再会はシュガーポットとコーヒー
目が覚めて寝転んだままの体勢で頭上のカーテンに手をかける。勢いよく開いたカーテンに晒された窓からこれでもかと言わんばかりの日の光が差し込んできた。
ベッドから腰を起こし、大きな伸びをして僕は階段を下った。
「おはよう」
「あら、今日は早いのね」
母さんは食事の用意をしながら「おはよう」と答えた。
時計を見ると針は七時をさしていた。別に早いという時間ではなかったが、僕の日常的朝の時間としては三十分も早く起きていた。
きっと他の生徒達はすでに顔を洗い、歯を磨き、全ての仕度を済ませ朝の時間を過ごしている頃だろう。もしかしたら既に家を出て学校に向かっている生徒もいるかもしれない。
「ご飯できたわよ」
母さんは自慢げにテーブルに指を指した。
「おー・・・パン・・・だね・・・」
トースターでカリカリに焼かれた食パンとその横に備えられたマーガリンとハムが僕の目に映る。いつもの風景だ。
「毎日パンでごめんね! お母さんそろそろ仕事の準備しなくちゃだから」
「てへ!」と舌をだし慌ただしく母さんはカバンに仕事道具を詰めている。本当に忙しい人だとつくづく感じる朝だった。
朝食を済ませ、僕は梅さんの店へ向かった。毎朝コーヒーを一杯そこで飲み僕は学校へ向かう。
店に着き、『準備中』と書かれた看板を無視して僕はドアを開ける。ドアに付けられた鈴が心地いい音を放ち一日の始まりを合図する。
「おはよう。梅さん。コーヒーブラックで」
いつものようにカウンターにいる梅さんに声をかける。毎日、開店前にも関わらず僕の為だけに梅さんは店を開けてくれている。梅さん曰く「毎日じじい達の小言を聞かなきゃならんのだから、少しくらい若いツバメの声を聞いて元気にならなきゃ仕事なんかできるか!」と豪語していた。
「ブラックでいいのね?」
不意に声がした。いつものしがれた声ではなく、涼しく凛とした声だった。
カウンターで毎朝この時間に合わせてコーヒーを用意してくれている梅さんの姿はなく、その場所には制服姿にエプロンを着た『高坂 栞』だった。
「どうして高坂さんがここに?」
「どうしてって・・・私の家だもの。居るのは当然でしょ?」
そう彼女は言うとカウンター越しの席にコーヒーとシュガーポットを置いた。
僕は何が何だか分からなくなったが、とりあえず席に着いた。
「どうぞ」
彼女に促されて僕はカップに手をかけた。彼女はエプロンを脱ぎ、カウンターから出てくると僕の隣に座った。
「キミの家?」
一口コーヒーを飲み、口の中に広がる独特の苦味を感じながら僕は彼女に聞いた。
「そうよ。ここのマスターは私のおばあちゃんよ? ねーおばあちゃん!」
「おうおう。そうよ。匠、びっくりしたじゃろ?」
自宅に繋がっているカウンター奥の扉からいたずらっ子のように梅さんが姿を現した。
「びっくりてか・・・うん、びっくりした」
はははと笑ってみせたが、まさか昨日の転校生が梅さんの孫だったとは思わなかった。
「梅さん何も言ってくれなかったから全然分からなかったよ。ここの常連客の高橋です。よろしく」
そう彼女に言うと
「知ってる。昨日も挨拶したわ」
彼女はプイっと顔を背けた。
「おいおい匠。何言ってんだい? 久々に再会できたのにそれはないんじゃないかい?」
梅さんが困ったように僕にそう言った。再会って・・・
「あんた達がホント小さい頃によく遊んでいたじゃないか。匠はいつも「おりんちゃん、おりんちゃん」ってこの子達と遊んでいたじゃないか」
「おりんちゃん」その言葉を聞いたとき、僕は心の中で欠けていたパズルのピースが見つかったような気がした。
顔を背けていた彼女はゆっくりとこちらに向いた。顔は真っ赤になって耳に掛かっていた髪がゆっくりと顔を隠すように下に垂れた。それから上目遣いで僕を見る。その姿に少しドキっとした。
僕は彼女を頭の先から足の爪の先まで見る勢いで何度も何度も見返した。
「おりんちゃん?」
僕は目の前にいる彼女に声をかける。
「・・・うん。ひさしぶり!」
彼女は少しだけ昔のような面影を残した満面の笑みで僕に微笑んだ。




