彼を取り戻すために
私は同盟国同士によって運営される学校に通っている。そしてここには私の婚約者であり隣国の王子であるエドガー様も通っていらっしゃる。
私の国と彼の国は同盟を結んでいるにも関わらず、あまり仲がよろしくない。仲介役となったもう一つの国がなければこの同盟は成り立たなかった。その弱いつながりを強くするために私は彼の婚約者に選ばれたのだ。本当ならば、エドガー様の相手にふさわしいのは私のような貴族ではなく王族である。しかし先代国王の跡取りは一人だけであり、幸か不幸か現国王の子供は全員男子だった。そのため、私に白羽の矢が立ったのだ。
婚約者とはそれなりに上手く行っていたと思う。しかし最近では私達の関係に暗い影が掛かっている。それを取り除くためにも、私は婚約者がいる部屋へと向かった。
足音をわざとらしく立てながら、私は自分の婚約者がいる部屋の前まで来た。中で何が行われているかは想像に難くない。
私は大きく息を吸って、一応の礼儀として扉をノックした。
「失礼します。エドガー・リオネル様に用事があります。
リリアナ・ラミナードです」
中から返事は無く、私は勝手に扉を開けて中に入った。
中に入ると五人の実に見目麗しい青年達と、これまたこの世の物とは思えないほど愛らしい少女がいた。そしてその少女は私の婚約者の膝の上にいた。そしてそれを取り囲む他の男ども。彼らは手ずから少女にお菓子を食べさせてあげてる。
お菓子の食べ過ぎで体重が増えて、彼の足が折れてしまえば良いのに。
そんなことを思ったが何も言わずに、私は婚約者に話しかけた。
「エドガー様、突然押しかけて申し訳ありません」
「なんだお前か。何か用か?」
「ええ、あなた様が膝に乗せている少女について言いたい事がありまして」
そう言って、私は少女を見た。ただ見ただけなのに、まるで蛇ににらまれた蛙のように怯えだした。いや、正しくは鷲ににらまれた、可愛くてか弱い兎といったところかしら。
そんな兎は怯えたように、エドガー様のシャツにしがみついた。男から見れば庇護欲をかき立てる行動かもしれないけど、同性の私から見たら苛立ちをかき立てられる行動だ。
「ミーシャがどうしたんだ?」
「彼女をあなたのそばに侍らすのは勘弁していただけないでしょうか? あなたの品位を損ねています。付き合う相手はしっかりと吟味してください」
私の言葉に何人かの男達が鼻で笑った。
「ミーシャがエドガーの品位を傷つけているって? それはあなたが彼の品位を落としている、の間違いでは?
権力を盾に彼女をいじめている噂をよく耳にしますよ」
「私はそんなことなどしておりません。
その少女が来てからあなたたちは自分の役割を果たさなくなりました。大勢が困っているのです」
「むしろ我々の仕事はミーシャが来てから捗っているよ」
「ああ、ライナスのいう通りだ。
彼女が来ててから全てがうまくいっている。弟との関係も良くなった。父の期待にも応えられるようになった。全部、ミーシャが俺を支えてくれたおかげだ。お前は俺の助けにはなってくれなかった」
「私だって……っ!
いえ、何でもありません。とにかく一度頭を冷やしてください。そして家族関係だけじゃなく、他のことにも目を向けてください」
「うるさいな。リリアナ、今はミーシャと過ごせる貴重な時間なんだ。
邪魔しないでくれ」
私は彼の言葉にぎゅっと、拳を固め下を向いた。前までは、反発はする物の私の言葉にも耳を傾けてくれたのに。なのに、今じゃ、私の言葉届かない……。
このままじゃいけない。彼らを、いや周りはいいや、エドガー様の目を覚まさせないと。
「リリアナ様? 顔を上げて。リリアナ様はエドガー様のことが好きなんだよね? だからそんなにあたしに突っかかってくるんだね。分かるわ、リリアナ様の気持ちが。
だって私もライナスのことがとっても、とっても大好きだもの。
婚約者のあなたを差し置いて、ここにいるのは正しくないことは理解しているわ。でも、あたしは、それでも……っ!!」
「黙ってくださらない? どんな美しく歌う鳥でも、度を過ぎれば耳障りですわよ」
そういって今度こそ彼女を睨み付けると、彼女は大きな目に涙をため始めた。
「エドガー様、あたし怖いわ……」
「ミーシャ、安心しろ、俺がお前を守ってやる。
リリアナ、今すぐ出て行け。ミーシャがお前を怖がっている」
エドガー様は私をまるで親の敵のように睨み始めた。ミーシャの大好き程度の気持ちに私の思いや覚悟、今までが負けるかもしれない。そう考えると悔しくて涙が一筋零れた。
「……分かりました。でも、どうかお考えを改めてくれませんか?
