偽りの巫女姫と神殿騎士の共闘
目が覚めたとき、そこはリナリアの部屋だった。
私はリナリアのいたはずの花畑だった場所のことを思い返し、なんとも言えなくなる。
リナリアがいなくなった。
今まで、なんとはなしに彼女は私たちの味方なんだろうと思っていたし、実際に何度も助けてもらった。
でも……今は本当に彼女のことがわからない。
大地の祭壇で、彼女の秘蜜を吸って脅えあがる妖精たちのことが、ふっと頭にひらめいた。そして私はかぶりを振る。
……彼女がやろうとしていることは、まだわからない。でも。彼女が私たちの旅の先にいる。それだけははっきりしている。
もうちょっとしたら、光の祭壇に着くし、あの声の人がなんらかのことを教えてくれる……はず。あれが口約束だから知らないと言われてしまったらそれまでなんだけど。
「……悩むのはここまでにする」
私は手をグーパーグーパーと広げて、とりあえず勢いをつけて起き上がった。
でも。光の祭壇の試練のことを考えると、少しだけ悩んでしまう。象徴の力【幻想の具現化】は本当に強い力だけれど、私がイメージを大量に広げている間、私は他のことが全然できない上に、力を吸い取られて何度も何度も倒れて旅を中断させてしまっている。シルフィードのときだって、もうちょっとで彼女に絞め殺されてしまうところだった。
もう食糧だって残り少ないし、もう旅を中断させる訳にはいかない。時の祭壇を越えたら、いよいよ闇の祭壇……世界浄化の旅も最終直面なんだから、これ以上足を引っ張るわけにはいかない。
でも……。
「これ、どうすればいいんだろう」
スターチスやクレマチスがいろいろ考えてくれているけれど、私の象徴の力の行使し過ぎで力尽きて倒れるのを防ぐってところまではいってないんだ。
この辺り考えないと駄目だもんな。
****
スターチスが解析してくれた遠回りな道を、クレマチスが探索で天使たちが近付いてこないのを確認してから通る、亀のような歩みで光の祭壇を目指していた。
それでも古代兵器の天使たちに組み込まれたセンサーが作動しているのか、完全に天使たちを撒くことは適わず、そのたびに私たちは天使の撃退の戦闘を行っていた。
「はああぁぁぁぁ……!!」
アルの大剣が天使の腹を薙ぎ、カルミアの氷結の壁が天使の動きを塞き止める。
ふたりが派手に暴れている間に、クレマチスとアスターが呪文詠唱を終えて、背後から飛んでくる天使たちを薙ぎ払っていた。
流れるような連携を私とスターチスは後方で待機して、眺めていた。
「すごいですね、これだったら、光の祭壇でも、なんとか」
私が感嘆の息を吐くけれど、スターチスは「ですが」とこちらのほうに丸メガネを光らせて釘を刺してくる。
「リナリアさんの試練ですからね。彼らだけでは、試練を終えることはできないでしょう」
「はい……ですが、私の力を開放して、皆にまた迷惑をかけないか、不安です」
「そうですね、リナリアさんの力は、我々でもなかなか解析は難しいものです。【幻想の具現化】というのは、本当に範囲が守備範囲が広いですし、詠唱呪文も全て簡略化することがまずできません」
「申し訳ありません、スターチスとクレマチスが何度も私のために考えてくださったのに」
「いえ、それは僕に謝ることではありませんよ。ですが、次の試練の獣ですが、恐らくはただの試練の獣ではないでしょう」
「……はい」
あの声の人が頭に浮かぶ。
今まではゲームに登場するシステムくらいにしか思っていなかったのに、彼はきっちりと会話ができて、話ができる相手だった。
今回の試練は、闇の祭壇を目指すために受けるという意味合いだけではない。今までおかしいおかしいと思っていた、世界浄化の旅のシステムの根幹に関わることが聞ける、唯一の機会なのだ。これを落とす訳にはいかない。
そのためには、どんどんと象徴の力が強くなっている皆だけではなく、私もリナリアの力を使いこなせないといけないのに。私はここに来てもなお、彼女の力を使いこなせていないのだから、情けないにも程がある。
私が考え込んでいるのに、スターチスがくつりと笑い声を漏らした。
「あ、あの。スターチス?」
「いえ。少しだけ、僕の元にアルストロメリアくんが来たときのことを思い出しまして」
「アルが……?」
たしかに、そもそも象徴の力があまりにも受動的過ぎて使い方がわからなかったアルが、スターチスの元でしばらくの間暮らして、象徴の力の使い方を会得したという話があったとは思うけど。
