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4)毒餌事件の背景を考察する

 由美にモグラの話をしていたせいで、由美が道俊を目撃してから1時間半近くが経過しているから、彼は既にそこにはいないだろうと考えていた晃人だが、道俊はまだ堤防の土手を離れてはいなかったし、大人に捕まって説教――と、言うより難詰なんきつ――されているところだった。

 道俊を叱り付けているのは、猫神社の宮司だ。


 「宮司さん、どうされました?」

 取りあえず晃人は下手に出て、善意の第三者の立場で質問してみる。

 ハナから道俊の意図を説明しようとしても、頭に血が昇った状態の宮司さんは聞く耳を持たないだろうからだ。

 それに加えて晃人には、宮司に確認しておきたい事があった。


 「おお! 大庭さんの所の晃人君じゃないか。夏休みの帰省で妹さんと散歩かね?」

 案の定、宮司は顔見知りの晃人に声を掛けられて、少し冷静さを取り戻したようだ。

 「この中学生が、毒魚を埋めておるのを見付けたんだ! フグだぞ。神社の猫が食べたら『即死』だ。……前の事件も、コイツの仕業しわざかも知れん。コイツを連れて学校に文句を言いに行こうと考えているところなんだ。」


 学校に文句を言いに行くというのは、道俊に対する脅しだろう。

 宮司は温厚な人物で、小学校時代の晃人は猫神社で悪さをしては宮司によく怒られたものだ。

 けれど、二度とするんじゃないぞ、という言葉と共に常に無罪放免にされている。


 「まあ、待って下さい。埋めていたのがフグならば、ちょっとオカシイ気がします。ゴールデン・ウイークの事件では、死んだ猫はいなかったのでしょう? フグの毒なら宮司さんが言われるように、小動物なら『ほぼ即死』です。あの事件では、死んだ猫はいなかった、と聞いています。毒殺犯っていうのは、連続犯罪を犯す時には、同一の毒を使うのが普通なんじゃないですか?」


 晃人から違う毒だと指摘されて、宮司は「犯罪というものは、エスカレートする、とも聞くがな。」と応じる。「タマネギでは死ぬところまで行かなかったから、今度はフグの毒を使う気になったのかも知れんじゃないか。」


 晃人が「なるほど。」と受けたのを、宮司は『犯罪はエスカレートする』という部分を肯定したものと受け取ったようだが、晃人が注目したのはそこではなかった。

「原因はタマネギだったのですか。硫化アリルですね。中毒はするが、即死はしない。」


 宮司はムッ、と一瞬言葉に詰まったものの

「私が動物病院に連れて行ったからな。吐瀉物としゃぶつから、白米と混ぜた肉ジャガかスキ焼の残り物を食わせたんだろう、というのが分かったんだ。」

と説明したが、自分が余計な事を話してしまった事に気付いたからか、口調は弱々しくなっている。


 「硫化アリルが原因なら、その肉ジャガかスキ焼の残りを猫に食べさせた人物は、猫に詳しくない人物って事になりますね。親猫派なら食べさせてはいけないのを知っていて当然だし、反猫派の人物は猫好きと同じくらい猫に詳しいですからね。この辺では、親猫派と反猫派の対立が激しいと聞きますが、そのどちらにも属さない人物がやってしまった事なんでしょう。……その少年は僕の知り合いなのですが、生き物に詳しいから、猫にネギやタマネギを食べさせるような事はしませんよ。」


 「猫好きがネギ類に注意するのは分かるが、猫が嫌いなら、食わせてしまえって考えても不思議はないと思うがね?」

 晃人の弁護を聞いても、宮司は道俊の行為に疑念を持ったままだ。


 「ナマ中では毒餌事件以降、反猫派の家の子がイジメに遭っているみたいですよ? そんな事は反猫派の人物たちだって、あらかじめ想像が出来た事でしょう。捕らえて保健所送りにしたり、猫除けに花壇にネギを植える様なことならともかく、わざわざタマネギ入りの猫飯を作ったりはしないと思います。第一その少年は――道俊くんというのですが――親猫派と反猫派の間の対立を、何とかしたいと努力している人物なのです。」


 宮司は「本当なのか?」と驚いた顔で道俊に質問する。

 道俊は無言のまま、大きく二度うなずいた。

 頭は切れるが人見知りなところがあるから、急に頭ごなしに大人から怒られて、上手く弁明出来なかったのだ。


 「じゃあ、何でフグなんて埋めていたんだ?」

 問い質す宮司の声は穏やかなものに替わっているが、道俊は「モグラが……。」と言ったところで言葉に詰まり、続きが出て来ない。

 「モグラ?」道俊の発言を耳にした宮司は、不思議そうな顔をする。


 「道俊君は人見知りをする性質たちなので、僕が代わって説明してみましょう。」と晃人が代弁者を買って出る。「道俊君、間違いが有ったら遠慮無く指摘してくれよ。」

 道俊が頷いたのを見て、晃人は宮司に向き直る。


 「宮司さん、堤防の土手に注目して下さい。……モグラの穴が、やけに多いと思いませんか?」

 「……言われてみれば、確かに多いかもしれん。毎年、目にはするがここまでヒドイ状態なのは珍しいかな。」


 「今年の梅雨は雨が多かったから、鯰石川の水量は何時にも増して豊かです。もう少しして台風の時期が来れば、川の水面は簡単に遊歩道を越えて、土盛り部分に達するでしょう。」