お邪魔しました」
そう言って私は彼らの部屋から出て行った。
出る間際にライナス様の「泣くほどエドガーを愛してるのですね」という言葉が耳に残った。その言葉を振り払うように、廊下の角を曲がった瞬間、私は走り出した。
私は人気の無い庭園にある木の裏で、声を出さないようにして泣いた。私がこんなことで泣くなんて思ってもいなかった。でも、思っていたよりも悔しい。
何なのよ! あの女! 私の努力を踏みにじって!
私の覚悟を知らないくせに! 別にエドガー様に愛されなくてもいい。でもやってもいないことを私のせいにしてエドガー様に嫌われて、それでもっと大きな問題になって、国に迷惑がかかったら……。
情けないことに連日このようなことが続いたせいか、なかなか涙が止まらない。
「あ、リリー、こんなところにいたんだね、ってどうして泣いてるんだい?」
優しげな声が聞こえてきて私は顔を上げた。
が、私が顔を上げるとよほど私の泣き顔がひどかったのか、「うわっ」っといって、少し引いた。
そんないつもと変わらない彼の姿を見ていると少し落ち着いた。私は鼻をすすってから、言葉を発した。
「うわって、何よ、うわって。
可憐な少女が泣いているのよ? そこは優しく抱きしめるところでしょう?」
「うーん。可憐な少女なら、せめて鼻水を流さずにいてもらいたいかも」
「しょうが無いでしょう? 勝手に出てくるんだもの」
「それに婚約者がいるのに僕みたいな男がリリーを抱きしめるのはまずいんじゃないの?」
「確かに、それもそうね。
誰かが告げ口したらあの女につけ入れられるわ」
「でしょ? でも、まぁ、抱きしめて慰めることは出来ないけど、これぐらいなら大丈夫だよね? はい、これを使って」
そう言ってジェームズは真っ白なきれいなハンカチを差し出してきた。
「あら、気が利くわね。ありがたく使わせてもらうわ」
彼からハンカチを受け取り、私は涙と鼻をぬぐった。
「今度、新しいのを返すわね」
「あ、うん。というか、リリーは自分のハンカチが無いの?」
「うるさいわね。急いで部屋を出てきたんだもの。
それに泣く予定も無かったから、持ってきてなんかいないわよ」
「別にハンカチは、涙を拭くためだけにある物じゃ無いんだけどなぁ……。
まあ、そんなことは置いておいて、またエドガー様の説得に失敗したのかい?」
「ええ、そうよ。気持ち悪いぐらい、甘ったるい空気が部屋に流れていたわ」
甘すぎて気分が悪くなるぐらいだった。その光景をジムは想像したのか、苦笑いをしていた。
ジムは私の国の第四王子だ。ジムは愛称で、本名はジェームズ。国王夫妻は子宝に恵まれ四人の子供を産んだ。全てが男子だった。これがエドガーの国だったら、血みどろの権力争いが勃発しそうだけど、彼らはみんな仲が良い。普通の兄弟みたいに喧嘩したりしている。ジムもよくお兄ちゃん達と喧嘩して、負けて泣いていたっけ。そしてよく私のところに家出してきた。護衛も何にもつけずに。そのことが示すように、彼はちょっと陰が薄い。いや、別に顔立ちは整っている方だけど彼がまとう雰囲気が王族らしからぬものであるため、なんていうか、その、普通の人のようにその辺の風景に溶け込むのだ。二人で町に降りたときは、私のせいで見つかるぐらいだ。それほど彼は目立たない。ついでにいうと、気も弱い。そんな彼が私の国の、王子の一人だ。
「ねぇ、リリーもう諦めたら? 一瞬で燃え上がる恋なんて、ほっといてもすぐに鎮火するよ」
私はジムをキッと睨み付けた。当初は彼の言葉を信じて、優しく見守っていた。そうしたらあんな状態になった。これ以上、見過ごすことなんて出来ない。私の強い思いが通じたのか、
「あ、いえ、何でも無いです。僕が悪かったです。ごめんなさい。
だから、その、睨まないでください……。ちょっと、いやかなり? 怖いです」
「ふん。分かれば良いのよ、分かれば」
ジムと一緒にいたら、またやる気が戻ってきた。
それと同時に一つの案が思いついた。
「ジム、最近暇かしら?」
「まぁ、忙しくは無いかな」
