光の祭壇の試練・2
今、私は幻想創造で、彼が詠唱を使えない状態を維持しないといけないから、他のことができない。アルも、私の象徴の力の維持のために動くことはできない。
その間、ペンダントをカチャカチャと弄っているクレマチス。普段はあどけない顔なのに、今は彼の隙を探るようにずっと観察している。
やがて、詠唱をひとつ開放した。
「閃光!!」
それに私は内心「しまった」と思う。
彼には、クレマチスの詠唱は一切効かない。
今までの奴は試練の獣だから、聖書に書かれている文面が使えたけれど、彼は神の使いだ。神を称える文面が効くわけなんかない。
彼は涼し気な顔でちらっとクレマチスのほうに振り返ったあと、錫杖を構える。
「ふむ、先に神官の……ああ、服からして見習い、だね? 君のほうからか」
そう言いながら、彼の腹に錫杖の先端を向ける……ちょっと、やめてったら。あの子はそんなに戦えない……っ。
私が思わず動きそうになったとき、アルがきゅっと私と繋いだ手に力を込める。
「やめておけ。ここを維持するために」
「でも……っ!」
「……それはあいつを見くびることだ。やらせてやれ」
普段から慕ってくれている子を、子供扱いしたら怒ってしまうというのはわかっている。でも、あの子は頭はものすごくいいけれど、体力なんてないのに。
でも……。
アルは私の手を握る……私から相当体力を吸われているにも関わらず、アルは涼し気な顔のままだった。多分アルの象徴の力と噛み合ってくれているおかげで、もうちょっとだけならここは維持できるはずだ。
私はクレマチスを見る……お願いだから、ちゃんと逃げて。
彼は私たちの気持ちなど知らずに、ゆったりとした足取りでクレマチスを見る。そして、錫杖で彼を突いた。
「うっ……!」
そのまま小柄なクレマチスは簡単に吹き飛んだ。
でも、彼は少しだけ首を傾げて金色の髪を揺らした。
「おや……?」
違和感を覚えたみたいだけれど、まだ、違和感の正体には気付いてないみたいだ。
彼はそのまま標的をスターチスへと切り替える……私とアルを最初に狙えば、この空間は崩れるのにそれをしないのは、彼はこの違和感の気持ち悪さを拭えないせいなんだと思う。
私は倒れた皆のほうを見る。
アスターは吹き飛ばされて頭を打ったみたいで、髪を乱したまままだ大の字になって転がっている。
カルミアは石畳にのめり込んだまま、まだ起き上がらない。
クレマチスはエビぞりになって、未だに立ち上がれないみたいだ。
残っているのは私たちだけだけど……。
私はちらっとクレマチスに視線を送る。クレマチスは苦しげだけれど、弱々しく首を縦に振った。
私はアルのほうにもう一度顔を仰ぐと、アルは納得したように頷いた。
頭の中で広がる詠唱を、そのまんま唱える。
そのことで、彼は少し驚いたように目を見開いた。
「おや? ここは君の術式の中だと、思っていたのに、詠唱の重ね掛けを……?」
ここでようやく私たちのほうに錫杖を構えて詠唱を止めようとしたけれど、それを止めたのは、転がっているままのクレマチスだった。
それに驚いた彼は、そのままクレマチスの手を踏みつける。嫌な音が聞こえたけれど、クレマチスは歯を食いしばったまま、彼を睨みつけた。
「駄目です。これは、ぼくたちが力を合わせてつくった幻想なんですから……。あなたに力を示さなければ、あなたから話を聞けないのでしょう……?」
私とアルとクレマチスがしたこと。
【幻想の具現化】を【力の継続】で維持し、それを【策略】を使って精密操作をしていた。
私ひとりだと維持するのも、細かく幻想の設定を操作することもできないのを、アルとクレマチスの象徴の力で補ったという形だ。
つまりは。
光の祭壇の上につくった、詠唱の無効化の幻想。ただ神の使いが見ている私たちは全員、幻想の中にはいない。
ただ幻想の精密操作をするために、どうしてもクレマチスだけは幻想の中に入らなくってはいけなかった。
……私も含めて、残りの皆は幻想の外で、詠唱が終わるまでの間待機してもらっていたという訳だ。長い詠唱はどうしてもペンダントに呪文を溜め込んでおくだけじゃ使えないから。
私の象徴の力なのだから、幻想の中で行われていることなんて全部わかってる。
幻想の中とはいえど、皆が次から次へと吹き飛ばされるところなんて見せられて気持ちのいいものじゃないし、いつこの幻想の中身が偽物と気付かれるか気が気じゃなかった。
なによりも、一番体力のない子が一番体を張るような提案をしてくるなんて思わなかったし、その無茶苦茶な案を通してしまったスターチスに思わず悲鳴を上げた私は悪くない。
……そのたびに、アルに「あいつを信じてやれ」と諫められることになったけれど。
詠唱が終わる──……。
「解除!!」
私が片手を差し出すと、途端に光の祭壇を包んでいた幻想がパンッと音を立てて終わり、同時に既に詠唱を終えたスターチスの、アスターの呪文が飛び交う。
「円障壁!!」
「重力場!!」
