転校生と呼ばれた少女
朝、俺はいつも通りの時間に起きていつもと変わらない朝飯を手早く済まし学校に向かう。
「母さん!弁当は?」
台所に居る母親に家を出る前に声をかけると。
「あらいけない!詰めるのすっかり忘れてたわ! 奏ごめん 今日学食で済ませて!」
そう言いながら財布から千円出して俺にくれた。「あいよー」とお金を受け取り早足で駆け出した。
俺は朝の学校が好きだ。早くに目的地に着くと準備もゆっくり出来るし、登校時間に長蛇の列であの坂を歩くのは少し億劫だ。人が少ない学校内は妙な静けさで放課後のそれとは少し違う。このあと訪れる喧騒の前に俺だけのスペースがあるという些細な支配欲を満たしていくこの時間が好きだ。
学校に着いて、下駄箱から上履きを取り出しそれと同時に落ちてきた手紙を拾い教室に向かうのが俺の日課だ。人に好かれるのは嬉しい事だが顔も知らない相手から告白されても困るだけだ。何が目的で、何か勘違いしているのではないかと思ってしまう。
自分の教室へ向かう途中に担任と会った。
「おー、坂下おはよう。いつも早いな」
「おはようございます先生」
挨拶を軽く済ませて教室に向かおうとしたが、先生の影に隠れている人の姿に気付いた。
「今日からうちのクラスに入る高坂だ。 高坂、クラスメイトの坂下奏間だ。仲良くしろよ?」
先生が軽く紹介して職員室に入っていく。俺も軽く「今日からよろしくね!」と挨拶をしたのだが
「……」
ぺこっと頭だけ軽く下げて先生のあとを付いて行って職員室に消えてしまった。緊張してるんだろうなぁなんて思いながら気にも留めなかった。
教室に着いて、自分の席に座って手紙を一枚ずつ読んでいく。この手の手紙はいつも同じだ。「〇〇の教室で待っています」「好きな人いますか?」「いつも見ています」 ほんと半分ホラーだぜ。俺は顔すら知らないのに・・・今日も昼に校舎裏の倉庫に呼び出しだ。めんどくさいなぁとは思うけど、八方美人をしてきた俺には今更引き返せない。今日も覚悟決めて行くしかないのだ。
タクが早く来ないかなぁなんて思いながら隣の席に目をやると、机の物入れには持ち帰らない教科書でいっぱいになっていた。
「タクは変わらないなぁ」
なんて独り言を呟いた。
タクとは幼馴染だ。昔から仲が良かったわけではないが気付いたらいつも一緒に行動していた。なんだかタクの前だと落ち着くってか、自分をさらけ出せる気がするんだよな。まぁ……大切な奴だよ。
そんな事を思っていたら気が付くと教室はそこそこ生徒が集まってきていた。
「奏間!おはよー!」
「おっはー!!奏間!」
「お、おはよう奏間君――」
クラスメイトが話しかけてきて俺の席の周りは人で溢れていた。俺は爽やかに挨拶を一人ずつ済ませてみんなと話し始める。人の輪の中に自分が居ると安心する。それも自分を中心に人が集まって来てくれるのは本当に嬉しい。俺は今ココに居るんだって実感してみんな大切な仲間だと思える。
「高橋またきてねーよ。いつもギリギリだし何してんのかね?」
「なんか高橋って何考えてるかわかんねーよな!」
「前髪長すぎ!なんか根暗って感じがしてちょっと不気味」
タクを小馬鹿にした会話が始まった。いつもの事なんだけど、やっぱりいい気はしない。それにタクの事はお前たちが知らなくていい。俺やマナミがいればそれで充分だ。タクの弱くて脆いくせに頑固な性格を俺は知っている。
「タクは俺らとはちがうから……」
ついボソッと言ってしまったが
「あー!馬鹿と天才は紙一重ってやつぅー!?」
「バカ!馬鹿を隠さないと意味無いじゃん!」
ケラケラ笑うこいつ等をつい殴ってしまいそうな感覚になった。でも俺には一人になる勇気がないんだ……ごめんな、タク。こんな弱虫をお前は友達って思ってくれてるんだもんな……。
朝のホームルームのチャイムが鳴った。いつもならタクが息を切らしながら教室に入ってくる時間なのだが、今日はまだ来ていない。休みなのかな? 退屈な一日になるなぁと少し憂鬱な気分になりながら担任の話を聞いていた。
「転校生を紹介する。入りなさい」
先生に声を掛けられ一人の女子が入ってきた。朝廊下ですれ違った女の子だ。相変わらずの無表情で入ってきたその子はクラスを一通り見渡して小さな溜息一つつくと
「高坂 栞です」
「……」
えっ、それだけ?普通は「よろしく」とか「仲良くしてね」とか言うもんじゃないの?朝の態度は緊張とかじゃなくてデフォルトなんだってその時初めて知ったのだった。
そんな彼女の態度とは関係なしに周りの男子生徒は「かわいい」とか「めっちゃタイプ」とか言って騒いでいた。
「めっちゃ可愛くね!? 奏間もそう思うだろ?」
隣の男子に声を掛けられ
「ん?あー……そうだな」と適当に返事をして流した。
女子は女子で品定めするようにじっとりと見ていた。自分たちのグループに引き込むか悩んでいるとかそんなとこだろう。
「席は一番後ろの空いてる……って、高橋今日は遅刻かぁ? まぁ窓際の一番後ろに座りなさい」
と先生に指示をされて高坂さんが席に向かう。一応朝にも会ってるし、一つ席を空けて隣なわけだから挨拶をしとこうと思い、できるだけ爽やかに声を掛けた。
「高坂さん、これからよろしくね! なんか分かんない事あったら何でも聞いてね」
「……」
こちらの笑顔も無視して無言のまま朝と同じように『ぺこ』っと頭を下げて席に座ると、窓の方に顔を背けてしまった。それを見ていた男子は「おーー!」とラスボスを見る様な目で興味を持ち、女子の何人かは「なにあの子?感じわる」と舌打ちしていた。俺は「まぁまぁ」と軽く手を振りその場をしのいだ。
さすがに少しショックだったが、不思議と何も変わらない自分の生活に安心していた。きっと彼女は誰にも興味がないのだ。
ホームルームが終わると短い準備休憩に入る。転校生がきた初日で最初の休み時間となればその主役を輪に交流が交わされるのはセオリーだ。それに、見てくれが良いならなお男女問わず集まるものだ。
大半の生徒が取り囲みいろいろな質問をしていた。
「どこから来たの?」
「何か好きな趣味とかは?」
「好きな音楽は?」
様々な質問に彼女は無表情なまま「ええ」「そう」「知らないわ」「興味ないわ」そんな事ばかり言っていた。
「高坂さん! めっちゃタイプです! 栞さんって呼んでいいっスか!?」
男子生徒がそう言うと
「どうして?」
相変わらず無表情でそう答えていた。タイプって言ってんじゃん……。
そんなこんなでわずか休み時間十分で何人かの男子生徒が振られて予鈴が鳴った。
歴史の教師の五十嵐先生が眠そうに入ってきた。やる気の無い授業が少し経つと廊下から聞き覚えあるせわしない足音が近づいてきた。
ほんとおせーよ。