『 第一話 依頼 』
ひとまずは序章です。
素人の全力を、暖かく見守ってください……。
王国の端、広がる草原に一歩踏み込んだ所に、五百を超える荷車の連なる超巨大キャラバンが停泊していた。中には団員の宿泊用であろう巨大な箱型の車両もある。一際目を引く宿泊車は、キャラバンの先頭にあった。そこはキャラバンの長の私有車兼、仕事場。その中へと一人の青年の背が消えていった。
「姉さん、ちょっと」
「あら、ルーシーじゃない! いつもは顔見せに来ることなんてないのに、親孝行でもしたくなった?」
深淵な紫色の髪の女が、ルーシーと呼ばれる青年の呼びかけに嬉しそうに答える。
「そんなのじゃないさ。そもそも、姉さんは親じゃないし……。頼みがあって来たんだよ。ていうか、もう
内容まで知ってるだろ?“魔女”なんだし、予知してたんじゃないの?」
「あらあら、この子何言ってるのかしらね?」
魔女と呼ばれた女は、とぼけたように言葉を返した。そして辺りを見回し、誰も居ないことを確認してから、ルーシーに耳打ちした。
「それは内緒でしょ、知られたら大変なことになるんだから」
「いいだろ別に。誰もいないし」
魔女は深くため息をついて続けた。
「万が一のためよ。私、キャラバンの長もやっているから、ここの売り上げにも影響しちゃうでしょ? 最近なんか、そのワードを聞いただけでドキッとする位なんだからね。お願いだから、あんまり言わないで」
ルーシーは頭を掻きながら、ばつの悪そうな顔をして見せる。
「悪かったよ。それで、今は時間ある?」
魔女はもう一度辺りをキョロキョロした。
「分かった。話は聞いてあげる。その代り、約束して。私のことはポーシャと呼んで。いつもの名前でね。魔女ってあと一度でも言ったら、話聞いてあげないからね」
ほおを膨らませ、ルーシーのあごに人差し指を置きながら言った。
「ポーシャ、近い」
ルーシーはほとんど真顔で答える。
「あんたってホント色仕掛けとか効き目ないわよね、昔から。ナイスバディには自信があるんだけどなぁ~」
組んだ腕の上に乗った双丘を揺らしながら、ポーシャは少しむすっとして言った。
「……だっていい歳じゃん」
口を滑らせたルーシーをポーシャがぎろりと睨む。
「ろっぴゃ……」
ポーシャが近くの花瓶に手を伸ばし始めたのを見て、ルーシーは慌てて口を紡いだ。
「次変なこと言ったら……石にしてやるんだから」
「分かったよ……」
(本当のことじゃんか……)
もちろん口には出せるわけも無く、不満そうな顔をするのが精一杯であった。下手なことを言えば、冗談でもなんでもなく「石にされる」。ポーシャがそれを可能な人物であることは、ルーシーも痛いほど承知していた。
「で、どんな頼みがあるの? 私に出来ることなら協力してあげるわ」
(出来ないことなんてあるもんか)
喉まで出かかった言葉をルーシーは呑み込んだ。
「傭兵か、冒険者とかさ、長旅に耐えられそうなヤツ紹介してくれないかな? あっ、あと魔王倒しに行くって言っても逃げないヤツ」
「……とんでもない依頼ね。それに、よりにもよってあなたからなんて」
あごに手を当てて俯く。何かを思案しているようだった。
「いやまぁ、馬鹿げた頼みなのは承知なんだけどさ……。要は強ければいいのさ」
ポーシャは小さく息を吐く。ルーシーを見た顔には、まだ迷いの色がうかがえた。
「一つだけ聞かせて。私が予知した未来では、勇者はあなたじゃなかった。伝説の剣を引き抜いていたのは別の誰かよ。なのに……、どうしてあなたが?」
声のトーンを一つ降ろし、ルーシーの目をまっすぐに見つめて言った。ルーシーは悪戯をした少年のように目を逸らし、小さな言う。
「頼まれたんだよ。本物に。それで、依頼として引き受けたんだ」
ポーシャは言葉を失う。
(頼まれた? 勇者が勇者であることを放棄したっていうの? それに、そんなとんでもない依頼を引き受けたって……どうして)
「そんな依頼……どうして!? 下手したら死んでしまうのよ! あなたは、私と違って不死身じゃない。力はあっても魔王に叶う程じゃないわ。それにあなたは、伝説の剣の力を“絶対に”引き出せない。あなたに背負い切れる依頼じゃない!」
ポーシャは酷く動揺し、足元に目を落とす。
「あなただって知ってるはず、アレは絶対倒せない。あなたじゃ絶対に、絶対に倒せない」
ポーシャの声は次第に暗く、細くなっていく。ルーシーに怒鳴っていた強さは無く、その声は不安の色を強く帯びていた。
「例え逆転の一手が見つかったとしても、あなたには向かって欲しくない。理由は……言わなくても分かるでしょ」
ルーシーは一向にポーシャと目を合わせようとしない。ルーシーを見つめるポーシャの目は潤み始めていた。
「俺さ、まだ空っぽなままなんだ。あの日から、ずっと、ずっと、抜け殻になったみたいな気分でさ。この国で暮らすのは楽だよ。あそこよりは遥かにマシさ。だけど、まだ足りないんだ。何かを探してる、何だか分からないものを探し続けてる。勇者になって、世界を廻って、そしたらさ、それも見つかるのかなって。そう思ったんだ」
ポーシャは足元に視線を落とした。ルーシーの言葉には、得体の知れない強さがあった。きっと説得できない。そんな無力さで、ポーシャは胸が締め付けられた。
「どうしても……行くの? 世界が見たいだけなら、私のキャラバンに乗せてあげる。キャラバンでの旅も悪くないわ、本当に色んな世界に行ける。だから……」
「自分と、あと何人かで探したいんだ。大勢の中じゃ、きっと見つからないから」
ポーシャの申し出をルーシーは即座に断る。決意は固かった。
「……分かった、もう止めない、止めないけど……」
ポーシャは諦めるしか無かった。震えた声で、呟いた。大きく深呼吸をする。止められないならば、やることは一つしかない。
「あなたが行くというなら、紹介できるのは一人しかいないわ。正直、あなたが願う程に強いとは言えない、それでも構わない?」
「姉さんの推薦なら構わないよ。姉さんが間違っていたことなんて、今まで一度も無かったじゃないか」
ルーシーの真っ直ぐな答えが、ポーシャの胸に刺さる。心配で潰れてしまいそうな自分を奮い立たせ、ルーシーの手を引いた。
「こっちよ。一つ後ろの宿泊車にいるはず」
ポーシャはルーシーの手を引いてグングンと進む。
「姉さん、手、手離して。見られてるよ!」
ポーシャは敢えて無視して進む。その手の温もりを、離せなかった。
魔女すら視えなかった未来へ、今が、つながった。