 「2年前にも、同じ事があったよ。テレビ局が取材に来た時だ。あの時は幸いにも越水はしなかったが。」


 「今年、仮に以前の様な大増水が起きれば、モグラがメチャクチャにした表土には水が浸透しやすいから、堤防の土盛りは浸透破壊を受けるかも知れない。決壊が起きるかどうか何とも言えませんが、少なくとも可能性はゼロではない。ここまでは良いですね?」

 「モグラのせいで堤防が痛むという話は聞いた事がある。しかしなぜ、フグを埋める?」


 「クサフグの臭いは、ミミズの臭いと似ているのだそうです。モグラは視力が劣っていますから、餌を探すのは主に聴覚と嗅覚です。クサフグの臭いに引き寄せられたモグラは、ミミズと間違えてクサフグを口にし、姿を消します。――これが真実なのか俗説に過ぎないのかは、僕もよくは知らないのですが、そう主張されている農家の方がいらっしゃるのは事実です。」

 「そんな話があるのか……。」


 「彼は異常に繁殖したモグラの巣を見て、危ない、と感じたのでしょう。今までだったら鯰石川の土手は野良や地域猫のパトロール範囲だったし、モグラは好き勝手には出来なかったわけですが。また猫のパトロールが減っても、時間が経てばイタチやシマヘビ、トビなんかが勢力圏を広げて猫の穴を埋めると考えられますが、今年の台風までに間に合うかどうかは分からない。」

 「モグラ退治のためのフグなのか。私はてっきり……。」


 「ゴールデンウィークの事件の、模倣犯もほうはんではないか、と疑ったわけですね。まあ、無理もありません。猫問題は、この地域ではデリケートな問題ですから。……でも、タマネギ中毒事件の犯人――犯人呼ばわりするのは可哀想かも知れませんけど――既に神社には謝りに来てるだろうと思うのですが。」

 「大庭君の想像通りだよ。騒ぎになって、真っ青な顔で謝罪しに来た。地域猫なら餌をやってもいいだろうと、深く考えもせずに食べさせたらしいのだ。謝罪を受け入れた上で、後は何とかするから黙っていなさい、と因果を含めて帰したのだが。その後の事を考えると、かえって仇になったのか。」


 「それに宮司さん、クサフグの分泌毒は犬や猫には忌避作用があると言われています。埋められていても好んで口にする事はレアだと考えて良いでしょう。但し、世間知らずの座敷犬や座敷猫は食べようとするかもしれない。道俊君はそんな犬や猫がいたら、追い払うつもりでここで見張っていたのだと考えます。模倣犯なら、フグを埋めたら直ぐに、見付からないように身を隠すだろうと思いますよ。こんな炎天下で粘っているのではなしに。」


 説明を聞き終えた宮司は「大庭君、ありがとう。合点がてんがいったよ。」と晃人に礼を言うと

「道俊君といったね。すまなかった。理由も訊かずに怒って悪かった。この通りだ。」

と道俊に頭を下げる。

 道俊も「いえ、僕の方こそ相談もしないまま神社の近くで実験をやって、申し訳ありませんでした。」と宮司に謝罪する。


 「道俊君、堤防の件は一人で抱え込まずに、宮司さんに相談するのがいいよ。宮司さんは顔が広いから。第一、この何キロもある堤防をフグの力を借りるとしても、君一人で守るのは難しいだろう? それに、君がナマ中でやろうとしている親猫派と反猫派の融和にも、知恵を貸してくれるんじゃないか?」

 晃人の提案を聞いた道俊は「僕一人では非力だと言う事は、身に沁みました。」と言ってから「よろしくお願いします。」と宮司に再び頭を下げる。

 宮司も「こちらこそ。それでは、あちこちに連絡を回すから、明日にでも作戦会議をしようか。」と道俊と電話番号の交換を始める。


 「さて妹よ、フグの件の理由が明白になった以上、道俊君に言っておかなきゃならないセリフが有るんじゃないか?」

 晃人は背後でションボリした様子の由美に声を掛ける。

 「彼はトモダチだと感じているクサフグを犠牲にしても、この堤防を守りたかったんだよ。洪水の被害を防ぎたかったのは事実だろうけど、彼にはたった一人ででも絶対に決壊を起こさせるわけにはいかない、極度に積極的な理由が有ったのさ。」


 晃人の説明に、由美はボンヤリした様子で「え?」と問い返す。

 ――馬鹿妹め。ここまで言ってもまだ分からないのか!

 「堤防が決壊したら、ウチは直撃じゃないか。道俊君は、好きな女の子が住んでいる場所が、濁流にさらされるのは絶対に許せなかったのさ。」


 走り出した由美が道俊にタックルしたのを見届けて、晃人は宮司と笑顔を交わすと並木道を引き返した。

 ――一件落着。後は、課題レポートの続きを仕上げなきゃいけない、か……。

                              おしまい

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