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円環のリナリア  作者: 石田空
禁断の象徴の力編

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真相の奥の真実

 気付けば、さっきまで端末の人が見せていた世界はすっかりとなりをひそめ、元の光の祭壇の場に戻っていた。

 足音なんてない。でも急に現れたその人は、急にこの場に存在感を示したのだ。

 端末の人も、ぞっとするほど美しい容姿をしているけれど、この場を支配する男と比べれば、存在感が霞んでしまう。

 背中を覆うほどの金色の髪は発光しているかのように主張を放ち、銀色の瞳は全てを知っているかのような高慢さを表していた。

 身に纏う白い服は神官服に似ているけれど、ゆったりとした服はむしろ巫女装束と対になっているように見える……さっき端末の人が言っていた、巫女の白い装束は花嫁衣裳だというのは、本当のことらしい。

 泣いているリナリアの傍にいた、見たこともない人は、明らかに彼だ。

 神。そう呼ぶにふさわしいその人は、心底つまらない顔をして、端末の人を見た。端末の人はというと、来るのがわかっていたというようなあっさりとした顔をしていて、今からされることすらも悟っているかのように肩をやんわりと竦めた。


「てっきりもっと早く僕を殺しに来ると思っていたんだけどねえ。愛しの彼女が見つからないから、そちらばかりにかまけていたのかい?」

「道化。役割さえ果たしていればいいものを、好き勝手に」

「僕も飽き飽きしていたからねえ、君に付き合うのは。終わるのならさっさと終わって欲しいと思った。それだけさ」


 それが、端末の人の最後の言葉となった。

 神は、手を伸ばしたかと思ったら、彼からなにかを剥ぎ取ってしまった。それは皮膚のようにも見えるけれど、端末の人の皮膚はつるりとしているだけで、一見無理矢理なにかを引き剥がされたようには見えない。でも、それを引き剥がされた途端、端末の人はまったく動かなくなってしまい、そのままバラバラに粉砕してしまったかと思ったら、そのまま空気に溶けて見えなくなってしまった。

 もし端末の人が映像を見せてくれなかったら……世界の成り立ちを見せてくれなかったら、神がなにをしたかなんてわからなかっただろう。

 でも私は。私たちは。神がなにをしたかをわかってしまった。

 この人は……端末の人から、象徴の力を剥ぎ取ってしまったんだ。

 シンポリズムは言葉が全てを司る世界。ひとりひとりが使える使えないは問わずに、象徴の力を与えられている。そんなものを無理矢理引き剥がされてしまったら、その人は存在なんてできなくなってしまう。

 この人が、こんな人が、この世界の神だなんて……シンポリズムの命運を握っているなんて、そんなのありなの……?

 私が顔を引きつらせて神を見ているものの、神は面白くなさそうに手を払うと、ようやくこちらのほうに振り返った。


「貴様らは、我の花嫁をどこにやった?」


 そのひと言に、私は顔を引きつらせる。

 私がリナリアじゃないって知っているのは、この場でだったらアルだけなのに。他の皆は薄々気付いていたり察していたとしても黙っているのに。なんなんだ。

 本当にこの身勝手な人は、なんなんだ。

 私は抗議の声を上げようとする前に「あ、あの……!」と絞り出すような声がこの場に響いた。顔を青褪めさせたまま声を上げたのは、クレマチスだった。ちょっと……神にいったいなにを言うつもりなの。

 私が気を遣って小柄な彼のほうに視線を送ると、彼は震えながらも神に言葉を紡いだのだ。


「……先程、あなたの分身……に当たる人から、世界浄化の旅の真相を伺いました。巫女姫様を花嫁って……いったいどうやって、ですか……? 彼女に……巫女姫様に穢れを全部注げなんておっしゃるつもりですか?」


 それに、私は目を瞬かせた。

 ……ちょっと待って。たしか、闇の祭壇で、誰かひとりが必ず闇落ちするのは知っていた。今までの状況証拠から、旅している誰かが、闇の祭壇に満ちている世界の穢れを全部引き受けるからと、そう理解していた。

 でもここに来て、世界浄化の旅自体が、巫女姫を神の花嫁にするための儀式だということを聞いた。

 ……巫女姫が、穢れを全部引き受けて、彼女を皆が殺す……その流れ自体が、本来の世界浄化の旅だったっていうことなの!?

