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私の可愛い犬

作者: 茶トラ

私、光明 櫻子( 16歳)には、親が決めた婚約者がいる。

そして、その婚約者は犬である。

正確には、彼は人間であり、立派な家柄の立派な男子高校生だが。

私は彼を犬と思っている。

いや、思わないと、やってこれなかったのである。


婚約者の宝生 大和(16歳)はとにかく喋らない。

喋ったとしても、単語だけとか、「ん。」とか「ああ。」とか、そのようなもので、「貴様さては、長く喋ると死んでしまう病か?」と尋ねたくなるレベルだ。


婚約者を犬扱いするのは、どうかと思うが、バレなきゃいいのだ。

大体、私は沈黙が苦手なのだ。

何も喋らなくても、この人となら落ち着くとか、沈黙が苦痛にならないとか、そんなものは都市伝説だと思ってた。


はっきり言って、婚約者として知り合ってからこの10年間の大和との交流時間は修行の時間だった。

何とか場を和ませようと、話しかけても、沈黙。

ならばとあらゆるジャンルから情報を集め、必死に話題を振っても、返ってくるコメントは「ん。」だけ。

そんなに私と喋りたくないのか?つまらないのか?

私のこと嫌いで、嫌がらせをしているのか?と思い、周りの大人達に相談したけど、そんな事無いから大丈夫だよと、無責任にも程がある返事しか返してもらえなかった。


私はそばに人がいると寛げない。

放置しようにも、その人の存在が気になり、落ち着けない。

ならば和やかに会話を楽しもうとしても、会話のキャッチボールにならない。

人としての会話が成り立たない。

だったら、それだったら。

ここにいるのは、人じゃない。

ほら、緊張したら、みんなカボチャだと思えって言うでしょ?

それと、同じ。

ここにいるのは、犬。

立派なドーベルマンだと思うの。

無駄に立派な体格も。

人を射るような眼差しも。

これまた無駄に艶々している黒髪も。

どっからどう見ても、ドーベルマンじゃないか。

うん、そうだ。

これは、ドーベルマン。

私の可愛い飼い犬。


犬だから、喋れないのは当たり前じゃないか。

犬が大人しくここに居るだけ。

別に話題を振らなくても、気を使わなくてもいい。

でも待って、それだけじゃダメ。

飼い主としては、失格よ。

飼い主なら、お世話をしなくては。

犬が何を求めているのを察してこその飼い主ではないのかと。

そう思ったら、あら不思議。

会話をしなくてはという重荷がなくなり、私も寛げるようになり、言語での意思の疎通を諦めたことで、彼への観察眼が宿り、彼の視線ひとつで言いたい事が大体理解できるレベルになった。


私、すごい。

私、偉い。

私、トップブリーダー。



ちゃんとご飯(ランチは手作りお弁当)もあげて、ブラッシング(部活後タオルでゴシゴシしてから髪の毛整えてあげる)して、お散歩(寮から学園までの通学)もしてるし。

婚約者がいる生活というより、 飼い犬のいる生活として、定着してきた。


今日もドッグラン後(陸上部所属)の給水用のスポーツドリンク入りの水筒と大判のタオルを持参して待っていると、走り終わった私の愛犬が無言で隣に座った。


「はい。どうぞ。」


ドリンクを差し出し、それを飲んだのを見届けてから、すかさずタオルで汗を拭き、ブラッシングをはじめる。


うん、今日も毛艶よし!


この毛艶を保つため、明日のランチも栄養たっぷりなものにしようと、お弁当のメニューに思いを馳せていたら、急にグイッと腕を引っ張られ、気がついたら愛犬の腕の中。

そして、頭から大判のタオルを被せられたかと思ったら、頬に愛犬の唇があたった。


ん?ん??


これは、あれか?

グルーミングのお返しか?

ふふっ、大分懐いてきて嬉しいなぁ。


お返しにと、私も愛犬の頬をペロリと舐めてあげた。


その時、私の可愛い犬の目が猟犬のように光っていたのには、気が付かなかった。



※※※


俺、宝生大和には、同い年の婚約者がいる。

初めて会った時から、俺は彼女に恋をした。

とっても可愛くて、お人形みたいで、そんな彼女相手に俺は恥ずかしくてうまく喋ることができなかった。

もともと人と会話をするのは得意では無かったが、彼女相手だと、余計に緊張して無言になってしまう。

だが、そんな俺相手にも彼女は健気に話しかけてくれて、色んなジャンルから様々な話題を提供してくれた。


いい加減、俺も慣れて小粋なトークを繰り広げないと彼女に愛想尽かされてしまうと焦ってはいたが、年を重ねるにつれて、口下手がさらに加速していた。

そんな中、彼女の態度に変化が訪れた。

今まで、一生懸命に会話を試みてくれていたのが、一切なくなったのだ。

だからと言って、俺に愛想を尽かし、放置している風でもない。

優しく俺を見つめながら、彼女も穏やかに寛ぐようになったのだ。

そう、俺たちの間には長年連れ添った夫婦のように、穏やかで優しい時間が流れていた。


朝寮に迎えに行くと、可愛く微笑みながらそっと手を差し出してきて、ギュッと手を繋ぎながら登校する。

昼には、かならず彼女の手作りのお弁当が差し入れられて、ちょっと恥ずかしいが、「あーん。」と言いながら食べさせてくれる。

そして、部活の後さえも毎日健気にも待っていてくれて、汗臭いだろうにタオルで風邪をひかないようにと、拭き取ってくれる。


俺、愛されてるなぁと痛感できる毎日だが、最近ちょっと困っている。


なんていうか…ほら、俺もお年頃の男な訳で。

可愛いくて大好きな子がこんなに近い距離感で接してくると、ね。

我慢するのも限界というものがあるわけで。

婚約者と言えど、まだ学生だし、手を出したらダメだってわかってるけど。

それでも、少しくらいなら…って思うし、彼女も同意してくれたら。


今度、少しだけ、試してみようか。

何処までなら、許してくれるか。

ダメでも途中で止まれるか、わからないけど。

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― 新着の感想 ―
[一言] いつもながら、ほのぼのとしていて、 お互いの意思の疎通がとんちんかんなところがクスクス笑えて、 と~~~~っても楽しかったです。 またしても時を空けて5週もしてしまった私って・・・(^^; …
[一言] 読み終わってほっこりな気分になりました。 愛の形ってほんとそれぞれですよね。 彼なりに踏み込んだ結果が『待て!お座り!』だったら泣けまちゃいますけど。
[良い点] おもしろかったです。 彼は彼女に恋愛感情がないと知ったらどうするんでしょうねw 想像すると笑えてしかたありません。 自業自得ですけどね! お互いがすれ違いに気が付かないまま結婚してもいい夫…
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