『 第二十三話 告白 』
「あの化物を包囲しろ! 野郎ども、ありったけ叩き込んでやれ!」
副船長の大号令が飛ぶ。
―― 戦う ――
一人でも多くを守るために、彼が下した決断は“盾となること”だった。
セイレーンは凄まじい量の海水を纏い、城を包み隠すような巨体となっていた。城は半分ほど水没し、上半分もセイレーンが纏う水で覆われている。長い髪、巨大な眼、水で形作られた逞しい腕が二本。巨人の上半身だけが現れた。そう形容するしかないような怪物を、船団は包囲した。
「撃ち方用意! 始めえっ!!」
四方八方から鉛の塊が、怪物へ向けて飛来する。触手のように侍る水柱の数本を撃ち砕くも、セイレーンは意に介す様子をみせない。
「なにか来るぞ! 近くの物に掴まれ!」
ルーシーが叫ぶ。
セイレーンが右手を高く掲げる。
水柱が数本、自我を持ったように動き、先行していた船の内一隻を襲った。
三本の水柱が、蛇のように船体に巻き付き、船の動きを阻害する。さらにもう一本の水柱が現れ、大きくしなる。あとは見届けるまでもなかった。質量と速度を持った青い腕が、容赦なく船体を二つに引き裂く。
一隻の船が、劈く(つんざく)悲鳴と共に轟沈した。
「くそったれが! あの化け物はなんなんだ、畜生!」
「爺さん、キレてる場合じゃねえぞ。見ろ、次はこっちだ!」
別の水柱がアルゴノーツ号を捉えんと襲いくる。
「卯舵一杯!! 逃げて、捕まったら沈められてしまいます!」
船長の高く澄んだ号令が響く。船体は大きく右に進路を切り、触手の回避を試みる。だが。
「思ったよりも早いな、アレ」
大波に呑まれたような揺れ。水の腕が船体の下をくぐった合図だった。
「船内に逃げ込め! 攫われるぞ!」
ルーシーが叫ぶのとほぼ同時に、一本の触手が甲板を薙ぎ払う。
「ひゃっ!」
「ネム!!」
吹き飛ばされた少女は大きく宙を舞う。
ルーシーは素早く飛び込み、少女を抱き留める。
「船長。コイツを頼む」
「ええ、分かりました。ルーシー、あなたは?」
「あれを“吹っ飛ばす”。船を沈められちゃ堪らないからな」
ヒメロペーにネムを預けた勇者は、再び甲板に身を現わす。既に、二本の水柱が甲板をきつく締めあげていた。
一際巨大な水柱が、太陽を覆い隠して高らかに伸びる。
風を切って襲い来る一撃。
水の斧がアルゴノーツ号へ迫った。
「負担がデカいから、あまりやるなって言われてたんだけど……。出し惜しみなんて、してる場合じゃないよな」
ルーシーは静かに息を吐き、拳を握りしめる。
「「「 強化術式×強化術式×圧縮術式(インパルス) 」」」
振り抜かれた拳を中心に、凄まじい衝撃波が発生する。
打ち出されたエネルギーの波は、水で出来た剛腕をいとも容易く打ち砕く。
甲板を覆っていた触手ごと、船に襲い来る水柱の全てが、ただ一撃で消し飛ばされた。
「ッ……てぇな」
右腕をだらりと垂らし、左手は頭部をさすりながら、ルーシーは苦しそうに呟く。
―― 宵星の神子 ――
―― 全て“忘れて”しまわれたのですか? ――
―― 厄獣のことはあなたが最もよくご存じのはずでしょうに ――
「うるせぇ!! ごちゃごちゃ言うな! 失せろ、悪魔め!」
―― あなたは“天使”にあるまじきことをした ――
―― 許されぬ罪には、限りない罰を ――
―― 貴方には、死罰すらも生温い。生きて、地獄を味わうがいい ――
―― …………サタン………… ――
「……クソっ。いつの、なんで、今!」
―― あ……に名前を、「ルーシー」。
あな…………、もう、……れて……はずよ ――
「勇者様、大丈夫……ですか?」
彼の隣には、心配そうに手を握る少女の姿があった。
「平気だ。少し……眩暈がしただけ。張り切り過ぎただけさ」
「……本当、ですか?」
「ああ。問題ない」
ルーシーは頭を軽く左右に振る。悪い夢を振り払い、目の前の悪夢を見つめた。
依然、セイレーンは薄気味悪い微笑を浮かべ、佇んでいた。
「これを何本削っても、本体には大したダメージを与えられない。操っているだけ。厄介極まりないな、まったく」
「なら、本体を叩けばいいだけだろうが」
思案するルーシーを笑い飛ばしたのは、皺だらけの顔に、豪快な笑いを浮かべた老水夫だった。
「本体を叩く。意味は分かってるか? あれに接近するんだぞ。正気の沙汰じゃない」
「だからって、指を加えて周りをうろつくだけじゃ、消耗していくだけだろうが」
「だが……」
「海軍の船団は市民の救助に忙しい。木船はあっさり沈められる。あれを倒せるとしたら、国を守れるとしたら、そいつぁやっぱり、このアルゴノーツ号しかないんじゃねぇか?」
ベンジャミンは、相棒の肩を叩く代わりに、甲板で踵を踏み鳴らした。
決断を渋るルーシーの背を、最後に押したのは少女だった。
「船は私が守ります。勇者様、信じて……ください!」
少女は胸を張る。膝が震えていた。手が震えていた。けれど、声は気丈に張り、自信の笑みを作って見せた。
「それは」
「目を開きます。怖いけれど、でも、それよりも、守りたいって思うんです」
その言葉が意味するものは、覚悟だけではない。それを知っていた。
「包帯、外して頂けますか?」
「……ああ。分かったよ」
ルーシーはナイフを取り出し、ネムの包帯に静かに当てる。
「船長、爺さん、一つだけ、あんたらの身を案じての頼みがある」
「なんだ?」
音もたてず、包帯が静かに切れた。
「船の外には出ないでくれ。生きていたいなら、中にいてくれ」
「操船の指示は?」
「俺が出す」
あらわになった瞼は、儚げに陽光を返す。
「二人とも、船員の士気向上と、大砲の準備に回ってくれ。甲板には、俺とコイツだけ」
「ですが……、それでは彼女が危ないのでは……?」
問を発する船長の向かい、甲板の上を襲うように、大型の鮫が飛び上がった。
「くっ、鮫が!」
「一番危ないのは、鮫でも、セイレーンでもない。“こいつなんだよ”」
少女は僅かに瞼を持ち上げる。半目も開いたかどうか、その時点で……
空気が凍った
鮫は風船のように破裂した
「今のは!?」
「爺さん、俺、一つ嘘を吐いたんだ。遺跡でキメラを潰したのは俺じゃない。ネムなんだよ」
「い、今のが……?」
「船長さん、ベンジャミンさん、黙っていてごめんなさい。その、私、私は……。私は、魔女よりも恐ろしい怪物なんです」
真実、告白、解放。