私の悩みと、どこが同じなんだろう。
わからないという感情がそのまま顔に出ていたらしく、スターチスはまたも喉を鳴らして笑った。
「リナリアさんとアルストロメリアくんはよく似ていますね……世界浄化の旅は、本来でしたら選ばれし人間がひとりで成してもおかしくないものですが、こうして我々が揃って旅を続けています。それは、たとえ強い象徴の力を持っていたとしても、ひとりでできることなんてたかが知れているからだと思いますよ?」
「そう……なんでしょうか」
「ええ。アルストロメリアくんも、神殿騎士として象徴の力が振るえないことを、ずいぶんと悩んでいましたから。それは、今リナリアさんが自分の象徴の力を使いこなせないことを悩んでいることと同じに見えます」
「ですけど……アルは、象徴の力がなくても、強いじゃないですか……」
私は、アルみたいに大剣を使って戦うことも、短剣を使って牽制することもできない。でも、アルは象徴の力なしでもそれができる。
思わずそう訴えると、スターチスは頷く。
「ええ。ですが、ふたりともそもそも発想を切り替えてはどうですか?」
「あのう、スターチス?」
「ひとりでできることなんてたかが知れています。ですが、僕はリナリアさんとアルストロメリアくんがふたり揃ったら、ちょっとやそっとのことでは、負けることはないと思いますよ?」
それって……ただ、私とアルが仲がいいとか、そういうことを象徴の力の研究を続けているスターチスが言うわけがない。
私とアルのふたりで、なんとかなる方法があるっていうこと?
考えようとしていたら、それより先に、アルが最後の天使の羽を砕いた。陶器の羽根が割れる音と、アルが返し刃で天使を薙いでとどめを刺したのは、ほぼ一緒。これで、しばらくは天使たちの追撃はないはずだ。
アルが息を吐いて、大剣を鞘に納めたあと、スターチスがアルのほうに声をかけた。
「お疲れ様です、アルストロメリアくん。少しだけ話があるんですけれど、いいですか?」
「かまわないが。どうかしたか?」
「ええ。次の祭壇の試練の話をしようかと思いまして。アルストロメリアくん。君が以前、僕の元で学んだことを覚えていますか?」
そうスターチスが言った途端、アルはバツの悪い顔をして、ふいっと逸らしてしまった。え、なんで。
私は思わずスターチスとアルの顔を見比べると、戦闘が終わったばかりのクレマチスがこちらに寄ってきた。
「リナリア様。先程からスターチス様とお話ししてらっしゃいましたけど、次の試練のことですか?」
「はい。スターチスは、私とアルの力を合わせろとおっしゃっていますが」
「ああ……」
どうも頭のいいクレマチスは、すぐにスターチスの意図を読み取ってしまったらしい。私がわからないという顔をしていたら、クレマチスは耳栓をひょいと見せてくれた。
「多分、ぼくのつくった耳栓の要領です。ただ、これはアル様が覚悟を決めないといけないでしょうね……スターチスさんの方法が最善手とは思いますが、ぼくはアル様を応援したいです」
「ちょっと待ってください。それって、アルが嫌がる方法、なんですか?」
ちょっと待って。スターチス、そんなにアルが嫌がる手段を使って戦えって言ってるの。私は未だにスターチスの意図がわからないまま、ただ戸惑っていたら、クレマチスがぽつんと漏らす。
「ぼくは、アル様の気持ちが少しだけわかります。いいえ、多分カルミア様もアスター様もわかってしまうでしょうが、アル様とリナリア様が決めたことなら、誰も止めませんよ」
そこまで言われて……さすがに、私もアルが嫌がっている理由に気付いてしまった。
****
夜になり、相変わらず天使のセンサーに感知されないように、ひとつの部屋に集まって食事をしてから、それぞれの部屋で寝ることとなった。
クレマチスの部屋で食事を終えたあと、私は自分の部屋に戻る前に、アルを捕まえることにした。今晩の寝ずの晩はカルミアだから、アルを自分の部屋に連れて帰っても問題ないはずだ。
「アル、その。昼間の話だけど」
「……理奈はどこまでスターチスに聞いた?」
「えっ? アルがスターチスのところに一度象徴の力を習いに行っていたのは、あなたも前に言ってたよね? それ以上のことはスターチスも言ってなかったけれど」
「そうか」
アルは少しだけ気恥ずかしそうに顔を背ける。あれ、別に使い方がわからない象徴の力なんだから、それの力の使い方を習おうとするのは、別に恥ずかしいことでもなんでもないよね……?
