表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
円環のリナリア  作者: 石田空
禁断の象徴の力編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

97/118

光の祭壇の試練・3

 神の端末の人の言葉で、私たちは全員言葉を失っていたけれど、たしかに斬ったはずなのにいつの間にやら傷を消していた彼は、飄々とした態度のままこちらを見回すばかりだった。

 やがて沈黙を破ったのは、冷静なままのスターチスだった。


「ずいぶんと勝手な真似をするんですね。神も」

「そうだね。僕もそう思うよ」


 いや、それ言っていいのか、端末。そうは思っても、彼はあくまで彼の端末であって神本人ではないんだから、上がいい加減でも逆らう逆らわないという発想自体が出ないのかもしれない。

 神の端末の人は淡々と言う。


「そうだね、どこから話そうか。この世界が生まれたことから? それとももっとはしょって世界浄化の旅のシステムから話そうか」

「結構話をしてくれる気があるんですね……僕個人としてはぜひとも世界創生から……と言いたいところですが」


 スターチスはそこで言葉を区切ると、皆を見回した。

「はあい」と手を挙げたのはアスターだ。


「一応前提として聞くけど、世界創生に神殿が言うところの神が関わってるの、関わってないの。それによって世界創生からという話を聞くべきか否かって変わると思うんだけど」


 その指摘に思わず黙り込む。そういえば神の存在なんて、設定資料集でもあくまで世界観設定のフレーバーみたいな扱いだったから、世界創生のどうのこうのなんてちっとも知らない。

 それに端末の人は「そうだねえ」と間延びした返事をした。


「そうだねえ、神が世界をつくったわけではないね。世界が生まれたから神が生まれたというべきか。神が生まれたから世界が定義されたというべきか」

「んあ~、なによ。その卵が先かヒヨコが先かって理屈は」


 アスターが髪をがしがしと引っ掻き回すのを眺めていたら、おずおずとクレマチスが口を挟んできた。


「聖書の創生の部分とは異なりますね……神が世界をつくったとありますが」

「まあ、聖書は神にとって都合がいいように記されているからね」

「……そもそも、神とはいったいなんだ? どうしてこんなにわざわざまどろっこしいことをする? その理屈で言うと、魔科学の普及を阻止しているのは神そのものに思えてくる」


 そうカルミアもまた意見を言ったことで、私ははっとした。

 そういえば……カルミアも前に言っていたような気がする。神の存在自体がおかしいって。

 皆が言ったバラバラな言葉に、端末の人は緩やかに笑う。


「そうだね。それじゃあ世界創生の話から語ろうか。とは言っても僕もまだその頃は生まれてないからね。いい加減なことになるから話半分で聞いてくれると嬉しい」


 それって、神がでたらめを書いた聖書となにが違うんだろう……。私は端末の人のいい加減さにげんなりしながら、彼の言葉の続きを待った。

 彼はゆるゆると手元で指を回す。すると綿あめが棒に絡むようにして、雲のようなものが広がる。すると辺りは光の祭壇だったはずにも関わらず、なにもない、光も闇もない空間が広がっていることに気付く。

 これって……端末の人の象徴の力? まるでリナリアの象徴の力と似ているような……。それに端末の人は和やかに笑う。


「巫女姫の象徴の力とは違うよ。僕は幻想で力すらも支配するほど横暴な力なんて持ち合わせてはいないからね。ただ僕が見たことあるものを共有できるようにしてみせただけさ」

「まあ……リナリアさんの力も規格外ではあるんですがね」


 スターチスの言葉を聞きつつ、ひとまずは端末の人の見せようとする光景に集中することにした。

 彼が辺り一面をスクリーンのようにして見せた空間に、大量になにかが流れてくるのが見える。この濁流……。最初はなにかはわからなかったけれど、その濁流が私たちの頬や肩にぶつかる。別に痛くはないけれど、その濁流に私たちがながされそうになるのを、かろうじて足を突っ張って耐えた。


