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「晴明様と千尋さん」シリーズ

ふとしたきっかけで始まる恋

作者: ネコ助



俺は寺本貴史(てらもとたかし)。印刷会社の営業をしてる華の二十五歳だ。

髪は黒髪のショート、目はつり目のキツネ顔、身長百八十五センチの俺的にはなかなかのナイスガイだと思ってる。


そんな俺はつい先日、幼馴染に告白して振られた。百パーセント恋愛出来ないと言われた。すげーショックだった。だけど俺は引き際をわきまえてる男だから、きっぱり諦めることにした。


話は変わるが、俺は勘がいい。相手が嘘をついてるとすぐ分かる。例えば取引先の人がウチの会社より他の会社を使おうとしてるとか、合コンの女の子が実は彼氏がいるだとか、相手の顔をじっと見つめればすぐ分かる。なんでなのかは知らないが、天は二物も三物も与えるのだろう。


そんな俺は、現在困った状況にいる。いや、困った状況を〝見ている〟。


「ですから、今日の夜必ず代金をお支払いに来ます!」


「信じられねぇな。そうやってただ食いする気だろ!」


「信じられないなら保険証を置いていきます!」


「それが偽造でないという証明は?」


「で、出来ませんけど……」


俺は昼飯をラーメン屋で食っていた。そしたら隣に座っていた女性客が会計をしようとしたんだが、どうやら財布を忘れたらしい。今日の夜払いに来るという女性客と、それを信じない店主。俺は女性客の顔をじっと見た。


(ふむ……嘘はついてないな)


俺はそう判断して、最後のスープをすすると席を立った。


「親父さん、その人と俺のお会計、一緒にして。あ、その人がいくらかも教えてください」


「ああ?」


「え?」


二人は共に信じられないという顔をする。


「いいから、俺この後仕事あるんで、早くお願いします」


「あ、ああ……。この人が650円で、あんたが700円だから、合わせて1350円だよ」


「じゃあ1400円で」


「あ、ああ、じゃあ50円のお返しだ。毎度あり」


「ご馳走さん。ほら、行くよ」


「あ、え、ええ……」


こうして二人分の料金を払った俺は、困ってた女性客を連れて店を出た。


「お姉さん、会社どこ?」


「あ、私は梅咲書店(うめさきしょてん)の店員です。じゃなくて! すみません、ありがとうございました! お金は必ず払いますので!」


「うん。言われなくてもそのつもり。じゃあ明日、梅咲書店に行けば貴女に会えるかな?」


「えっ……あっ、はい! 十三時から十四時までが休憩時間なので、その間なら抜けられます! 何処に行けば良いですか!?」


「おいおいお姉さん、俺は梅咲書店に行けば貴女に会えるか、って聞いたんだぜ? 俺が貴女の所に行くから。名前は? なんて言うの?」


「えっ、わざわざ来ていただくなんてそんな……! 私が伺います!」


「良いから。俺は営業だから外出自由だし、俺が会いに行った方が効率がいい。ほら、名前」


「あ、そうですね……。私は水野幸(みずのさち)と言います」


「水野さんね。じゃあ明日の十三時頃、梅咲書店に行くから。明日は財布、忘れるなよ」


「あ、はい! ありがとうございます!」


こうして俺達は別れた。


この出会いがまさか運命の出会いだなんて、この時は思ってもいなかったんだーー。



翌日。時刻は午後十三時頃。

俺は昼休憩を取りついでに梅咲書店へ向かった。梅咲書店は二階建てで、一階は雑誌や小説、二階は漫画や専門書を取り扱ってる。俺は一階のレジを担当している人に水野さんを呼んでもらうよう頼んだ。


