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黄昏の艦隊~The Twilight Fleet~  作者: 柱島頼
第一章
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 白夜(はくや)は自宅に向けて暗い峠道を走る。こんなに遅くなってしまったのは残業していたためだ。残業ではあるが、仕事が終わらず、帰ることができなかったのではない。研究を(きり)のよいところまでと思ってしていたら、すっかり日が暮れ、丸い月が昇っていた。

 そのような具合で今は職場である研究所から愛車のトヨタ86(ハチロク)GTに乗って帰っているところだ。隣の助手席には再従兄弟(はとこ)であり、婚約者でもある相棒が未だにノートパソコンとにらめっこしている。今日行った実験などのデータから明日やるべきことを考えているのだろう。

 普通自動車の運転免許をとって二年と少しではあるが自慢の運転技術をもって、白夜はそんな彼女の邪魔にならないように目の前以外に明かりのない夜道を駆ける。


――トゥルルルル


 峠道を半分ほど登ったとき、白夜の携帯電話が鳴りだした。白夜は左手をハンドルから離し、太腿にあるツナギのポケットから携帯電話を取り出し、電話に出る。


「もしもし」


『おう。久しぶりだな、白夜。今、俺の目の前のオレンジ色の86(ハチロク)って白夜か?』


「ああ、久しぶり。念のためだ。確認するから、三回パッシングしてくれ」


『おう、わかった』


 つい先ほど後ろに張り付いてきたクルマのヘッドライトが三回点滅する。


「確認した。そうだよ。今、お前の前を走っているのが俺だ」


『なら良かった。せっかくここで会ったんだ。一つ付き合ってくれないか?』


「オーケー。じゃあ、登りきってからのダウンヒルでどうだ?」


 白夜は大きくゆるめのカーブを曲がりながら言う。ここからしばらくは直線だ。そして頂上まであと三つカーブがある。


『おう。それでいこう』


――プッ……


「すまん、冥霞(めいか)。バトルすることになった。パソコンしまってくれ」


 白夜は携帯電話をポケットにしまいながら言う。

 助手席の彼女は呆れたように顔を(しか)めるが、慣れた手つきで膝の上に乗せていたノートパソコンをカバンにしまい、後部座席の足下に置く。その間にまたカーブに入る。あと二つ。

 その後数分のうちに残り二つのカーブを抜け、頂上に差し掛かる。

 頂上を抜け、下りに入って最初は直線。互いに思い切りアクセルを踏み込む。ここは数少ない全開が出せる区間だ。後ろに張り付いていたフェアレディ(ゼット)(ゼット)34がすぐさま横に出て並ぶ。そのまま、排気量3.7リットルを誇る自慢のVQ37VHR型エンジンを吹かせてまっすぐ進み、最初のコーナーに差し掛かる手前で白夜の86の前に出た。

 前に出た(ゼット)34は二本の赤いラインを残してコーナーを曲がっていく。

 白夜は右足でブレーキペダルを踏んでマシンを減速させ、左足でクラッチペダルを踏んでクラッチを切り、素早く一速落とす。動力を再接続して、右足の先をブレーキペダルに残したまま、踵でアクセルペダルを踏むとエンジンの回転数を再び七千近くまで上がる。その後一旦ステアリングホイールを旋回方向に切る、すると86は身体を横に滑らし始める。このままではマシンがスピンしてしまうため、すぐにステアリングホイールを逆の方向に切り、カウンターを当てる。こうして、86は甲高いスキール音を上げながら直角コーナーを最短のラインで駆ける。

 コーナーを抜けて白夜はZ34に張り付く。しかし、たった数秒間の直線でじりじりと離される。

 またコーナーに入り白夜は前のZ34に追いつくが、またもや次のコーナーに入るまでに差をつけられる。

 コーナーを曲がるたびに数メートル離される。

 しかし、白夜はあまり気にしない。こんなふうになるのはいつものことである。

 日産フェアレディZ・Z34は購入時の未改造の状態で三百三十六馬力までパワーが出せるのに対し、86は同様の初期状態で二百馬力しか出せない。

 目の前のZ34は四百馬力近くまで出せるようにチューンしたと言っていたが、白夜は二百五十馬力までしか上げていない。

 白夜は峠の下りはパワーよりトータルバランスの方が重要だと考えており、下手にパワーを上げるより足回りや吸排気系を中心としたチューニングにとどめているのだ。

 Z34と数十メートルほど離れたところでコースの四分の一を走り抜け、勾配の緩い第一セクションから勾配のきつい第二セクションに入る。

 勾配が急になったおかげでZ34のパワーの差によるアドバンテージが小さくなっていき、86の軽量で重心の低い車体が生きてくる。

 それでも直線区間では86が離されるが、第一セクションほどではない。

 第二セクションの三つ目のコーナーからようやく直線でも離されなくなる。


--せっかく離したのに詰めてきやがった。


 勾配はきつくてもゆるいコーナーばかりの第二セクションでも白夜はZ34を抜きに行こうとはしない。これまでやってきたバトルでこのセクションで抜いても意味はないことはわかっている。勝負を仕掛けるのは、勾配がきつい上にタイトなコーナーが多い最後の第三セクションだ。

 第二セクション最後の大きいが大きな曲がりをしていないコーナーを二台が飛び出て、第三セクションに突入する。ここは最初の直角コーナーのあと、七連続のヘアピンカーブ。そして最後に勾配がいきなり緩やかになり、大きく弧を描いているゴール直前の高速セクション。

 二台は最初のコーナーに入る。二台ともブレーキをかけて減速。それぞれが赤い二本の線が空中に残してコーナーに進入し、鼻と鼻を突き合わせてのツインドリフト。そしてコーナーをでたら横一列から縦一列に。

 ここからは七連続ヘアピン。タイトなヘアピンカーブが七つも続く。

 一つ目に進入。綺麗に二台ともリアを大きく振りながらコーナーに進入するが、Z34が僅かに外にそれる。


――クソッ。アンダーが出てきやがった。タイヤを使いすぎたか?


 それでも出てきたアンダーステアをこらえながらZ34を操る。

 すぐに二つ目、三つ目と続いていく。ヘアピンカーブを曲がる度にZ34に発生するアンダーステアは大きくなる。


「もうタイヤがきついだろう。よし。冥霞、思いっ切りいくからしっかり捕まっててくれ」


 白夜は隣に座る婚約者――冥霞に念のため注意をしておく。少し無理をするので先に言っておかないと後が怖い。

 ヘアピンカーブは四つ目を過ぎて五つ目。とうとうZ34は大きくアンダーステアが出て、大きく外側に寄ってしまう。

 そこにできた隙間に白夜は86の鼻面をねじ込む。そして、コーナーを出るところでアクセルペダルを一気に踏み込む。


――コノヤロー! こんなところで!


 ここでこそ白夜が86に取り付けた大きめのリアウイングが生きてくる。ドリフト走行中ではエアロパーツはあまり効果を発揮しないが、そのあとの立ち上がり加速で役に立つ。空気の流れがマシンの後方を地面に押し付け、しっかりとリアタイヤの回転を路面に伝えさせる。後輪駆動の86はスムーズに加速できる。

 Z34と並んだ86は前に踊り出る。そのとき――


「白夜!」


 白夜は86ごと白い閃光に飲み込まれた。







 この日、国内で十二の隕石が同時に観測され、これの衝突による死者は十三名、重軽傷者多数と発表された。

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