表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死んでからが本番です  作者: 木崎優
幕間

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/21

『カーティス』

 小さな手に花を握りしめて笑う少女を守りたいと、そう願い続けていた。

 だが抱いていた願いは叶うことなく、守りたかったはずの少女の首は落とされた。



 カーティスは騎士団を纏めている団長の息子として生まれた。幼少の頃から騎士になるのだと信じて疑わず、鍛錬にも精を上げていた。

 その成果を見込まれ、成人した後にアシュトンの護衛騎士として働けるようにと従者になったのが、十歳の時だった。


 セシリアと出会ったのもその頃で、明るく無邪気に笑う彼女に、カーティスは温かな気持ちを抱いた。


 十六歳で正式な騎士となり、アシュトンの護衛騎士に任命された時も、セシリアはもちろん、アシュトンもクラウドも心から賞賛の言葉を贈ってくれた。


 剣の誓いの代わりにと贈った花は、かつてセシリアから贈られたものだった。

 

 初めて会った時、これからよろしくと言って、彼女は小さな手に可憐な花を握っていた。



 大切な友人と主人、それから主人の婚約者を、何があっても守ろう――守りたいと、そう思い続けていた。


 だが抱いていた決意は呆気なく散った。

 残されたのは、助けを求める彼女の手を省みることのなかった記憶だけだった。



「どういうことだ!」


 荒々しく開かれた扉の先で、主人であるアシュトンが目を丸くしている。だがカーティスには主人の様子を気遣う余裕はなかった。

 扉を開けた勢いのまま部屋の中に踏み入り、苛立ちを隠し切れない形相をアシュトンに向けた。


「どうして……どうして俺じゃないんだ」

「……セシリアの護衛のこと?」


 アシュトンが小さく首を傾げると、カーティスの顔が歪んだ。

 怒っているような泣きそうな複雑な表情に、アシュトンの口から溜息が漏れる。


「……どうしてかは、君もわかっているだろう」

「だが、俺は、彼女を守ると、そう誓ったんだ」

「君は私の護衛騎士だ。セシリアと私、両方を守ることはできない」


 冷たく言い切られた言葉に、カーティスは拳を握る。彼が守れるのは、剣の届く範囲だけだ。

 以前であれば、アシュトンの横にはセシリアがいた。それならば両方を守ることもできただろう。だが、アシュトンとセシリアの婚約は解消された。


 セシリアが罪人として断じられた、あの日あの時に。



「……それに、ああなって以来セシリアが気にかけたのは、彼だけだった」


 起伏のない声に、カーティスは固く目を瞑った。アシュトンの言い分は、彼もわかっているつもりだった。


 処刑日からここまで、セシリアが望んだのはアベルの解放だけだった。それ以外は何も語らず、ただじっと椅子に座って空虚な目を向けてきていた。


「だが、彼は他国の人間だ」

「だからこそ、彼だけがセシリアのために動くことができた」


 ウェンディ・ウォーレンのかけた呪いは、この国に住まう者がセシリアを忌み嫌うようになるものだった。そして同時に、彼女に向けられていた好意を自身に移すものでもあった。

 だが呪いは万全ではなかったのか、呪いが発動した後に移住してきた者には適用されていなかった。


 この二年の間にエリュシオンを訪ねてきた他国の商人や使者の証言により、その穴が明らかになった。だが彼らは、他国のことだからと余計な口を挟まないようにしていた。

 その中で、他国の王族だった経歴を持つアベルだけが、何かがおかしいと進言した。騎士という立場もあり、彼の声だけが王の耳に届いた。


 その結果、罪人に落とされたのだから、おかしいと思いながらも他の者は口を閉ざすことを選んだ。

 今になって口を開いたのは、セシリアの処刑によって呪いが明らかになったからだ。もしも何事もなければ、彼らは永遠に口を閉ざし続けていただろう。


「それは、呪いのせいであって……俺も彼と同じ立場ならば……」

「君ならそうするかもしれない。だが、そうはならなかった」


 先ほどまでの気迫はどこに消えたのか、カーティスの顔からは血の気が失せ、青ざめている。アベルと、そしてセシリアにした仕打ちが到底許されるものではないことは、彼もわかっている。

 だがそれでも、これまで抱き続けていた願いが手から零れ落ちたことに気がつきたくなくて、ここまで乗り込んできた。


「私たちでは駄目なんだよ。一度離してしまった手を、彼女は握り返してはくれない」

「それがウェンディ・ウォーレン――アマリリスの呪い、ですか」


 かつて魔女として裁かれたアマリリスは、自らを死に追いやった者を恨んでいた。

 そして自分からすべてを奪った少女と――彼女が暮らしていた地に住まう者たちを、呪った。


「それは、どうだろうね。だけど生者と死者。決して相容れることのない存在として、いつまでも苦しめばいいと、そう思ったことだけは確かだ」


 愛する者を失った悲しみを永遠に抱けばいい。それは呪いなのか、あるいはアマリリスだったときに抱いていた願いなのか――そうアシュトンが語るのを聞きながら、カーティスは顔を伏せた。


 呪いだろうと希望だろうと、カーティスには関係がなかった。

 アマリリスが生前どういった人物なのかはわからない。だがすべてを呪い恨み、そうして彼女の死に携わっていない者たちに見えない傷を残していった。


 だがいくら怒りを覚えようと、それをぶつける相手はもういない。

 ウェンディの首を切り落としたのは、他ならぬカーティス自身だ。


 もしも彼女が生きていれば、失われてしまった悪魔との契約方法を探ることもできただろう。あるいは、契約自体を切ることができたかもしれない。

 だが縋ることができたかもしれない希望を、彼は自らの手で切り落としてしまった。



 どれほどセシリアに謝ろうと、償う術はない。ただ謝罪の言葉を重ね、許しを乞うことしかカーティスにはできなかった。

 

 進むことも戻ることもできない贖罪の日々は、セシリアが姿を消したことにより、唐突に終わりを告げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] セシリアが居なくなって、解放されたんですね。 これから、少しずつ少しずつ忘れていくのでしょうね。 セシリアの周りにいた、セシリアと縁のある人たちも、セシリアに何かした人たちも…。 セシリアは…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