いつかの風景
「ただいまー」
家にいつもより少しだけ早く帰ってきた僕は、誰もいないと知りながらも一応声をかける。やはり返答はない。
母と兄は今日も仕事で帰るのはきっと夜になるだろう。
母は定食居酒屋のパートで、兄は老人ホームで働いている。あまり裕福な家ではないが、それなりに生きてはいける。
父親は僕が小学生の高学年だった時に離婚し家を出て行った。父の記憶はあまり無い。子供に無関心な人だったから。
「あー、疲れた……よっこらせっと」
冷蔵庫からギンギンに冷えたコーラを取り出し、小さなソファーに腰掛ける。こうして自分一人で落ち着ける空間にいると、一日が終わりに近づいているのを実感する。こんな時間が僕はたまらなく好きだ。いや、愛していると言っても過言ではない!
コーラを一息に飲み終え、僕は二階にある自分の部屋へ向かった。
ドアを開け、制服のままベッドに倒れこんだ。簡易式ベッドの堅いマットレスに鼻をぶつけたがそんなのどうでもいい。とりあえず眠い。
今日はいろいろありすぎて一眠りしたい気分になっていた。ベッドの脇からのぞく昨夜食べたチップスの袋やグチャグチャに絡まったコードなどを見ながら「あー……片付けなきゃ」などと思いつつも、瞼は言う事を聞いてなどくれず僕は深い眠りについた。
『ねー!一緒にあそぼ!』
ぼんやりとした空間にいる僕に誰かが声をかけた。
鼻歌を歌いながらどんどんと何も見えない空間を進む誰かに手を引かれ、どことなく小さく感じる僕の手はしっかりと誰かの手を握っていた。体温は感じないがどこか懐かしく、暖かい感じがした。
「--くんはなんで一人なの?」
誰かが言う。きっと僕に話しかけているんだと思う。
「なんでって……そんなの決まってるじゃないか。他の子は僕とは違う。僕はあんなに幼稚じゃないし、レンジャーごっこもしない。勉強だって僕が一番だ! 他の子は子どもだよ……」
目の前はいつの間にか乾いた土だった。あー……僕は下を向いているんだ。見慣れた光景に少し安堵する。
「えー!?たのしいよ!?レンジャーごっこ!」
「キミもレンジャーごっこするの?」
「うん!」と元気よく応えた誰かに僕はそっと顔を向けた。
女の子だった。顔ははっきりとは見えなくて、でも、僕はきっとこの子に恋をしている。そう直感で分かった。
「でもね――」
少女は俯きながら寂しそうに悲しく言葉を続ける。
「わたし、ピンクじゃなくて本当はレッドになりたいの! わたしはいつもピンクでいじわるな男の子がいつもレッドなの……」
「いじめっこになりたいの?」
「そうじゃないわ。ただ、いつも強くて諦めなくて、いつもみんなの先頭に立ってるレッドになりたいの!」
「キミは女の子なのに?」
「女の子でもなりたいんだからしょうがないでしょ!」
僕は少女の背中を押している。あー……ブランコか……
「あなたはちがうの? レッドになりたいんじゃないの?」
少女がブランコから飛び跳ね、空高く舞う。まるで妖精のように高く儚く。そして耳元で。
「あなたは何が欲しいの?」
そう問いかける。
僕。僕が欲しいもの――
あれ? おかしいな……涙かな? もうわかんないや。
顔がぐしゃぐしゃになって、呼吸が乱れてくる。
それでも必死にその『少年』は答えようとしてる。
「ぼくは__」