『ありがとう』

 『嫌い』

   『愛している』

 『どうでもいい』

   『つらい、死にたい』

『夢』

   『希望』


 バラバラ過ぎて脈絡がない。ひとつひとつに意味がないけれど、これって。

 言葉だ。

 大量に流れて溢れてくる言葉が、だんだんと降り積もって、やがて光をつくり、闇をつくり、宇宙をつくり、星や太陽を浮かべはじめたのだ。

 そして、星の中でもひときわ大きな、ラベンダー色の球体が生まれはじめた。

 そしてその隣に、白い繭玉が一緒に浮かんでいるのが見えた。


「あの……これは?」

「ひとつはわかりやすいね。シンポリズムだよ」

「わかります、ですが繭玉のほうがわかりません」

「ああ、あれが神だよ。神はシンポリズムの兄弟として生まれた。兄が弟を守るようにして生まれたんだね」


 神って。でもそれがシンポリズムと同じくらいの大きさだなんて思いもしなかった……いや、よく考えたらこの端末の人もあくまで端末なのであって、神と同じ大きさとは限らないのか。

 やがて。繭は少しずつ羽化していくのが見えた。そこから出てきた神の存在に、私たちは言葉が出なかった。

 白い繭の中から、金色の髪が零れてくる。そこから出てきたのは、きめ細やかな肌を持ち流れるような金色の髪、銀色の瞳の……ただでさえ顔面偏差値の高いシンポリズムの中でも、言葉を失うほど美しい存在は彼以外にはいないと思わせるような存在だった。

 でも……綺麗過ぎるのと同時に、怖いと思うのはなんでなんだろう。彼からは、あまりにも生きているという感じがしなかった。

 端末の人は淡々と言葉を続ける。


「生まれた神は、シンポリズムを見守ることにしたのだけれど、ただ見ているのも暇でね。暇潰しとして、自分にそっくりな存在をつくって、それを育てはじめたんだよ。それが、人間。でも人間が皆、神と同じ姿でもつまらない。だから確率に任せて、髪の色、姿、生まれ持った力を変えた。その中でね、だんだん神とは似ても似つかない存在が生まれたのさ……それが、巫女姫だね」

「……ええ?」


 思わず私が胡乱気な声が出たので、慌てて口元を抑える。リナリアはそんな声上げない。

 私の反応に、端末の人は面白げに目を細めたけれど、それには反応してやらなかった。おもちゃにされているような気がするから。

 それらを静観していたカルミアは、忌々し気に声を上げた。


「……これだけだったら、穢れが生まれる必要性がないのではないか? 神が管理していたのだろう? 不本意ながらな」

「そうだね、世界浄化の旅と巫女姫、そして穢れの話は全部線になっているからねえ。世界においては、穢れが発生したから、それの浄化のために巫女姫が世界浄化の旅を行うとなっているが、正確には違うよ」


 ……それって。

 さっき投げつけられた爆弾を思い出し、身震いする。それが生理的嫌悪なのか、神の傲慢さに対するいら立ちなのか、自分でも判別がつかないでいる。

 端末の人は本当にマイペースなままで言葉を続けた。


「巫女姫を花嫁として出迎えるために、理由付けとして穢れを発生させて、世界浄化の旅を促したのさ」

「……ちょっと待ってください。そんなの。そんなの無茶苦茶じゃありませんか!?」


 クレマチスの悲鳴は、聞いていてつらい。だっていきなり信じていた教義を叩き壊された挙句に、あまりに身勝手な話を並べ立てられたら、そりゃ悲鳴だって上げたくなると思う。