レジの人と一緒に戻ってきた水野さんは、紺のスラックスに白のシャツ、そして緑色のエプロンという梅咲書店の店員の格好で現れた。

ちなみに水野さんは髪はロングで一つに束ねていて、年齢は俺とそう変わらないだろう外見だ。目は大きく、唇はぽってりとしていて、美人というより可愛い系だ。


「あの……ここじゃなんなので、バックヤードに行きませんか? 店長には話してありますので……」


「ああ、そうだな。じゃあお邪魔します」


俺達はバックヤードへと移動する。

『関係者以外立ち入り禁止』の扉をくぐり抜け、段ボールに本が沢山入った所までやって来た。


「ここで良いですか? 流石に更衣室には入れられないので……」


「ああ、構わないよ。じゃあ、650円ね」


「あ、はい! えーと……すみません、おつり有りますか……」


「350円?」


「いえ……9350円……です……」


「……。水野さん、万札しか持たないタイプ?」


「い、いえ! いつもは細かいお金も持ってるんですけど! すみません、私本買って細かくして来ますね!」


「あー、良いよ良いよ。俺もおつり渡して終わりにしたい所なんだけど、おつり無いし、今夜650円分水野さんが俺に奢るって事で良い?」


「あ、こ、今夜ですか!? そんな、貴重なお時間をこれ以上取らせる訳には……!」


「良いの良いの。今現在の貴重な昼休憩の時間を取られる方が嫌だから。じゃあ今日、何時に仕事終わる?」


「えっ、えーと、十八時に終わります」


「じゃあ十八時半にここの近くの『居酒屋ポン八』に集合ね。じゃあ宜しく〜」


「わ、分かりました!」


こうして俺達は夜に待ち合わせる事になった。



夜。



『居酒屋ポン八』に入店した俺は、人と待ち合わせしてる事を伝えて角隅の二人がけの席に座った。現在時刻は十八時十五分。待ち合わせ時間にはあと十五分ある。

俺はメニューを見ながらどれが650円か探し始めた。


(何何……海鮮チヂミ650円。餃子600円。惜しいな、餃子が食いたいが……。まぁ50円くらい良いか。餃子頼もう)


俺は早々に奢られる物を決め、他のメニューを物色し始める。元より650円以外の物は俺が奢るつもりだったので、手軽なもの中心だ。


(厚焼き玉子に鰹のタタキ、串焼きも食いてぇな。ん、全然手軽なものじゃねぇ。ま、良いか。今日くらい美味いもん食おう)


言ってることが矛盾してるのに気づかないふりをして、俺は彼女が来るまでメニューを物色するのだった。


それから十五分後。


「お、お待たせしました……!」


「ん、あぁ。お疲れ様ーー」


俺は彼女を見上げて一瞬言葉を失った。

彼女は髪を下ろしていた。心なしかメイクも昼間より濃くなった気がする。ぽってりとした唇がグロスで艶々していて、なんだか色っぽい。


「ど、どうされました……か?」


「あ、あぁ。いや……とりあえず座って。メニューあらかた勝手に決めたけど、好き嫌いある?」


「内臓系以外なら大丈夫です」


「そう。すみませーん!」


俺は気を取り直して店員を呼び、メニューを頼む。


「飲み物は? 何が良い?」


「あ、ウーロン茶で……」


「飲まないの? お酒」


「明日も仕事なので……」


「そっか、じゃあウーロン茶二杯ください」


「かしこまりましたー」


「飲まないんですか? お酒」


「ん、俺も明日仕事だしな。やめとくわ」


「そうですか」


注文を終えた俺は、そう言えば彼女に自分の名前を言ってなかったな、と思い至る。


「あ、俺の名前は寺本貴史。宜しく」


「あ、水野幸です」


「はは、それもう聞いたよ」


「あ、そうですよね。すみません」


「謝る事ないよ。水野さんっていくつ? 俺とそう変わらないように見えるけど……あ、女性に歳聞くのは失礼か」


「いえ、良いです。私は二十五になります」


「って事は今二十四か。何月生まれ?」


「十二月です」


「じゃあ俺と同い年だな。俺は五月生まれの二十五歳だから」


「そうなんですか! 私より年上かと思ってました」


「それは俺が老けてるって言いたいのか?」


「あっ、いえ。凄く大人っぽいって事です!」


「はは、なんかこのやりとり幼馴染ともしたな。まぁそれは逆の立場だったけど」


「幼馴染さん……大人っぽいんですか?」


「そー。身長も女にしては高めだし、目鼻立ちがハッキリしてるから大人っぽく見えんの。その点、水野さんは年相応な感じだねー。可愛いけど」


「か、可愛い!? 私がですか!?」


「ああ、可愛いよ? よく言われない?」


「いえ、全然……。私は今まで彼氏がいたことも無いですし……」


「え、マジ? へー、意外。俺だったらすぐ告るけどな」


「こ、告っ!?」


「お待たせ致しました〜、ウーロン茶二杯と、鰹のタタキと軟骨の唐揚げでございます!」


「あ、どうも〜。さ、食べよう!」


「あ、はい……」


その後、どこら辺に住んでるのかとか、いつから働いてるかとか、お互いの情報を交換しつつ料理を食べた。

俺は幼馴染に振られた事はきっぱり忘れようと思ってたけれど、ふと女性の意見が聞きたくなった。一体俺のどんな所がダメだったのか。


「なぁ、俺って女性から見てどう?」


「どう、とは?」


「彼氏になって欲しいかどうか。どう?」


「えっ、えっと……」


彼女は顔が赤くなっている。おかしいな、俺達が飲んでるのはウーロン茶だぞ?