「じゃあ、ちょっと私と一緒にミーシャのあら探しをしてくれない? 男性の目から見ても、駄目だろうっていうところを見つけたいの。で、それをエドガー様にご報告するの」
「なんていうか、今更な提案だね」
「誰かを貶めるのはあまり好きじゃないんだもの。でも、もう背に腹はかえられないわ」
「そっか。いいよ。僕にも手伝わせて」
「ありがとう。それじゃあ明日から早速、ミーシャの事を探りましょう」
「はーい」
「返事は短くっ!」
「はい!」
「よろしい」
次の日は休日。私は朝食後、ジムと合流してミーシャの後をつけ始めた。ミーシャは午前中からエドガー様と町にデートに行っている。私とジムは後ろからこっそりとついて行っている状態だ。もちろん私たち、とういか私は変装している。今のところ、ただの町娘にしか見られていない。
……日頃、ジムのことを散々、平凡っていっているけど私も人のことを言えないのかも。
ちらりと、隣を見ると機嫌が良さそうにジムは歩いている。うん、どこからどう見ても町民Jだ。たぶん彼よりは私の方が高貴な雰囲気が漂っているはずっ! そう願いたい。
「いや~、リリーとこんな風に町に出るのって久しぶりだね」
「まぁ、確かにそうね」
「なんだが、小さい頃に戻ったみたいで懐かしいな。それにちょっと嬉しい」
「私もジムと一緒にこれて、ほんの少しだけ、髪の毛一本分ぐらい嬉しいわ。
そういえば、昔はよく私がジムにいろいろと買ってあげていたわね」
「ああ、そうだったね。昔は人見知りが激しくてさ、店員にも声を掛けれなかったんだ」
「……何か買ってきてあげようか?」
「いや、さすがにもう大丈夫だよ! 人見知りは治りました。
むしろ、僕が今日は買ってきてあげる。欲しいものがあったら何でも言ってね」
「あ、じゃあ、あそこのアイスクリームが……!
ジムあれを見て」
かわいらしいワゴンで売られているアイスの近くにあるお店に二人は入っていった。
「あそこって、有名な宝飾屋だね。
僕たちの格好で入っていったらいい顔はされないね」
「あそこで何かアクセサリーでも買ってもらうのかしら?」
「たぶん、そうだろうね。
エドガー様って貢ぐタイプだったんだ」
「私も知らなったわ。必要最低限のものしか今まで送られなったもの。
とりあえず、二人が出てくるまでここで待ってましょう」
「あ、じゃあ、アイスを買ってくるね。味はどうする?」
「うーん、一緒に見にいくわ」
ジムにアイスを買ってもらい、二人で近くのベンチに座りながらミーシャたちが出てくるのを待った。しばらく待っていると、二人は出てきた。ミーシャの首には美しく細工が施されたペンダントがかけられていた。彼女は嬉しそうに、何度もお礼を言っている。心の底から嬉しそうに。
そういえば私がプレゼントをもらった時には、あそこまで喜んでいなかったかも。形式上のお礼にとどめていた。そして彼も私からの贈り物には似たような反応を示していた。もし、私たちがお互いを心の底から思いやり、そして愛し合っていたのなら……。
「リリー? 急に黙ってどうしたの?」
「あ、ううん。何でも無いわ」
もし私たちが本当に愛し合っていたのなら、きっと私はジムとここにはいなかっただろう。
なんとなく、私がエドガー様を不幸にしたような気がしてきた。
その後も二人の後を追いかけたが、特に気になる行動はなかった。強いていうなら、恋人同士のような彼らの行動ぐらいだ。それを見届けてから私たちも帰った。
ミーシャが動いたのは、それからちょうど3週間後の事だった。相も変わらず私はジムと彼女の後をカルガモのごとくつけていた。その日は彼女は誰とも出かけずに学校にある図書館に入っていった。
図書館にはテスト明けということもあり、生徒はほとんどいない。おおかた、町に繰り出して遊んでいるのだろう。だから、テスト後もこうして図書館に赴いた彼女に私はちょっと感心した。ミーシャはそのまま図書館の奥に進んでいく。確か奥には、高度な内容の魔術書が多く陳列している。
「なんかちょっと意外だな。ミーシャさんがあのコーナーに行くなんて。
……あ、勉強するわけじゃなかったんだね」
