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明日、目が覚めたら・・・  作者: ふじい やたく
20/26

 「バンドやりませんか?」


 あの日から何日か平凡な日が続き、僕の日常は少し変わった。

 学校ではマナミと奏間としか話さなかったのが、高坂と藤堂が加わり少しグループでつるむという事が多くなった。学校で美男美女に囲まれて僕の立場は少し周りから意識(悪目立ち?)されるようになった。

 

 毎朝のように高坂は僕の家まで迎えにくるものだから、僕も早起きになり健康的な生活をおくるようになった。最初のころは迷惑しか感じなかったが、そのあとに行く『淀』のコーヒーが一段と美味しく感じ、こんな生活も悪くないと思うようになった。


 高坂とはあれからは上手くやれてると思う。変に突っかかる事はしなくなったし、いつも屈託のない笑顔を見せられては男子高校生としてはやはり嬉しい。

 ただ時折り過剰にスキンシップを取ってくるのは男子高校生的にはNGです。周りの冷ややかな目を少しは気にして欲しい。


 六月に入って学校内で行われた『陸上記録大会』で散々な成績を出した僕は椿ねぇに散々笑われ大恥じをかいた。藤堂も運動は苦手らしく僕たちはお互いに傷をなめあい、スポーツ万能の彼らを恨めしくする日々が続いた。

 そんなある日のホームルームで担任の先生がこんな話をした。


 「えー、今年の学園祭の出し物をそろそろ決めたいと思います。ちなみに飲食関係は人気があるため、一年のキミたちは出展できません。何か飲食以外でやりたい事がある人は挙手してください」


 教室中にブーイングがとび、先生は大変そうに半ばめんどくさそうにへらへらと笑っている。

 僕は正直、祭り事には興味がないのでそんな光景をただ見ているだけだった。飲食だろうがお化け屋敷だろうがきっと僕の役目は受付か呼び込みだろう。


 「学際だって! 楽しみね!」

 

 左の彼女が楽しそうに声をかけてくる。


 「タク! 学際だ! 高校生の華だぜ! 楽しみだな!」


 右のお祭り男が話しかけてくる。


 「はは。そうね」


 僕は素っ気なく答えるが、二人はお構いなしに楽しそうに話している。


 結局その日のうちには出し物は決まらず、後日改めて話し合いの場が設けられる事になった。


 


 いつものように昼食を五人でとっている時だった。


 「ほら! タク! いつもパンばっかりで食べたり無いでしょ! あたしのお弁当の玉子分けてあげる!」


 マナミが最近やけに食事を勧めてくる。それはなんだ? あれか? 僕より肉付きがよくなるのを恐れてか?


  [わー! まなみさんのお弁当美味しそうね! 自分で作ったの?」


 高坂は目を輝かせてマナミの弁当を見ている。


 「うん! けっこう好きなんだ! 自分で作るの!」


 「食べるのもでしょ~」


 高坂、マナミ、藤堂は三人仲良くお互いの弁当をシェアしている。こんな美人三人と食事ができている僕はきっと幸せものだろう。


 「ねぇねぇ。」


 高坂が不意に声をかけてきた。僕はマナミからもらった出汁巻き玉子を飲み込んで。顔を向ける。


 「これ、私が作ったサンドイッチなんだけど……よかったら食べてくれる?」


 高坂は膝においていたプラパックから形の整ったサンドイッチを差し出してきた。


 「うむ。 ありがとう」


 僕はそれを当たり前のように受け取り、一口かじる。中身は玉子サンドで、僕がよく『淀』で梅さんに作ってもらっている玉子サンドの味そのものだった。


 「う、うまい……。」


 「ほんと? よかったぁ! おばあちゃんが、『匠はワシのつくった玉子サンドが好物じゃい』って言ってたから、作り方教えてもらっちゃった!」


 高坂は眉をよせて口調まで梅さんに似せて楽しそうに、胸をなでおろし話している。


 「うん! ほんと美味しいよ! さすがおりんちゃんだね!」


 「……」

 

 あっ……しまった……。マナミ達には僕らの事話していなかったんだ。別にやましい事があるわけではないが、なんとなく気まずくなる気がして僕は恐る恐る顔を上げた。


 「そういえばさ、二人っていつから仲いいの? それにおりんちゃんってなんだよ」


 最初に口を開いたのは奏間だった。奏間の顔を見るといつもと何ら変わりなく笑顔で話している。


 「そーだそーだ! 幼馴染のウチらも知らなかったんだぞぉ! このさい全部はいてしまえ!」


 マナミもいつも通りだ。

 なんだか自分が勝手に深く考えすぎて、自意識過剰気味になっていただけだったのかもしれない。


 「ああ……。いや、ほら、僕が今の家に引越してくる前の話だし――」


 