「わ、私は……寺本さんの事、彼氏に欲しい……です」


「だよなー、普通は欲しいよな! なのになんで振られたんだー」


「え? ふ、振られた?」


「そー。例の幼馴染に。俺とは百パーセント恋愛出来ないんだって。なんでだよ、俺と相性バッチリだったじゃねーかよー」


「あい、相性……! っ、寺本さん最低です! 破廉恥!」


「え? なに、どしたの?」


「あ、相性だなんて……! 女性を前にしていう事じゃないです!」


「相性? あ……あー、なるほどな! はは、悪い悪い。相性っていうのは、漫画の好み!」


「え? 漫画?」


「そーそー、俺の幼馴染は少年漫画が好きだったから、俺と好みが合ってさー。ごめんな、破廉恥な事想像させちゃって」


「そ、そうだったんですか! わ、私ったらなんて事……。ごめんなさい!」


「いーよいーよ、俺の言い回しが悪かったな。こういう所が女子に幻滅されてんのかもなー」


「寺本さんはとても素敵です! 格好良くて優しくて……私のヒーローですから!」


「え? ヒーロー?」


「はい! 私が困っていた時に颯爽と助けてくれて、とても輝いて見えました。寺本さんは私にとって、ヒーローです!」


「そう……。ヒーローかぁ、じゃあこれから水野さんが困ってたら俺が助けなきゃな!」


「あっ、いや、決してそういう意味で言ったんじゃ……!」


「いーのいーの。何か困った事あったら気軽に言ってよ。できる限り協力するからさ。あ、連絡先交換する?」


「え……良いんですか?」


「おー、いーよ。じゃあ俺の番号はーー」


こうして俺達は連絡先を交換した。

その後はお互いの好みの本の話になり、意外にも俺と彼女は好みが似ている事が判明した。そしてその本の話で盛り上がってるうちにあっという間に時間は過ぎて、時刻は夜の九時になった。


「あ、もうこんな時間。そろそろ帰らなきゃ」


「お、本当だな。じゃあ会計して帰るか」


「はい!」


俺達は席を立ち、会計の所に向かった。レジの所に居た店員に


「すみません、餃子だけ別会計出来ますか?」


と聞き、出来ると聞いて


「じゃあ払ってくれる? 水野さん」


と言った。


「え、餃子だけですか? 私半分、いやお礼も兼ねて奢りますよ!」


「いーのいーの、水野さんは餃子だけ! ほらほら、払った払った〜」


「え、えぇー!?」


「お会計648円になりまーす」


「お、消費税入れて丁度650円くらいじゃん。消費税込みは見落としてたな。650円の物頼まなくて良かったー」


「本当に私これだけで良いんですか? 凄く悪い気がします……」


「いーのいーの、気にせんで! ほら、次のお客さん来ちゃうよー」


「うう、はい……。じゃあ一万円で……」


「ありがとうございまーす。一万円お預かりします。9352円のお返しになりまーす」


「ありがとうございます」


「じゃあ俺は残りので」


「はい、お会計4428円になりまーす」


「じゃあ五千円で」


「ありがとうございまーす、五千円お預かりします。572円のお返しになりまーす」


「はい、ありがとうございました〜」


「どうも、ありがとうございましたー!」


店を出た俺は水野さんを駅まで送ろうと水野さんに声をかける。


「水野さん、駅まで送るよ」


「……寺本さん、今度の休み、いつですか?」


「え? 今週の土曜日だけど」


「じゃあその日の夜、私に時間を下さい!」


「え? 別に良いけど……何すんの?」


「それは内緒です。じゃあまた連絡します! お休みなさい!」


「え? ちょっと、俺駅まで送るーー」


「結構です! お休みなさい!」


「え、えぇー? 俺なんか怒らせるような事したかな……。水野さーん! 気をつけてねー!」


彼女は一度振り返ると、ペコっとお辞儀をして去っていった。



次の日、彼女から『土曜日の夜七時、梅咲書店の近くの公園でお会いしましょう。あ、夕飯は食べずに来てくださいね』とメールが入っていた。俺はとりあえず『了解』とだけ送ったが、公園で夕飯を食うのか?