彼の動きを止めるために、彼の周りに薄い障壁を、更にその障壁に重力を流し込んで、そのまま彼の動きを封印する。
さすがに詠唱が使えなければ、彼の錫杖も振るわれることはない。
アルは大剣を抜くと、私にそれを差し出す。
「……とどめを」
「……はい」
重いそれを引きずりながら、重力に縛られて石畳にのめり込んでいる彼を見下ろした。
彼は「ふむ……」と満足げに……笑っていた。
どうしてこんな状態でも笑っていられるんだろう。
信じられないものを見る目で見ているのに、彼はそれを気にする素振りも見せない。
私は大剣を彼に突きつける……重さのせいで、剣先がどうしてもぶれる。私は彼に、「ごめんなさい」と言いながら、彼の肩に力を入れる。途端に鮮血が噴き出した……この人の血も赤いんだという当たり前なことに、今更ながら気が付いた。
彼は「ふむ」と言いながら、急に浮き上がった。
途端に、光が満ちた。
さっき私たちにさんざんやられたというのに、この人は気にするそぶりもなく、いつもの言葉を口にしたのだ。
「巫女と旅の者たち……よくここまで来た」
光が流れて溢れてくるのは、力のはずだ……時の祭壇の試練は全然違うもののはずだから、これが最後の試練になるはずだ。
「光の祭壇の審判は下された。道は開かれた……いよいよ時の祭壇への道が開かれ、闇の祭壇へと至るのだが」
さっきまで辺りを照らしていた光が抑えられ、ようやく彼は地面へと降りてきた。
「さて、僕に聞きたいことがあるんだったね。風の祭壇でいろいろと聞かれたけれど」
口調が途端に崩れてしまったのに拍子抜けする……いや、神託のときからこの人こんなんだった気がする。
彼に対して、クレマチスがおずおずと口を開いた。
「あの……あなたはそもそもどなた……ですか? 光の祭壇の試練の獣……なんでしょうか? でも、いつもぼくたちの試練のときにいましたよね?」
「いたね、僕は神であって神でなく、使いというのは同一人物だからねえ」
意味がわからない返答に、クレマチスが目を白黒とさせていたら、意外なことにカルミアがむっつりとした口調で返したのだ。
「要は神とやらの端末ということか? その割には神とやらが言わないようなことを言っているが」
「ああ、それが適切だね。僕は神を元につくられてはいるけど神ではないからねえ」
そう言ってころころと笑うこの人に、皆は困惑したように顔を見合わせていた。
ええっと……要はあれか? プレイヤーとプレイヤーキャラの違いってことなのかな?
私が演じているのはリナリアだけど、私本人はリナリアではなくって里中理奈だし、私とリナリアは必ずしも同一人物ではない……みたいな感じ?
どうにか彼の言葉を咀嚼している中、彼は「まあ、僕のことはどっちでもいいよね」とばっさりと切り捨ててしまった。
「さて、君たちが聞きたいのはどれだったかい?」
「……世界浄化の旅のことです。前提では、僕たちは神殿から、世界浄化のためには巫女姫が闇の祭壇へ赴かなければいけないと伺っていましたが、前提条件が違うにも関わらず、達成している方々がおられるので、達成条件は闇の祭壇に巫女姫が向かうことではないのではないかと思いました」
「ふむ。そうだね」
スターチスの問いにも、神の端末の人はあっけらかんとしている。
またこの人、あっさりと答えたよ。
試練のときといい、この質問に対する返答といい、この神の端末の人、やる気があるのかないのか全然わからないな。
こちらの突っ込みはさておいて、クレマチスは声をわななかせながら言う。
「……それじゃあ、リナリア様はわざわざ、闇の祭壇まで赴かなくてもかまわないということですか? でも、ぼくたち、それだったらなんのためにこんなに苦労をしたんですか?」
「そうだねえ……でも、その白い衣装を見ればわかることだと思うけれど」
そう言って神の端末の人は私のほうをまじまじと見てくる。
巫女装束が白い。それはてっきり、ゲーム設定で神殿に所属しているから、くらいにしか思ってなかったんだけど。まさかこれにまで意味があるっていうの。
私が喉をひくつかせている間、神の端末の人はこれまたあっけらかんと言ってのけたのだ。
「だってこれは花嫁衣裳じゃないか。巫女姫がさっさと神に嫁いでくれたら、こんな大掛かりなことをする必要なんてひとつもなかったんだよ?」
「……ええ?」
私は思わず口を開けるし、クレマチスは可哀想なほどに顔を青褪めて震えている。ポーカーフェイスのままのスターチスに、心底面白くなさそうな顔をしているアスターにカルミア。
アルはというと、唇を噛み締めて、ただ端末を睨みつけていた。
ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って。
こんなこと、聞いてない。ゲームの中でだって、一度だって聞いたことがない。
……ねえ、リナリア。あなたは知っていたの? 周回している間に、どこかで。
今はいるはずのないリナリアに、花ひとつ残さずに消えてしまったリナリアに、問いただしたくて仕方がなかった。