 それから僕は高坂との、おりんちゃんとの出会いを奏間たちに話した。幼かった頃遊んだ事。転校初日に僕の顔をまじまじ見た事。久々の再会が嬉しくてつい暴走じみた行動に出ていた事。

 僕が唯一話さなかったのは、あの日高坂が壊れてしまいそうになりながら、何かを見つめていた事だけは言えなかった。きっとこれは人に話せないことなんだと僕自身が思っているからに違いないのだが。


 「ふーん。なんでタクは今まで黙ってたのさ。 なんか特別な感情があったんじゃないの?」


 僕の話を聞き終えたマナミが意地の悪そうな顔で問い詰めてくる。


 「……さぁね? 昔の事だから、僕にもわかんないや」


 「そっか。うん。そうだよね! 昔の事だもんね! いやぁ! 何考えてるんだろ私……」


 「マナミ?」


 「はい! この話終了! タクの昔話聞いてもつまんないし!」


 「おまえが全部はけって言ったんだろうが!」


 「はいはい――ほいじゃあ、学際の話に戻そうか!」


 学際の話などいっさい出ていなかったが、マナミがなんだか楽しそうに話すものだからこの場にいる全員が学際の話題で白熱していた。



 「なにかみんなでやりたくない!?」


 輪になり全員で高校生初めての学際について夢を語っている時に、マナミが突然切り出した。


 「あー、そういえば『有志』でなにかステージパフォーマンスするのは自由なんだっけか?」


 奏間がなにやら思い出したかのように手を『ポンっ』とたたいた。


 「そそ! せっかくみんな仲良くなれたんだから、なにか思い出作りたいじゃない!」


 「なにってなにやんの? 僕めんどくさいのパっスぅ~」


 「めんどくさいって……いいからタクもやるの!!」


 「まぁまぁ、匠くんもやらないとは言ってないんだし……」


 鬼のような形相で僕を睨みつけるマナミから必死に守ってくれるのは藤堂だけだ。まじ天使……。


 「高校一年生の学際は一回しかないんだよ! 気合入れていかなきゃ!!」


 いつにもましてマナミは気合を入れて声高々に宣言した。それに続くように奏間も「そーだそーだ!」と拳を挙げている。


 「で? なにやんの?」


 盛り上がっている二人に水を差すようだが僕は声をかけた。


 「うーん……タクでも出来そうな事でしょ?」


 「うーん……タクならやれることだよなぁ?」


 二人は眉間にしわを寄せ、必死に考え込んでいる。 …なんかごめんね、僕基準で……。


 「あ、あの……」


 二人が冷や汗をたらし始めた時、口を開いたのは藤堂だった。


 「こ、高校生らしく、バ、バンドなんてどう……でしょうか……?」


 顔を真っ赤に染めて今にも泣きそうな表情で訴えてきたのは、まぎれもなく藤堂本人だった。僕は正直驚いた。藤堂は人見知りで表に立つ事を極力避けてきた女の子だ。そんな彼女がなぜ羞恥プレイをさらけ出す学際バンドなんて言い出したのだろう?


 「バンドってあのバンド? レッチリとかオアシスとかビートルズとかの?」


 「なんで洋楽ばかりってのはあえて突っ込みませんが……そうです……あのバンドです……」


 この場にいる全員がきっとこの発言に度肝を抜かれただろう。まさか一番恥ずかしがり屋の藤堂がこんな事を言うとは思っていないからだ。


 「バンド……。いい! それいい! バンドやろうよ!」


 「おう! いいなそれ! あっ、おれギター弾けるよ!」


 さっそくマナミと奏間がエアギターを弾きながら盛り上がっている。


 「あの、ちなみにわたし……ドラム叩けます……。」


 またしても衝撃発言をしたのは藤堂だった。まさかあの大人しくて小動物のような彼女がドラムを叩けるなんて、だれが想像できようか……。


 「ねぇ! タクもいいでしょ? タクはベース弾けるし!」


 「弾けるってか……持ってるだけだよ……」


 マナミと奏間が腕に組み付いて、駄々をこねる子供のように喚き散らす。

 

