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『 第十五話 一人の役目、三人の役目 』

 島上陸から約三十分。一同は森の中には似つかわしくない石畳の広大な空間に身を置いていた。随分と前に人の手を離れたのであろう遺跡の入口、そこは最早、森の一部と呼んで差支えの無い程に緑に犯されていた。

 そこに辿り着くまでに、姿の見えない襲撃者に苛烈な攻撃を受けていた。追い立てられるままに逃げ続け、逃げ込んだのがこの遺跡だった。いつのまにか襲撃者は消えていたが、放たれたのは毒矢だったらしく、まわりはじめた毒により、ほとんどの船員が行動不能に陥っていた。


「ひとまず状況を整理しようか」


 ルーシーを囲むように十人前後の船員、ペネロペ―、ベンジャミン、そしてネムが座っていた。


「状況は最悪。多分、毒矢か何かで襲撃をくらった。被害は甚大。八割以上の船員は動けなくなって、今ここにいるのが残存戦力。あってるよね?」

「あぁ」


 溜息混じりに確認をとる勇者に、これまた溜息混じりにベンジャミンが返事をした。


「けれど、この遺跡、旗を隠したとしたら、ここは十分有力な候補ではありませんか?」


 船長の言葉に数名の船員が同意の声を上げた。


「僥倖、だといいだがね。何らかの集団に追い込まれてここにきたのは事実だ。罠じゃなければ良いんだけど」


 勇者は苦い顔をして呟く。再び重い空気が一同を包んだ。


「まぁ、引っ込んでも仕方がねぇだろう。森に戻ってもまたアレに襲われるだけだ。罠だろうがなんだろうが行くしかねぇ。違うか? 小童」

「ま、そうなんだけどね……」


 勇者は口元に手をあてて思案する。薄暗い広がりには、毒矢を受けた船員の呻き声がこだましていた。


「毒、どの位危険なものを塗られたかだな……」

「心配するな、多分麻痺毒だ。この島の植生は、俺が住んでいた地域の森と似ていやがる。昔から狩り用の毒として使われてきた植物があるんだ。たぶんそれだ」

「人間が受けるとどうなる?」

「数時間は体が麻痺して上手く動かせなくなる。耐性がねぇやつは幻覚を見たりするらしい。ただ、それで死んだって話は聞いたことがねぇ。毒が抜けるまで寝かせておけばいい」

「そうか……」


 船員の安全。遺跡探検の危険。どう動くのが最善かは、その場にいた誰にも計り知れぬことだった。


「仕方ない。決めた。聞いてくれ、みんな」


 ルーシーが少しだけ声を張り、周囲をぐるりと見回す。顔つきはどれも真剣そのものだった。


「遺跡の奥に行くのは大分危険だ。罠が仕掛けられているだろうし、構造もよく分からない。だから、無暗に進む、大勢で行くってのは、あまりメリットが無いと思う。だから船員のみんなには、此処に残って、動けなくなった奴らの介護、あと周囲の警戒をして欲しい。遺跡の内部には、俺と爺さんが行く。異論はあるか?」

「俺が行くのか……、まぁ良いさ」

「爺さんは不安か?」

「次年寄り扱いしたら、背中から刃を向けられることになるから、気を付けておけ」

「ひゃー、怖いなあ。副船長様」


 ルーシーは纏わりついた暗い雰囲気を払うように、おどけてみせた。船員は概ね同意したらしく、異論を唱えるものは現れなかった。


「てなわけで、持ち場ついてくれるかな。動けない奴の武器はひったくっちゃって良いから、しっかり武装しておいてくれ」


 船員たちは立ち上がり、バラバラと準備を整えに散った。


「あと、日が暮れるまでに俺らが戻らなければ……、現場の指揮は船長、アンタに委ねる。任せていいよね?」

「……任されました。ですが、帰ってきてくださいね? 必ず」

「善処するさ」

「年寄りは案外、しぶといモンだ。心配は要らねぇ。此奴が伸びても、俺が背負って帰ってくる」

「だってさ、頼もしいじゃない、お爺ちゃん」

「おい、小童、今何と?」

「は!? 自分で言ったろ、今は。姫はノーカンで、俺のはアウトかよ!」

「道中、気をつけておくことだ」

「……ホントにやりそうだからなあ、アンタ」


 やり取りを聞いて安心したのか、船長は「ふふ」と静かに笑った。


「では、私も彼らと共に。あなた方の道のりに、災禍無きことを祈ります」


 船長は一瞬ためらう様なそぶりを見せたが、どうにか二人に背を向けた。待つ者の方が不安は大きい。それを感じさせまいと、彼女は迷いのない足取りで進む。その背中は気高く、勇猛で、そして優しさに満ちていた。


