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明日、目が覚めたら・・・  作者: ふじい やたく
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 『sheep』


 何を少年漫画みたいなノリでやってんだか……といつもなら思っていたに違いない僕だが、今回は僕もその物語に入り込むことに決めた。

 教室に一人でたたずむ彼女に僕は一言こう告げた。


 「キミが何を見て何が怖くて顔を隠してるか知らないけど、僕は今度こそキミと同じ世界を見たいと思うよ」


 彼女、高坂栞は驚いたように目を丸くして、少し戸惑いながら僕を見る。

 僕がキミを連れ出すまであと何回、朝を迎えるだろうか。できるならはやく連れ出したい。僕は昔のままの僕じゃないとキミに早く伝えたい。


 「ちょっと考えさせて……」


 高坂はそっと風にのせて僕に答える。今の僕にはそれだけで充分だった。


 しかし、そのあとは何日過ぎてもそれ以上の言葉を聞くことは出来なかった。

 マナミも諦めずに休み時間のたびに教室に来ては懇願にちかい勧誘を続けていた。


 ある日の帰り道、マナミに僕はなんでこんなに高坂にこだわるのかを訪ねた。


 「え? そんなの決まってんじゃん。 シオちゃん歌うまいからだよ。 わたし選択教科音楽なんだけど、歌の授業のときシオちゃんすっごく上手だったの! いや、上手なんてものじゃなかったわ。『プロ』ねあれは。それにすごく幸せそうに歌ってた。たぶん歌が大好きなんだと思うの」


 僕はマナミが選択教科が音楽の事に少し驚いたが、高坂の幸せそうに歌っているところを想像してなんだかホッとした。やはり昔から変わってないじゃないか。

 朝の通学路。僕の手を引いて歩く彼女の姿は昔から変わらず、鼻歌を歌いながらどことなく幸せそうだった。


 毎年、夏の匂いと冬の匂いをその肩にのせて僕の目の前に現れるキミ。僕はたぶんずっとキミに会いたかった。


     ・・・・・・・・・・・・・・・


 高坂勧誘の旅が始まって幾日経ったか。そんな日の放課後、奏間と僕は例によって僕の部屋でくつろいでいた。


 「ちょっとちょっと! 大変大変! ビックニュース!」


 奏間がもたれかかっていたドアが勢いよく開き、マナミが顔を出す。


 「いってぇな! 相変わらずそそっかしい奴だ」


 奏間が文句を言うのも聞こえてないのかマナミは机の方に猪突猛進で進む。椅子に座ると僕のパソコンを立ち上げた。


 「あっ!――いや、あの……どしたの?」


 僕は頭の中で女の子に見られたくない『検索履歴』を消してあるか不安になった。いくらマナミとはいえ見られたらはずか死ぬ!


 「タクの趣味なんてこのさいどうでもいいからこれを見て!」


 あらそう……危なかったわ……。

 僕はパソコンに映し出されている画面を見た。


 『バンドやろうよ』


 それは僕でも知っているサイトだった。音楽の投稿サイトだった。

 

 「あーしってるそのサイト。あれだべ? 自分たちで作った音楽とか投稿して、運よくレコード会社の人の目についたらデビューってやつだろ?」


 奏間も横にきてスナック菓子を食べながらどうでも良さそうに見ていた。


 「あんた簡単に言ってくれるわね……。まあ、そんな感じなんだけど……じゃなくて! 私が見て欲しいのはこれ!」


 マナミは何かを検索しだした。


 『sheep』


 羊? バンド名だろうか? 

 画面に映しだされたのは、やたら再生数の多い一本の動画だった。


 「これ、一時私が大好きだったバンドなの。 みんなわたし達とあまり変わらない歳なのに、みんな輝いてるの! 演奏もプロ顔負けってレベルだし、オリジナルで投稿だし、なによりこのボーカルよ! こんな歌い手みたことないわ!」


 「……あーそう」


 僕と奏間はマナミが何を言いたいのかさっぱり分からず、お互いに顔を向ける。


 「まあ、とりあえずあんたらも聴きなさいなっ」


 マナミはニヤつきながら再生を押す。


 「おったまげるわよ~」


 おったまげるって……。

 しかし、映像が流れ始めると僕らはその言葉の意味を知る。


 ギターの早弾きから始まったその曲は素人のライブ演奏とは思えない迫力で、周りの観客を全て虜にしていた。メロディアスなギターにのるベースの重みもドラムのテンションも、まるで音が生きているように表情豊かに思えた。

 ボーカルかついに歌いだす。暗い照明のなか、透き通るようにきれいなその声は優しく僕らを包み込む。優しさの中に強さを感じたこの声はどこか懐かしかった。


 あっという間に演奏は終わってしまった。五分くらいのこの演奏に僕は完全に虜になった。マナミが言ったように『おったまげた』

 しかし、最後の一瞬。ライブカメラに映ったボーカルの少女の顔を見て僕らは息をのんだ。


 『高坂 栞』


 彼女がそこに映っていた。


 「えっ……なんで……」


 「びっくりだよね。シオちゃんがこの『sheep』のボーカルだったなんて」


 「シープってそんな有名なの?」


 奏間も口を半開きにして驚いている。それはそうだ。僕達が心打たれたこのボーカルを今僕達がバンドに誘っているのだから。


 「この動画があげられたのは今から二年前なんだけど、その当時はこのサイトのランキングトップをずっと保ってたの。今でこそトップじゃないけど、ベストファイブには常に入ってる。それに……シオちゃんなんかはベストボーカリストに選ばれてるの。つまり、プロが認めてるってことなの」


 二年前といえばまだ僕らは中学生だ。そんな彼女がこんな世界にいたとは……。


 「……」


 「……」


 しばらく部屋には蝉の声しかきこえなかった。


 「シオちゃんがバンドやりたくない理由ってなにかこれと関係あるんじゃないかな?」


 マナミが沈黙をやぶる。


 「どんな?」


 「いや、そんなの知らないけど。でもやっぱ関係してると思う! だってこんな楽しそうに歌ってる人が音楽やりたくないって言わないと思う!」


 力強くマナミは立ち上がった。


 「いやでもほら。素人の俺らとなんかやりたくないだけかもしれないぜ?」


 奏間は冷静に話す。


 「シオちゃんはそんな見下すような子じゃないもん!」


 マナミは顔を真っ赤にして反発する。

 僕もマナミと同意見だった。


 「やりたくない理由なんて僕らが話してても結局は分からない。でも、高坂さんを引き入れれば確実に最優秀賞はいただきだ! 今まで振り回されたんだ。今度はこっちに付き合ってもらうさ!」


 「いいぞ! タク! その意気だ!」


 「はぁ……いつに無くやる気だなお前。まぁ楽しそうだから俺ものるけどな!」


 僕達はまた少年漫画のノリになっていたが、それも悪くないと最近は心底そう思う。


 二人は楽しそうに、そして少し先の未来を期待してもう一度動画を流した。


   ・・・・・・・・・・・・・

 ……僕は少しだけ取り残された気持ちになっていた。


 『キミを連れ出す』


 おかしな話だ。

 キミは僕より先をどんどん歩いていた。君の背中はきっと此処からじゃ見えないよ。

 僕はキミを連れ出せない。



 でも、それが出来ないなら、少しだけ……本当に少しだけキミの背中を押す事は出来ないだろうか……


 先にいるキミに少しの寂しさと、甘酸っぱい気持ちをのせて僕は画面のキミに会いに行く。

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