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『 第四話 アルゴー 』

ここから一章が始まります。予定では十九話分、果たして……?

「ひゃあ~、すごい街ですね! 勇者様!!」


ネムが、ルーシーの袖を引っ張りながら叫ぶ。眼前には、真っ直ぐに城へと続く大通りが続いていた。大通りに面する家々の前には、所狭しと露店が並んでいる。まだ日が昇って幾ばくもないというのに、街は人々の活気で色めきだっていた。


「想像以上だな、これは……」


ルーシーも息を呑んでいた。王国の通りよりも遥かに人で賑わっている。「アルゴー」。海に面した地形を生かし、貿易で国力を伸ばしていた国。経済活動の活発さだけで言えば、ルーシー達の旅立った王国に迫ると名高い国。街の大きさは王国の四分の一もない(そもそも、王国が非常に広大ではあるのだが)。そのような街が王国に肉薄する理由、それが垣間見えるようであった。


「さぁ、いらっしゃい! 新鮮な野菜、山ほど入ってるよ!」

「遠く異国の服なんてのはどうだい! 流行の最先端だ、寄ってきなよ!」

「これとこれ、あっ! それも頂戴、三つ!」


商人と町人の掛け合いが、そこら中から聞こえてくる。朝からお祭り騒ぎの大通りを抜けて、勇者一行は城を目指して進んでいった。


「勇者様、今はどこに向かっているのですか?」


ネムがルーシーの手をぎゅっと握り、声を張り上げて話す。街の賑わいに負けぬ、元気のいい声だった。


「どこって、大通り歩いてるんだし、城に行くしかないだろ?」

「あっ、はい、お城でしたか。それにココは大通りだったのですね! 賑わっているのも納得です!」

「あ、あぁ。そうだな」


ルーシーは一拍置いて、少女との感覚のズレに気が付いた。そう、ネムは“盲目”である。ルーシーが当たり前に見ている景色を、彼女は見ていない、見ることができない。このアルゴーに到着するまでの間、少女は日常生活を難なく過ごしていた。それはおろか、器用に料理すらして見せた。故に、彼は少女の目が光を捉えないことを半ば忘れかけていた。会話がズレ始めて、その違和感で、やっとのことに思い出したのだった。


「ふふっ、なんだか楽しいですね! 勇者様! 私、キャラバン以外でこんなに賑やかな所、初めて来ました」


少女は楽しそうに笑う。知らないものに興味を抱き、小さなことでも喜べる。盲目だろうと何であろうと、今のネムは正しく「少女」であった。街を駆けまわる子らと、なんら変わらぬ笑顔を浮かべていた。


「おっと!」


二人の前を、果物を抱え歩いていた男性が足を滑らせた。二人の前に果物が転がる。ルーシーは落ちた果物に手を伸ばす。ネムは、自分の足に当たった果物を拾い上げた。


「大丈夫ですか? これ」


ルーシーは拾い上げたいくつかの果物を男性に渡す。


「おお、ありがとう! 優しいなアンタ」


男性は清々しい笑顔で礼を述べた。歳は二十後半だろうか、服装を見るに水夫だと推測できた。酒のつまみでも買いに来たのだろう、男の手には果物以外にも、干物なども抱えられていた。


「えっと、お兄さん、これも!」


ネムが果物を握った手を声のする方へと突き出す。男がそれを受け取って言った。


「おっ、ありがとな、嬢ちゃん! お父さんといい、娘さんといい、優しい家族だ。ようし、一個プレゼントだ! お父さんと半分こするんだぞ」


男はネムの手にリンゴを一つ握らせ、あばよ、と告げて去っていった。まもなくして、その背中も人の波に呑まれ、見えなくなった。


「果物、もらっちゃいましたね! 勇者様!」

「あぁ、それ、リンゴだよ。食っちゃっていいぞ」

「ダメですよ、半分こしないと。馬車に戻ったら、切り分けますから、お父さん?」

「俺はお前の保護者じゃないんだがなぁ」


ルーシーは、やれやれといった風に頭を掻く。一方、ネムの方はご機嫌である。つないだ右手を揺らし、左手でリンゴを優しく握りながら、鼻歌まで歌っていた。


まるで親子のような二人が街に入って、約30分。大通りを抜け、二人は城門の前へと来ていた。


「あれ、もう着いたのですか? 勇者様、お城、どんな感じですか?」

「どんなってもなぁ、デカい。近くで見てみると、随分立派だよ。キャラバン全員入っても全然平気な位には大きいだろうな」


ルーシーはネムが知っている単位で説明する。ネムにも大きさは伝わったようで、感嘆の声を上げていた。そんな二人の元へ、守衛が近づいて来た。


「どなたかに御用が? 一般の方はこれ以上、進むことはできませんよ」


ルーシーは腰に巻いたポーチのチャックを開ける。中から、一枚の手紙を取り出す。キャラバンが用いる封蝋の印を表にし、衛兵に見えるようにして手渡した。


「王様に渡してくれるかな? ポーシャっていう商人からって言えばわかると思う」

「ポーシャ様の関係者様でしたか! お待ちください、今、確認を」


衛兵はくるりと踵を返し、城内へと駆けて行った。


「なんか……あれ? もう知っていたということでしょうか?」

「多分な。もう姉さんが使いでも出してたんだろう。段取りが良すぎて逆におっかないぐらいだよ、まったく……」


しばらくして、先の衛兵が駆けてくる。


「ルーシー様とネム様ですね。応接間までお通しせよとのことです。案内しますので、後についてきてください」


ルーシーは軽く返事をして後を追う。ネムも慌てて右手を振り、彼の手を探す。それに気づいたルーシーは自らネムの手を引く。二人は、そびえ立つ巨大な城の中へと消えていった。




華やかな応接間、壮麗な大扉、去っていく守衛。

待ち受ける奇譚が、二人の前で、ゆっくりと開き始める。

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