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円環のリナリア  作者: 石田空
禁断の象徴の力編

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光の祭壇の試練・1

 あれから、天使を撃退しながら遅々と移動し、ようやく祭壇が見えてきた。

 今まではもっとごつごつとした石造りの建物の最奥に祭壇があったはずだけれど、光の祭壇はずいぶんと神々しい。

 まるで神殿のようにつるりと光る柱に床。その中でブロンズ像のように天使が並んでいるのに警戒していたものの、こちらは古代兵器として人間を追いかけ回すものではなく、本当にこの祭壇のオブジェとして飾られているだけらしい。

 私はアルの手を取ると、恐る恐る握り込む。彼は大剣や短剣をふるい続けているだけあり、指先はごつごつとしているし、リナリアの手よりもひと回りは大きい。

 アルはちらりと私を見る。そこに照れもなにもなく、ただ心配そうにこちらを見下ろす。


「できそうか?」


 私が象徴の力をちゃんと使いこなせるのかと聞かれ、私は首を横に振る。

 正直、今回の試練は今まで以上に気合を入れないといけないのに、それでもまだ不安は渦巻いていた。


「……わからない。あの、アル?」

「なんだ?」


 どれだけ力を行使するのかがわからない。もし作戦が上手く結びつかなかったら、私とアルが倒れ……皆も倒れてしまう。今回の作戦は私とアルを基軸にしているのだから、失敗は許されないんだ。

 私が不安になり、視線を下げる。


「象徴の力を使うとき、いつもその詠唱に力が引っ張られるから、それのせいで倒れてしまう。アルが倒れて、私も倒れたら……」

「大丈夫だろう」


 アルは私の手を軽く握り込んだ。その温度はひどく温かい。


「スターチスの作戦なら問題ないし、クレマチスも俺たちのサポートをしてくれる。あれに聞き出せば、いいんだろう?」

「……うん」


 今回の目的は、ただ時の祭壇への道を拓くためだけじゃない。

 そもそも前提がおかしい世界浄化の旅の真意を問い正すという意味も込められているのだから。

 私たちが最後尾でひそやかにしゃべっている間に、とことことクレマチスが来た。


「リナリア様っ! 緊張してらっしゃいますか?」


 そうくるんとした目で聞かれて、私は頷く。


「……ごめんなさい、顔に出ていますか?」

「はい、すっごく……ぼくは、リナリア様がこんな顔をしていたこと、よく覚えていますから、余計心配になりました」


 ……うん?

 私はちらっとアルを見るけれど、アルもわからないらしく、少しだけ渋い顔をしてみせた。

 もしかしなくっても、クレマチスが言っているのは私じゃなくってリナリア本人のことかな。彼女もまた、なにかで思い悩んでいたってこと……?

 彼女の目的が未だにわからないままだけれど、気が抜けていた彼女はそんな顔をクレマチスには見せてしまっていたってことなのかな。

 クレマチスはおっとりと笑う。


「大丈夫ですよ、リナリア様とアル様だけに頼ったりなんてしませんから。ぼくたちも、試練の恩恵でずいぶんと象徴の力が強くなりました。たしかにリナリア様の力は心強いですが、それだけじゃないんですよ? 覚えておいてくださいね、リナリア様」


 そう言いながら、クレマチスは金色の髪を揺らした。


「あなたを守りたいって思っているのは、アル様だけではないんですから」


 そういうクレマチスに、私は少しばかりの感動を覚えていた。

 ……正直、この子に私のことがばれるのが一番まずいと思ったし、幼馴染の彼の好感度を上げてしまい万が一好感度ランキング二位になったらいけないと思って、一番距離を置いてしまっていた。

 なのに、この子はこんなに頼もしい。

 ううん、クレマチスだけじゃない。

 アスターも、カルミアも、スターチスも。皆頼もしくて優しい。既にフラグがはっきりと折れているとわかっているのはスターチスだけで、残りのフラグ管理がどうなっているのかは私にもはっきりとはわかってないけど。

 全員生きて、闇の祭壇を越えたいよ、本当に。

 私がそうしみじみと思っていると、アルの指が私の掌をくすぐった。


「アル?」

「……皆、同じ気持ちだ。誰ひとり欠けることなく旅を終える。それが、お前の望んでいたことだろう?」


 その言葉に、私はじんわりと胸が温かくなるのを感じる。

 ……そのために、私はここに来たんだから。


「うん」


 私たちだけの足音が響き、自分の鼓動の音がひどく近く感じる。 

 その緊張にどうにか耐えるように、私はもう一度アルの手を握り締めた。


****


 やがて、柱の立ち並んでいる長い通路が途切れた。

 神々しい祭壇の前には、やはりという人物が来た。

 金色の髪に、青い瞳……間違いない。リナリアに神託を下し、いつもいつも試練をクリアするたびに現れる人だった。もっとも、彼の声はともかく、彼の姿自体はリナリアと私しか知らなかったみたいだけれど。

 彼は手に長い錫杖を持って、こちらに振り返ると微笑んだ。


「やあ、よく来たね」

「……よろしくお願いします」

「そうだね、さて。この試練を越えたら、君たちに世界浄化の旅の話をするんだったか」


 ……待って、まだ試練がはじまってもいないのに、もうなにか言うつもり?

