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『 第十六話 守護者 』 

『 第十六話 守護者 』


 薄暗く閑散とした遺跡の中に、三人が立てる靴の音が二度三度と反響していた。ただ無機質なレンガで組まれた不気味な通路。人が数十人は優に通れそうな広い通路を、一行はたった三人で進んでいた。灯りはベンジャミンが持った松明のみ。心なしか頼りなさげなその炎で照らされるのは、ほんの周辺数メートル程だった。


「怖いぐらい何も起きないな。トラップの一つや二つ、あったっておかしくないだろうに」

「縁起でもないこと言うんじゃねぇ。ホントにトラップにかかってみろ、三人一緒におっちにましたじゃ洒落にもならねぇぞ」

「そう……ですよ。何もないのが一番ですよ。勇者様」

「そうだけどさぁ……、せっかくの探検だぜ?」


 不満を漏らす勇者をよそに、残り二人の顔は真剣そのものだった。土埃舞う古びた道を進むこと数分、三度目の分岐路に立たされた。


「はい、三度目! いい加減、自分らがどこ通って来たか忘れそうだな」

「心配するな、小童。通った順番位、俺が覚えている」

「……アンタついさっき言った事まで忘れてるじゃねぇか。これだから“爺さん”の記憶力は不安だよ」

「今なんて?」

「アンタの方が先だよ」

「もーー!! 隙あらば喧嘩するの止めてくださいってば!」


 互いに睨み合いを始めた二人の間に割って入り、少女はことを収めようとする。


「もう、お二人とも大人なのに喧嘩ばっかり! お二方とも私より子供ですよ」

「……だってよ」

「あぁ、うん。悪い」

「分かっていただければいいです。もう喧嘩しちゃダメですからね?」

「「はい」」


 見かけより随分と大人な少女に、見かけより随分と子供な大人二人が叱られてバツの悪そうな顔をしていた。


「それで、どっちに行く?」

「……またお嬢ちゃんに頼んだら良いんじゃねぇか? それで今のところ、何事もねぇんだ」


 ここまで辿り着くまでの二回の分岐路を、どう進むか決めたのはネムだった。


「まぁ、それでいいか。よし、ネム、どっちに行きたい?」

「こっちです!」


 少女は当たり前だと言わんばかりに右側に伸びる通路を指さす。すると勇者は悪戯少年のように笑って逆向きに、左に伸びる通路へと歩き出した。


「ちょっと! 勇者様!」

「大丈夫だって~。今まで罠なんか一つも無かったじゃねぇか。気分転換にぎゃ!?」


 ルーシーが踏み抜いたレンガが深く沈む。それに足を取られて派手に転んだ。


「いってえ!」

「ざまぁねぇな」

「大丈夫ですか、勇者様!」


 ネムが駆け寄る。勇者を助け起こすように寄り添うと、周りをキョロキョロと見回し始める。


「やっぱり……。変な音、しますよね?」

「変な音?」

「勇者様、戻りましょう。というか、走らないと。ここでじっとしていたら危険です」


 二人が分岐点に引き返し始めたその時、轟音と共に二人の足元が崩れ去った。


「うぉ!」「きゃ!」

「掴まれ!!」


 ベンジャミンが弾かれた様に飛び出し手を伸ばす。ルーシーは片方の手でネムの手を握り、もう片方の手で差し伸べられた手にすがった。


「一気に引き上げるぞ! おらっ!」


 低くしゃがれた掛け声とともに二人の体が、奈落へと続く穴から引き上げられる。


「はぁ、はぁ。平気か? おめぇら」

「あぁ……。悪い、俺のせいだな。ネムも平気か?」

「はい、なんとか。勇者様はお怪我なさっていませんか?」

「なんとか、ね」


 三人は床に座り込みながら肩で息をする。ある程度冷静な判断力が戻ってきたところで、ベンジャミンが口を開いた。