「良い女王様になれるわ。上手くいけば、この国は安泰だな」

「そのためにも、旗はなんとしても持って帰る。いいな、小童」

「ガキ扱いも止めろよな、フェアじゃない。アンタよりはしぶといから心配すんな」

「ああ。期待してるぞ、ド屑野郎」


 振り返ると、どうしようもなく仰々しい装飾の施された石扉並んでいた。そして、少し目線をさげると、申し訳なさそうに縮こまった少女が頭を垂れていた。


「……どうせ止めてもついてくる気なんだろう?」


 ネムはなにも言わずにコクリと首を振った。


「はぁ……。流石に遺跡の中までお姫様抱っこで進むのはしんどい気がするんだが」


 ルーシーは森の中を疾駆する際、ネムを両手で抱えて走って来たのだ。お陰で数回転びかけている。遺跡探索に連れていくには、お荷物が過ぎる。そう思っていた。


「……歩けます。遺跡の中は静かだし、壁が一杯あるので、私、一人で歩けます」

「……は?」

「私、耳は良いんです。目が見えない代わりに、耳はすごく良くって。なので、音の跳ね返りで位置を把握出来るんです」

「嬢ちゃん、無理はしない方が良い。ホントにあぶねぇかも知れねぇ。な?」


 二人ともきちんと取り合わなかったことに腹を立てたのか、少女はぷっくりと頬を膨らませ、抗議するように顔を上げた。


「大体、今までいつも手をつないでないと歩くの怖いとか言ってたじゃねぇか」

「あれは、街は賑やかすぎるから必要な音とそうでない音が聞き分けにくくって、海の上も解放空間過ぎて音が拾いにくいからで!」

「でもなぁ……」

「私、勇者様の役に立ちたくって、一緒にいたくって。……だめ、ですか?」

「あーー、もーー、はぁ……」


 ルーシーは額に手を当ててぐるぐると円を描くように歩き回る。ベンジャミンは苦い笑いしながら、少女を言いくるめる言葉を探していた。

 しばらくして、ルーシーの足が止まった。口を開かないまま、ベンジャミンにあれやこれやとジェスチャーをする。ベンジャミンは小首を傾げたままだったが、ルーシーはお構いなしに口を開いた。


「ネム、今からテストをする。合格したら、ついてきてもいい」

「本当ですか!?」

「あぁ、内容は簡単だ。今から俺が動くから、その音が止んだら、つまり俺が止まったら、俺の所へ来い。いいな?」

「はい! わかりました」


 少女は真剣な面持ちで息巻く。


「よーい、ドンだ」


 ルーシーは軽快に歩き出す。敢えて大きな音を立てるように、足が地面に着く瞬間に少し力を込めるようにして歩いていた。歩きながら、ベンジャミンに目配せや、ジェスチャーを繰り返す。やがて彼もその意味を理解した。広めの範囲を適当に歩き回った後、ベンジャミンの方へ靴先を向けて、歩き出した。

 ルーシーが自分の位置に来ると同時に、ベンジャミンがわざと大きな靴音を立てて歩き出す。大きく八の字を描くように歩いたり、ネムの近くを駆け抜けたりした。そして最後に、扉の前で歩みを止めた。

 辺りが静まり返る。


「もう、良いですよね?」


 静かに呟く少女の声に、返答は無かった。

 少女は大きく息を吸い、少し俯いた。振り向いた後、もう一度、同じことを繰り返した。そして、駆け足の最初の一歩を踏み出した。


 ベンジャミンのフェイクには引っかからず、ネムはルーシーの目の前にやって来た。


「卑怯ですよ。途中でベンジャミンさんと交代したり、その後、裸足で逃げたりしましたよね? そんなに連れて行きたくないんですか、私のこと」


 少女は半分ふくれっ面、半分泣きっ面でルーシーを見上げた。彼は目を丸くして、今自分の身に起こったことに驚嘆していた。絶対に当てられない、そう確信していたため、衝撃は増々大きかった。


「……何で分かった? 裸足で歩いたというか、魔法で少し足を浮かしたから、足音はしなかったと思うんだけど……」

「身長差です。勇者様の方が、少し小さいですから」

「……???」

「ごうかく(・・・・)ですよね? 勇者様」


 目をぱちくりとさせるルーシーに、むっとした表情のままネムが詰め寄る。扉の前にいたベンジャミンは、わざと歩を緩めて二人を眺めていた。


「危険なんだぞ?」

「勇者様だって同じです!」

「そうだけどさ……」

「そうだけど、なんですか?」

「……ああもう、分かった、降参。連れて行くから無茶はしないこと。約束できるか?」

「勇者様が無茶しないなら、私もしません」


 ようやく到着した老人は、大きく口を開けて笑い始めた。


「はっははは、敵わねぇな、これは。勇者様もタジタジってか。小せえ割には、芯がしっかりしてるじゃねぇか、嬢ちゃん」

「笑ってねぇで助け船の一つでも出せよ、このポンコツ髭男!」

「てめぇが約束したんじゃねぇか。口は災いの元だぜ。諦めな」

「とっくに諦めてますよーだ、はあ」

「うぅ、もういいですよ、だ。もういいもん! 私のこと、これっぽっちも期待してくれてないんですね。よーく分かりました。私拗ねますよ、拗ねちゃいますからね!」

「なんでそうなるんだよ……」


 ルーシーはこめかみに指で押しながら項垂れた。


「私、先に行っちゃいますからね!」


 ぷいと顔を背け、ネムは歩き出す。奇妙なことに、その足は寸分の違いなく扉の方を向いていた。


「腹くくれ。もう止めらんねぇ。お前のツレなんだろう? それなりに腕は立つから仲間に迎えたんだろう、違うか?」


 ベンジャミンは諭すように声をかけ、「もう行くぞ」と残してルーシーに背を向けた。


「厄獣……、ここじゃ無いと良いんだがなぁ。ああ、胃が痛い」


 小さくぼやきながら、重い一歩を踏み出した。




葛藤、反響、そして前へと。

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