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『 第十四話 上陸作戦 』

 複雑な海流と、濃い暗雲が立ち込める島へ。ざっと三十隻はくだらぬ巨大な船団が、ざっくばらんな列を成して進んでいた。


「すげぇなアレ……、誰も辿り着かないわけだ」


 大きく目を見開いた金髪の男が、荒れ狂う海を前に、呑気な声を上げる。


「……一段とひでぇじゃねぇか。ったく、航海の神様は、ジジイには興味がねぇってか」

「大丈夫です、ベンジャミン。神の加護が無くとも、わたくしが此処に在ります!」

「ハハッ、随分と勇ましくなられましたな、船長」


 ヒメロペーは胸を張って宣言する。大柄な老人は、白髪を掻き、昔を懐かしむように呟いた。


「お前がそう言うのなら、大丈夫だ。きっと、大丈夫だ。なんとかなるに違いねぇ」


 王家の血を引く貴族が、船団の長となるまでの軌跡。それをすべて見てきた男は、彼女の発する底抜けに明るい自信に、全幅の信頼を置いていた。

今までだって、何度も無茶をしてきた。そして幾度だって、それを乗り越えてきた。今度だって上手くいく。女神は、船の上で、誰よりも輝いている。

老人は、頭にかぶったバンダナを、きつく締めなおした。


 先頭を進む船の列が、海の迷路へと足を踏み入れた。複雑、それでいて激しい海流が船を襲う。殴りつけるような波が四方八方から船を襲い、今にも船を喰らわんとするようであった。舵を握るのも厳しい程の激震を耐え、先陣を切った船は、嵐の島へと挑みかかった。

 後を追う帆船も、尻込みすることは無く、果敢に海流に挑みかかっていく。

 黒雲が広がり、雷鳴が咆哮を上げる。雨は大いに荒ぶり、目を開けているのが難しい程に降り注いだ。

 一隻の船が転覆した。悲鳴は雨の叩きつける音に掻き消された。

 一隻の船が転覆した。悲鳴は雷鳴に呑まれ、届くことは無かった。

 一隻の船が転覆した。悲鳴は狂う波に呑まれ、虚しく水面に打ち付けた。


 されど、船団は止まることは無く、ただひたすらに陸を目指した。


 船から老人が投げ出されかけた。間一髪で、別の手が伸び、男を甲板に繋ぎとめた。


「大丈夫かよ、爺さん」

「悪いな、小童(こわっぱ)


 悪態を吐きながら、ベンジャミンは体勢を立て直す。


「タチが悪すぎるだろコレ。どんな大魔法なら、ここまでの嵐が起こせるってんだ?」

「大魔女が乗っていたらしいからな、アルゴノーツには。そいつが生きているのかも知れないな」

「わーあ、生きてたら、爺さんと婆さんでワンセット作れるな!」

「突き落とすぞ小童!!」


 嵐の中で、最上級の罵詈雑言(じょうだん)を交わす二人を、船長はマストにしがみつきながら見ていた。


「二人とも止めなさい! 今はそんな喧嘩をしている場合では……」


 勿論、嵐に掻き消され、二人の耳には届く由も無い。



「ひえっ!?」


 鳴り響く轟雷に怯える少女は、船内にいた。ルーシーら保護者一同の話し合いの結果、甲板に出すのは危険であるとの満場一致だったためだ。現在、少女一人には少し広い船室で、一人。心細さを強く感じながら、少女は孤独に、電撃が空気を割る騒音に怯えていた。