彼女と夕飯を食ったのは水曜日だったので、土曜日はすぐに来た。


土曜日の夜七時。

公園のベンチに腰掛けて待っていると、彼女がやってきた。


「寺本さん! お待たせしました」


「んーん、時間ピッタリだよ。で、何すんの?」


「それは後でわかります。それより、これ、作って来たんですけど……食べてくださいますか?」


「え? 何この重箱。まさかこれ全部弁当?」


「はい、そうです! 私、料理だけは得意なんです!」


「マジかー、すげぇ! 開けていいか?」


「はい!」


上段のフタを開けると、綺麗に飾り切りされた人参や蓮根の煮物、アスパラのベーコン巻き、卵焼き、ハンバーグ、サバの味噌煮、ポテトサラダが入っていた。そして下段を開けると、一口サイズでラップにくるまった手まり寿司が出て来た。色とりどりで目にも美味しい。


「うわー、すげー美味そう! これ食って良いの!?」


「はい! あ、水筒にお吸い物もありますからね」


「マジか! 至れり尽くせりだなー。ん? こんだけ料理上手なのに、なんでこの前はラーメン食ってたんだ?」


「あ、あの日はたまたま寝坊しちゃって……。いつもお弁当だから、財布がバッグに入ってるかもちゃんと確認しなかったんです。その節は本当にありがとうございました」


「良いよ良いよ、これ食えるだけで充分。なぁなぁ、食べて良いか?」


「はい、どうぞ! これ、割り箸です」


「ありがとう。いただきまーす。……もぐもぐ。ん!? うまっ、このハンバーグめっちゃふわふわで美味い!」


「良かったー、それ、豆腐ハンバーグなんです。自信作なんですよ」


「そうなのか! パクッもぐもぐ……ごくん。んー、この煮物も美味い!」


そうして俺は美味いを連呼しながら弁当を食べ進める。ふと水野さんが食べてないことに気づいた。


「あ、水野さんは食わねーの?」


「あ、私は味見でお腹一杯なので……。どうぞ食べちゃってください」


「そうか、じゃあ遠慮なく!」


俺はバクバクと食べ進め、二十分程で弁当を食べ尽くした。


「ふー、美味かった……。ご馳走様!」


「ふふ、沢山食べてくれてありがとうございます。あ、そろそろですかね……」


「そろそろ? 何がだ?」


「あと五分後くらいですよ。もう少し待ってて下さい」


「あ、ああ……」



五分後。



「そろそろですかね……」


「だから何がーー」


その瞬間、俺の視界はあるものを映し出した。


「え、これってーーイルミネーション?」


「そうですよ。ここの公園は十月になると他よりも早くイルミネーションを点灯するんです。驚きましたか?」


「ああ、驚いた……。すげぇ、綺麗だな! まるで一足早くクリスマスが来たみてーだ」


「ここは知る人ぞ知る穴場なんですよ。助けてくれたお礼に此処を教えたくて」


「教えてくれてありがとな! すげー感動したよ」


「それは良かった。それとーー。寺本さん。貴方に言いたい事があるんです」


「え? 改まって何?」


「気づいてなかった様なので改めて言います。わ、私と……私の彼氏になって下さい!」


「…………。え? 彼氏?」


「はい!」


「え? 俺、そんな好かれるような事したか?」


「し、しましたよ! ラーメン屋さんで颯爽と私を救ってくれたじゃないですか!」


「あ、ああ……。でもあんな事誰でも出来るし、俺で良いの?」


「寺本さんが良いんです! 本の趣味も合いますし……これからもっともっと寺本さんの事、知りたいです。教えて下さいませんか?」


「ああ……。俺も水野さん、可愛いし本の趣味合うし料理上手いし、これからもっともっと水野さんを知っていきたい。だから……お互い、教えあおう!」


「は、はい!」


こうして俺達は、まるで聖なる夜のような公園で、恋人同士になった。



人生は分からない物だ。ふとした瞬間に出会いが待っている。俺はこれから、いくつものかけがえのない瞬間を、彼女と過ごしていくのだろう。願わくば、今年から死ぬまで毎年、彼女とここの公園のイルミネーションを見たいものだ。




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[良い点]  本編から来ましたのでネタバレ防止に詳しくは書けませんが、たかちゃんが報われて良かった。  真面目でぐいぐいと引っ張って行ってくれるけど、時には立ち止まって後ろを振り向いてくれる感じの主人…
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