 私は絶句して、神を見た。

 恐ろしいほど整った顔の神は、鼻で笑う。


「多少、人の子でも知恵の働くものがいたか」


 ……これは、肯定と取るべきか。でも。でもでも。

 私がまたなにかを言う前に、ぶわり。とこの場が熱くなる。カルミアが怒りで目を爛々と光らせて、大剣に炎を纏わせていたのだ。


「巫女姫が拒絶すれば世界を繰り返し続け、巫女姫に飽いたら世界を滅ぼすだと?」

「貴様は幼子のときの物語を四六時中ずっと聞いてられるのか? 稚児のときの積み木遊びをずっと続けてられるのか? いずれは飽きる。飽きたら片づけて別の遊びをはじめる。そこにどんな問題がある?」


 またぶわり、と熱が上がる。

 ……待って。こんなところで神と戦ってたら、肝心の世界浄化の旅は……? そもそも、穢れをばら撒いたのは神本人であっても、これを除去しないと、世界の人たちがどうなっちゃうのよ……!

 怒りで額に血管を浮き上がらせているカルミアの背中に、私は必死でしがみついた。


「……お願いです、やめてください、カルミア……! 今ここでこの方と争っていてもしょうがない話です! お願いです、一度剣を引いてください!!」

「巫女! このくだらない茶番をいったいいつまで続けるつもりだ!? これはこちらのことをなんとも思っていない。くだらない玩具としか思っていないのに、これの敷いたルールにいつまでもしがみついて、それで世界が丸く収まると本気で思っているのか!?」


 カルミアはあくまで国民のことしか考えていない。この人の言っていることは本当にいちいちもっともだけれど。でも。

 まだ解決方法もないのに、神をどかせてもどうにかなる目途も立ってないのに、ようやく闇の祭壇が目前だっていうのに、ここで誰かひとりが欠けてもいいなんてこと、あるわけないでしょ!?

 私はただがむしゃらに彼の背中に抱きついた。炎で体の水分が奪われるけれど、構っていられる余裕なんてなかった。


「お願いです……冷静になってください。まだなんの解決方法も見出していないのに、ただ感情のままに突き動かされないでください……!!」


 私はリナリアみたいに理知的に彼を説得することなんてできない。ただ感情任せでまくしたてることしかできなかったけれど、それでも、パチンパチンと散らばっていた火の粉が収まり、彼は心底面白くない顔のまま、炎を打ち消したことに気が付いた。

 神はそれでもこちらをちらりと見る。


「……我が要求するのは、正しい儀式。それだけだ。我が花嫁を祭壇に招く。それだけだ。この世界はくだらないが、花嫁を差し出せば滅ぼすほどのこともない」


 一見すると、それはただ「早く闇の祭壇に行け」に聞こえるかもしれないけれど、一部は既にわかっている。

 本物のリナリアを差し出せ。そう言っているんだろう。

 あれだけ存在感を保っていたはずの神は、言いたいことだけを言い残すと、本当に忽然と消えてしまった。途端に、全員が膝を突く。

 ……いるだけで、これだけプレッシャーを与えるなんて。最後の試練では、象徴の力の強化はできない。これ以上私たちは強くなることなんて、できないのに。

 最後の最後なのに、いったいどうしろっていうのよ。私たちは、しばらくの間、黙って座り込んでいたのだ。


****


 ようやく全員正気に返ってから、光の祭壇の付近を探索してみると、床板が一枚ずれている場所に気付き、スターチスはそこを覗き込む。私が光の球を送り込んでみると、そこに地下階段が出来上がっていることに気が付いた。