ジムは最初、私と同じように感心したらしい。でもすぐに私たちは彼女の目的が何か分かった。
そこには一人の青年がいた。彼の前には山積みになっている本と、紙とペンがある。今は本を読む手を止め、いきなり話しかけてきたミーシャを面倒くさそうに見ている。
「うわ、フローベル先輩だ。あの机の状態を見ると、真剣になにか調べ事をしていたんだろうな。僕なら絶対に邪魔なんてしないのに」
「私も無理ね。まぁ、先輩の事は置いておいて二人の会話を聞きましょう」
私たちは机の周りの本棚の後ろから、二人をのぞき込んだ。ちょうど、ミーシャの背中が見え、先輩の顔が見える位置だ。ふと先輩と目が合った。一瞬、訝しげな表情をした後に目の前にいる少女と私を見比べ、納得したように私から目を離した。
……フローベル先輩って他人に無関心で、噂とかに興味がなさそうだと思っていたけど、私の事を知っているらしい。そこまで大事になってしまっているのね。
ジムは「げっ、見つかった」と、気まずそうにしている。
「先輩? どうかしたんですか?」
「何でもありません。それよりも、僕に何か用ですか?」
顔は見えないけど、ミーシャは怒ったように声を上げた。
「先輩、ひどいです!! あたしとの約束忘れたんですか?」
「約束? あいにく、どうでも良いことはすぐに忘れる質でして」
「もぅ! この前、先輩が私に話してくれたじゃないですか? リムゼの輝きが必要だって。それで、もしあたしが手に入れたら先輩に譲るんで、代わりに勉強を教えてくださいって、約束したじゃないですか?」
「そんなことありましたっけ?」
「ありましたよ~。
それで、あたしリムゼの輝きを持ってるんですよ。正確に言うと、知り合いがあたしに譲ってくれたんですけどね」
「へぇ、よくそんな高価な物を」
あきれたように先輩はつぶやいた。
それを聞いて、ミーシャは少し落ち込んだように顔を下げた。
「あたしの事、ひどいって思いましたか? 他の人からもらった物を誰かに渡すような人だって。
……本当の事はいいたくないけど、でも先輩に勘違いされたら嫌。だから私がこれを手に入れた経緯を聞いてくれますか?」
おそらく先輩は「聞きたくない」といおうとしたのだろう。しかしそれよりも早くミーシャは語り出した。
内容をまとめると、自分はある高貴なお方から求婚されていて、自分は断っているのにしつこく何度も誘われ、頼んでもないのに宝飾品などを送られるという物だ。
へぇ、そうなのね。ミーシャは嫌々だったのね。それは意外だわ。
「あたしはこんな物ほしくないんです。だってまるであたしの愛をお金で買うようなまねに見えるから」
先輩はもはや話を聞いておらず、手元の本を眺めている。
「でも断ったら、あの人が怒るんじゃないかって怖くて……。本当はこんな宝石見たくもない! だからあたしの代わりに貰ってくれませんか? それともいらないものを押し付けるなんてひどい人間だとやっぱり思いましたか?」
「いいえ、別に。自分にとって不必要な物を貰っても、宝の持ち腐れになるぐらいなら僕も人に譲ることがあるので」
「本当ですか? えへへ、先輩と考える事が同じってなんだか嬉しいです!
じゃあ、貰ってくれますか?」
「まぁ、必要としている人が持った方が良いですからね」
そう言ってミーシャは手に持った小箱の中からこの前、エドガー様に買って貰ったペンダントを取り出して先輩に手渡した。
「美しいですね。こういうのを、あなたは身につけないのですか?」
「あたしには似合いませんから」
何かを期待するようにミーシャはしばらく待っていたけど、お望みの言葉は先輩からかけられなかった。おおかた「そんなことありませんよ。あなたに似合っています」という言葉を期待していたのだろう。
「えっとそれで、勉強はいつ教えてくれるんですか?」
「ああ、そうだな……。
課題が忙しくて時間が取れないので、今度都合のつくときにこちらから連絡しますよ」
「どうやって連絡するんですか?」
「そうだな……。まぁ、何らかの方法で」
「分かりました! 連絡待ってますね。
あっ、先輩、今度は約束覚えておいてくださいね?