 正直僕は嬉しかった。まさかこのメンバーで夢のバンドができるなんて思っていなかったから。

 

 音楽は大好きだ。小説でもそうだが、ひとつひとつの他人の物語に主人公としてその世界に入り込めるものだと僕は思う。それはエゴで傲慢な世界かもしれないが、それはとても素敵なエゴだと思う。

 とくに傍観者を気取りたい僕にとっては相手の気持ちを分かち合う最善で最高な手段だ。


 中学二年になって僕は誕生日のプレゼントで母にエレキベースを貰った。白色のベースのジャズベだった。その時好きだったバンドのベーシストが同じ白色のベースでかっこいい演奏をするのだから、僕は今までに無いほど喜んだのを憶えている。

 安物の初心者ベースだが、今でも毎日触っている。今まで独りよがりの僕は誰かとバンドを組むなんて考えたことはなかったが、今回そんなチャンスがめぐってきたのだ。嬉しくないわけがない。


 「いいよ! そんじゃ、やろっか。 バンド」


 「よっしゃぁあ!」とマナミ、奏間、藤堂は肩を組んで喜んでいた。そんな姿を見て僕は今にも踊りだしそうな気分になる。


 そんな中、一人浮かない顔の少女がいた。『高坂 栞』だった。

 その彼女に僕は声をかけた。


 「高坂さんも歌好きだよね? 昔よく一緒に歌ったじゃん」


 少し僕は照れくさい気持ちになりながら彼女に声をかける。昔から僕は『おりんちゃん』の楽しそうに鼻歌を歌い、時には海に叫ぶように精一杯歌う姿を憶えている。


 「じゃあ、シオちゃんはボーカルね! 私は……ソウちゃん! 一緒にギターやろ!」


 「おまえギター弾けるの?」


 「いや! ぜんぜん!」


 マナミと奏間が勝手に話を進めている中、それでも顔色のあまりすぐれない彼女に僕は違和感を覚えた。


 「高坂さん?」


 『はっ』としたように高坂は少し苦笑いで答えた。


 「うーん……バンドはちょっと……いやかな……」


 みんなの顔が驚きと残念な気持ちに変わる。それは僕も例外ではなかった。

 いつも明るく。元気で、一番学際を楽しみにしていた彼女が高校生の夢のバンドを断ったのだ。


 「あっ、そろそろ教室戻らなきゃ……」


 高坂は逃げるように地面から立つと、振り向かずに教室に戻っていった。

 そんな彼女のうしろ姿をただ呆然と僕らは見ていた。

 今までの喧騒は静寂にかわり、雲が光をかくすように暗暗(あんあん)とした空気が漂っていた。


 「まぁ! 任せておいて! みんなバンドやりたいよね!」


 そんな空気をぶち壊すように口を開いたのはマナミだった。そんな彼女の目は僕をしっかり捕らえていた。


 「いや、べつに――」


 僕はいつもみたいに諦めるように、納得させるように自分にいいきかせるように言葉を紡ごうとするが、それはマナミの両手に頬を挟まれ最後まで紡ぐことはなかった。


 「タク! 諦めるのいつも早い! 少しはわたし達を信用して! やりたい事はやりたいって言えばいいの! 諦めるのはやったあと! やるまえにあきらめるな!」


 「っ――」


 最後にマナミの頭突きをくらって涙目になる僕に。はっきりとした意志の目をしたマナミが映った。


 「だいじょうぶ」


 もう一度『ニカっ』と笑った彼女は何だかかっこよくて、僕は少しとり残されてしまった感覚になったが、ゆっくりとうなずいた。


 「僕もバンド……みんなでやりたい!」


 僕はマナミに負けないように笑顔をつくり、右手を差し出した。


 「二人で盛り上がってるみたいだけど、俺らの事、忘れてくれるなよ?」


 「そ。そうです」


 僕の右手に奏間。藤堂が手をのせる。


 そんな姿に満足げな笑顔になったマナミが一番上に手を乗っけて叫ぶ。


 「やるぞぉ!! みんなそろって思い出作るぞー! 最優秀賞! 勝ち取りにいくぞぉ!!」


 一年生で最優秀賞か……。なら確実におりんちゃんは必要だな。

 これから僕は、僕たちは歌姫さまを迎えにいかなきゃな。

 何が彼女の心に引っかかってるのか分からないけど、僕は自分勝手にキミを連れ出そう。


 キミが昔僕にしてくれたように……。


 

 


 

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