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死んでからが本番です  作者: 木崎優
三幕目

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13/21

『男』

 セシリアは貴族令嬢として育った身だ。平時であれば、うかつに男性の招待に応じたりはしなかっただろう。

 だが今のセシリアは普通ではない。たとえ危ないことがあったとしても、すでに死んでいる身には影響しないだろう。万が一影響して死ぬのならば、それに越したことはない。

 そういった考えが無意識下にあるからか、セシリアは普通ならばしないであろう行動を取っていた。

 そして男の案内のもと、二人は森の中に立つ屋敷に到着した。


 ――森の中なのに、ずいぶんと立派ね。


 セシリアが想像していたのは、森での作業を生業にしている木こりなどが、寝泊まりのために建てる小屋程度のものだった。

 だが目の前に聳え立つ屋敷は立派な鉄柵に囲われており、白い壁の周りには花の咲く庭が広がっている。


 貴族の邸宅よりは小さいが、庶民の家というには大きい。


「俺の先祖が変わり者だったらしくてね、俗世で生きていけるかって言って、ここに家を建てたんだ」


 目を丸くしているセシリアを見て察したのだろう。男は苦笑を浮かべながら言った。

 セシリアはそれに、納得したように頷いて返す。喋れない体では、雑談すら満足にこなせない。


 門を抜け屋敷の中に入ると、男は被っていた外套を脱ぎ、入口横に添えつけられている外套掛けに掛けた。

 露わになった茶色の髪と茶色の瞳。どこにでもいそうな平凡な見た目に、セシリアは頭の中でこれまで会ったことがあるかどうかを考えた。


 だがいくら記憶を浚おうと、男の姿は出てこない。


 ――会ったことないなら、本当に私のことを知らないのかもしれない。


 森の中で立派な屋敷で暮らしていたのなら、王都の騒ぎも知らないかもしれない。知っていたとしても、セシリアを知らなければ本人だとは思わないだろう。


 ――親切な人ね。


 名前すらも知らない相手を、危ないからと屋敷に招待してくれた。確かにそれは親切な行いだろう。

 セシリアは心の中で感謝の念を抱きながら、屋敷を案内してくれると言う男の後に続いた。


「そういえばお腹は空いてる? 何か出そうか?」


 ふと足を止めて問いかけてくる男に、セシリアは首を横に振った。


「眠かったりはする? まあ、掃除してない部屋ばかりだから、ゆっくり休める部屋はあまりないけど」


 セシリアはこれにも首を横に振る。食欲も睡眠欲も、処刑の日から感じたことはなかった。


「君は喋れない、ということでいいのかな?」


 これには、頷いて返した。


「……そうか。じゃあそうすると、困ったことがあったら言って、というのも難しいよね。どうしようかな」


 首を捻って悩む男に、セシリアはどうしたものかと内心で頭を抱える。

 紙とペンがあれば意思を伝えることができるが、今は手元にない。そして、さすがに初対面の男性の手を取って指先で文字を綴るのはためらわれた。


 ――紙とペン、どう伝えればいいのかしら。


 喋れなくなってからこれまで、明確な意思表示はしてこなかった。そのため、自分の言いたいことを伝えるためにはどうすればいいのかが、セシリアにはわからない。

 身振り手振りで伝えようにも、これまでそうしようとしたことがなかった。


 悩みに悩み、セシリアは指先で文字を宙に綴る。指をペンに見立てて、ペンが欲しいと伝えたつもりだった。


「ん? それは、指揮者の真似?」


 だが残念ながら男には伝わらなかった。


 どうすれば伝わるのか再度必死に頭を巡らせ、セシリアは自分の手に指先で文字を綴った。手を紙に、指をペンに見立てての行動だ。

 男はそれを少しの間見た後、「ああ」と小さく呟いた。


「なるほど、そういえば君は貴族だったね。今紙とペンを用意するよ」


 男の言葉に引っかかりを覚え、セシリアは小さく首を傾げた。


「おや、違ったかな? 上等なドレスを着ているから貴族かと思ったのだけど……はい、これでいいかな」


 男は喋りながらも、入口近くに置かれていた小さな机の引き出しから紙を取り出すと、机の上に置かれていたペンと共にセシリアの前に差し出した。

 差し出された紙は小さく、普段は用件などを綴るためのメモ書きとして活用しているのだろう。セシリアは何枚も重ねられた紙の束を受け取り、一番上の紙に「ありがとう」と綴った。


「礼には及ばないよ。さて、君が休むための部屋はどこにするかな……応接室か、広間か……」


 くるりと背を向けて歩きはじめる男の後を追いながら、小さく呟かれた言葉に耳を傾ける。実用的な部屋ばかり挙げているのは、それ以外の部屋は掃除されてないどころか、普段から使っていないのかもしれない。


 ――さすがに、埃まみれの部屋はいやね。


 埃で咳き込んだりはしないだろうが、視覚的にも気分的にもよろしくない。セシリアは紙に再度文字を綴り、男に差し出した。


「本のあるところ、か……あー、それは難しいかな。書庫は長らく使ってないから、ちょっと……人を案内できる状態じゃないんだ」


 厚かましいお願いにもかかわらず、男は真剣に悩むように眉をひそめた後、申し訳なさそうに眉を下げた。


「そうだ、もしよかったらだけど……俺の話し相手になってくれないかな? 見ての通り、俺はここで一人で暮らしていてね。話し相手が欲しかったんだよ」


 セシリアは目をぱちくりと瞬かせ、小さく首を傾げた。話し相手と言われても、セシリアは話すことができない。


「ああ、いや。話を聞いて相槌を打つだけでも構わないよ。……偏屈な先祖のせいで、この屋敷は子供から幽霊屋敷のように扱われているんだよ。それで、ここに住む俺は悪い魔法使い、とまで言われていて……あまり立ち寄ってくれる人がいないんだ」


 苦笑を浮かべながら頭を掻く男を見ながら、セシリアは再度首を傾げた。

 幽霊屋敷というには、この屋敷はしっかり手入れがされており、外観も綺麗なものだった。一般的な幽霊屋敷――蔦が壁を張っていたり、ひび割れていたり、窓が割れていたりといったことはまったくない。


「……森の中にぽつんと建ってるからね。それだけで子供にとっては幽霊屋敷なんだよ。後は、まあ……偏屈な先祖が、あまり大声では言えない趣味の持ち主で……それのせいで色々と、あることないこと言われているんだ」


 気まずそうに逸らされた視線に、セシリアは少し悩んでから、文字を連ねた。


 ――話し相手になる程度なら、いくらでも構わないわ。


 大声で言えない趣味については触れず、ただ話し相手になるとだけ書いた紙を男に見せる。


「ああ、よかった。ありがとう」


 朗らかに笑う男に、セシリアは微笑みを返した。

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