じゃあ、あたし予定があるんでこれで失礼します」
そう言ってミーシャは立ち去っていった。
私とジムはどうしようかと、お互いに顔を見合わせた。お互いに考えていることは一緒だ。私は本棚から出て先輩に話しかけようとした。しかし
「そこの二人。出てきてください。
僕に何か用があるなら、早く済ませてくれませんか?」
先に声をかけられた。
「すみません、盗み聞きをしてしまって」
「僕にとっては聞かれて困る内容でもないので、お気になさらず。
それで、ジェームズ君、どうしてあなたたちはあんな中身のない会話を聞いていたんですか?」
その質問は私じゃなくて、隣にいるジムに向けられて発せられた。
二人は知り合いなの?
「あー、フローベル先輩、お久しぶりです。
たぶん先輩が予想している通りだと思いますけど、説明しますか?」
「答え合わせもかねて」
「分かりました」
ジムは簡潔に今までのあらましを語った。
「へぇ、予想以上に面白いことになっているんですね」
「面白って、完全に人ごとだなぁ」と疲れたように、ジムはつぶやいた。
「それで、今先輩がミーシャさんから譲って貰った、そのペンダントが必要なんです。
どうか譲ってくれませんか? リムゼの輝きなら他にもご用意しますので。どうかお願いします」
「ああ、どうぞ。僕には必要のないものなので」
「えっ?」
「もう持っているので。せっかく原産地が近いのだから自分で取りに行った方がいろいろと都合がいい」
「それではなぜ、受け取ったのですか?」
「あなたは僕の話を聞いていなかったのですか? 必要な人が持つ方が良いっていう部分を」
そう言って先輩は私にペンダントを渡してくれた。
「ああ、でも代わりといっては何ですが、彼女をどうにかしてください。いい加減、うっとうしい」
「任せてください」
「それじゃあ、話はこれで終わりですね」
先輩は私たちから視線を外し、中断された調べ事を再開した。私とジムはそれを邪魔しないようにそっと席を立ち上がった。そのときに先輩が「上手くいくとは思えないけどなぁ」とつぶやいたのが耳に入った。水を差すようなことを言わないでほしい。
図書館の外に出ると、私はすぐに行動に移すことにした。
「ジム、今からエドガー様のところに行ってくるわ。
それで先輩のお話と一緒に、このペンダントをエドガー様に見せてみるわ!」
「全てがうまくいくように祈ってるよ。
僕も一緒に行こうか?」
「ううん、大丈夫。
ジムは、そうね、時計塔の前で待っていて」
「分かったよ」
私はジムと別れてエドガー様とミーシャがいるであろう、いつもの部屋へと向かった。
いつかの日と同じように、ノックをして部屋に足を踏み入れた。
「リリアナ、またお前か。
今度は何のようだ。いっておくが、ミーシャを貶める話には一切耳を貸さないぞ」
「あらそれは残念ですわ。でも今日で最後ですから、どうか今一度、機会を下さいませんか?」
そう言って私は頭を深く下げた。これで駄目だったら、私は諦めるつもりだ。でも今日。話を伝えることが出来れば状況は変わるはず。そのためなら、頭ぐらいなら下げよう。
「ほお、お前が頭を下げるとはな。どうせ俺はお前がなんと言おうと心を変えるつもりはない。だが、これで最後なら我慢してお前の話を聞いてやろう」
「ではお言葉に甘えて」
独り言をつぶやく前に私はポケットから、あのペンダントを取り出して、エドガー様の目に入るように揺らした。
そのペンダントに気がついたエドガー様、そしてミーシャは形相を変えた。
「これ先輩から貰ったんですよね。必要な人が持つべきだって言って、私に渡してくれたんですよ」
「お前、なんでそれを……」
「さっき貰ったんですよ。でももう必要のない物です。
あ、エドガー様、よろしければ差し上げますよ」
私の言葉にエドガー様は、奪い取るようにしてペンダントを私の手から取った。