「もしかして、今までトラップに引っかからなかったのは、それが無かったからじゃあなくて、お嬢ちゃんが見抜いていたからなんじゃねぇのか?」

「そうなのか、ネム?」


 ルーシーの顔をじっと見つめて問う。少女は暫く俯いて思案したあと言葉を紡いだ。


「なんとなく……なんです。なんとなく変な音が聞こえたり、音の響き方がおかしい方は選ばないようにしていました。どんな罠があるかまでは見抜けませんでした……」

「いや、十分だろう。三回中三回正解の道を引き当ててんだ。お嬢ちゃんの直感は、もとい聴覚は正確ってことだろう」

「……もう俺、勝手なことするの止めるから、道案内頼めないか、ネム?」

「異論はねぇ。頼めるか? 嬢ちゃん」

「……はい。精一杯頑張ってみます!」


 冷や汗を拭いながら立ち上がる。以後、罠が仕掛けられていないかと一行は慎重に歩を進めた。道中、罠が仕掛けられていた箇所も、ネムの自慢の聴覚によって事なきを得た。

 そうして歩き続けること約半刻、目の前に、この迷路の入口となった門戸と同じ様な装飾の施された巨大な扉が現れた。


「ゴールってことかな? コレ」

「……心なしか、水の音というか、波の音が聞こえる気がするのですが気のせいでしょうか?」

「何にも聞こえやしねぇがなぁ。ま、この扉を開ければ分かるだろうさ。一応聞いとくぜ。嬢ちゃん、この扉の奥から変な音は?」

「……しないと思います。波の音と混ざっちゃて、正確には聞き取れませんが」

「じゃ、お宝とご対面といきますか!」


 ルーシーが巨大な扉を力いっぱいに押し開く。そこには……


 だだっ広い空間が静かに広がっていた。


「ん? なんもないじゃねぇかよ」

「なんもねぇわけでも無さそうだぜ、ついてねぇけどな」


 ベンジャミンが苦々しく顔を歪める。

その顔がはっきり見える位に、唐突に部屋全体が明るくなった。正確に言えば、部屋の壁にかかっていたトーチが、誰も手を触れていないのに、全て灯った、のであった。

 一行は急激に明るくなった部屋で眩暈に似た感覚に襲われる。正常な感覚を取り戻し、最初に事態を把握したのは、先導者であったネムだった。


「何か……いますよね。すごく大きいのが」


 少女の言葉に促され、男達も目を擦って前方に目を見張る。二人は、ひらけた空間の最奥に鈍色の塊が横たわっているのを確かに認めた。


「ありゃあ一体なんだ、鉄で出来た彫像か?」


 獅子の頭、山羊の胴体、蛇の尾、全長は優に五メートルを超すであろう巨大な鉄の造形の前に、老いた副船長は、呆れとも感嘆ともつかない声を上げた。


「だと良いんだけどなぁ。彫像……、彫像ねぇ。ところで、彫像って動いたりする?」

「動いたらそりゃ、絡繰り人形じゃねぇか」

「若干、動いた気がするんだよなぁ、今」


 勇者の額を汗が流れ落ちる。

 刹那、獅子の双眸が紅に煌めいた。


「ほーら、なんかヤバそうだぞ!」

「はぁ、そう簡単にお宝は手に入らないってかよ、畜生ッ!」

「えっと、私はどうすれば?!」


 戸惑う少女を抱え上げ、勇者は鉄の怪物を睨みつける。


「死ぬなよ、爺さん!」

「黙れ小童が! テメェこそ、死ぬんじゃねぇぞ!」


 二人の声を掻き消すほど大きく、軋む金属の悲鳴のような咆哮が響き渡る。

 怪物が二人へと躍りかかる。勇者と老人は、左右別々に飛び退いて交わした。


 ルーシーはこの化け物の名を知っていた。「キメラ」合成怪獣キメラ。記憶との相違は、肉で成った生命か、鉄で成った傀儡かという点のみだ。

“これは厄獣ではない”

そう確信はせど、気を抜ける相手でもないことは、その場にいた誰もが気付いていた。




潮騒、鈍色、死の気配

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