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『 第十話 その所以 』

「…………は!?」


 女船長の呆気に取られた声だけが、静かに甲板をこだまする。無理もない。乗っ取られた船の乗員が、あろうことか『海賊討伐宣言』をしたのだ。しかも、見た所丸腰のままで。これでは無謀を通り越し、ただの“バカ”である。


「えっと……正気ですか?」


 船長が完全に素に戻ってしまう。目を丸くして固まっていた。無論、それは他の船員とて同じこと。辛うじて彼女だけが声を出せたのである。


「えー、あ、はい。多分、本気……かな?」

「(自分で言ったんじゃないですか! しっかりしてください!)」


 相変わらずユルい。ボケる。突っ込む。船長は漫才でも見せられているような気分でいた。


「(ねぇ、どうしたらいいの? コレ)」

「(どうしたらと言われましても……)」


 船長が部下に問いかける。それも、自然とヒソヒソとした声になっていた。目の前に、明らかにヤバい奴がいる。“かなり”ヤバい奴が。あきらかにアホ。だが、その突き抜けたアホさは、彼女らに逆に強い警戒心を抱かせた。


「ゴホン……。えーと、アルゴー海賊団員に命じます。彼らを捕虜としなさい」


 一応、改まって宣言する。まだ呆気に取られている者も多く、返事はまばらだった。


「うし。じゃ、おとなしく捕まれやぁっ!」


 一番近くにいた大男がルーシーに飛び掛かる。


 瞬間、空気が変わった。


 ルーシーの右足が鋭い軌跡を描く。その一撃は、鈍い音を立てて大男に沈む。


「あがっ!?」


 大男の体が宙を舞う。二メートルはあろう巨体が、こともあろうか空を舞い、あっけなく海へ落ちていった。

 悲鳴が響き渡る。それ以外は、元の珍妙な空気に還っていた。

 ルーシーが動いた瞬間に、海賊は一人残らず、確かな殺意を感じた。だがもう、そんな意志は、微塵も消えていた。


「あー……。空の樽か何か落としてあげなよ。溺れちゃうと可哀想だし」


 まるで他人事といった風に哀れみの言葉を並べる。ルーシーの声は、どこか白々しかった。


(……!? 今、何が起こったの?)


 女船長は、軽いパニックを起こしかけていた。何が起きたのか、正確に処理できない。いや、したくない。“あの男は何者なのか”その問いが頭を埋め尽くした。


「えっとー、船長はアンタだよね? 女の人」

「えっ、そうですが……」

「アンタやっけたら、俺らの勝ちだよね?」

「多分、そうだと思いますけど……?」

「(勇者様! 困ってますよ! 変な質問するから)」

「よし、ネム、行くぞ。アイツ倒そう」


 ルーシーは一言を放つと、右足で大きく踏み込む。凄まじい速度で船長に迫る。

 纏っていた空気は、再び豹変した。


「!?」

「やらせるか! 痴れ者が!」


 棒立ちで固まる船長の前に、ベンジャミンが立ちはだかる。見事な反応速度だった。


「おっ、早いねぇ!」


 ルーシーの右正拳が海賊の眉間へ突き出される。ベンジャミンは左腕でそれを弾き、右腕でサーベルを逆袈裟に走らせる。


「あぶねー」


 剣閃をスレスレに回避する。正確に言えば、剣を引き抜いたのを見て、高速で体を反り起こしたのである。獲物を失ったサーベルが、風を切り静かに呻る。


「化け物め……」

「正解! アンタ意外と鋭いねぇ」


 ルーシーは嬉々として笑う。置いてけぼりにされた少女は、彼を目指して、走り出さんとしていた。ベンジャミンが、眉をピクリと動かす。ルーシーは怒ったのだと受け止め、更に挑発をかける。


「でもさ、お宅、結構な歳だろ? 今みたいな動き、体悲鳴上げるでしょ?」

「若造に心配されるほど、ヤワな体じゃねぇ。ジジイを舐めてると痛ぇ目を見るぞ?」


 今度はベンジャミンが笑って見せる。まだ余裕だ。そう宣言するかの如く。


「じゃぁ、遠慮なく」


 ルーシーが服の下からナイフを取り出す。両手に一本ずつ、サバイバルナイフのような凶器が、鈍い光を放った。

 右のナイフが老人の喉の辺りを薙ぐ。ベンジャミンは表情一つ変えず、体を後方に反らす。それを待っていたように、左のナイフは老人の胸を突く。


「早いな。だが、荒い(・・)