その顔は強張っている。自分がミーシャに贈ったものだと気が付いたのだろう。
話を続けるように彼は私の目を見た。
「あなたは良い顔をされないとは思いますが、実はここ最近、ミーシャさんの後をつけさせていただいたんです。ああ、もちろん彼女を苛めるなんて、そんな下らない真似をするためではありませんよ」
「リリアナ様、そんな真似をするなんて卑怯よ!!」
「ミーシャさん、勝手に後をつけたことは謝るわ。でも、私は見極めたかったの。あなたがエドガー様の隣に立つ人物に価するかどうかを。エドガー様の隣に立つということは、一国の主を支えるということ。そのことをちゃんと理解しているか確かめたかったの。もし、私の目であなたがふさわしい人物だと分かったとき、私はあなたに婚約者の座を渡すつもりだったわ。
だけど、あなたは私の期待を裏切った。図書館での話を聞かせてもらったわ。自分はある高貴なお方から求婚されていて、自分は断っているのにしつこく何度も誘われ、頼んでもないのに宝飾品などを送られるというお話を。
ねぁ、ミーシャさん。あなたにペンダントを贈ったのはエドガー様じゃなくって?」
「ミーシャ、こいつの話は本当なのか?」
「…………確かにそのペンダントはエドガー様に貰ったわ。でも話が違うわ。あたしはそんなこと言っていない。
確かに先輩にペンダントを渡した。でもそれは貸しただけよ。どうしても必要だからって言われて。必死に頼んでくる相手に断るなんて失礼だったから、貸したのよ」
「嘘つき。そこまでして愛されたいの? 人としてのプライドはないの?」
口から出た、静かな言葉にミーシャは肩を震わせたかと思うと泣き出した。それを見て、エドガー様の表情が一気に変わる。
ああ、これは不味い。
「リリアナ様、酷過ぎるよ……。
あたしは優しくしただけなのに、そんな、そんな風にいうなんて……。
心が痛い……」
「もういいミーシャ話さなくていい。安心しろ、大丈夫だ。
こいつの言うことなんて気にしなくていい。俺はお前を信じるから」
「エドガー様……」
「エドガー様! 私のことを信じることが出来ないのは分かっています。でも――!!」
雰囲気が私の敗北をすでに告げているにも関わらず、私は彼に声をかけてしまった。
「黙れっ!! それ以上、ミーシャを侮辱するな!」
彼の腕が振り上げられる。その光景はゆっくりなのに私の身体は動かず、ただ目をギュッと強くつぶることしかできなかった。
しかしいつまで経っても、衝撃は訪れない。
「好きな女の子を馬鹿にされて怒りたくなるのは分かるけど、殴るのはさすがにおかしいと僕は思うんだけど。王子様、君だけじゃなくて、将来国を支えるであろう周りも止めないのは、ちょっとばかり異常なんじゃないかな? おかしいよ君たち」
聞きなれたはずなのに、今まで聞いたことのない険しい色を含んだ声が耳元から聞こえてきた。
恐る恐る目を開けると、振り上げられたエドガー様の腕をジムが掴んでいた。いつも穏やかそうな彼の表情は先ほどの声色と同じように強張っている。
「なんでお前が居る! 俺の邪魔をして良いと思っているのか!? この手を離せ」
「離したら君はリリアナを殴るだろう」
「この女はミーシャは傷つけた! それ相応の報いを受けるのが当然なんだ」
「その言葉そっくりそのまま返すよ。そこにいるミーシャさんは、リリアナの覚悟を踏みにじって彼女を傷つけた。彼女の方こそ罰を受けなければいけないんじゃないのかな。
まぁ、僕に言わせてみれば婚約者がいるにも関わらず他の女を正妃にしようとする君も大概だとは思うけどね。若気の至りならともかく」
「うるさい!」
「もっとうるさいことを言うことになるけど、リリアナが話したことは本当のことだよ。今の君にリリアナの話を信じろっては言えない。だからフローベル先輩に確認を取ってみてよ。君も先輩がどういう人かは知っているだろう?
