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『 第十八話 アルゴノーツ号 』

 荘厳な石扉の奥で待っていたのは、広く、蒼く、静かに澄んだ湖と、そこに浮かぶ船影。狡猾に巡らされた罠を潜り抜け、やっと辿り着いたその地は、今までが嘘だと言わんばかりに優しい神秘をたたえ、三人を出迎える。

 重苦しいわけではないが、思わず言葉をのんでしまうような、そんな雰囲気を破るのは、いつだって彼だ。


「あれがお目当ての宝? 旗って言うか、船に見えるけどな」


 ぼそりと呟くや、一人、戦闘を切って歩き出す。静かに広がる湖の対岸に、目当ての宝と思しきソレは泊まっていた。


「船だろうなぁ、ありゃあ。旗どころか、船が丸ごと残っているなんて考えもしなかったが、願ってもない収穫じゃねえかよ! ありゃあ『アルゴノーツ号』に違いねぇ!」


 ベンジャミンも後を追いつつ、期待と感嘆の交じった歓声を上げる。


 その大船は金属で出来ていた。しかし、その船体には一欠けらの錆びも見えず、数百年も時を匂わせる傷みなども、ほとんど見受けられなかった。


「これが海を渡ったってのか、金属で出来た船が海を……。これが数百年も前の船だって言うなら、俺達の船は一体なんだって言うんだ」


 ベンジャミンはいつの間にか二人を越し、引き寄せられるように船体へと駆けてゆく。桟橋の階段を駆け上り、三人の中で真っ先に船に乗り込んだ。船体を撫でまわしながら、あちらこちらと彷徨い歩く、その姿は老人のものではなく、プレゼントを目の前にした少年のようであった。


 ルーシーは何か思案するように頭に手を当てながら、ゆっくりと歩く。その後ろを、殆どぴったりと、白髪の少女が追っていく。


「勇者様、何百年も前の船が今まで残っている、なんて、本当に有り得る話なのでしょうか?」

「分からねえよ。あれが数百年も昔の船だっていうなら、有り得る話なんだろうさ」


 ぼそり、呟くように言いながらも、右手はまだ右前頭葉付近を掻きむしっていた。


「姉さんなら、何か分かるんだろうが……。引っかかるな」


「覚えている、はずなんだが。思い出せないのは……」


 どこか見えないものに業を煮やすように、ブツブツと呟きながら歩く。そんな彼も、桟橋を登り始めた。

 付き従う少女は、寂しそうに、崩れそうに、弱弱しく俯いていた。隠れた目を除いても、力なくすぼんだ唇に、きつく握りしめられた小さな掌に、彼女自身が現れていた。

 その耳は、確かに全てを聞き届けていた。


「おい、小童! 早く乗れ!! 何とか動かせそうだ!」


 興奮に満ちたしゃがれ声が、ルーシーにまとわりついた粘土のような空気に刺さる。勇者は額にかかった前髪を掻きあげ、その手を乱暴に振り下ろした。


 悩んでいてもしょうがない。

 答えは旅の先にある。


「ネム、行こう」

「はい! 勇者様!」


 ルーシーはネムの手を引いて歩き出す。少女が彼に向けた姿に、数秒前の陰鬱は影も無かった。



 湖に流れ込む流れを遡る。その先は、島を流れる広い川へと繋がっていた。


「始めっから、この川遡れば良かったんじゃねぇか?」


 舵を持つ老人は、注意深く周りを見回していた。


「馬鹿言うな。あんな洞穴、遡れるわけがねぇ」

「泳ぐだけなら、あんな鉄のお化けと戦うより、ずっとマシだと思うけどねぇ……」

「そう思うんなら、お前が飛び込んでみろ」

「と言うと?」

「生きて街に戻れたら、良い図鑑を紹介してやる。二度とこんな川に潜ろうなんて思えなくなるだろうよ」


 大きな魚が遠方で跳ね、広い水紋を作った。老人はそれを顎で指し、小さく呟く。


「川鮫くらい知っておけ。ったく」


 川鮫、淡水に生息する巨大な鮫の一種。小型、大型問わず、見境なく捕食を行う、通称『大河の悪魔』。本来ならば、もっと広く、深い川にしか生息しない魚類だが、この島の川には、その一種が住み着いていた。