 ベンジャミンはルーシーの左手を下から掴み、腕を伸ばしつつ捻り上げる。ルーシーの左手がグギリと音を立てた。ルーシーは悶絶してみせる。


「いっでぇぇぇ!! あっ……ぐっ、やっ、ば……、くないんだなコレが!」

「なっ!?」


 ルーシーが笑う。右腕のナイフが驚異の速さで首筋をかすめる。老人は、とっさに右手を離し後方へ飛び退く。息を整えた老人の首からは、赤い線が流れていた。


「あちゃー、仕留め損ねたか」

「やってくれるなァ、若造」


 両者、相手を視殺せん勢いで睨み合う。ルーシーの後方から悲鳴が上がったのは、その時だった。


「チッ、ネム!」

「動くな、若造!! 動いたら、その娘の命は無いと思え!」


 振り返るルーシーに、ベンジャミンが怒号を上げる。ルーシーの後方三メートル、ネムは海賊団員の男によって、床に押さえつけられていた。少女は苦しそうにもがく。その度に、警戒した海賊達は、押さえつける手に力を込めるのだった。


「ゆ、ゆうしゃ、さ、ま……」


 少女は力なく声に出し、強くなった圧力で、派手にむせ込んだ。


「汚ェな、お前ら」

「それはお互い様じゃないのか? 『勇者様』がこんな船で待ち伏せしてるなんざ、コッチは聞いていなかったがなァ」

「テメェらが勝手に来たんだろうが」


 ルーシーはベンジャミンをキリと睨む。


「おぉ、怖ぇ目すんじゃねぇよ。“まだ”殺してねぇだろうが」


 老人はここぞとばかりに勇者を挑発する。ルーシーはただ、きつく睨み返し、歯をギリギリと鳴らせた。


「そこまでにしておきなさい。ベンジャミン」


 澄んだ女性の声が、甲板中に響き渡る。冷静を取り戻した船長には、天性の威厳も戻っていた。


「あなた方は、先程、私達を倒しに来たと申しましたね? あなた方に、もとい勇者様方に、我ら『アルゴー』の討伐を依頼したのは、どこのどなたですか?」


 口調に海賊らしい荒々しさは微塵も感じられない。だが、彼女の声、そして言葉には、相手の心に直接届くような力があった。『カリスマ』と呼ぶにふさわしい風格があった。

 だが、ルーシーは素性の知れぬ相手に簡単に情報を漏らす男ではない。女の貫禄に最大限の警戒を払いながら、己の筋は曲げなかった。


「そう簡単に吐くかよ、バカ」


 敬意を感じていようが、いまいが、彼はこういう男だ。


「では、こうすれば話していただけますか?」


 船長はルーシーに歩み寄り、その右手を取る。意外な出来事に、ルーシーも虚を突かれた。彼女は跪き、男の“無抵抗な手”に握られたナイフを、自らの首に押し当てて語り出した。


「私の名は『ヒメロペー』。この海賊船団の長を務めています。私達の略奪にも『義』があります。あなた方の『義』はなんですか?」


 眼前で起きた驚異の出来事。ルーシーは手に力を込められなかった。それは愚か、そのナイフを彼女に押し当てることに、恐怖すら感じた。

 彼は、ヒメロペーの手を払いのけ、右手のナイフを捨てた。


「あんた……何のつもりだよ」

「お話がしたいのです。できる限り、業を重ねたくは無いのですから」

「海賊が義だの業だの語るなんて、とんだ笑い種だと思わねぇのか?」

「思いません。志がありますから」


 女船長の言葉は、真っ直ぐにルーシーの心へと響く。彼女の青い瞳は、澄んだ声は、淀みない言葉と相まって、勇者を包み込んだ。これが『女王(クイーン)』と渾名される所以であった。


「あなた方を雇ったのは、政府ですね?」

「だったら何だ」

「……この国に海賊が現れたのは、いつの頃かご存知ですか?」

「知るわけないだろ。そんな事」


 ヒメロペーは大きく息を吐き、背筋をピンと伸ばして立ち上がる。そのまま、ネムの方へと歩んでいった。

 彼女の他に誰一人、動くものはいなかった。それ程までに、女の威風はずば抜けていた。


「お嬢さんを解放して差し上げて」

「ですが……クイーン、それは」

「何か起きたら、私が責任を持つわ。だから」


 ネムを押さえていた男は、腑に落ちぬといった顔をしながら、少女から手を離した。


「ごめんなさい。痛かったでしょう?」

「えっ……と」


 ヒメロペーは膝を折り、自然に少女の手を取り、助け起こす。


「ありがとう……ございます」

「お礼などいいわ。私の友が、貴方に乱暴してしまったのだから……。歩けるかしら?」


 彼女は少女の手を取ったまま、ルーシーの元へ歩み始める。その手にも、歩みにも、とても繊細な気遣いが見えた。


「なんのつもりだ、アンタ。敵と仲良くしてどうする?」


 ルーシーが食ってかかる。少女は困った顔を、彼女は微笑みを顔に浮かべた。


「きっと、敵ではなくなります。貴方が勇者だというのなら、尚更に」

「さっきから、アンタ、意味深にも程があるぞ」


「全てお話します。我々『海賊(アルゴー)』の真実を」




女王は語る、真実を語る、騙る者は誰かを語る。

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