 私だって、こんな話聞いちゃいないと叫びたくなるのを必死でこらえているんだから。

 でも端末の人には、こちらの憤りはちっとも通じない。ただ神と同じ金色の髪を揺らめかせながらカラカラと笑うだけだ。


「そうだねえ、無茶苦茶だ。でも神はひとりで生きるにはあまりにも時間が長過ぎる上に、人間はすぐに死んでしまう。ずっと見守るにも変化がなくて、ただ暇だった。その暇を潰すために、シンポリズムで生まれた存在を何度も何度も弄んだんだよ。そこで生まれた巫女姫……女性であり、自分のことを祀っている組織の人間であり、自分に都合よく動くことのできる存在だね……をひどく気に入ってね。自分の花嫁になるよう神託を下したんだよ。そのときに生まれたのが僕だね……。でも巫女姫は世界のために神殿にいないといけないと突っぱねられたのだから、神は考えた。巫女姫を神殿から出すためにどうしたらいいかと。考えた末に、彼女に大義名分を与えて自分のもとに来るように促したのさ。世界に穢れをばら撒いて、それの浄化方法を神託で下してね」


 無茶苦茶だ。

 今まで、穢れのせいでどれだけの人に迷惑がかかったと思ってるの。どれだけの人が死んだと思っているの。

 穢れに取り込まれたら、獣も人も元には戻れないのに。人の形を保てたのならまだいい。人の姿すら捨てちゃった人たちだっていたじゃないか。

 それが全部求婚のためで、しかも愛してるとかそんなんじゃなくって、暇だから結婚しようって。こんな無茶苦茶なことに、わざわざシンポリズムの人たちは付き合わされていたっていうの。

 こちらが口をわななかせている間にも、端末の人は言葉を続ける。


「闇の祭壇に来てね、巫女姫が全ての穢れを受け入れて、連れてきた従者に殺させる。それにより、巫女姫は肉の器から解放され、晴れて神の花嫁になるはずだったんだよ。本来は……ところがねえ、これは神も誤算だったんだが、穢れを受け入れる存在が巫女姫ではなかったんだよ。よりによって従者が受け入れてしまってね。穢れには理性を奪う作用がある。それで理性を失い、本能だけになった存在が、そのまま巫女姫を殺してしまったんだよ。まだ花嫁でもなんでもないのにね。これでは話にならないと神は考えてね。やり直すことに決めたんだよ」

「やり直す……?」

「ああ。世界を一度ならしてね、もう一度、最初からはじめたのさ」


 そんな。

 またも辺りは困惑で言葉が出なくなっていた。

 でも……リナリアはどうして、あんな花言葉でもなんでもない象徴の力【円環】を持っているんだろうと思っていたけれど、これで理解できたような気がする。

 神が、彼女に与えたのか。

 端末の人はのんびりと言う。


「こうしてね。時には世界を滅ぼしたりしたけれど、それは大したことじゃない。巫女姫が花嫁になるまで、何度も何度もやり直したのさ。どうせ神は暇だからね。巫女姫を花嫁にするという目的が達成できるまで、条件を変え、方法を変え、時には世界の仕組みに少し手を加えて、すこーしずつ条件を満たしていったのさ。でもね、巫女姫がひとりだけだと、やっぱり時間をかけてしまえば満たせてしまうのさ。そしたら神はまた暇になってしまう。退屈は人は殺せても神は殺せないからね。どうしたものかと考えた末に、神は巫女姫にも同じ力を与えたんだよ。もちろん歴代の巫女姫全員じゃない。従者を殺すことがないよう、自分も死ぬことがないよう、諦めることを知らない巫女姫というのは、神にとって大変面白い存在でね、それが完全に諦めるまでの勝負として、神が持ち込んだのさ。自分の理想に到達できたら、このまま世界を解放しようと。もし諦めてしまったら、そのときは花嫁においでとね」


 そこで、私はようやく思い出した。

 ……前にリナリアが泣いていたときに、彼女を抱き締めていた相手。

 あれか。あいつか。リナリアをずっと苦しめていたのは。

 でもちょっと待って。彼女は……諦めて、私に押し付けたの? なにかが、違う……。

 なにかすわりが悪い中、私が喉をふがふがとさせていたときだった。


「しゃべり過ぎだ」


 斬って捨てるような声が、この場を支配したのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