健全なる悪口コミュニケーション!
あるはじめたての実況配信者、楓ちゃんは新作格闘ゲーム『PUNISH android』を実況ライブしてみたのだが、注目作で新作で流行りのバーチャル実況も取り入れているというのに、(赤髪の巨乳かわいい感じの)いまいち視聴者数が伸びない。
楓ちゃんは表面上は普通を取り入っていたはいたが、内心では少し落ち込んでいたし、実はちょっと泣いていた。新作を実況すればもっと有名youtuberになって、お金も手に入るかもしれない。そういう期待がちょっとあった。まあ、最初の動画でコメントがついた時にはテンションも上がって、視聴者数が伸びなくても楽しめればいいやと思ってもいたのだが、それでも楓ちゃんはお金が欲しかった。
生まれが貧乏で、毎日もやしを食べていきてきた。
お金を手に入れて、やまほどのもやしを食べられたら、幸せなんだよなあ。
と、思っていた。もやしに飽きないという点では、彼女は一つのことに集中しても大丈夫なタイプということでもあった。飽きづらく、好きなものはいくら食べても好き、という。
ゲームでもそれは共通で、格闘ゲームに関しては友達の影響で昔から好きだった。やり込みが特に好きで、頑張った分勝利数が増えて成果が増えるというわかりやすく感じられる成長が、彼女のモチベーションを常に保ち続けてきた。
『PUNISH android』にはもやしが好きな美少女アンドロイドキャラクター、『アイビス』というのがいる。
もやしが好きという共通点に、好みのビジュアル。パワー型で、爽快感がある。コンボが難しいが、やり込みが好きな彼女にとってコンボ練習は苦ではない。
楓ちゃんは好きなキャラクターを見つけ出したことでモチベを上げつつ、まずはストーリーモードをやってアイビスの性格を知った。さらに好きになった。彼女はアイビスというキャラクターの推しになった。これからしばらく彼女を使い続けたいし、彼女の話で視聴者さんと盛り上がりたい。
と、期待しながら新作を実況したのだが。
そもそも人が集まらないし、コメントも少ない。アイビスというキャラクターに触れてくれる人もなぜかほとんどいない。自分から話を振ってみても、みんなあまり盛り上がらない。
なぜこんなことに……楓ちゃんは、泣きながらもやしを食った。おいしい。
そんなもやしを食っている最中に、新たなコメントが書き込まれた。こういうコメントだった。
「アイビス使ってるみたいだけど、強キャラだとは思うけど設定が好みじゃないな。使ってる主の気がしれない」
アンチというやつだ。楓ちゃんは元々不機嫌だったので、アンチが目障りに感じられて仕方がなかった。表面上は冷静さを保ってはいたが、その内心はどうやったらこのアンチを排除できるかという激情に駆られていた。そこで、まずはそのコメントした人物がどんなキャラを使っているのか聞いてみることにした。
すると返事はすぐに返ってきた。
「性能は弱いけど、ムキマッチョンっていうキャラを使ってます。アイビスさんにもおすすめです。ムキマッチョンはアイビスのライバルキャラだからもやしが嫌いらしいですけど、主はもやし好きなの? 俺は好きじゃない。貧乏臭いし。ムキマッチョンは男っぽい名前と見た目だけど、実は女なんですよ。これ、ネタバレですけどね」
楓ちゃんが非常に不愉快な気持ちになったのは言うまでもない。なぜにもやしのことを悪くいうのか? ていうか、ネタバレすんなよ。男だけど実は女って、ちょっと気になるし。
くそ、こいつ……。
楓ちゃんは「対戦しましょう」と彼を誘った。ライバルキャラ同士盛り上がるだろうから、という理由である。コメントはすぐに帰ってくる。
「相手にならないっすよ。ぼこぼこにしてやります。俺弱キャラでもキャラ愛で勝てる自信ありますよ」
キャラ愛だったら私だって負けていない。ていうかこいつ、弱キャラってことをアピールしてきて面倒臭い。弱キャラ使っても勝てる俺つえーとか言いてえのか? 絶対負けないぞ、この手のやつには。
