこに行こうなどと、考えていなかった。ただ自分に謝罪し続ける彼らから、逃げ出したかっただけだ。


「そう。ならよかったら、ここで暮らす?」


 男の提案に、セシリアはぱちくりと目を瞬かせた。

 昨日出会ったばかりの相手に、そこまで親切にする道理などあるだろうかと頭を悩ませ――そして次に、自分の体について思い至った。


 共に生活するとなると、セシリアの体の異常性はすぐに露見するだろう。食べず眠らずいられる人間などいない。


 ――この人は、私のことを知らない。


 それ自体は、セシリアにとっては喜ばしいものだった。だが、何も知らないからこそ、セシリアが普通の人間ではないと知ったときに、どういった反応を示すのかが予想もつかなかった。


 ――悪魔の仕業、だなんて言っても……信じてもらえないわよね。


 悪魔は神話にしか出てこない生き物だ。今では姿形どころか、噂すら存在しない。

 そのような存在に呪われたと言われて、信じる者がどれだけいるだろうか。


 すぐに治る傷や、食事も睡眠もいらないことで異常だということは伝わるだろう。だが悪魔の仕業だと信じてもらえなかった場合、男がどういった結論をつけるのかがわからない。


 セシリアは視線を右往左往させ、どう答えたものかと悩む。


「いや、もちろん、君が嫌ならいいよ。君は綺麗な女性だし、俺は男だ。警戒するのも無理はないからね」


 そういった意味で警戒しているわけではないのだが、セシリアはそれに苦笑を返した。


 ――彼が危惧しているようなことは、起こらないでしょうね。


 首を一周する縫い跡は生々しく、ドレスに覆われた体には鞭で打たれた跡が残っている。情事に至るには、セシリアの体はあまりにも痛々しかった。



 セシリアは小さく息を吐き、傍らに置いていた紙とペンを手に取る。そしてそこに短い文字を綴り、男に手渡した。


 ――問題は、私の体だけではないわ。


 男の暮らす森は王都とあまりにも近すぎる。しばらくはセシリアを探すであろうアシュトンの手が及ばないとは限らない。

 もしもここにセシリアがいることが知られれば、男にも迷惑がかかるだろう。


 だからセシリアは、昼にはここを去ると書いた。


「……そっか。それは残念だな」


 肩を落とす男に、セシリアは目を伏せた。親切にしてくれたことに感謝してはいるが、さすがにこればかりはどうしようもない。


 ――何か、別の形でお礼できないかしら。


 そう思い至ったセシリアは、再度紙に文字を綴った。昼までであれば手を貸すと、そう書いて。

 男は文字を目で追った後、顔を上げて笑みを浮かべた。


「それなら、少しだけ手伝ってもらおうかな。実はこの屋敷には地下があるんだけど、掃除したくても……実はとかげが住み着いてて……いや、もちろん君がとかげが苦手であれば無理にとは言わないよ」


 慌てたように言葉を覆し、男は苦笑しながら頭を掻いた。セシリアはそれを見ながら、口元に笑みを浮かべる。

 幸いセシリアは爬虫類のたぐいが苦手ではない。地下の掃除をするのか、とかげを退治するのかはわからないが、きっと役に立てるだろう。


 だからセシリアは頷いた。喜んで、という意味をこめて。



 そうして案内された地下は暗闇に閉ざされていた。床に重々しい扉がついており、それを持ち上げると階段が見える。その程度のことしか、わからなかった。


「燭台とかも変えられてないから、松明を持っていったほうがいいかな」


 男はそう言うと、待っててと言い残して去っていく。セシリアは地下に通じる階段を見下ろして、積もっている埃に目を瞬かせた。


 ――埃って、こんなに積もるものなのね。


 セシリアがこれまで生活していたのは、掃除の行き届いた屋敷や城ばかりだった。誰の手も入っていない場所など、経験したことがない。


 ――埃でくしゃみが出たりはしないから、大丈夫よね。


 自分の体が汚れることを厭わなければ、問題はないだろう。

 そしてセシリアが意を決した頃、男が戻ってきた。


 男から松明を受け取り、地下の階段を降りていく。一歩足を進めるたびに、埃が舞った。下手すると足を滑らせそうな階段に、セシリアは松明で足元を照らしながら、慎重に下りた。


 そうしてたどり着いた地下は、階段よりも広いせいかまるで埃の絨毯が敷かれているようだった。セシリアは眉をひそめながらも地下を松明で照らす。元々は物置だったのだろう。棚がいくつか置かれており、そこには埃のつもった何かが置かれている。


 ――とかげは、どこかしら。


 男に頼まれたのは、とかげをどうにかすることだった。駆除でもいいし、捕まえて外に逃がしてもいいそうだ。

 セシリアは外に逃がすのを選び、とかげを入れるための小さな檻を用意してもらった。


 だが壁際を松明で照らしてみても、とかげの姿は見えない。


 ――棚の裏にいたらどうすればいいのかしら。


 大きな棚はセシリアの手では動かせそうにない。なにしろ片手は松明で塞がっている。


 ――そういえば、どうやって捕まえればいいのかしら。


 右手には檻、左手には松明。どうあがいても、とかげを捕まえられそうになかった。

 まず地下自体を明るくしなくてはどうにもならない。セシリアは燭台の蝋燭を用意してもらおうと、上に続く階段を上った。


 ――あら?


 だが、ある程度上っても、差し込むはずの光が見えてこない。暗い足元を照らすのは、セシリアの持つ松明だけだ。

 それからさらに上ったところで、セシリアの頭が何かにぶつかる。


 ――これは……。


 セシリアは足元に一度檻を置いてから、頭上にある何かに触れた。


 ――もしかして、扉?


 数歩下がり、松明で頭上を照らす。そして赤茶色の――閉め切られた鉄の扉が光の中に映し出された。

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― 新着の感想 ―
[一言] 森の中の男、最初は人外かな?とか思ったけど、ちゃんと普通の人みたいだったのに、閉じ込められてしまいましたか^^; でも、なんだか悪い人ではなさそうなんだけど… セシリアが淡々としてるので、…
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