いつもの風景
「……と言うわけでこの町には物語が生まれるわけがないんすよ」
此処は町で一番古い喫茶店『淀』 昔はたくさんの若者や観光客で賑わっていた歴史ある喫茶店だ。僕の毎朝の日課は朝食を此処で食べ、店のマスター『高坂 梅』さんと話す事から始まる。
「何言ってんだい。そんな事あんたが物心ついた時から分かってたじゃないか。高校生になったとたんどーしちゃったんかねぇ……それに老人老人うるさいよ」
梅さんとは子供の時から知っている仲だ。家もそんなに遠くなく、毎日コーヒーをご馳走になっていれば僕がこの女性(ご老女)に懐いているのは至極当たり前の事だ。
「まぁたあんた失礼な事考えてなかったかい?」
「そ、そんなことないですよご婦人!」
ペシっと勢いのある優しいツッコミが僕のおでこを触る。
「あんたもいいかげんこんな廃れちまった店の老婆にかまけてないで、彼女の一人二人でも作りなさいな」
「一人二人って……いいんだよ別に、今彼女なんか作るより梅さんと話すほうが楽しいし!」
満面の笑みで答えた僕とは反対に梅さんは少しだけ悲しそうな顔をした。少しだけ気まずくなり話を変える事にした。
カウンターの端に少し遠慮気味に置いてある写真がある。とても綺麗な長髪のそして切れ長な目をした和服を着た女性のモノクロ写真だ。僕はこの女性を知っている。
「にしてもほんとこれが梅さんかよ!? 信じられないなぁ、僕の初恋……」
「なーはっはっは! どうじゃい?惚れ直したかい?」
にんまりと笑う梅さん。いつもどおりだ。
「あれは50年前のこと・・そう周りの男どもはわしを取り合い、そして――」
「あ! 学校行かなきゃ!! ごめんね梅さんまた明日ー!!!」
僕は脱兎の如く走り出した。梅さんがあの話を始めるときっと放課後のチャイムがなっても終わらないだろう。少しだけ早い登校になったがたまにはいいだろう。
まだ桜が並ぶあの坂を目指し、僕は一歩を踏み出した。