よろしくお願いします。
楓ちゃんは激闘を繰り広げた。勝敗は一進一退で、勝ちと負けを繰り返して、コメントも多いに盛り上がった。視聴者数はそれでも伸びなかったが、チャンネル登録数は若干増えた。
楓ちゃんは、不思議な感覚に囚われた。
相手が殺意を向けてくるかのように激しいプレイをしてくると、こちらは冷静になって相手をいなそうとする。読み勝って有利になると、今度は相手が冷静を取り戻して、一旦間合いが開く。相手は近距離タイプなので、もやしを投げる技で嫌がらせをしてやると、その隙をついて器用に接近してきたりする。
相手も冷静になってきたと思うと、自分も冷静になっているのが嫌になって、つい突っ込んでしまう。するとそれを待っていたかのように、相手がカウンターを決めてくる。
コンボが決まって、体力がミリ単位になる。しかし相手がこちらの突っ込んでくるのを潰すというやり方を理解したので、今度は突っ込んで敢えて何もせずに防御し、防御によって敵に隙を作らせて、その隙を突いて着実にダメージを与えた。
コンボが決まって、相手の体力をミリにしてやって、互いがあと一撃で勝敗が決まるという時点になって警戒していると、時間が切れて、引き分けになった。
もう一戦やることになると、またお互いがそういう駆け引きをすることになって、結局お互い高火力のコンボを決めるには決めるのだが、後一歩及ばずに負けたり、逆に勝つこともあったが、どの勝負も良い勝負なのは間違いなかった。
コメントは大盛り上がりで、視聴者数も気が付けば過去最高を記録していた。
対戦が終了し、そのムキマッチョン使いは相変わらずむかつくコメントを残してきた。キャラ愛が足りないだの、読みが甘いとか、キャラ性能に頼りすぎとか。
「楓ちゃん、貧乏だったでしょ?」
なぜか彼はそう言い当ててきた。個人情報がバレる理由はないのに、彼はまるで見透かすようにそうはっきりと告げた。彼は対戦を通して私の性格を把握し、キャラ愛が足りないと言いつつも、私がキャラを愛で選んでいると理解し、もやしが好きというキャラ情報から私が貧乏だと推察したとでもいうのか!?
こいつ、できる……。コミュニケーションは一見下手そうなのに、他者への洞察力がある。格ゲーを通して、人のことを知ろうとする超人じみた何かがある。悪口を言うのでなければ、友達になれそうなレベルだ。
楓ちゃんは衝撃を受けながらも、しかしそこであるひとつのことを閃いた。
これも楓ちゃんが格ゲーをこのコメント主と繰り返して、ふと想像していたことだ。
だがこの想像が、もしかすると真実なのではないかと、天啓が降りたようだった。
楓ちゃんは、思い切って言ってみることにした。
「対戦を通してわかったんです。実は、あなた男のように振舞っていますけど、女でしょう?」
ムキマッチョンが男のように見せかけて女であるように。このコメント主もまた、女なのではないか?
他のコメントでは「それはない」というもので溢れた。みんな笑っていた。だが、そのコメント主だけはコメントを返してこなかった。楓は返事を待っている間も、みんなに笑われてもひとつの確信は揺るがなかった。コミュニケーションを通して、人と人は悪口であっても、こうして何か隠されていることを知ることが可能なのだと、はじめて理解できた。
楓ちゃんは、自分が成長したような実感を得た。
これだから格ゲーはやめられないのだ。実況も続けていこう。たとえ視聴者数が伸びなくても、お金がもらえなくも、問題ない。もやしは安いから食べられるし。
これからは、アンチともコミュニケーションを取るつもりで接していこう。こういうことがあるのだとすれば、決して悪いことじゃないかもしれない。むかつきはするけど。
コメントが返ってきた。楓ちゃんは、それを読んで、少し微笑んだ。
「お前は、馬鹿か? 私は、男だよ」
私、という一人称の変化を、見逃すことはなかった。
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