「おそらく、ここが時の祭壇への入り口でしょうね……」

「はい。ですが。ここから先へと向かえば、もう闇の祭壇まで一直線ですが」

「先程の情報量はあまりにも莫大でしたしね。これをどうしたものでしょうか……」


 スターチスはしきりに眉間を揉み込んでいるのは、さっきの端末の人の言葉についてずっと思考を働かせているからだろう。

 ……そう。神の存在自体が、あまりに凶悪過ぎる上に、世界浄化の旅自体があまりにも身勝手過ぎるもの。でも、世界浄化の旅を完遂させないことには穢れが世界を滅ぼしかねないってことだ。

 巫女姫に飽きたら世界を滅ぼす。

 穢れが蔓延している以上放っておいても世界が滅びる。

 ジェムズ帝国でだったら穢れを無毒化する技術があるけれど、神殿の教義が邪魔をして無毒化する技術を送られない。

 だからといって、神のあの存在をそっくりそのまま伝えたとしたら最悪神殿自体が弱体化してしまう……少なくとも、国ひとつに密着に繋がっている上に、フルール王国の人たち皆の思想にも絡んでいる。

 この神は信用できないからもう教義を信じちゃいけません。なんて、そう簡単にはいかないんだ。

 宗教観について中立的なスターチスですら頭を抱えている状態だから、他は大丈夫なのかしらと思って、ちらっと見てみる。

 案の定、クレマチスは顔を青褪めさせて、三角座りのまま動けないでいる。アルも若干顔を曇らせているのは、クレマチスほどではないけど、彼もまた教義のことを普通に見聞きしていた影響だろう。

 アスターはというと、彼もまた教義について懐疑的な部分があったせいなのか、まだ少し元気そうだけれど、それよりもなによりも、さっきはどうにか怒りをやり過ごしてくれたカルミアが、怒りのまま大剣を振り回しているのに付き合って曲剣で相手をしていた。

 ……体を動かして発散できるんだったら、まだ大丈夫なのかな。私はスターチスと顔を見合わせる。


「本当ならば、あの神のことを見ず聞かず、口にすることなく、黙って闇の祭壇まで向かうのが正しいことなのでしょうが、あの神の言葉をそのまま信じるとすれば、リナリアさんに穢れをすべて移し替えるという手段を取らなければいけなくなります」

「……はい」


 いなくなってしまったリナリアのことを思いながら、私は頷く。

 リナリアがどうしていなくなったのか、今でも全部ははっきりとわからない。でも今だったら少しはわかりそうな気がする。

 彼女は……何周も繰り返した結果、世界浄化の旅の真相を知ったんじゃないの? 彼女は誰かひとりを必ず犠牲にするという運命を変えたかった。だとしたら、どうしても世界浄化の旅の真相に行きつくはずなんだ。

 でも……。

 彼女がいなくなったことについては、まだ説明がつかない。

 リナリアの言う「自分じゃ駄目」の意味が、まだ全然わからないんだ。

 それは、世界浄化の旅の末に、花嫁になることを拒絶したってことなの? それはまだわかるけれど……でも、本当にそれだけ?

 もしそれだけだったら、私に嘘八百な綺麗ごとだけ並べて騙して、そのまま旅を続けさせればよかっただけだと思う。

でも彼女は私を助けてくれたし、カルミアもわざわざ早めに私たちに合流させた。

 それの意味が、まだ説明できない。

 スターチスは静かに言う。


「ひとまず、時の祭壇に向かうまでに状況の整理をはじめなければいけませんね。このまま旅の再開をさせるには、皆の意思がばらばらですから」

「……そうですね」

「リナリアさんは? あくまで僕の意見ですが、君だけがこんなことを被る必要はないと思うんですよ」

「……学者さんが、そんな不合理的なこと言ってしまって、大丈夫なんですか?」

「不合理もなにも、学習とは本来理想を形にするものですから。ただ張りぼての儀式で、理想もなにもないものを優先する必要はないというだけですよ」


 そうおっとりと言うスターチスの言葉に、私は少しだけほっとした。

 ……そうだ、端末の人の言葉のおかげで、今は皆バラバラになってしまっているんだから、少しは話し合いをしないと。

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