 緊張した顔で皆はめいめいの得物を構えるものの、私とアルはただ手を繋いだままだった。

 彼は錫杖を持って、振り回す。途端に、空間が震えて、揺れた。そのたびに、私の中からシューシューと力が抜かれるのがわかる。そのたびに、アルと繋いだ手に、爪を立ててしまう。

 私がつらいということは、アルにもきっと負担がかかっている。

 私たちが歯を食いしばって立っているのを見ながら、彼は緩やかに笑う。


「……やはり、そうか。既にここを君の幻想の支配下に置いているね?」


 それに私はギクリとした。


 スターチスが私たちに提案したのは、ただひとつだった。


「リナリアさんの象徴の力【幻想の具現化】は、リナリアさんの幻想で、世界を侵食する能力……でしたね? すぐに決着をつけるんでしたら、光の祭壇をあなたの幻想で飲み込んでしまえばいい。そこで光の祭壇の獣を無力化します」


 それは、たしかにオフィーリアに取った手段と全く同じものだけれど、相手は光の祭壇の、神託の人だ。

 前は私とオフィーリアを一対一で幻想の中に連れ込んだけれど、今回は訳が違う。

 アルは私に言う。


「……俺からいくらでも力を吸ってください。俺があなたの幻想を維持します」

「……たしかにできないことはないですが、あれは制限があります。幻想を維持している間、私は他のことができませんし、おそらく維持するアルも他のことができません。あと幻想が壊された場合、私にその衝撃が入ります」

「維持するためには、リナリア様及びアル様が攻撃されなかったらいいんですね」


 そうクレマチスが言うのに、私は頷く。

 オフィーリアのときに一対一で幻想の中に入ったときも、幻想が破られたのは私が首を絞められたからだ。

 それにクレマチスは笑った。


「なら問題ありません。リナリア様は幻想で辺りを侵食し、それをアル様が維持し、あとはぼくが、コントロールするのはどうでしょうか?」

「……できるんですか?」


 いや、たしかにクレマチスだったらできる。クレマチスは本来、詠唱で戦うのはあくまで聖書に寄るもの。あの子の本来の象徴の力は【策略】……人の象徴の力を許可さえもらったらコントロールする力だ。

 それにアスターが言う。


「つまりは、俺たちはお前らが試練中襲われないようにする護衛ってわけな」

「もしくは陽動か」

「できますか?」


 スターチスに問いかけられて、私はアルとクレマチスをそれぞれ見る。

 最初に旅に出たメンバーだ、これは。

 ……ふたりに負担をかけることが不安だけれど、でも。


「よろしくお願いしますね、ふたりとも」


 こうして、早々に幻想を展開していたんだけれど……。


 てっきり、私やアルを直接攻撃してくるって思ったのに、よりによって具現化させた幻想のほうを早く破壊にかかるなんて誰が思うっていうの……!

 彼が錫杖をふるうたびに、ピキン、ピキンという音がする。

 彼の詠唱自体はたしかに無力化しているはずなのに、それでも私たちが張り巡らせた幻想を壊そうとしてくる。いったいどうなってるの……!


「やっぱり、試練も終盤になったら、一筋縄ではいかないわなあ」

「本当にな」


 アスターがペンダントを弄ると、手早く詠唱を完成させる。


地震波(セイズミックウェーブ)!!」


 あたりが地震でぐらつき、石畳が盛り上がる。それをばねにして、カルミアが足を大きく踏み出して、彼のほうへと大剣を振るった。

 そのまま氷柱が立ち、このまま彼の動きを封じておしまいだ……と思ったけれど、彼は緩やかに笑う。


「うん、連携ができているね、結構結構」

「……っっ!!」


 彼はくるくると錫杖を回すと、カルミアを氷柱ごと突いたのだ。その衝撃で、カルミアの体はアスターの地震波で盛り上がった石畳まで吹き飛ぶ。

 続いて彼は、軽く錫杖を振り回すと、アスターのほうまで跳び、錫杖を振り回してアスターまでも吹き飛ばす。

 なんなの、詠唱ができなくっても体術だけでこれだけ戦えるって。

 残っているのは、スターチスに、クレマチスに、アルに、私……。

 よりによって前衛で戦えない人間か、今戦えない人間しかいないじゃない……!!

 彼は先程の動きが嘘のように、おっとりとした口調でこちらのほうを眺めて笑う。


「さて、君たちはどうやって楽しませてくれるんだい?」


 ……あんたを、楽しませるために、試練を受けてるんじゃないんだから……!!

 彼はまたも錫杖を高々と構えて、幻想を突く。

 パリン、パリン……とまたも音が響くのに、私は歯を食いしばる。またアルに立てた爪が、彼に食い込む。アルは私の幻想の維持のために相当力を引きずり出されているにも関わらず、目は皆の前で戦っているときと同じく、爛々として彼を睨んでいる。

 その間に、スターチスはペンダントに溜め込んだ詠唱を解放していた。


円障壁(サークルバリア)!!」


 それで私たち全員に薄い膜が張られる。これが続いている間は、私たちも大丈夫とは思うけど、彼は体術だけでもふたりほど簡単に吹き飛ばしているんだから。

 彼は軽やかな足取りで、続いて狙いをスターチスへと足を向けてきた。

 ……ああん、もう。これ、どうしたらいいの……!!

 焦ってもまだ、私には幻想を維持するのが精一杯で、他のことなんてできやしない。

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