「おっかないのがいるってことね。軽率な発言だったか、悪かったよ」

「船も旗も手に入った。御の字だろうが。もういい、寝てるかお嬢ちゃんの相手でもしてやれ、操舵の邪魔だ」

「……了解したよ」


 少しむくれたように頬を膨らませ、勇者は船室へと去って行った。


 少女は一人静かに、風の音を聞いていた。

 少女は一人静かに、二人の会話を聞いていた。

 少女は一人静かに、森の騒めきの中に、気がかりだった女性の声を探していた。


「船長さん……、どこにいるのですか? 今もまだ、ご無事ですか?」


 少女は一人静かに、甲板に小さくうずくまるようにして座っていた。


(ほし)は、空に、かが、やいて。声は、遥か、果てへと届く」


 呟くように、歌を謳った。

あの日の夜、船に揺られながら聞いた歌。

 あの日の夜、船長が優しく教えてくれた歌。


 少女は一人懸命に、見えない誰かの安息を祈っていた。



「起きろ! 小童、もう着いたぞ、海だ!」

「ん、ああ。もう着いたのか。……ん? どこに着いたって?」

「海だ、海」

「姫様は? 迎えに行かなかったのか?」

「これからだ……ったく。川下りの途中で迎えもなにもあるかってんだ。早く外出ろ」


 ベンジャミンはそれだけ言い残し、すたすたと船室を出ていった。ルーシーは若干高めの濁音を閉じた口のまま発しながら、大きく伸びを一つ。首を回しながら立ち上がり、彼の後を追った。


 砂浜の上に、ベンジャミンは筒のようなものを設置していた。少女はその近くで、彼の話を聞き込んでいる。


「何やってんだ? ソレ」


 船べりの上から叫ぶ勇者に、早く降りてこい、との罵声が飛んだ。

 ルーシーは軽い身のこなしで船から砂浜へ飛び降りる。重力を無視したような違和感満載の動きは、軽い魔法を用いているがための所作であった。


「信号弾だ。もう一度、あの森の中に突っ込むなんざ、正気の沙汰じゃねぇ。三人であそこまで迎えに行くか? そんなモン、阿保も阿保、大阿保がやることだ。勇猛果敢と無知無謀は全く違う」


 背後に立ったルーシーに、悟ったような口で静かに語る。老人の目は、生い茂った木々の奥を睨んでいた。


「一発ドカンと打ち上げれば、それを発見した船長サン達がこっちに来るってことであってんだよな?」

「ああ」

「でも、船長さんはともかくとして、船員の皆さんはお怪我をなさって……」


 少女が心配そうに呟く。


「心配すんじゃねぇ。俺の仲間達だ、そんなにやわじゃねえさ。女を背にして、情けなく力尽きるようなへぼっちいヤツはいねぇさ。そんな男どもなら、とっくに黒い海の底へ沈んじまってる」

「根性論じゃねぇだろ、そういうのは……」

「まぁ、信じろ。俺と同じ道を進んできた仲間だ」


 ネムはルーシーの横で、心配そうに揺れる。


「いくぞ! 耳塞げ! 特にお嬢ちゃん、しっかり塞いどけよ!」

「はいっ!」


 少女は耳に両の掌を強く押し当て、小さく縮こまる。それをみた勇者も、彼女の手の上に、静かに自分の手を重ねた。


「ゆうしゃさま……?」


 青い空への真ん中に、真っ赤な太陽がもう一つ現れる。同時に、強い破裂音が三人へ降り注ぐ。黒と赤の交じった煙が、もくもくと立ち上っていった。


 ただ、沈黙の間に時が過ぎた。

 ベンジャミンは葉巻を加え、依然、木々の奥に姿を求めていた。二人は煙を嫌うように少し距離を置き、一人は森を、もう一人は海を眺めていた。


 カモメの鳴く声が、遠くに聞こえる。その呑気さを、勇者が羨んだ、丁度その時だった。


「来た! 来たぞ! 船長たちが来たぞ!!」


 老人が出し抜けに大声を上げ駆けだす。


「爺さんより早く気が付いていた。違うか?」

「ダメですよ、勇者様。また喧嘩になっちゃいます。ベンジャミンさん、ですよ!」

「分かってるって。で、はぐらかすなよ。どうだった?」

「はっきりとは聞こえませんでしたよ。森の中は、音が一杯ですから。知っていました。もう一度、無事に会えるって。信じていましたから」




深まる信頼、念願の再開、果て見えぬ旅路の上に

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