夕食
住宅街を抜けた先は、商店街のようになっていた。
開けた道路を挟んで、様々な店が所狭しと商品を広げ、店員が行き交う人々を誘い込もうと大きな声を掛けている。食べ物や服、飲食店や喫茶店など、初めて見たはずなのにどこか見覚えのあるような光景に、ユウは少し安心した。
夕暮れの商店街はかなりの賑わいを見せていた。
夕食の買い物を急ぐ女性やいかにも寄り道をしている学生のような若者、せわしなく動き回る目の前の人々に、ユウはふと自分の身なりを見直した。
ユウの着ている服は、向こうで来ていたものそのままだった。
白いTシャツにネイビーのカーディガン、黒のパンツ。
唯一違うところは、着ていたはずのコートがいつの間にかなくなっている点だ。
思い返してみると、あの大きな扉の前で男と話していた時も着ていなかった。
どこに無くしてしまったのか。
「ああ、服?しばらくは俺の貸してあげるよー。身長も同じくらいだし、大丈夫だと思うよ。」
そういってくれるコッチも、街ゆく人も、どこか見覚えのあるような”普通”な服を着ていた。
人種という意味でも、ユウの想像の範囲内だ。
全員日本人っぽいかと言われればそうではないが、一面青や緑の人なんてどこにもいない。
鼻の高い白人の女性が流暢に日本語を話していることを少し不思議に思う程度だ。
異世界という中でも目の前の光景を見覚えがあるように見えるのは、そういった細かい点が日本と、地球と近いからだろう。
もしかしたら、定期的に現れる樹人と呼ばれる存在がこの世界の生活の発展を担っているのかもしれない。
コッチの目的地は決まっていたようだ。
立ち止まったのは賑わう飲食店だった。
年季を感じる木造の建物、シミだらけの暖簾に感じる不安は、中から聞こえてくる賑やかな声がすっかりかき消してくれた。
コッチに続けて中に入る。
外目一杯まで並ぶテーブル、大皿に大雑把に盛られた料理を囲み、グラス片手に喋る人々。
地元の人が集う町の食堂とは、まさにこのことを言うのだろう。
ズイズイと中に進むコッチを見つけたお店の女性が、コッチを見つけて声をかけた。
どうやらコッチも店の常連らしい。
「おばちゃん!あの部屋空いてる?」
「おや、やっと女の子連れてきたか!8時から予約入ってるから、それまでは使っていいよ!」
コッチは違うってと言いながら、ユウを手招きする。
ユウを見つけたおばちゃんに、あらやだと通り抜けざまに肩をバシバシ叩かれた。
「うん、美味しい。」
ユウはそう言って、大盛りの野菜炒めを頬張った。
余計なことは一切省いたシンプルな塩っ気と素材の味。
見たことのない野菜ばかりだが、癖のない食べやすい料理に箸が止まらなくなってしまう。
「さーて、何から話すかなぁ。」
コッチは背もたれにもたれかかり、深く息をつく。
お腹も落ち着き頭が回ってきたユウは、意を決して1番気になっていることを聞いてみることにした。
「どうしてこんなによくしてくれるんですか?こんな見ず知らずの人に。」
「へっ?あー、うーん。」
予想外の質問だったのか、コッチは眉間にシワを寄せる。
しかしユウにとっては、大事な質問だった。
この世界がどうかとか、今後どうしようとかいうよりもまず、目の前の人が何者で、どうして助けてくれるか知っておかねばならない。
ユウには今、頼れる人は目の前の青年しかいないのだ。
「そっか、自己紹介とかまだだったよね。名前はオーべ:コッチ。わかってると思うけど、コッチって呼ばれてる。歳は19歳。同じくらいでしょ?」
コッチの言葉にユウは頷いた。
ユウの方がいくつか年上かなと思っていたが、全くの同い年だ。
170は無いであろう背丈に細身の体。
小動物のように見えるのは、くりっとしたつぶらな目も原因の一つだろう。
少し長めの赤茶色の髪は染めたのか、それとも地毛なのか、パッと見ただけではわからない。
「ここはチェルディアの西端、フォルトン。特に何が名産とかは無いけど、街もそれなりに栄えてるし、治安もいい、チェルディア有数の人気街だよ。」
「チェルディアっていうのは、国のこと?」
コッチはうんと首を縦に振る。
「4つの国があって、チェルディアはその1つ。まぁでも王様なんて見たことないし、国を移っても特に何かあるわけでも無い。知らなくても生きていけるけどね。」
王様がいるということは、王制だ。
王様を見たことがないと言っているくらいだから大きく影響はないかもしれないが、覚えておいて損はないだろう。
「俺はここで、ハンターとしてお金を稼ぎながら全国を旅してる。もう3年になるかな。」
ハンター、、
物騒なワードに怯むユウを他所に、儲かるんだよとコッチはケタケタと笑う。
「あの、そのハンターっ」
ユウが言い切る前に、バンと店の扉が開かれ、助けを乞うような叫び声が聞こえてきた。
こっちは飛び込んできた人を一眼睨むと、不敵な笑みを浮かべた。
「さて、仕事かなー。」