『 第九話 その名は女王(クイーン) 』
果て無く続く海を割り、猛る風を帆に受けて、大船団は今日も征く。
「クイーン! 五時の方向、犬どもの船団を発見しました!」
「クイーンは止めてくださいとあれほど……、次に言えば船を降ろしますよ。船長と呼びなさい、いいですか? 船長と」
「アイサー! で、船長、あれはどうしますか?」
「いつも通りです。追いなさい。下手に動かれては困りますから」
「サー!」
見張り番の男は、船長室のドアを勢い良く開け、怒涛の如く去って行った。船長は軽くため息をつく。長旅の疲れ、そしてこの先に控えている海戦の指示。とかくウンザリするのは後者だ。彼女が束ねる男達には、ある一定の「規範」を守らせていた。略奪に関する規範、この海賊たちの特異な点はココだった。積み荷は各自の意思で、情報や書類は可能な範囲で回収。そして何より「決して水と食料を奪わない事」、「決して殺さない事」。最後二つを、無視しようとする阿呆は、必ず現れる。毎度毎度、目を光らせておくのは容易ではない事なのだ。
「でも……、荒事はできるだけ控えなくてはね。本物の悪に成り下がっては、意味がないのだから」
船長は一人呟く。また一つ大きなため息をつき、大男が着るようなジャケットを肩にかけた。その背は、ルーシーよりも小さく細い、可憐な女性のものだった。
船長は甲板に出て、指示を下し始める。その間にも、船団の帆は、目一杯に風を受ける。船団は瞬く間に、貴族船との距離を詰めた。貴族船は五隻。対する海賊船団は三十隻超。航海技術、帆船の速度、規模、どれをとっても海賊の圧勝であった。海賊船が、威嚇代わりに空砲を挙げる。束の間の後、貴族船団は完全に包囲された。
船長が、右手を高らかと掲げる。その手には愛銃が、その目には火が灯っていた。
「我らは、高潔なる海の民『アルゴー』である! 抵抗せずにいるならば、命の保証はしよう。但し、そなたらの刃が、我が同胞へと向くならば、それは約束できない。選ぶがいい、その自由だけはくれてやる!」
拳銃が叫びをあげる。貴族船を囲む男達が、それに続く。と同時に、海賊船が貴族船に接舷する。男達は、腰から棍棒を引き抜き、獣の如く貴族船に飛び込んだ。
貴族たちはパニックに陥る。腰を抜かしその場にへたり込む者、一目散に海に飛び込む者、恐怖のあまりに大小漏らす者すら現れた。一方の海賊たちは、そんなものには一切目もくれず、真っ直ぐに船の内部へと突き進む。扉を蹴破り、箱も机の引き出しも、隅から隅まで物色していく。海賊というか、さながら泥棒のようですらあった。
「これも……これも、あとこれもそうか。大当たりだな、今回の船は」
眼鏡をかけた海賊がほくそ笑む。船長の右腕であり、参謀でもあるこの男は、政府に関する資料の奪取を一任されていた。現在、彼らが襲撃している貴族船は、他国との連絡船であった。それ故に、男の提げてきた荷袋は、紙の束で一杯一杯になっていた。
「さてと……、そろそろ暇とさせてもらおうか」
男はぼそりと呟き、部屋を出る。デッキへの階段を上る彼の顔は、隠しきれない笑みで満ちていた。
一方、船長の乗り込んだ船の上では、異常事態が発生していた。貴族の中に二人、場違いな恰好をした者が乗り込んでいた。そして、その二人が、海賊たちに向け、反抗の意を見せたのである。
「アルゴーってアンタらのことか! すげーデカいな、一体何隻いるんだ?」
「勇者様……、海賊を褒めている場合ですか」
間の抜けた男の方が、雰囲気に良く似合う、間の抜けた台詞を放つ。側に控える少女が、グイと袖を引っ張り、小声でたしなめる。こんな場違いなことを、二人は、大海最強と呼ばれる海賊たちを前に始めるのだった。
「……あなた方は一体何がしたいのですか!」
先ほどから、何人かの海賊が、黙らせようと突っ込んでいる。だが、ものの数秒でダウンさせられ、二メートル前後遠くへ、ぽいと投げ捨てられる。こんな事が、幾度も続く。だというのに、この二人は、何が狙いなのか、まったく話そうとしない。デカい船団だとか、活きの良い部下だなとか、世辞以外に口にしていない。余りの読めなさに、船長は、素の口調でツッコミを入れてしまった。
彼女の高く澄んだ声に、一同が静まった。静まってしまった。誰も口を開かない。加えて、身じろぎもしない。
「質問に答えなさい! そこの貴方! 何者で、何が目的なのですか?」
問われた二人が顔を見合わせる。その時、船長の後ろの扉が勢いよく開いた。
「船長、漁りおわりまし……」
「ひゃっっ!! ……驚かせないで、ベンジャミン、声くらい掛けなさい!」
背後から現れた眼鏡の海賊に、船長は甲高い悲鳴を上げる。即座に取り繕うも、声が焦っていた。
「……船長、口調」
眼鏡がぼそりと耳打ちする。彼女の顔が、みるみる赤く染まっていった。
「あの……、船長さーん、もう良いかい?」
勇者ズ、一から十まできちんと見ていた。振り返った船長は、耳まで真っ赤になっていた。
「いっ、良いに決まってるだろうがっ! はっ、早く言えっ!」
動揺が災いした。先の勇猛な雰囲気はどこへやら、威厳はとうに消えていた。凄んだはずの声はまだ高く、オラついてみるも二度も噛む。言うだけ言って、恥ずかしそうに俯いてしまった。
「えーと……、なんか言いづらいんだけどさ、倒しに来ました。お宅ら」
「…………は!?」
見知らぬ二人の衝撃発表、宣戦布告は、女王への手向け