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『 第十九話 開幕 』

 島に向かった時の約半数、沈んだ船の数はそれほどまでに及んでいた。それに反し、海の男達の命は、一割も散ることは無かった。その結果として、帰りの船には二倍近い男達がごった返すように乗り込むという事態が起きた。


 そんな不安定な船で、もう一度嵐の中をくぐれば、まず間違いなく船は沈む。だがしかし、船長を含め、船員には誰一人として臆する者はいなかった。


「予言では、帰りは安泰とでていやがる。平気だ、どんと構えておけ」


 とはベンジャミンの談。冗談のような調子で放たれた言葉だったが、真偽のほどは確かだったようで、一行の船団は、危なげなく静かな海を渡っていった。


 毒に当てられていた男達も、すっかり元気を取り戻し、甲板の上では楽器を振り回してのどんちゃん騒ぎとなっていた。

 喧騒に包まれる木船の中に一つだけ、静けさに憑かれたような船があった。島の深部に眠っていた金属の大船。乗り込んだのは僅か数名の怖いもの好きな男達だけだった。得体のしれぬ船。命を賭ける家ともなるその居城を、自分の熟知しないものにおくことは、海の男には難儀であった。また、木船の船団には愛着もある。そんなわけで、それを圧して『アルゴノーツ号』に乗り込んだ男達の間には、厳しい緊張が走っていたのだった。


その船長室に、難しい顔をした三人が向かい合っていた。


「やれやれ。一応、伝説の船だってのになぁ。怯えちまって誰も乗ろうとしねぇたぁ、考えもしなかったぜ」

「慣れていないものに警戒するのは正常な感覚ですよ。ベンジャミン。それに、勇気を出して操船に名乗りを上げてくれた者は少数ですが確かにいます」

「仕方ねぇさ。アンタだって、見たことなかっただろう? 金属の船が水に浮くトコなんてよ。魔法絡みだろうと不気味がられても無理はない」


 低い声で老人がうなる。


「ま、確かに魔法絡みではあろうけどな。数百年前の金属が錆びていないなんて、何かの間違いだ。島に嵐を張った化け物がやったんだろう」

「魔法……か」

「魔法ですか……」


 ルーシーの呟きに、苦い顔で二人が答える。


「魔法使いがだれもかれも無辜の民を取って食う悪魔ってわけじゃないんだけど、魔法は一般受けしないね。なんでそんなに怯えるんだか」


 ルーシーが手元を覗き込みながら、ため息を吐き出す。その手に細く小さな灯を燻らせ、もう一度大きなため息をつくと同時におさめた。


「この地方じゃ、まだあまり見ねぇが、みんな魔物が怖ぇのさ。現れるのは数十年に一度ぐらいなもんだが、出たら最後、街も村もひでぇ有様よ」

「そう……ですね。一度しか見たことはありませんが、魔法と聞くと、今でもありありと思い出せます」


 二人は数年前に、魔物に襲われた村で戦ったことがあった。その際の戦いでは、三十人以上の仲間たちを失っていた。


「魔物……ね。魔物は必ず魔法使うってわけじゃないし、魔法使いは必ず魔物を使役しているわけでもないんだけどなあ」

「何故そんなに魔法使いの肩を持つ? ロクなのがいないのは事実だろう」

「知り合いに、いや、恩人に、ひどく賢明な魔法使いがいるのさ。俺もその人に魔法を教わった。だから、どうにもな」


「止めましょうか、こういう話は。ついに、船と旗は我が手中に、です。これからのことを考えましょう? ベンジャミン、勇者様?」


 手を叩きながら、朗らかに彼女は言う。三人は、来るべき日のことについて、入念な会議をはじめた。


 船長室の丁度真上に位置する部屋で、少女は寝具に横たわっていた。


「私、どうしたら良いんだろう?」


 一人、悩んでいた。



それから数日が過ぎた。

 船長達が乗ったその船は、海軍全兵力を引き付けつつ、大海原を駆けていた。


「海軍の腰抜け兵士ども! ついてこれるもんなら、ついてきやがれ!」


 船尾で腕を組んだ老水夫が、後ろからゆっくりと迫る海軍の船へと怒号を飛ばす。

 金属船は速かった。重厚な見た目とは裏腹に、風の如く海を裂いてゆく。

 掲げられた海賊旗は、国の継承者を証明する建国者の遺産だった。


 近海最強の海賊団『アルゴー』。その長が乗っている船が、ただ一隻で港を強襲した時、海軍の将は皆、度肝を抜かれ唖然とした。すぐに船団が指揮され、出立できる最大兵力が惜しみなくつぎ込まれた、というわけである。無論、罠を警戒もした。だが、その船に掲げられた旗を見て、国王は直ちに全兵力を差し向けて撃滅を迫ったのだ。