 豪雨と落雷で、少女は船の外を聞き取ることが出来ない。それが一層に、彼女の不安を掻き立てた。


「勇者様、船長さん、ベンジャミンさん……、船の皆さん、どうかご無事で」


 毛布の上、少女は両の手を重ね、強く祈り続けていた。



「チックショウ……、立ってるのがやっとじゃねぇか! いつまで続くんだコレ! 本当に沈んじまうぞ!」

「安心しろッ、小童! 樽も一緒に落としてやるさ!」

「悪い冗談はよせ、縁起でもねぇ!」


 轟轟(ごうごう)と鳴り響く雷鳴、百々(どうどう)と打ち付ける雨、その最中でも悪態は交わされ続けていた。


「まぁ、冗談抜きにしても、この嵐はもう終わる。あと少しだ」

「なんでそんな事が分かるんだ!?」

「旅の魔女の予言だよ。今日が決行日になったのもそのせいだ」


「今に、晴れる」


 老人が言い終えるや否や、船団を覆っていた嵐に、幾筋もの光が差し込み始める。雨は止み、雷鳴は遠くへ去り、遠く澄んだ蒼い空が顔を出した。


「言っただろう、小童」

「ははは……、本当に晴れちまった……。なんだってこんな急に」


 歓喜と困惑の入り混じった表情を浮かべ、勇者は膝をついた。


「魔法なんてのは、俺にはよく分からねぇ。だが、魔女だとか名乗る女が言うには、この嵐は『濃い魔力の霧』みたいなモンらしい。大昔の魔法使いが、この島を守るために仕掛けた罠なんだとよ」


 老人は、ゴツゴツとした巨大な手で顔を拭い、他人事のように呟いた。


「魔力の霧……、どんな化け物なら、そんな事が出来るんだよ」

「さぁな、予言をくれた姉ちゃんも、想像もつかねぇと言ってたさ」

「予言……か」


 ルーシーの頭を、ある面影が駆けていく。漏れ出た独り言は、船団の歓声に呑まれ、ベンジャミンの耳に届くことは無かった。


「まさか……な」


「今日、このルートで進む。それが、一番被害を受けにくい海路だったらしい。霧だからな。狭くなったり、広くなったりなんてのもあるんだろうな」

「よく信じたな、その予言を」


 魔女を信じる。少なくとも、王国の者なら決してしない行為だった。


「嘘を吐いている様子は無かった。真っ直ぐな人だったよ、俺の直感だがな。それに……」


(わら)にも(すが)る思いでってヤツだ。命懸けで無茶をするんだ。魔女の予言だろうが、信じたくもなるだろう? 異端者の戯言(ざれごと)だろうともな」

「信じて正解……だったんだろうな」


 荒れ狂う海流は、未だ尚、船団を呑み込もうとしていた。しかし、嵐を乗り越えた男達にとっては最早、それは余興の一つでしか無くなっていた。


 船は次々と陸地に接岸していく。男達の多くは、陸地を踏みしめる歓喜に酔っていた。


「沈んじまった船は……」

「今は、前に進むしかねぇ。それが供養になる」

「二人とも、怪我はありませんか?」


 遠くに居たヒメロペーが、二人の元へ駆け寄る。二人の顔に浮かぶ表情を見て、彼女も顔を引き締めた。


「進みましょう。今はただ、前を見て歩みましょう」


 その背後から、彼女の半分ほどしかない少女が駆けてくる。


「皆さん! ご無事で良かったです!」

「ネム!? お前、ここまでどうやって……」

「色々頑張りました!」

「ったく……、お前も怪我してないか? 結構揺れただろ?」

「平気です! 船酔いもしてません!」


 張り詰めた空気を、敢えて緩めにかかるように。少女の声は、無邪気さ全開で響き渡った。


「ところで……、あの、帰りは?」

「お宝が見つかりゃ、アレは晴れる。伝説通りならな」


「心配すんな。上手く行く。俺達には、勝利の女神が二人もついてる。おまけに魔女のお墨付きだ」


 ベンジャミンは豪快に笑い、上陸の準備を始めた。

 ヒメロペーは、ネムをじっと見つめ、クスリと笑った。


「女神が二人ですって、良かったわね、ネムちゃん」

「一応、勇者も随伴なんだけどなぁ」




魔女の予言、建国の伝説、トレジャーハントが此処に始まる。

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