それじゃあ僕たちはもう行くよ」
そう言ってジムは、呆然と眺めているしかできなかった私の腕を引いて部屋から出て行った。
そのままついていくと、ジムはしばらくして立ち止まった。
「あー、怖かった。さすが将来王様になる人だね。僕まで殴られるかと思ったよ!」
「……なんで、なんで」
「リリーはすごいね。僕ならとっくの昔に彼の前から逃げ出していたよ」
「なんであんな風にエドガー様に……」
「楯突いたかって?」
彼が優しく笑った。
「好きな子が、本当に大切な子が殴られるのを黙ってみていられるほど、弱虫じゃないからね」
あまりにもその表情が優しくて私は下を向いた。こんなにも強い彼に、弱い自分の姿なんて見せたくない。
彼を守るって誓ったのに。守られるだけは嫌だからって、エドガー様との婚約も承諾したのに。結局いつも本当に大事な場面では彼に助けられる。
彼自身がどんなに影が薄いって公言していても、彼の身分が王族であることには変わりない。私が小さいころ、一時は戦争が危ぶまれるほど荒れたのだ。そうなって負けたとしたら、王族の彼は……。国を守りたい気持ちはあった。でも何よりも、ジムを守りたいって思ったから婚約を受け入れたのに、なのに……!!
何よこれ。何なのこの状況は? 口だけじゃないの……。
「ごめん今、ハンカチを持っていないんだ」
ギュッと彼が私を抱きしめる。
そのぬくもりをいとおしく感じてしまう。だから駄目だったんだ。国の事だけを考えていれば良かったのに。エドガー様のことを言えた立場じゃない。
「ジム、ごめんなさい。全部私のせいよ……。私がもし、本当にエドガー様のことを一途に思っていたなら、こんなことには……」
「仮定の話をしたとしてもどうにもならないよ。
とりあえずまずは泣き止んで。じゃ、ないと僕が泣かせたみたいでいたたまれないよ」
「私が今泣いてるのはジムのせいよ!」
「ええっ! 心外だなぁ」
そんな風に軽口をしばらく言い合っていたら、心は落ちつてくる。
まだ頑張れる。ううん。頑張らなきゃダメなんだって思えてくる。
「さて、これからどうしようかしら」
「別に無理に婚約することは無いと思うけど。
大事なことは同盟を締結することだろう? だったらエドガー様に取り入ればいいんだよ」
「えっ?」
さも簡単そうにそんなことを言ってのけた。
いや、無理でしょう。これだけ嫌われているのに今更、取り入るなんて。
「とりあえず明日、エドガー様とミーシャさんに形だけでも謝りに行こう」
「許してくれないと思うわよ?」
「やってみないと分からないよ。とりあえず婚約者の座は、誠意を見せるかなんかで降りればいいんじゃない?」
「勝手にそんなことをしたら不味いんじゃ?」
「もし父上に何か言われたら『ジムのせい』って言えばいいから大丈夫!」
「適当に誤魔化すわ」
「あ、はい」
「取り入るとしたらエドガー様よりミーシャさんの方が簡単そうね。彼女、敵が多いから」
「確かに。友達がいないから、彼らにべったりなのかな?」
「違うわ、逆よ。彼らにべったりだから友達がいないのよ。
……それはそうとして、ジム、その、もう大丈夫よ。ありがとう」
「良かった。
もう少し落ち着ける場所に移動して話そうか」
「ええ、そうしましょう」
離れていくぬくもりが寂しく思ったことはまだ内緒だ。
数か月後、すべては万事うまくいった。エドガー様とは円満に婚約を解消することができ、今でも交流は続いている。結局、婚約を解消した後にミーシャの本性が露呈したせいか知らないが、ミーシャは今までの行動が嘘のように静かになった。
今日はジムと一緒に、庭園の木の下で私が婚約を破棄するまでに至った経緯について話していた。
「それですべては上手くいきましたとさ。めでたし、めでたし。
いや~、こんなにうまくいくなんて思ってもいなかったよ」
「そうね、都合がよすぎて怖いぐらい。
あ、そうだ、ジムにずっと言いたいことがあったの」
「なに?」
「ジムのことが好き」
「あはは、知ってるよ。
僕もずっとリリーのことが好きだった。今もこれからもずっとね」
「なにその笑い声? 私の好きの意味、取り違えていないでしょうね?」
「こういうことだろう?」
そういって、ジムは私の唇に軽くキスをした。
それがうれしくて、今度は自分のだらしなく緩んだ顔を見られなくて後ろを向いた。
そうすると今度は背中にぬくもりを感じた。
「使い古された言葉だけど、一生、君を愛すると誓うよ」
私は首元に回ってきた彼の腕に手を当てた。このぬくもりを手放す必要がもうないことを祈りながら。
「私も誓うわ。一生、あなたの傍に居るって。
だからこれからもずっと、よろしくね」
設定がガバガバでつっこみどころもあったかと思いますが、読んでくださってありがとうございました。