 その旗の存在も、意義も、伝承も、認め難いものだったからだ。

王権を奪われる。

その危機感が判断力を鈍らせ、重大な過ちを犯したことに気づくのは、時間の問題だった。


「船長、信号弾が上がりました!」


 彼女が振り向くと、遥か水平線の先、赤・青・緑、色とりどりの光と煙が、作戦の成功を祝福するのが目に入った。


「総員、戦闘準備! 海軍の包囲を正面から突破します!」


 船体が大きく弧を描き、海軍が開いた口の中に、鋭く切り込んでいった。



 ルーシーとネムは、別動隊として、船長とは別の船で行動していた。

 船長の乗った船から信号弾が上がる。陽動を開始したとの合図だ。ルーシー達が乗る船は、街の郊外を走る比較的巨大な河川に潜伏し、その機会を待っていた。


 作戦はこうだ。

1.船団は海賊旗を外し、郊外の川で、交易船を装って潜伏する

2.船長の乗る金属船が海軍を引きつけ、十分な位置に達したら、信号弾を上げる

3.がら空きになった港に接岸し、城を目指す


 非常にシンプルなものだった。

これには理由がある。革命を志す農民を限界まで船に載せなくてはならないため、複雑な動きが出来ないというのがそれだった。

海賊としては活動を行っていなかったが、同じく革命を志す者を仲間として数えると、その数はおよそ八倍にも膨れ上がる。

 出来る限りは船で行動を共にするが、半数は陸路での移動となった。その集団が街へ入るタイミングなども考えると、やはり、分かりやすい作戦である方が良い。そう考え、練りだされた作戦だった。


「船長さん達、ご無事でしょうか?」

「上手くやるさ。あの老練なベンジャミンも一緒だ。俺らは俺らのやるべきことをすれば良い。あとは、仲間を信じる、だろ?」

「……はい! 勇者様! 私、頑張ります!」


 ルーシーらを載せた船団は、一目散に海軍の出払った港へと進んでいく。二十分もしないうちに、港にはおびただしい数の農民たちが集結していた。


 信号弾が次々と打ちあがる。

 それと同時に街の郊外から鬨の声が響き上る。


「革命開始。現王権打破の始まり始まり……だな」


 民衆は先導受けるまでもなく、我先にと王城を目指して駆けだしていた。


「待てっ! おい! 足並みを乱すな!」


 指揮を行う者の一人と思しき男が声を張り上げる。周りを見渡すと、同じように声を張る者が何人もいた。だが、ほとんどの者が耳を貸さず、怒号を上げながら城へと続く一本道を

駆けてゆく。それを見た農民たちが、勘違いをして後を追う。


「なんか早々に問題が発生している気がするなぁ……」


 てんやわんやの一揆衆を眺めつつぼやく。


「勇者様! どうしましょう、このままだと……」

「あぁ、無血革命、なんて高尚なこと言っていられなくなるな」

「私、どうすれば!?」

「落ち着け。とりあえず、あいつらより先に城に入る。細かいことは走りながら考えるぞ」


 勇者は少女を脇に挟み、(人目につかない程度で)魔法の力も借りて、ひたすらに城下町を疾駆した。

 振り返ると、おびただしい数の民衆が荒れ狂う波のように進んでくる光景が映った。


「これ、どうやったら収拾つくのかね……」


 呆れるように呟く彼の頭の中には、現在、二つの問題が急を要するものとして暴れている。

 一つは、この大混乱の収拾のつけ方。

 もう一つは、旅の当初の目的“厄獣”についてのことだった。




民は狂乱した、作戦は崩壊した、革命は幕を上げた。

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