どこでそんなに恥ずかしがる要素があるのかわかんないと思っていたら、アルがぽつんぽつんと話しはじめた。
「最初は俺の象徴の力は外れじゃないかと思われていたし、俺もそう思っていた。だが、象徴の力がない人間は、巫女の護衛にはなれない」
「あ……」
この世界だったら、象徴の力が戦いに全く向いてない人だって、そりゃ存在する。そもそも使い道のわからないものだって。
でも、アルはリナリアのために、スターチスのところに行ったんだなあ。
きゅーっと胸が痛くなるのを誤魔化して、できるだけ明るい声で「それで?」と聞いてみる。
アルはこちらのほうにようやく視線を戻して、口を開いた。
「……俺の力は、本来は後方支援向けだと、スターチスにも言われた。あの人は普通にリナの象徴の力のことも聞いて、俺はリナのサポートに回ったほうがいいと勧めてくれたが、断った」
「え……? そうだったの?」
「戦闘中にわざわざ、他から力をもらうよりも、俺がサポートに回ったほうが早いからな」
そりゃそうか……アルの象徴の力は【力の継続】で、今でこそアルは、他から象徴の力で属性付加してもらって戦っているけど、もし使い方を正しくするんだったら、カルミアの炎の壁の力を長くもたせたり、スターチスの障壁の力を伸ばしたりしたほうが、効率がいいんだ。
でも……それをよしとしたら、アルは騎士として戦えないし、なによりも。
リナリアや私を、前面で戦うことをよしとしないといけない。巫女の護衛騎士にもかかわらず、だ。
アルからしてみれば、それが嫌だったんだなあ。
私はおずおずと口を開いてみる。
「……スターチスにも言われたけど。私とアルが力を合わせれば、一番強いって言われた。もし、アルが嫌だったら、私は別の方法考えてみるけど」
「いや、理奈。お前は」
アルはいきなり、綺麗な青い瞳で私を凝視してきたので、思わずぎょっとする。
なに、あなたはどうしていつもいつも。
「……もうちょっとでいいから、俺を頼って欲しい。お前はいつも、ひとりでなんとかしよう、なんとかしようと走り出すから。頼むから」
「……私、あなたを一番頼りにしてるのに」
「口だけだろう」
「そんなこと、ないんだけどなあ……」
信じてもらえなくって、思わず俯くと、アルが溜息をついた。
「……俺を使え」
「えっ?」
「次の試練は、大切なものだ。お前にとっても、俺たちにとっても。俺はお前がなにをそんなに変えたがっているのか未だにわからないが。これでなにか変えられるのかもしれないんだろう?」
そう言ってくれた言葉の熱が、頬に伝染する。すっと体が熱くなる。
この人を好きになっちゃいけない。好きになっても、口にしてはいけない。ずっと留めていたことだ。
……もし、本当にもし、だけれど。
誰も犠牲にならないで済んだのなら、そのときは言っても大丈夫なのかな。
「……よろしく、アル」
溢れそうな気持ちに蓋をして、私は頷いた。
浮ついた気持ちじゃいけない。もうすぐ、試練なのだから。
これで私たちの運命が決まるかもしれないくらいの。




